祭りには多くの人が来ていた。普段から人が多い通りにさえ、その数倍にもなるだろう人が集まりごった返している。たこ焼き、焼きそばなどの食品屋台から、金魚すくい、的当てなどのゲーム屋台が並び、屋台の店主達が忙しそうに仕事をしていた。空気は熱と力に溢れ、人々の熱気すら匂い立ちそうな気配をしている。
「困ったなあ…どこに行ったんだろう…」
ガリガリに痩せ、薄汚れた作業着を着た男が、ぼんやりとつぶやいた。年は20代前半と言ったところだろうが、それにしては表情や動きがくたびれていた。公園に作られた野外特設会場のベンチに座り、タバコを吹かしている姿は、まるで人生に疲れているかのようだ。ステージの上では、人気のない舞台芸人が、面白くもないコントを必死になってやっている。客の反応を見れば、その芸人の不人気具合は一目瞭然だ。
「はあ…とりあえず警察呼ぶか…」
しょぼくれた目をしぱしぱさせて、男は肩を落とした。タバコの灰が落ちる。その姿はどこか憐憫の情を誘った。
そこからかなり遠いところ。駅の周辺では、竜馬が女子3人を連れて歩いていた。アリサ、真優美、恵理香である。
「まったく…いつの間に私はこんなに損な役回りに…」
恵理香がぶつぶつとつぶやいた。あの後、竜馬から鍵を借りたアリサが戻ってきて、ようやく恵理香は外に出ることが出来た。
「ごめん…俺、心折れてたわ…」
竜馬が恵理香に謝る。その両腕には、アリサと真優美がぶら下がり、竜馬を挟んでにらみ合っている。ふさふさ2人に抱きつかれ、竜馬はだいぶ暑いらしく、しきりにペットボトルのお茶を飲んでいた。
この辺りはスペースがあまりないが、屋台はしぶとく店を出していた。駅から少し離れた細い道は、祭りの期間ということで車両通行止めになっており、タクシーやバスが別の方向へ迂回していた。時折、交通整備の警察官が鳴らすホイッスルや、楽しそうな子供の声がひときわ大きく響き渡る。
「あ…あれ、なんでしょう?」
真優美が前方を指さした。人が集まって何かを見ている。
「なんだろう?」
竜馬が伸び上がって前を見ると、端に知った顔が立っていた。修平だ。彼は集まっている中心を見て、困ったようなはらはらしているような顔をしていた。
「修平ー!」
アリサが大声で修平を呼ぶと、修平は一同に気がついた。こそこそと逃げるように出てきて、はあと息をつく。
「なんだ、お前も来てたのか。一人?」
「美華子ちゃんと来てるんだけど…ちょっと、これは、やばいかもわかんね。ついてこい」
修平がまたこそこそと円の中心へ戻っていく。一同はその後に続き、円の中へ入った。路地を利用して、細長いスペースが作られ、奥にテーブルが1つ置いてある。円の中心には、一人の男と少女が立っていた。少女の方に、竜馬は見覚えがあった。ショートボブスタイルの茶髪に、金色の目をした人間少女。松葉美華子だ。青いキャミソールにカットジーンズという、露出の多い格好をしている。男の方に見覚えはないが、かなり怒っているというのはわかる。
「あれ…?」
竜馬は美華子が握っている物を見て青くなった。彼女は1挺のハンドガンを握っている。
「どういう状況なんだ…これは…」
恵理香が修平の耳元でこそこそと聞いた。何も知らない一般人からして見れば、女子高生が銃を持って暴れる寸前に見える。
「いや、あのさ…」
修平が口を開いた、そのときだった。
「ちっくしょー!これで最後だ、これで!」
男が何かを奥のスペースにあるテーブルに並べていく。銀色に光る小さなコイン…1円玉だ。円単位でもっとも価値が低いこの硬貨は、2045年になっても変わらず使用されているポピュラーな硬貨である。
「最高難易度!1円玉10枚!どうだ!弾は10発!1発でも外したらアウトだからな!」
男が大声で叫んだ。
「別にしなくてもいいし。これ出来たら、何くれるの?」
美華子はハンドガンを指でくるくる回している。よく見れば、ハンドガンもおもちゃであることがわかった。
「つまりだな、射的で美華子さんがパーフェクトしちゃってさ。そこでいつもの通り毒吐いたから、おっちゃんが怒ってさ…無理難題出すんだけど、全部クリアしちゃってさ…」
修平が出来るだけ縮こまって言った。テーブルの方に目をやれば、様々な物が倒れている。空き缶、木の板、割り箸。全てに弾痕がついていた。そして、美華子の横には、景品とおぼしきガラクタの数々が見えた。鼻眼鏡、組立プラスチック飛行機、ロックスターのサングラスや脳天ピーヒャラといった色物まである。それが下に行くに連れて、プラモデルやゲームソフトなど、それなりにまともな物になっている。どうやらディスプレイ用で景品ではないものまで巻き上げてしまったらしい。
「ぐぬぬぬ…よ、よーし、これが出来たら、そこにあるそいつをやろうじゃねぇか!」
男は路地の横を指さした。そこには、1本のエレキギターと、アンプのセットが置いてある。炎のようなデザインのギターは、かなり高価なものに見えた。これは景品にしてあったものではなくて、屋台主の個人所有物のようだ。
「ほんとに?」
「男に二言はねえ!本当に決まってんだろ!」
「わかった。約束だからね」
激昂する男を後目に、美華子が小気味よく微笑んだ。銃のマガジンを取り出し、男が渡した弾を込める。かちゃんと音が鳴り、ハンドガンに弾が装填された。美華子は両手でハンドガンを持ち、真っ直ぐに構えた。
パコン!
バネが伸びる音がして、弾が発射された。真っ直ぐ飛んだ弾は、寸分違わず1円玉の真ん中を射抜いた。1円玉が弾けて飛んだ。
「うわ…すごい」
アリサがぽかんと口を開けた。美華子は以前、天馬高校で機械研究部という部活によるクーデターが起きたときも、銃撃でロボットを倒し戦果を挙げていた。どうやらそのときより腕が良くなっているようだ。
「あれって松葉でしょ?」
「確か、天馬高のスナイパーとかなんとか…」
学生らしき2人組が美華子のうわさ話をしている。美華子は何も言わずに、銃の引き金を引いた。
パコン!パコン!パコン!
並べられた1円玉が弾かれて倒れていく。弾が硬貨に吸い寄せられているかのようだ。とうとう最後の1枚になったとき、美華子は片手で鼻を押さえた。
「あっ、くっ」
間の抜けた声を出す美華子。片手で持ったハンドガンの銃口が揺れる。
「どうしたんだ?」
恵理香が美華子の不自然な挙動に首を傾げる。観客が固唾を飲んで見守る中、美華子が小さく口を開け、目を閉じた。
「っくしゅん!」
と、美華子がかわいらしくくしゃみをした。その反動で引き金にかかった指が引き金を引いてしまった。
パコン!
「あっ!」
真優美が小さく声をあげた。弾道がずれている。このままでは当たらないかも知れない。真優美が目をきゅっと閉じる。
「大丈夫」
キィン!
美華子が言うが早いか、弾は1円玉の横縁に当たった。くる、くる、くると回る1円玉は、しばらくダンスを踊った後、ぱったりと倒れた。
「うおおお!すげえ!」
「まじありえない!おかしいんだけど!」
観客が一気に沸いた。興奮する熱気の中、美華子は銃をくるくる回し、ズボンの背中に差して見せた。
「負けたよ、俺は負けた…」
がっくりと膝をつく屋台主の顔は、敗北感と諦めに満ちていた。どんなものを出そうとも、美華子に勝つことが出来ない。そう悟りきった顔だ。
「楽しませてもらったよ。ありがとう」
かしゃん
銃を返す美華子。彼女は汗ひとつ浮かべていない。屋台主は銃を受け取り、テーブルの上に置いた。
「約束は約束だ…ギター、やるよ!」
屋台主が大きく叫んだ。美華子は何も言わず、ギターをケースに入れて背負った。
「ありがと。楽しかった」
両手に景品を持ち、歩き出す美華子。周りの野次馬は、さっと道を空けた。
「みんな、来てたんだ」
修平の方へ戻ってきた美華子が、他の5人の顔を見て、にやりと笑った。
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