そして、天馬祭の当日が来た。一昨日に降った雨も乾き、空は快晴。秋晴れの気持ちいい一日となるだろう。グラウンドには多数の屋台が並び、準備を始めていた。
「おい、材料どこ入れんだよ!」
「鉄板返しどこ?」
「置いてあったマヨネーズどっかいったぞ、探してくれ!」
「割り箸こんだけじゃ足りんだろ!取りに行かせろ!」
1年2組の屋台では、生徒達があわただしく駆け回っていた。あと30分程度で天馬祭が本格的に始動する。本来ならば、この時間のシフトは、6人の生徒で事足りるはずだったのだが、不手際が祟ってか19人がフルで働いても問題が解決しなかった。
「大変そうだな」
皿の数を数えていた竜馬に、恵理香が外から声をかけた。彼女は演劇部の幽霊部員として籍だけ入っているので、演劇部の出し物に協力していた。ただ、アリサは何かの部活動で助っ人として名を貸しているらしいが、そちらではなくクラスの出し物に協力している。
「まあね。食べ物扱うから、しっかりしないと。どうかした?」
「これを配って歩いているんだ」
恵理香は一枚の紙を差し出した。演劇部の作ったビラのようだ。午後に演劇を体育館のステージで上映するので、それに来てほしいという内容が書かれている。
「吹奏楽と軽音も演奏するらしい。暇があったら来てくれ」
恵理香は機嫌よさそうににこにこしている。
「ああ、うん。是非とも…」
「錦原ー!そろそろ焼き始めるから、そこどけ!」
是非とも行かせてもらうよ、と言う暇もなく、竜馬は鉄板の前からどかされた。血相を変えたクラスメートが、鉄板に火を入れる。
「忙しそうだな。では、また後で」
恵理香がその場を離れた。後ろ姿を見送る竜馬。彼の手には、小麦粉の袋が握られていた。ようやく店が機能し始めたようだ。仕事が一気になくなった生徒達は、シフトの人数を残して解散しはじめた。
「あー、しょっぱなから疲れちまったなあ…」
竜馬が肩に手を置いて腕を回した。
「お疲れ。これ、来てたよ」
小麦袋を置いた美華子が、ポケットから紙切れを出した。生徒会発行の天馬祭券のようだ。書かれた金額分だけ、屋台や出し物で使うことが出来る。これを生徒会に持っていくと、その分だけ売り上げを換金してくれるので、生徒には損が出ない。一説によると、生徒会の美人会長である寺川が、学校から大量の予算をもらって生徒に還元しているとの話がある。
「ありがとう。じゃ、自分の分もらってくわ」
500円分の券を受け取り、財布に入れる竜馬。周りの屋台も少しずつ始動しているようで、向かいの屋台は既に焼き鳥を焼き始めていた。
「じゃ。私と修平はシフト入ってるから」
ポケットに自分の券を戻し、屋台に戻る美華子。修平が焼きそばを焼いているのが見える。
「さーて、どっから回ろうかな」
昨日配られたパンフレットを開くと、どこでどんな出し物をしているかが一目でわかった。本棟の方では写真部やペット同好会の展示があり、特別棟の3階ではオリジナルのキーホルダーを作る企画をしている。遊びに来ている生徒や、一般人の姿が、ちらほら見えだした。もう30分もしたらさらに人が増え、活気が出ることだろう。
「あーん、竜馬、ここだったのね〜。一緒に行こうよ」
ぎゅうう
竜馬に後ろから抱きつく者がいる。確認する前から、竜馬は相手が誰だか理解していた。アリサだ。一時はしおらしくなっていたアリサだったが、すぐに地を取り戻し、今は以前と同じに戻っていた。
「俺、一人で回るところがあるんだよな。悪いが一人にさせてくれよ」
「一人でって、どこ行くの?私も行くよ〜」
すりすりすりすり
うっとおしいほどにアリサが頬を擦りつける。
「えーい、どこでもいいじゃねえか。一人に…」
そのとき、竜馬は救世主を見た。猫獣人の少年が、こちらへまっすぐに歩いてくる。濃い褐色の頭髪に黄色い体毛。天馬高校とはまた別の高校の制服を着ている。竜馬は彼に見覚えがあった。少年の名は西田祐太朗。株式会社ニシダの御曹司であり、アリサに惚れまくっている少年でもある。
「やあ、シュリマナさん。遊びに来たよ…ああ、君もいたのか」
祐太朗の目が鋭くなった。
「その節はどうも。アリサさんの君に対する愛情がよくわかった事件だったよ。あのときは、畜生などという言葉を使って済まなかった」
「謝る必要なんかないよ。つか、俺はこいつを連れていってくれればいいだけで…」
アリサを引き剥がした竜馬が、首根っこを掴んで前に出した。犬の赤子を持つときのようだ。
「嫌よー。竜馬が一番なんだもん」
アリサは竜馬の手をふりほどき、また抱きついた。
「なあ、なんとか言ってくれよ…ん?」
祐太朗の様子がおかしいことに、竜馬は気が付いた。わなわなと震えている。
「どうした?腹でも…」
「痛くない!」
竜馬が肩に手を置くと、祐太朗はそれを払った。
「見たまえ、これを!」
ばっ!
祐太朗が財布の中から1枚のカードをとりだした。ラミネートしたそのカードは、会員証のようだ。よく見れば「アリサ・シュリマナファンクラブ」との文字が見えた。
「な、なによこれー!」
アリサがカードを奪い取った。毛のせいでよく見えないが、赤面しているようだ。
「会員番号45番。わかるかい?僕の上には44人もいるんだ。こんなに好きな僕の上に、だぞ!さらに目の前で、こんなラブシーンを見せつけられてる苦痛がわかるかい?」
「そうじゃなくて、こんなの見たこともないわよ!なにこれ!」
アリサはカードを見て、尻尾をいらいらと振ったり、怒ったりしている。
「何と聞かれても…僕がアリサさんのことを訪ねた男子が、ファンクラブに入らないかと誘ってきたんだよ。学外にもいるらしい。僕が断るはずも…」
ばちーん!
「ふがっ!」
アリサの犬張り手が祐太朗の頬を張った。
「どこなの!?誰なの!?こんな恥ずかしい組織、潰してやるー!」
祐太朗の襟元を掴み、がくがくと揺さぶるアリサ。竜馬なら慣れたその力も、祐太朗には怪力だ。口から泡を吹いて、気絶しかかっている。
「い、入り口で、機械研究部の出し物を、宣伝してた男子が…」
「そいつね!そいつなのね!わうー!」
祐太朗を放り投げて、アリサはまっしぐらに走り出した。
「…な?大変だろ?」
祐太朗を引き起こす竜馬。祐太朗も少し竜馬の気苦労がわかったようで、小さくため息をついた。
「…でもね、僕は彼女がこれだけのことをしても、嫌いにはならないな。むしろ、ますます好きになったよ。振り回されたい」
夢を見るような目の祐太朗を見て、竜馬は呆れてしまった。
「そうかい。じゃあ、後を追ってやってくれ。きっと、ファンクラブ会員相手に、回し蹴りでもかましてると思うから」
「それは好ましくないな。じゃあ、僕はもう行かせてもらおう」
祐太朗がアリサの後を追っていく。ようやく開放された竜馬は、真優美がいなくなっていることに気が付いた。思えば最近、彼女と会話をしていなかった。まだ怒っているのだろうか。
「…まあ、いいや。まずはどこかな」
色刷りのパンフレットを眺める。2日間、竜馬は思いきり遊ぶつもりだった。何をするかわくわくしながら、竜馬は本棟の方へ歩き出した。
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