2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十二話「夏だ!祭りだ!SOUDOUだ!」



 8月も後半に入ると、学生達は慌て出す。夏休みに定番となっているあの重石…そう、夏休みの宿題だ。2045年、科学時代のこのご時世に、朝顔の観察や自由研究などの宿題は出されてはいなかったが、東京都にある私立天馬高校では、それに似たような課題を出されていた。
「もう嫌だ、俺は外に遊びに行きたいんだぁ!」
 ばたぁん!
 6畳の畳部屋で、やせ気味の人間少年が畳に倒れた。彼の名は錦原竜馬。平凡で、あまり秀でたところもない、地球人の高校生少年である。何を隠そう、彼は宿題や課題といったものが大嫌いだった。ここは竜馬が東京で生活しているアパートだ。この部屋にはもう一人、竜馬の姉の清香が生活しているが、今は彼女は出かけていてここにいない。
「ほら、課題研究終わらせないと、遊びにいけませんよぉ?小学生じゃないんですし」
 竜馬の隣に座り、機械いじりをしていた獣人少女が、竜馬の頬をぺしぺし叩いた。褐色の体毛、銀色のパーマヘアをして、目をぱっちり開いている。着ているのは薄いTシャツに膝丈スカートだ。ぴんと立った耳につけた金色のイヤーアクセサリーは、イルカの形をしている。彼女の名は、真優美・マスリ。尻尾ふりふり、大食いはぐはぐの犬少女だ。少し抜けているところが彼女の武器であり、欠点でもある。
「投げ出したい気持ちはわからんでもないな。課題研究は積み重ねだから、一朝一夕でやろうとしても難しいだろう。まあ、他人のことは言えないけどな」
 その横には、青っぽい銀色のロングヘアーに、耳と尻尾を生やした、人間と獣人のハーフの少女が座っていた。和服を着て、正座をしながら鉛筆を握っている。この少女の名は汐見恵理香。狐獣人のハーフで、役者見習いをしながら高校へ通っている。
「前回は影が薄かったし…今回も宿題シーンからとは…なんと無礼千万な…キャラクターの意志をだな…」
 恵理香はシャーペンを走らせながら、なにかぶつぶつと文句を言っている。よほど宿題が面倒くさいらしい。と、言うことにしておこう。
「ああ、だるい…暑い…面倒くさい…」
 竜馬は起き上がり、テーブルに置いてあった麦茶を飲んだ。
「まあ…確かに、そうですねえ。レポート用紙10枚以上だなんて…」
 かちゃん
 真優美がドライバーを置いた。獣人の彼女にこの暑さはつらいようで、着ているTシャツの胸元をぱたぱたしている。
 3人はそれぞれ、レポートでまとめていることが違う。竜馬は自分の知っている調理レシピについて書いているし、真優美は壊れたラジカセを修理して経緯を書いている。恵理香などは、江戸時代の風俗や生活についてのレポートをまとめていた。
「なあ…真優美ちゃんでも恵理香さんでもいいからさ、終わったら写させてくんね?」
 竜馬は時計を見上げた。既に午後3時を過ぎている。午前10時からずっと課題研究をやっているが、一向に終わる気配は見えなかった。
「学びて思わざればすなわち暗し、と言うだろう?勉強というのは、自分でやって初めて理解できるものだよ」
 恵理香が竜馬の目をじっと見た。
「学びて…何?」
 竜馬が聞き直す。
「学びて思わざれば、すなわち暗し。つまり、人から習っても考えることをしなければ、答えは導き出せないという意味だよ」
 書き終えたレポート用紙をどかし、次のレポート用紙を出す恵理香。だいぶペースが早いようだ。
「俺、別にカレーやチンジャオロースの作り方に答えなんかいらないよ…あー、くそ、終わらせて俺も遊びに行きたい」
 竜馬は窓の外に目をやった。浴衣姿の若者が、駅の方を目指して歩いていく。真優美もうらやましそうに見ていたが、今やらなければいけないことに気づいたらしく、ニッパーを手に取った。
 今日、この街では大きな祭りをやっている。大きな公園を中心として、朝から屋台が並び、人が集まる祭りをやっているのだ。先ほどから竜馬は祭りに行きたくてうずうずしていたのだが、この宿題だけは終わらせなければいけない。
「今日は25日だし、まだ猶予はあるじゃんかよ。なんで今日なんだよ…」
「今やっておけば楽になるからだ。早く終わらせないと、またアリサが来て面倒なことになるだろう」
 恵理香が、分厚い本を開きながら言った。アリサ、という名前を聞き、竜馬が露骨に嫌そうな顔をする。
 アリサ。本名、アリサ・シュリマナ。獣人系の2世で、竜馬と同い年の少女だ。流れるような長いブロンドヘア、柔らかいビロードのような白い体毛、天を指す耳の先は黒く、かわいらしい顔つきをしている。見た目はばつぐん、快活な性格も相まって、男子の羨望の的だ。
 が、しかし。彼女は竜馬にベタ惚れしており、そのせいか様々な事件を引き起こしている。しかもサディストが入っており、その矛先は竜馬に向けられることが多い。小学生のころにも、アリサと一緒にいたことがあった竜馬は、彼女に好かれることを嫌がっていた。
「アリサか…あいつ、なんで俺が好きなんだろうなあ…」
 竜馬はまたやる気が削がれたらしく、ごろりと寝転がった。一瞬、同じ人間少年で、がたいのいい友人、砂川修平のことが頭をよぎった。真優美ほどではないが、彼も抜けているところがある。もしこの場にいたなら「うらやましいね、俺もそんだけ好いてくれる彼女が欲しいもんだぜ」とでも言っていただろうと、想像してしまったのだ。
 ピンポーン
 呼び鈴が鳴った。外に人が来たらしい。
「誰だろ…ちょっと見てくる…」
 竜馬は立ち上がり、ドアの方へ足を進めた。かちゃり、と音を立てて、鍵を外す。
 がちゃ
「りょぉまー!」
 ばっ!
 開いたドアから、何かが飛び込んで来た。
「うわっ!」
 ばたん!
 何者かの強烈な体当たりを食らった竜馬は、玄関に後ろから倒れて尻餅をついた。頭が床にぶつかり、ワンバウンドする。尻尾の生えた白い影。アリサだ。白色の布地に、桃色で桜が描かれた刺繍の浴衣を着ている。
「ねえ、見て見て!浴衣出しちゃった!やっぱ和服っていいよね、自分が変わったような気になって…あれ?」
 アリサはすりすりしていた顔を上げた。竜馬が白目をむいて倒れている。意識がないようだ。
「あー!殺したな!」
 恵理香が顔を真っ青にして叫んだ。太い狐尻尾がぴんと張った。その後ろで、真優美がドライバーを握ったまま震えている。
「あ、あり、あり、あり、なん、なん、なん」
「蟻さん行列なんともお砂糖?」
「違います!アリサさん、なんてことしてるんですかぁ!なんで押し倒してるんですかぁ!」
 ばしぃん!
「きゃー!」
 真優美の平手がアリサの頬をはり倒した。普段は泣き虫な真優美が、こんな行動に出ると思ってもいなかったアリサは、防御する間もなく受けてしまった。
「落ち着いて、真優美ちゃん!こういうときは人工呼吸をするのよ!責任をとって私が…」
「うーん…」
 アリサが尻尾を振り、口をつけようとしたそのとき、竜馬が小さく唸った。
「いててて…うー…」
 竜馬の目に生気が戻った。起きあがろうとして、自分の上にアリサがのしかかっていることに気がつく。
「えーい、退け!」
 竜馬はアリサをどかし、起きあがった。
「死んでなかった…」
「当たり前でしょ!あんた、どんな世界に生きてんのよ!」
 呆然と立ちつくす恵理香に、アリサが大声で怒鳴った。
「なんなんだ…」
 竜馬が真優美、恵理香、アリサの顔を順繰りに見て回る。3人の顔は、気を失った一瞬の間に何かあったと認知させるには十分だった。
「ねえ、竜馬、見て見て。浴衣着てみたんだけど、似合う?」
 アリサがその場でくるりと回って見せた。竜馬の目は、アリサの着ている浴衣に吸い寄せられている。
「そうか…そうだよな、今日は祭りだもんな。俺の精神状態はもうギリギリなんだよ。つーことは、遊びに行っても許されるんだよ!」
 竜馬はそう叫び、サンダルを履いて走り出した。何か危なげな笑い声を上げながら。3人はその後ろ姿を見送り、呆然としていた。
「竜馬君、お財布忘れて行きましたよね…お金持たないでお祭りって、何しに行くんでしょうか…」
 テーブルの上に目をやる真優美。竜馬の財布が置いてある。
「これは大変!届けてあげないと!まあ、2人は宿題がんばってね、私行ってくるから〜」
 アリサは部屋に上がり込み、財布を手に取った。部屋にいる2人に手を振り、外へと出ていく。
「あ〜、抜け駆け禁止〜!」
 真優美がドライバーを放り出して、その後を追った。
「えーい、みんなして!もう…私だって、本当は遊びに行きたいのに、一人きりではないか…うう」
 最後に残された恵理香は、自分も祭りに行くべく、部屋を片づけ始めた。そしてふと、部屋の鍵をかけないまま出ていくことになるのだろうかと思い、手を止めた。東京でもまだ治安のいい田舎地区ではあるが、アパートの鍵を放置して出て行くことは出来ない。
「あー、もう!あー、もう!」
 がちゃーん!
 恵理香が腹立ち紛れにテーブルをひっくり返した。


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