それから1週間の間、修平の元には弁当が届き続けた。紙に要望や感想などを書くと、その結果が弁当に反映される。人違いや男相手を恐れていた修平だったが、最初の日の返信に「砂川修平君ですよね?わかっています。私は女なので安心してください。お弁当はあなたに食べて欲しいから作っているんです」と書かれていたのを見て、安心すると同時にでれでれになってしまった。
「ああ、マジ幸せだわ。生きてるって素晴らしい…」
 昼休み、弁当を食べ終わった修平が、惚けた顔でフタを閉じた。
「それだけ美味しく食べてもらっていることを知れば、作った人もきっと嬉しいわよ」
 惚けている修平に、アリサが苦笑する。
「ああ、そうだといいな。あー、あいたい。どんな顔してんのかな…昨日、アンケートに書いたんだよな。あいたいって。返事、楽しみだなあ…」
 妄想にどっぷりと浸かった修平は、とても幸せそうに見える。
「竜馬には私がいるからいいわよね。くふふ〜。おべんと、作ってあげようか?」
 箸を持っている竜馬にアリサが抱きつく。
「やめろよ…たしかにお前は、真面目に料理すりゃ美味いが、またタバスコまみれのトーストみたいな嫌がらせすんだろ?」
「あらぁ、愛よ、愛。わかってないんだから〜」
 今まで、様々な食べ物に辛みを付与され、いたずらをされていたことを、竜馬は思いだしていた。アリサは小学生のころにも竜馬と付き合いがあった。そのときから竜馬のことが好きだったアリサは、いたずらや嫌がらせをして愛情表現をしていた。彼女曰く「竜馬は私の、愛すべきいじめられっこ」なのだそうだ。当然、竜馬がそんな立場を許容するはずもなく、アリサには警戒を怠らないようにしている。
「実際に顔見たらがっかりすると思うよ。イメージと現実じゃ全然違うだろうし」
 その横で、茶色いショートボブヘアーに金色の目をした人間少女が、やれやれといった表情でパンを噛んでいた。彼女は松葉美華子と言い、典型的な無関心娘だ。口数も少なく、何を考えているかよくわからない。
「そういうのありそうだよな」
 竜馬も自分の弁当箱を閉じ、美華子に同意した。恵理香の持ってきたおかずも、今日はまだ食べられるものだったおかげで、竜馬はほっとしていた。
 この4人で食事をしている間、修平はずっと弁当を作ってくれた女の子のことを話していた。あったこともない相手をのろけるというのは、見ていてどこか危なげな物を感じさせた。
「手厳しいなあ…いいじゃんか、どんな相手だろうと、俺を愛してくれる女の子が…ん?」
 はらり
 小さな紙切れが床に落ちた。弁当箱の裏に貼り付いていたのだろう。紙を拾った修平の顔が、見る見るうちに赤くなった。
「どうしたんだよ?」
 竜馬が紙をちょいと取った。
『私にあってくれるのは嬉しいです。このアドレスと電話番号に…』
「連絡先じゃねえか。やったな、修平。相手の顔が見れるぞ」
 紙を修平に返す竜馬。修平は紙を見られたことにすら気づかない。意識が飛んでいるようだ。目の前で手を振っても、何の反応も返さなかった。
「修平?」
 竜馬は少し不安になった。彼がこんな表情を見せるのは初めてだ。しばらく修平は微動だにしなかったが、突然思い出したかのように顔を覆った。
「うわあ…お、俺、どうしよう!よし、メールだけでもするわ!」
 携帯電話をポケットから出した修平が、一心不乱にメールを打つ。
「なんか…あまりにも話が出来過ぎてるわよね」
「ん。やな予感がする」
「俺、なんか寒気してきたわ…どんな子なのやら…」
 アリサ、美華子、そして竜馬の3人は、修平の嬉しそうな顔を横目に見ながら、顔を見合わせた。
 竜馬はもう一度、修平の持っている弁当箱を見た。お互いに好きで、仲が長いのならば、弁当をもらうのだってうなずける。ところが、今はそんなことがないわけで、言わばこの弁当は「一方的な贈り物」に近いとも見て取れる。相手の性格もわからない、顔も容姿もわからないこの状況で、まだ幸せスマイルを継続できる修平に、竜馬は呆れに近いものを感じていた。
「そういやお前、姉貴が好きだって言ってなかったか?」
 メールを送り終わって、惚けた顔で返事を待つ修平に、竜馬が意地悪く言った。
「それもそうなんだよな。なんつか、自分でもこんなに浮気者だったのかと思うわ。たださ、やっぱどきどきするわけで…」
 ブブブブ
 修平の手の中にある携帯電話が震えた。開いてディスプレイを見た修平の動きが止まる。
「い、今からあいましょうって…お弁当箱をそのときに返してもらえればって…う、うわ、マジかよ、どうしろって言うんだよ…」
 修平は携帯を置き、頭を両手で抱えた。完璧に混乱している。
「待って。まず、今からどこに?」
 アリサが修平にずずいと近づいた。
「今から本棟4階の、階段横のちょっと広いところにって…」
「ああ、あそこね…」
 アリサが天井をちらりと見た。この学校は、普通の教室はパソコンルームなどがある本棟と、特別教室ばかりが入ってる特別棟に別れている。特別棟は3階、本棟は4階まであり、各階には設計時に余ったスペースであろう小さなスペースがあちこちにあった。それぞれ、テーブルやベンチ、イスなどが設置され、休み時間はそこでトランプに興じる生徒などが集まっていた。
「しかしだな、初見の相手だろう?まずは言うべきことをしっかりと頭に叩き込んでおいた方がいいのではないか?」
「確かに…え?」
 場にいるはずのない人物の声に、修平が顔を上げた。狐の耳に尻尾、青銀色の長い髪をした少女の顔がそこにあった。
「恵理香、いたの?」
「まあな。聞こえてしまったものだから、少々心配になってな」
 美華子が別の机からイスを一つ取り、恵理香に向けた。恵理香は一つ会釈をして、イスに座る。
「あえば勝手に言葉が出るわよ。恵理香の恋愛観ってシビアだもんね。いつも私に文句つけるし」
 机に顎を乗せて、アリサが言った。
「それはアリサのせいだ。竜馬相手に無理を通そうとばかりしているからな」
「何よ、それ。私と竜馬はラブラブなのよ。ねー、竜馬?」
 アリサは竜馬に抱きつこうと手を広げたが、竜馬はひらりとアリサの抱擁をかわしてしまった。
「断る。ったく、いい加減にしろよな」
 嫌な顔をする竜馬。アリサとのこういったやりとりに、心底疲れ果てているようだ。
「何でよ〜?こんなに美人な私よ?性格よし、勉強出来るし運動も出来る、おませでかわいい女子高生わんこの私の、何がいけないのよ?」
「何度言ったと思うよ。もういいって」
 ぷんすか怒るアリサに向かって、虫でも追い払うかのように、竜馬が手を振った。
「自画自賛極まれりだな。だからやめろと言うに…わっ!」
 がたーん!
 恵理香の座っていたイスが、音を立てて倒れた。イスの足のひとつに、アリサの足がかかっている。スカートが大仰に翻り、その下に履いていた下着が一瞬見えた。
「あ〜ら、ごめんあそばせ。足が長くて。ちょっと姿勢変えただけなの〜」
 アリサがにやにやと恵理香を見下ろす。
「わざとやったな!だからお前は竜馬に嫌われるのだ!」
「ふーんだ!まだ3ヶ月しか竜馬のこと知らないくせに!」
 アリサと恵理香が、大声でケンカを始めた。いつものことになってしまった光景だ。面倒はごめんだと言わんばかりに、美華子が2人から遠のく。
「みんな俺のことなんか知らないふりか…くそっ、悩んでるのに…」
 悲しそうに言う修平。彼にとっては一大事な事件も、このメンツがいると簡単に流されてしまうのだ。
「じゃあ、俺がついていってやるから、行こうよ。な?」
 竜馬が修平を立たせて、弁当箱を持たせる。
「じゃあ私も」
 美華子も一緒に立ち上がった。
「珍しいね。いつもは関係ないとか言ってるのに」
「ん。ちょっと気になってね」
 修平を先頭に、3人が廊下に出た。時折、教室の中から「胸ぺったんこの分際で!」や「痴女が!」などという汚い言葉が聞こえてくるが、3人はそれをあえて無視した。


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