翌日。竜馬は修平から受け取ったメモリカードを持参していた。昨晩、清香に正直に事情を話したところ、清香は写真を撮ることを快諾した。1時間ほど写真を撮り、優に100枚を超える写真を撮ったところで、清香が飽きて撮影続行を拒否。とりあえず今撮った写真だけでも修平に渡しておこうと、竜馬はメモリカードをカバンに入れてきた。
朝のホームルームが始まる10分ほど前に、竜馬は教室に入り、修平の姿を探した。修平は自分の机で、何かの包みを前にして、じっと考え込んでいる。
「おはよう。言われたものを持ってきたぜ」
修平の机にメモリカードを置く竜馬。しばらくは無反応だった修平だが、前にいる竜馬に気づいて顔をあげた。
「おう、サンクス。どんかい撮った?」
「昨日だけで100枚は撮った。お前好みかはわからんが…」
「おお、そんなに!竜馬、マジありがとう!家宝にするよ!」
修平は嬉しそうに微笑み、いそいそとメモリカードを携帯電話にセットした。
「家宝なんてそんな大げさな…あ」
かたーん
机の上に置いてあった包みが落ちた。竜馬の腕が触れ、押し出してしまったようだ。包みはほどけ、中からプラスチックの弁当箱と紙切れが出てきた。弁当箱はピンク色基調で、今流行っている熊のキャラクターが印刷されていた。
「悪い。これ、お前にしちゃ少女趣味な弁当箱だな」
弁当箱と紙切れを、竜馬が机の上に拾い上げた。
「ああ、それな…俺のじゃないんだよ」
修平の顔は、先ほどまでの難しげな表情に戻ってしまった。
「へ?じゃあ、誰のだよ」
「わからん。朝来たら、俺の机に入ってたんだよ…これ、読んでみな」
ぽかーんとしている竜馬に、修平は紙切れを渡した。
「え、と。このお弁当を食べた感想を書いて、包みに入れてください、後で回収します…とな?」
紙切れにはその1文だけが書かれ、下には罫線が引いてある。それも、ノートの切れ端やルーズリーフなどというものではなく、手書きの罫線だ。
「これ、開けてみていいか?」
弁当箱を竜馬が手に取った。
「ああ、いいよ」
修平の許可を聞いてから、竜馬は弁当箱を開けた。箱の半分はワカメご飯で占められている。残りには唐揚げ、ウィンナー、ニンジンのグラッセ、フライドポテト、そして添え物にたくあんが入っている。弁当箱自体はそれほど大きくはないが、量はしっかりと詰め込まれており、入っているメニューも色とりどりだ。
「うわぁ…これ、手間かかってんなあ…」
そのあまりの完成度に、竜馬は驚いてしまった。揚げ物類は、比較的水分を吸っていない。ということは、1日置いたものではなく、今朝揚げたものだということがわかる。揚げ物にはそれなりの手間がかかるため、調理者は朝早くから油を暖め、衣を作り、唐揚げを揚げたということになる。しかも、フライドポテトも、市販品や冷凍食品などではなく、ジャガイモから作っているようだ。
「竜馬、俺、なんだか気味が悪いよ。誰がなんのためにこんなもんを作ってくれたと思う?心当たりがまったくないんだ」
修平が頭を抱え込んだ。
「食べて欲しかったんだろう。誰かは知らないが、食べればいいじゃんか」
「でもよ、これで誰かが間違えた場所に入れてた、とかいう話になったら面倒だぜ?」
「なんだかなあ…悩むほどのことか?」
「悩むよ。人の物だったら怖いだろ。いーや、そうだね」
竜馬の脳天気な答えに、修平はため息をついた。彼の言うことも一理ある。そもそも、理由もなく弁当を作って人の机に入れたりする人間はいないだろう。修平は心当たりがないと言っているわけで、間違いという可能性も大いに考えられる。
「謎の弁当箱か…確かに人の物だったら困るけど…そんな考え込んでも…」
竜馬はもう一度弁当の中身を見た。見れば見るほど、よく出来ていて、美味しそうだ。
「おはようございます〜。あ、美味しそう…」
竜馬の横から、褐色の体毛で、銀色のショートパーマヘアをした、獣人の少女が顔を見せた。彼女は真優美・マスリという。竜馬達と仲がよく、どこか抜けている女の子だ。
「そのお弁当、どうしたんですかぁ?竜馬君が作ったんですか?」
真優美の目がきらきらと輝いている。彼女は大食らいで、美味しい物に目がない。早速、その美味しそうなお弁当をターゲッティングしたようだ。
「そうじゃないんだよ…」
修平が竜馬から弁当を受け取り、フタを閉める。そして、事情を全て話した。
「うーん。それって、修平君にお弁当を送った女の子がいる、ってことじゃないんですかぁ?お弁当の感想も聞いてるわけだし…」
おとなしく聞いていた真優美が、全ての話が終わった後に口を開いた。
「なんで女の子なのさ?」
修平が頭上に疑問符を浮かべた。
「そんな手間のお弁当、好きな人にしか作らないに決まってるじゃないですかぁ。お母さんが子供に作ったりとかするようなものですよぉ」
当たり前だ、と言わんばかりの顔で、真優美が言い切った。
「でも、人違いという可能性も…」
「ありませんよぉ。だって、あれ」
まだ懐疑的な修平に、真優美が前の黒板を指さした。黒板の左下に、生徒の座席表が貼ってある。1月に1度、席替えをする教室なので、どこに生徒がいるかを教師が把握するためには、必要不可欠な物だ。座席表はそれなりに目立つので、まさか目的以外の机を選ぶことはない、と言いたいのだろう。
「何番目か間違えただけって言うこともあるだろうよ。そんな…」
べしっ
ぶつぶつ言う修平の目の前で、真優美が手を机に叩き付けた。
「なんでそんなに嫌がってるんですかぁ?作った子がかわいそうだとは思わないんですか?」
「嫌じゃないよ。ただ、そういうつまらないことでトラブルになっても面白くないし…」
「それならば、感想のところに名前を書けばいいじゃないですか。向こうが間違えたってわかったら、次は間違えないようにしますよ。どっちにしろ、食べないで放置なんて、作った子がかわいそうです。食べないならあたしが食べます〜」
鼻息も荒く、真優美が詰め寄った。彼女の本音は最後の一言なのだろうか。
「そこまで言うなら食べるよ。そうだよな、俺のための弁当かも知れないもんな」
修平は何かが吹っ切れたようで、弁当箱を包み直して机に入れた。真優美が少しだけ残念そうな顔をする。
「しかし、こうなってくると、昼休みの時間が楽しみだな」
修平がにこにこと微笑む。尻尾があったら振っているだろう。それに対して、竜馬はあまり嬉しそうな顔をしていない。
「いいよな、美味そうで。俺は…」
教室の中央をちらりと見る竜馬。狐獣人と地球人のハーフで、銀色の長髪を後ろで束ねている少女が、カバンの中から学用品を出している。彼女の名は汐見恵理香。演劇を片手間にやっている高校生で、1学期の終わりに転入してきた少女だ。竜馬がなぜ彼女を見てため息をついたか。それには、訳がある。
それはちょうど10月の初め。2週間ほど前の話になるだろうか。天馬高校で学園祭が催されたとき、終わった後に竜馬を含む7人の人間が集まり、食事をした。そのときに焼きそばを作ったのが恵理香だったのだが、彼女は壊滅的に料理が下手で、全員にずいぶんなことを言われてしまった。なんとかフォローしようと「美味い」と嘘を言った竜馬は、嬉しそうな恵理香相手に本音を言うことも出来ず、焼きそばを大量に食べることになった。その上、彼女の料理技術の向上に協力させられ、昼休みのたびにあまり美味しくないものを味見させられることになってしまっていた。最近は前に比べれば上手になった方だが、それでも不味い飯には変わらず、竜馬は昼休みが近づくに連れてげんなりとしていた。
「ああ、この弁当を作った人の顔が見てみたいな。どんな…」
そこまで言って、修平は口をつぐんだ。
「どうしたよ?」
「いや…相手が男だったらどうしようかと思っただけだ」
修平が肩を落とす。
「まあ…好き合う仲になるなら、俺は性別とか種族とか、あんま関係ないと思うよ」
竜馬がぼんやりとつぶやく。竜馬の中では、好きになれるかどうかが大きな基準だ。ただでさえ、獣人や爬虫人が存在するのだから、性別などあまり大きな問題だとは考えていなかった。
「まあ、お前はそうかも知れないけど…」
竜馬に対して呆れたような視線を投げかける修平。真優美は何も言わず、竜馬の顔をじっと見ている。彼女もまた、アリサと同じように、竜馬に惚れている。竜馬の恋愛観を知ることで、好きな男のことを学ぼうと思っているのだろう。
「ともかく、弁当食って感想返せ。そんときに性別とか聞けばいいじゃねえか」
竜馬は逃げるように自分の席に戻った。教科書を出しながら、修平の方を見れば、彼はメモリカードと弁当を交互に見つめていた。そしてしばしの間、虚空を見つめて、両方を大事そうに机にしまった。
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