その日、美華子は修理に出していた銃を受け取っていた。銃と言っても、ダーツの矢を飛ばすだけのおもちゃだし、彼女が修理を頼んだ相手は真優美だ。真優美は機械関係の技術が高く、簡単なおもちゃならばすぐに直してしまう。竜馬の家にあるゲーム機も、真優美が一度直していた。
 直した代金として、真優美はハンバーガーをお腹いっぱいと要求した。時刻は4時。真優美は昼食を食べていなかったようで、まるで犬がドッグフードを食べるような勢いで食べている。真優美の食欲を見積もって、千円札を2枚持ってきた美華子だったが、それですら足りなくなりそうな食欲を真優美は見せていた。
「…で、ですよぉ。そんなの、初めてで、あたしどうしたらいいかわからなくて…」
 ハンバーガーショップのテーブルにつき、飲み物を飲みながら、真優美が話している。美華子は無口で取っつきにくい雰囲気があるが、人の話を聞くことは好きだ。先ほどから真優美は、地球に来て初めてハンバーガーを頼んだときの話をしていた。
「あるある。私も、小学生のころ初めてで、困った覚えあるし」
「でしょう?だから…あれ?」
 真優美は窓の外へと目をやった。美華子がそちらを見ると、アリサと竜馬が歩いているところが見えた。アリサは嬉しそうに竜馬と腕を組み、竜馬は仕方ないと言いたそうな顔でアリサのするがままにしていた。
「ああ、アリサと錦原だね。どうしたの?」
 美華子は真優美の顔をじっと見た。彼女はしばらく2人を目で追っていたが、しばらくして気が付いて、イスを蹴って立ち上がった。
「あの2人、なんか怪しいですよぉ!後つけてみましょう!」
 カバンの中に、食べかけのハンバーガーを詰め込む真優美。片手にはフライドポテトを、もう一方の手には飲みかけた飲み物を持ち、あわただしく外へ出る。
「ああ、もう。後かたづけくらいしてほしいんだけど」
 美華子は残されたゴミやトレーを片づけ、外に出た。真優美が2人の後ろをこそこそとついて行くのが見える。
「怪しい…すごく怪しい…普段、あんなに嫌がってる竜馬君が、なんで今日に限って…」
 真優美がじいっとアリサを見ている。彼女の背中には、紫色の暗い炎がちらちらと燃えていた。俗に言う、嫉妬の炎だ。
「もっと近寄らないと話が聞こえないじゃん」
 美華子はすたすたと歩き、2人の後ろについた。真優美があわあわとついてくる。その距離わずか3メートル。見つからないように、というにはあまりにも近い。
「あ、あう、見つかっちゃう…」
 真優美がおろおろと、そしてゆっくりと歩く。だが、人が他に歩いていることもあってか、真優美と美華子は2人には気づかれなかった。
「離れろよ。暑くて死んじまいそうだ」
 腕に抱きついているアリサを、竜馬がぐいと押した。
「なーによー。今日一日は、私の彼氏様って契約じゃない。これぐらい、我慢できないの?」
「あのな、もう俺は暑くて暑くてだめになりそうなんだよ…5万も貸してくれたことには感謝するし、それの対価は払うつもりだが、さすがにこれは…」
 竜馬の足がもつれ、転びそうになる。暑さのせいで、だいぶ消耗しているらしい。
「もう、しょうがないなあ。お金貸す代わりに彼氏様になるって話なのに、これじゃあ普段と変わらないじゃない」
 アリサは不満げに手を離した。
「…聞きましたぁ?」
「うん、事情は把握した」
 真優美と美華子は、ひそひそ声で話をした。
「それに、もう5時だぜ?疲れても仕方ないだろ。今日行ったところ、考えてみ?」
 竜馬が立ち止まり、道ばたの自動販売機に硬貨を入れた。
「えーと、まずは映画に行って、ファミレス行って、古本屋漁って、服屋で私の服選んでもらって、竜馬の服も選んで、それから…」
「…それからお前は、ランジェリーショップに俺を連れ込んだんだ。顔から火が出るかと思ったよ!」
 がちゃん
 出てきた缶ジュースを取り、竜馬は強い口調で捲し立てた。
「あぁん、シャイなのね。竜馬の恥ずかしがる顔が、とっても素敵だったわ」
「お前、単純に俺に嫌がらせして楽しんでるだけだろ!」
「あったりまえじゃなぁい。竜馬は私の、愛すべきいじめられっこなのよ?」
 頬に手をあてて、アリサはにこにこしている。ランジェリーショップ、という単語を、後ろの真優美と美華子が聞き逃すはずもない。
「ああ…どうすれば…」
 泣きそうな顔で、真優美がつぶやいた。フライドポテトを食べ終え、道ばたのゴミ箱へ箱を放り込む。
「…もういい。ともかく、休めるところに行こう。俺、歩き疲れたよ。買った服も着てみたいし…」
 竜馬は道ばたに座り込み、ジュースを飲む。
「それならうちに来ればどう?」
 アリサが尻尾を振りながら提案した。
「いやだ。もう帰る。なんかされそうだ」
 ジュースの缶から口を離し、竜馬が言った。
「だーめ。親もいるし、心配しないで?さ、行こう」
「お、おい、こら…」
 アリサが竜馬の背中を押し、歩き出した。竜馬の持つ缶から跳ねたジュースが、アスファルトにこぼれた。
「美華子ちゃん、もー我慢できません!アリサさんに一泡吹かせてやりましょう!」
 真優美は美華子の胸ぐらをつかみ、がっこんがっこんと揺らした。
「そんなこと言っても…」
「ううー!こうなったら、ついて行くしかないです!一緒に上がり込んで、邪魔してしまいましょう!」
 アリサと竜馬の後を、真優美は走って追いかけた。美華子もその後ろについていく。一瞬、美華子の顔が、にやりと微笑んだ。


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