一方そのころ。美華子と真優美は、地道な聞き込みを行っていた。通行人や屋台主、警備に回っている警察官、夜からの花火の調整に来ている花火職人、祭りに乗じて売り上げを稼ごうとする香具師には、訳の分からない服を売りつけられそうになった。30分経ち、2人はもうへとへとになっていたが、有力な情報は1つも手に入らなかった。
「見つかりませんねえ…」
 真優美がぽつりとつぶやいた。大食らいの彼女は、捜索をしながらもあちこちで食べ物を買っていて、食べながら歩いている。
「…どうでもよくなってきた」
 美華子の顔には疲労が浮かんでいる。普段無表情で何を考えているかわからない彼女だが、疲れているのだろうということがよくわかった。
「だめですよぉ!それで、猫の被害が出たら…」
「ぶっちゃけ、関係ないし。ああ、お腹空いた」
 美華子が何か買おうと、屋台を見回した。と、彼女の目の端に、見慣れた人間を捉えた。アリサと竜馬が、魂の抜けたような脱力具合で、ベンチに座っている。
「どうしたの?」
 美華子が2人に声をかけた。2人はびくっとしたが、相手が美華子だという事に気が付くと、緊張を解いた。
「アオオオネコに逃げられたのよ…」
 アリサが蚊の鳴くような声で言った。
「え?見つけたんですか?」
 辺りを見渡す真優美。少なくともここにはいない。どこか遠くへと逃げてしまったようだ。
「で、どうして追いかけないの?」
 ぺしぺし
 美華子がアリサの頬を叩いた。
「う、うう…竜馬の心が、読めちゃって、私はどれだけ嫌われてるかわかって…」
「俺はアリサにどれだけ好かれてるかわかったんだよ…」
 アリサと竜馬の言葉が、ちょうどいいところでクロスした。美華子が眉根をしかめる。
「聞こえたのよ…お前のこういうところが嫌いだって…うう、だって、だって直せないもん、私そういう女の子だもん…」
「聞こえたんだ…好きだって、大好きだって…くそっ、俺だって嫌いたくて嫌ってるわけじゃねえのに…」
 2人はだいぶ精神的にダメージを受けたようだ。視線が虚空を彷徨っている。言うなれば、鬱の症状に似ているかも知れない。
「思った以上の難敵ですねぇ…何か手は…ん?」
 真優美が顔を上げると、少し行ったところにゴミ集積場があるのが目に入った。燃えないゴミが箱に入って置かれている。どうやら燃えるゴミの日に燃えないゴミを出したせいで、回収されないまま残っているようだ。真鍮の棒やアルミの切れ端など、廃材が置かれている。
「そうだ、ちょっと待っててください。あたしに案が…」
 ゴミ集積場のジャンクを箱ごと持ち上げる真優美。そして、それを持ったままどこかへ消えてしまった。後には、魂の抜けたアリサと竜馬、屋台でフランクフルトを買う美華子が残った。
「俺、行くわ…祭りエンジョイしてくる…猫は任せた…」
 竜馬がふらりと立ち上がった。
「嫌よ!行かないでよー!」
 がしがし
 アリサがその背中にかじりついた。
「えーい、離せ!」
「イヤイヤ、絶対嫌!離したら逃げちゃうんだもん!」
 竜馬がいくら力を込めても、アリサは竜馬から離れようとしない。その目には涙が浮かんでいる。
「あ、メリ・クップッティファー!」
 竜馬があらぬ方向を指さし、今人気の外国人女優の名を呼んだ。
「え?どこ?」
 アリサがさっとそちらを向く。その隙にアリサの腕を振りきった竜馬は、猛ダッシュで逃げ出した。
「あー!」
「後は任せた!俺は宿題も猫も忘れて、エンジョイするんだ!あはーははは!」
 竜馬が遠ざかっていく。アリサは一瞬追う素振りを見せたが、諦めて座り込んだ。
「行っちゃったね」
 フランクフルトを囓りながら、美華子が言った。
「何でよ!何で私があんなに嫌われなきゃいけないのよー!」
 がっくんがっくんがっくん
「知らないよ!」
 アリサは美華子の胸元を掴み、前後に大きく揺さぶった。
「うう…そうよ、私は悲劇のヒロインなのよ…どんなに想ってもこの気持ちは届かない…愛したくても愛せない…ああ…」
 手を離し、ベンチに座るアリサ。その目はうるうると潤み、尻尾はたらりと垂れていた。
「相変わらず自意識過剰だね。見てて面白いよ」
 美華子がくすりと笑う。
「バカにしてるの?」
「んー、私的には誉めてるつもり」
 むっとした顔のアリサを見て、美華子がさらに笑った。
「戻りましたぁ。はい、これ」
 真優美が後ろからぬうっと現れた。手には6本の虫網のようなものを持っている。虫網はそれなりに大きいが、アオオオネコ全てを中に入れられるほどではない。
「何それ?」
 美華子が虫網を受け取り、まじまじと見つめた。
「超音波式スタン猫取り網ですよぉ。頑張って作ったんですよ?」
 真優美はそう言って、アリサの手にも虫網を握らせる。
「超音波…何に使うの?」
「えーとですね、スイッチを入れたら、猫には聞こえて人には聞こえない音が出るんです。それで怯んでる隙に、この網で捕まえるんです」
 真優美が虫網をひっくり返した。棒の端、網がついていない方に、安っぽいスイッチが見えている。網の中にも、円形で薄っぺらい何かが張り付いていた。
「よくこんなの作れたわねー。何をどうしたら作れるのか、さっぱりだわ」
 アリサが、呆れとも感心とも付かないことを言って、虫網を持ち上げた。
「47マイクロファラッドのコンデンサーがあったので、運がよかったんですよぉ。それに高周波のスピーカーとかもあって。極めつけは炊飯器に入ってたマイコンが…あ、回路図もいりますかぁ?」
「いや、もういい…私が悪かったわ」
 意味不明なことを言う真優美に、アリサが謝った。
「あれ、そう言えば竜馬君がいませんね〜。どうしたんですか?」
 真優美がきょろきょろと周りを見回した。
「竜馬…ああ、逃げちゃったのよ。どっか行っちゃった」
「え〜?またアリサさん、何かしたんですかぁ?」
 真優美が眉根をしかめてアリサを睨む。
「違うわよ!みんなして私のこと悪者扱いして…」
 アリサはまたいじけてしまった。そう見られる原因が自分にあるとは毛筋ほども考えないらしい。
「なんだ、結局集まってたのか」
 横から声をかけられて、3人が振り向くと、恵理香と修平が立っていた。彼らも途中で合流したらしい。
「これだけ人数がいるんだからもう大丈夫。反撃開始だね」
 美華子がくるりと虫網を一回転させた。


前へ 次へ
Novelへ戻る