これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十五話「弁当から始まる戦いもある」



 私、レストランでバイトしている高校生です。このバイト、1年半やって、それなりのことができます。
 言うのもなんですけど、スタイルには自信がありますし、料理だって並以上にできます。
 悩みというのは、いつもお店に来る男の子のことです。
 私、惚れてます。強そうでかっこよくて、見てるだけで幸せなんですが、彼はあたしの気持ちなんか知らないんです。
 それに、彼と一緒に来る女の子たちがちょっとかわいくて、もしかすると彼が誰かと付き合ってるかも知れないんです。
 こんな場合、あたしはどうすればいいんでしょうか…


 有史以来、人間は様々な場所を開拓し、様々な技術を磨いてきた。科学は人間の生活を豊かにした。夜に光を作り、海を渡り、山を切り崩し、森を切り開き、人間の文明はその勢力を広げてきた。しかし…
「美味い!マジ美味い!」
 そんな人間であっても、食の喜びの前には、ただのケダモノと化すのだった。
 とあるレストランの窓際席に、2人の人間少年が座っている。片方はがたいのいい大柄な少年、片方は髪がぼさぼさしていて痩せている少年。痩せている少年の名を錦原竜馬と言い、大柄な少年の名を砂川修平と言う。2人は東京にある、私立天馬高校に通っている高校1年生だ。
「にしても、奢ってもらっていいのか?マジで?」
 竜馬は修平の方をちらりと見た。
「もちろんだ。俺の願いを聞いてくれれば、だけど…」
「聞く聞く!あー、よかった、今月もう食費ねえんだよ!」
 修平が意味ありげに言葉を切る。それに対して、竜馬は嬉しそうに食事をするだけだった。東京で姉である清香と暮らす竜馬は、お金の使い方を間違えたせいで、後3日の間、貧乏な生活をしなければいけなくなるはずだった。そこへ修平が、簡単な仕事と引き替えに夕飯を奢るという交換条件を持ち出した。どんな仕事だかまだ聞いていない竜馬だったが、豪勢な食事という餌には勝てず、食いついた。そして、仕事の内容を知らないままに飲み食いをし、現在に至る。
「ふう…ごちそうさま」
 最後のケーキを食べ終え、竜馬がフォークを置いた。
「で、手伝いって何よ?中間はこないだ終わったから、テスト勉強ってわけじゃないよな」
 先ほどまでとはうってかわって、竜馬が真剣な顔で話を切りだした。
「まずはデジタルデータというものへの価値の話だ。今から大体40年前、2000年代にはパソコンによるデータのデジタル化が当たり前のことになった。2010年代前にはさらにそれが簡単になった。例えば写真。カメラのついていない携帯はなく、フィルムカメラよりデジタルカメラの方が売れた。書籍は電子化したし、動画番組の配信技術だって…」
「長いな。要点だけ話してくれよ」
 修平の長い話を竜馬がぶち切った。
「こっからがいいところなんだけどな。端的に話そう」
 ポケットから何かを出す修平。縦横高さ共に1センチメートルもない小さなメモリカード。携帯電話に差してデータを保存するものだ。
「この中に何かデータ入ってんのか?」
 竜馬はメモリカードを拾い上げた。あまり小さいものになると紛失する可能性があるため、企業はある一時期から小型化に力を入れることをやめていた。ただ、データ容量はさらに増加しており、これだけでも多くのデータを詰め込むことが出来る。
「いや、入ってない」
「じゃあ、こいつをどうしろと?」
 竜馬の頭の上には、疑問符が浮んでいる。
「こいつにだな、清香さんのえっちぃ写真を撮って、たーっぷりと入れてきて欲しいんだ!出来れば下着も数枚盗ってきてくれ!」
 がたーん!
 修平のあまりにも突飛な言葉に、竜馬はバランスを崩してイスごと倒れてしまった。
「てめえ、何を…」
「頼む!この通りだ!」
 がばっ!
 修平が大仰に頭を下げた。この哀愁漂う姿に、竜馬はどこか悲しさを覚えた。修平は清香に惚れており、竜馬の家に清香を見るためだけに来ることもある。それだけに、今回の行動は意外とは言えない部分があった。
「無理だよ。ったく、何を言い出すかと思えば…」
 竜馬は不機嫌な顔でコーラを飲む。
「こんなこと頼めるの、お前しかいないんだよ!頼む、頼むよ!」
「だー!うっとおしい!いくらなんでも身内を売れるわけないだろ!バカかお前は!」
 なおも頭を下げる修平を、竜馬は冷たく突き放した。
「…しょうがないな。じゃあ、日常の写真でいいから、欲しいんだ」
 修平の顔は、未練たっぷりに見えた。必死に自分を押さえつけ、代替案を出しているように見えた。その姿は、さらなる哀愁を呼んだ。
「少しだけなら今あるけど…」
 自分の携帯を取り出し、写真の入ったフォルダを開く竜馬。1枚の写真を見て、竜馬は眉根をしかめた。クリーム色の体毛に、長く美しいブロンドヘアー、そしてピンと立った先の黒い耳をした、スタイルのいい犬獣人の少女が写っている。彼女はアリサ・シュリマナといい、一方的に竜馬に好意を押しつけている少女だ。この写真は、アリサが竜馬に無理矢理撮らせたものだった。
「どうしたんだよ?嫌なら、無理に見せないでもいいんだが」
 携帯を見てしかめ面をする竜馬に、修平が少しおどおどしながら話しかける。
「いや、そうじゃないよ。ちょっと嫌な写真を見ただけだ。ほら、お目当てのものだぞ」
 清香の写真ばかりが入ったフォルダにアクセスし、竜馬が自身の携帯を渡す。
「おお!すげえ…」
 修平が携帯電話に見入っている。その目には、恋の炎が宿っている。
「清香さんに料理作って欲しいな、やっぱ!…いや、案外ああいうタイプの人って、下手だったりすんのかな。じゃあ、俺が作ればいいんだよな」
 修平が竜馬の方に視線を移した。
「前言ったろ?姉貴、料理出来るぜ?」
「マジで?俺、聞いた覚えないな。そうか、料理も出来るのか…」
 修平は頭を下げ、何かをじっと考えているように見える。彼の表情は真剣そのものだ。
「どうしたんだよ?」
 悩み込んだ修平に、竜馬が恐る恐る声をかけた。
「いや…俺、清香さんに、何かしてあげられないかと思ったんだよ。好きだけど、それだけじゃだめだろ?」
 真面目なその言葉に、竜馬は内心驚きを隠せなかった。先ほどまで、性的な写真を要求していた修平とは、ひと味違う言葉だ。
「やっぱさ、好きになってほしいじゃん。俺、清香さんの作った弁当とか食いたいよ。何より、俺自身も清香さんに弁当作ってあげたいと思うんだぜ?」
 修平はさらに続ける。
「弁当か…そんなにいいもんかな。俺は…」
「お前もそう思うだろ?好きな人に弁当を送る女の子、かわいいじゃないか!な?」
 がくがくがく!
「やめい!」
 修平が竜馬の肩を掴み、がくがくと揺さぶった。修平の叫び声に、レストランの中にいた客の視線が集まる。
「いかん、俺としたことが、取り乱したよ…あー、弁当食いたいな…俺の弁当も食ってもらいたい…清香さん、かわいいよなあ…」
 自分だけの世界に入り込んでしまった修平。惚けているその表情は、あまり賢そうには見えない。竜馬はすっかり呆れ果て、ドリンクのおかわりを取りに歩いていった。


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