「ふう…」
 スクリーンにエンドロールが流れている。俳優、ロケ、特殊効果、音声などを担当した人間の名前が流れる。最後に、制作スタジオと監督の名前が出て、館内が明るくなった。
「なんか、すごかったなあ」
 竜馬がぼんやりとつぶやいた。彼の右手は、アリサがずっと握っていたので、汗ばんでいる。
「さて、行くか。もう1時だし、飯でも食おう」
 竜馬はアリサの手をそっとはずして立ち上がった。アリサは何も言わないで、竜馬の後ろをついていった。映画館を出て、外へ出ても、アリサの様子は変わらない。
「アリサ、どうした?」
 さすがに不安になった竜馬は、立ち止まって振り返った。何も言わなかったアリサだが、急に竜馬にぎゅっと抱きつき、震え始めた。
「アリサ…」
 竜馬の体の中を、罪悪感が駆け抜けた。目の前にいるのは、生意気でいつも自分にちょっかいをかける女の子ではあるが、彼女だって女の子だということを忘れていた。
「アリサ、悪かったよ。もう怖くないから」
 竜馬がアリサの頭をなで始めた、そのときだった。
 がぶぅ!
「ぎゃー!」
 アリサの牙が竜馬の腕に深々と食い込んだ。
「な、なんであんなの見るのよー!怖くて、泣きそうになったじゃない!バカー!」
 がぶがぶ!
 アリサが連続で何度も噛みついた。
「あだー!」
 竜馬はその痛さに怯み、思わずアリサを突き飛ばす。
「な、なんだよ!十分元気じゃねえか!」
「元気じゃないもん!」
「あー、心配して損した、撫でて損した!」
 竜馬は怒って歩き出した。その後ろにアリサがついていく。
「そんなに苦手だったなら、最初に言えばいいじゃねえか。俺だって無理強いなんかしないよ。そんなに怖い話が嫌いだと思わなかった」
 噛まれた場所を撫でる竜馬。彼は、ここまでアリサが怖がるとは予想していなかった。
「だ、だって、予想以上だったし…それに、竜馬と一緒だから大丈夫だと思ったのよぅ」
 アリサが俯いてとぼとぼ歩く。
「なんか、無駄に金使わせたみたいで、嫌だなあ…なんで俺と一緒なら大丈夫なんだよ?」
 最初に感じた罪悪感のせいもあって、竜馬はぼそりと言った。半分は自分へと、半分はアリサへと向けた言葉だ。
「そんなの、好きだからに決まってるじゃない。好きな人と一緒なんだもん」
 なんでもないことのように、アリサはさらりと言った。その言葉の調子は、少し恥ずかしそうで、少し嬉しそうだった。一瞬、竜馬の胸がどきりとしたが、竜馬は気のせいだと思いこんだ。
「ま…悪かったよ。とにかく、飯行こう。腹減ったよ。どこがいい?」
「ファミレスが楽なんじゃない?今日は私の奢りだし、遠慮しないで食べてね」
 先ほど噛みついたことも忘れ、アリサは腕に抱きついた。そして竜馬の顔を見ると、にっこり笑った。
『ったく、調子いいよなあ』
 竜馬は苦笑して、歩き出した。この状況にだんだん慣れてきている自分がいる。別に彼氏彼女と言っても、アリサは必要以上にその関係を誇張することは、あまりないようだ。しかし、彼女は竜馬を油断させることが得意だ。まだ気を抜いてはならない。
 この後、まさか大変な展開になろうとは、竜馬もアリサも予想はしていなかった。


前へ 次へ
Novelへ戻る