「ああ、いいなあ、すごいなあ」
「そう?それほどでもないよ」
 真優美が目をきらきらと輝かせ、何度目になるかわからない言葉を言った。それに対して美華子は、謙虚な姿勢で応答する。余裕たっぷりのその姿は、誰か別の女性にも見えた。祭りの通りの中、大きなギターを担いでいる美華子は少し目立つようだが、彼女自身は少しも気にしていない。
 女の子に荷物は持たせられない、ということで、美華子の抱えていたアンプセットを竜馬が、紙袋を修平が持った。ずしりと手にくる重さが、美華子の獲得した景品の量を物語っていた。
「祭りに出てギターをもらうなんて、美華子さん得したね」
 竜馬はアンプを持ち直した。それなりの大きさでかなり重いアンプは、持ち直さないと腕から落ちてしまう。
「それにしても、いろいろな店が出ているな」
 恵理香が焼き鳥の串に口をつける。道の両サイドには、様々な屋台が並んでいた。たこ焼き、焼きそば、お好み焼きなどの食品から、金魚すくい、水ヨーヨー釣り、くじ引きなどの定番屋台がある。他には、安物の玩具を扱う店、サングラスばかり扱った店、大きなカップでソフトドリンクを売る店、造花を頼んだその場で作ってくれる店などが見える。普段のこの街を知っている竜馬達からしてみれば、今日だけはどこか他の街へ来たような心持ちだった。
 と、一行の前に、何かケンカをしているらしい男女の影が見えた。
「あんた、浮気してたなんて!」
「誤解じゃ!そんなんやっとらんもの!」
 激しい言い合いは、見ている方からすれば滑稽だが、当人達にとっては大変なのだろうということがわかる。一行はその横をそろりそろりと通り抜けた。見れば、あちこちで同じようなことが起きている。あるところでは友人同士らしき獣人男性2人がケンカしているし、あるところでは泣いている女の子をなんとか慰めようとがんばっている母親がいる。
「なんだろ、ここら一帯、修羅場ばっかだなあ」
 修平がぼんやりとつぶやいた。他の人々もケンカの巻き添えにはなりたくないらしく、遠巻きに見守るばかりだ。
「あ、野外特設会場が出てるわよ」
 アリサが通りがかった公園の中を見た。大きめの公園には、ステージが設置され、人々があわただしく動いていた。ケンカばかり見ていたたまれなくなった竜馬は、公園の中に逃げるように入り込んだ。
「あ、あれ」
 美華子はステージの裏を指さした。首輪と鎖が転がっている。その前には、警察官2人がいて、1人の男に事情を聞いていた。作業着を着た痩せた男で、肌の色が浅黒い。状況を見るに、何かがあったのは明らかだ。
「何かな…」
 そっと近寄り、耳をそばだてるアリサ。切れ切れに、会話の内容が聞こえてくる。
「…そんな怪獣、いや、猛獣が…」
「攻撃性はないんだ、ただ…」
「大きさは1メートルくらい?大型犬くらいか…」
「こうしている間にも被害が…」
 話を聞いていくうちに、その話の内容がかなり物騒なことがわかった。作業着の男のペットだった、地球には本来いない動物が逃げ出したということらしい。
「つまり…何か、危ないのかな…」
 アリサが引きつった顔で笑みを見せる。もし襲われて怪我でもしたらたまらない。獣人は地球人より身体能力のキャパシティは高いし、アリサは修平にも負けない腕力を持っているが、不意を付かれたらどうしようもないだろう。
「あたし、ちょっと聞いてきます…」
「あ、うん。一緒に行こう」
 真優美が警察官の方へ歩き出したのを見て、残りの5人も後に続いた。
「あのー、すいません」
 真優美が警察官に話しかけた。
「ああ、トイレならその裏に…」
「ち、違います。何か、その、逃げ出したとか、聞こえちゃったんですが…」
 真優美の一言に、警察官の表情が曇る。
「危険な動物なの?」
 美華子がずばり聞くと、警察官はお互いの顔を見合わせた。話すべきか話すまいか迷っている顔だ。
「もうこうなったら隠してもおけないね…俺から話しますわ」
 作業着の男が諦めきった表情で言った。
「俺はメキャと言う。地球人体型の異星人だ。逃げ出したのはマグアカジャフュ。和名、アオオオネコ。体調は1メートルくらい、見た目は青い猫」
 男は両手を開いて、アオオオネコの大きさを示した。
「凶暴なのか?」
 恵理香がぶるっと身震いした。
「別に凶暴でもないし、人を殺すことなんか出来ないんだが、ちょっとした特殊能力があって…」
「特殊能力?」
「ええ。半径3メートル以内にいる他者の心をね、読んじまうんですよ」
 メキャが大まじめに言い切った。
「そんな非科学的な…」
 一瞬の沈黙の後、修平がつぶやいた。
「読むだけなら私にも出来るわよ。例えば修平。今さっき、清香さんの青い浴衣姿を想像したでしょう」
 アリサが親指で修平の鼻を押した。
「な…どうしてそれを?」
 図星だったらしい。修平が冷や汗を流す。
「いや、言ってみただけ」
 アリサが尻尾を振ってにやにやと笑った。修平は、本当に自分の心が読まれているわけではないことを知って、胸をなで下ろす。
「ただ心を読むだけじゃない。それを、任意の相手に伝えちまうんだ。テレパシーってやつでね。科学的にはまだ証明されてない、未知の技術なんだよ。しかも、1度かかると、数分はその状態が持続するんだ」
 テレパシーという言葉を強めに言うメキャ。竜馬はにわかには信じられなかった。そんな能力のことなど、今までにアニメや漫画の中でしか聞いたことがなかった。現実に存在するとは思いにくい。
「心当たり、ありませんか?青い猫だということなのですが…」
 警官の片方が一同を見渡した。
「ねえ、あれってもしかして…」
「ああ、あれか。あれは…」
「でしょ?」
 美華子と恵理香がひそひそと話している。2人は何か結論が出たらしく、大きく頷いた。
「どうしたんですかぁ?もしかして、見たとか…」
 真優美が2人の方を向いた。
「いや…ここに来る途中に、ケンカしてる人たちがいたけど、あれって相手の心が読めちゃったからああなったんじゃないかと思って」
 美華子が通りの方を向く。騒動はそれほど大きくはなってないようだが、同じようなことが別の場所でも起きていた。
「あー…あかんな」
 メキャが人ごとのようにつぶやいた。
「あいつが逃げ出したの、初めてなんだ。今まで俺ら、なんでもわかりあってたつもりだった。いい相棒だったはずなのに…」
 メキャは肩を落とした。逃げられたことはかなりのショックらしい。
「このままじゃいけません!あたし達も手伝いますから探しましょう!」
 真優美が拳を握りしめた。時々、彼女の正義感の強さに、周りが振り回されることがある。今がちょうどそのときだ。こうしている間にも、アオオオネコは争乱を作っているかもしれないと思った真優美は、決意も新たに耳をぴんと立てた。
「しっかしなー。俺らがやらないでも…」
 修平が言い、真優美以外が頷く。
「お願いします。あいつ、寂しがってるかも知れない。見つけていただけたら、これを差し上げますよ」
 メキャが人差し指と親指で丸を作って見せた。
「え、まじ?」
 とたんに竜馬がそわそわし始める。このサインがマネーを表すものだと知っているからだ。貧乏をしている竜馬にとって、金は他の様々な物にも替えることの出来ない、普遍的な価値を持った宝だった。
「どれくらいくれるの?」
「そうだなあ…一人これほどでどうだ?」
 美華子が聞くと、メキャは電卓を取りだして、100と打った。
「そんなに…」
 恵理香が息を飲んだ。100万円といえば、かなりの大金だ。先ほどまで正義感を見せていた真優美も、金額を聞いて欲が出たのか、尻尾を振っている。
「やるっきゃないな!よし!」
 竜馬がやる気を出し始めた。ぽかんとしている警察官2人を置いて、6人が円陣を組む。
「じゃあ別れよう。見つけたらお互いに連絡するんだ。いいか?」
 恵理香の言葉に、一同が頷いた。
「よーし、金持ち生活が俺を待ってる!待ってるぞ!」
 いつになく竜馬のテンションが高い。宿題をしている時点で精神的に参っていた竜馬だが、今の彼は完璧におかしくなっていた。
「すいませんが、荷物を預かっておいてください」
 修平が竜馬の分と一緒に、大量の景品を置いた。6人はそのまま、ばらばらの方向に駈けだした。


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