「…で、出たのはいいが、どこに行くつもりだったんだ?」
竜馬が駅前の通りを歩いている。デートだからといって、普段と違う格好をしているわけではない。よくわからない英文が書いてあるTシャツに夏用ジャケット、下はジーンズ。彼は、別に普段と違うことをするつもりはないので、この格好でいいと言った。
ところが、アリサはそうは思わないらしく、とっておきだという白いワンピースを着てきた。竜馬はどこがとっておきだかわからなかったのだが、それに対して「よく似合うよ。いつもよりおしゃれだね」と言わされるハメになった。
「どこでも〜。竜馬と一緒にいるだけで幸せなのよ〜」
竜馬の隣を、アリサがにこにこしながら歩いている。平日の朝、昼と言うには早すぎる時間だ。人はそれほどはいない。
「面倒くせぇなあ…」
小さい声でつぶやく竜馬。アリサに聞こえていないか、少し不安になったが、彼女の耳には届いていなかったようだ。
と、竜馬の目の前を、1人の女性が歩いていった。スーツを着ているということは会社員だろうか。大人の女性の色気を振りまいている。竜馬の目が、スーツの女性に釘付けになる。
がぶぅ!
「あ、痛ー!」
竜馬の肩に、鋭い痛みが走った。アリサが噛みついている。竜馬はあたふたしながらも、すぐにアリサを引き剥がした。
「何しやがる!」
「浮気するからよ!このバカ!私だけ見てればいいのよ!」
アリサがぷんすか怒っている。彼女の姿に、竜馬は何か言ってやろうと身構えたが、すぐやめた。言っても彼女は聞かないだろう。
ブブブブ
竜馬のポケットで、携帯電話が震えた。地元にいる友人からだ。今回のことで困った竜馬は、どう接すればいいか友人に助言を求めていた。その返事が返ってきたのだ。
『映画とかマジおすすめ!2時間くらい話さないですむし楽!』
携帯電話を開けば、今の竜馬にとって有益な情報が送られて来ていた。
『ああ、ありがとう、友よ!帰ったらハンバーガーでも奢ろう!』
メールを返し、竜馬は心の中で、深く礼をした。
「どうしよっか。遊園地でも行く?平日だから空いてると思うよ?」
先ほど噛みついたことも忘れ、アリサが竜馬の腕に抱きついた。するりと腕を通し、腕を組む。
「悪くはないんだろうけど、ちょっとな〜。微妙」
竜馬は言うべきタイミングを誤らないように、慎重にリズムを計る。アリサは勘が鋭い。裏に何か意図しているとわかったら、また噛みつかれてしまうだろう。牙の痕をつけて歩き回るのは、今時の高校生のファッションとも思えない。
「そっかあ…じゃあ、何か案出してよ」
アリサがぷうと膨れる。
「そうだな。映画とかどうよ?映画館近いし」
何気ない一言を装って竜馬が言った。
「いいね〜。どうしたの、いきなり」
アリサがじっとりと竜馬を見つめる。
「デートって言ったら映画じゃないかなって思ってさ。嫌か?」
彼女の疑わしき視線に、自分の思惑がばれると思った竜馬は、思ってもいないことを口にした。すると、一瞬でアリサの毛が逆立ち、尻尾がせわしなく揺れ始めた。もし彼女が地球人ならば、紅潮した頬が見られたことだろう。
「嫌じゃないよ!竜馬、彼氏様がすっかり板について、私嬉しい!」
ぎゅううう!
「んがあ!」
アリサの抱きしめが竜馬を襲う。1話から読んでいただいている読者の方は既に御存知だと思うが、彼女の怪力はたびたび抱きしめや噛みつきの形を取って、竜馬を襲ってきた。彼氏彼女の関係になったからと言って、それが軽減されるわけでもない。やはり、彼女の力は、強かった。
「あ、ご、ごめん!強かった?」
アリサが慌てて竜馬を離した。
「アリサ、てめえ!殺す気か!」
「もう、そうじゃないでしょ。どうするんだっけ?」
アリサは膨れ面で、抗議する竜馬を押さえ込む。
「ははは、やんちゃだな、アリサは。そういうところも、かわいい、よ」
台本の中の1ページを見ながら、まったく気持ちの入っていない声で竜馬が言う。
「くぅん、かわいいだなんて」
心のこもっていない言葉でも、アリサには嬉しいようで、手を胸の前で組んで尻尾を振っている。
「はあ…なんか俺、虚しくなってきたわ…」
竜馬は俯いて歩く。角を曲がるとすぐに映画館だ。
「じゃあ、竜馬もこのシチュエーションを楽しめばいいのよ」
「無理だわ…俺、楽しめるほど余裕ないもん…」
るんるんと竜馬の後に続くアリサに、やや疲れた声で竜馬が返す。
「逆に考えればいいのよ。私は、竜馬の、彼女なんだから。ほら、普段したくても出来ないこととか、あるでしょ?ほら、ほら」
アリサが手をぱたぱたさせた。何かを要求するような目だ。
「ないな」
「何も?ほら、普段出来ないような、いろんなこと…」
「ない」
竜馬のつれない返事に、アリサがまた膨れた。
映画館は古くさい建物だった。10年ほど前、廃ビルだったところを壊して建てたこの映画館は、1階がレストラン、2階が映画館になっている。竜馬とアリサがエレベーターに乗ると、2階へとゆっくりと上がり、扉が開いた。平日だからか人はまばら、広告ディスプレイには今上映中の映画の広告が流れていた。
「何があるかな」
貼ってあるポスターを見る竜馬。今話題になっている、海外製のホラー映画「コントローラー」が、ちょうど上映しているようだ。8分ほど待てば上映が始まる。
「ああ、これ、見たかったんだよな」
「え?」
竜馬が無料パンフレットを手に取ると、アリサが嫌そうな顔をした。
「ほら、見てみろよ。面白そうじゃん?」
パンフレットをアリサに渡す竜馬。内容は、大学生3人が主人公の話だ。アメリカの田舎町に行った彼らは、人がいなくなり、化け物が現れるという現象に遭遇した。彼らは常に何かの目的を持ち、人形として大学生達に襲いかかる。裏には、化け物を操る者の存在が見え…という、よくあるホラー映画だ。
「これさ、グロいけど面白いらしい。引き込まれるような怖さがあるって」
竜馬はもう一度ポスターを見た。金髪女性が、何かから逃げているシーンを撮った写真が使われている。
「うー…私、こういうスプラッターなホラーは苦手…」
アリサが耳を伏せた。その顔は、迷っている顔だ。竜馬と一緒に映画は見たいが、ホラーは嫌だ、と言いたいのだろう。彼女の顔を見た竜馬は、これ以上ないチャンスだと感じていた。もしかすると、彼女をおとなしくさせることが出来るかも知れない。
「すっげえ楽しみだったんだよな。レンタルに行くのは2ヶ月かかると思うしな〜」
「でも…」
「パンフのストーリー読むだけですごいもん。監督、エリック・ターナーだろ?前作のマリファナチルドレンもすげえ面白いホラーだったし」
「いやなのよう!何、私に嫌がらせしたいの!?」
「そうじゃないんだけどな。あー、見たいなあ。いや、アリサが嫌ならいいんだけどな。一応今日は俺彼氏様じゃん?お互いが見たいもの見ればいいと思うよ。アリサは何がいい?」
一応の彼氏様、という言葉が効いたらしく、アリサがびしと尻尾を立てた。
「し、しょうがないわね…手、つないでていい?怖いし…」
耳をぴこぴこと動かし、目を逸らすアリサ。その顔は、嬉しいのと恥ずかしいので、表情がころころ変わった。
「まあ、そんくらいはしょうがないよな。悪いね、付き合わせたみたいになって」
竜馬は心の中で勝利宣言をした。その顔はご機嫌だ。アリサを静かにさせられる、という心境からなのだが、アリサはそれを別のことからだと勘違いし、嬉しそうに微笑んだ。
「大人2枚お願いします」
受付嬢にチケットをもらう竜馬。前の方にあるいい席はすべて埋まっているようだ。右側中程の席に座ると、タイミングよく広告が始まった。4、5本入ったら、映画が始まることだろう。
「手…離さないでね?」
きゅっ
右隣の席に座ったアリサが、竜馬の手を握った。
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