地上へ続く、長い階段を昇ると、上向きについている扉に突き当たる。重い扉を開くと、隙間から砂が中に入り込んだ。外は既に真っ暗、知らぬうちに夜になってしまっていたようだ。空には星が瞬いている。
「さむぅ…」
 ぶるっと震えるメミカ。埃っぽく、冷たい風が、4人の横をすり抜けていく。ポイザンソの街が、すぐそこに見える。だが、昼間までの姿ではない。
「これは…」
 数歩、歩いて、バルは息を飲んだ。街が崩壊している。かろうじて形を保っている建物もあるが、ほとんどは崩れ、瓦礫と化している。
「まず、あそこへ戻ってみるか。恐らく、この有様を報告しなければいけないだろうから、少し調査をしたい」
 リキルがポイザンソへ向かって歩き出した。4人が砂を踏む音が、さふ、さふ、さふと響く。空の星すら落ちてきそうな、吸い込まれそうなほどの夜空だ。
「これ、元は門だったんだよなあ…すっかり倒れちゃってるよ」
 転がっている石柱に手を置き、バルが言った。全壊の建物と、そうでない建物の比は、大体1対2ぐらいだろうか。地上にも、大きな地震が起きた様子だ。
「僕は街の様子を記録してくる。3人は、そうだな…そこの宿屋で待っていてくれ」
 リキルに言われ、バルが振り向く。昼間、食事をした宿屋の建物が、壊れることなく、そのまま残っている。
「僕も行こう。お城へ戻ったとき、報告が必要になるだろうからねえ」
「そうか。じゃあ、頼もう。手分けして、記録してくれ」
 リキルとバスァレが頷きあった。
「俺等も行った方がいいかい?4人で手分けした方が、早く終わりそうじゃないか」
「それには及ばない。軽く調査してくるだけだよ。休んでいてくれ」
 バルの提案を、リキルが断った。
「じゃあせめて、これだけでも持っていきなよ」
 バルが簡易ランプを差しだし、リキルがそれを受け取った。そして、リキルとバスァレが、闇の中へと消えていく。残ったバルとメミカは、宿屋に入った。確か、1階は食堂になっていたはずだが、こうも暗くては何も見えない。
「ちょっと待ってね」
 メミカが、掌の上で魔法の火を燃やした。辺りがいきなり明るくなる。家具が、ほとんどが倒れたり移動したりしている。遺跡が崩れるとき、地震があったようだ。
「何か火を付けるものはないかなあ。ずっとこうしてると、魔力を消耗するから…」
「探してみようか。もし無かったら、イスの足でも外して使おう」
 バルとメミカが、食堂内を漁り、何か無いかと探す。カウンターの中に入ったバルは、カウンター下にあった戸棚を開いた。
「おっ…」
 バルはそこで、使われていないロウソク数本と、手持ち用のロウソク立てを見つけた。さっきの簡易ランプに比べれば、弱い火ではあるが、持っていて損はない。早速、メミカの手中の火で、ロウソクに火を付け、テーブルの上に立てた。
「疲れた〜。今すぐ、寝ていいと言われたら寝られるわね」
 手の火を消したメミカがイスに座り込み、ふふふと笑った。確かに、今日1日は色々なことがあった。とても、密度の濃い1日だったと思う。メミカと同じく、バルもすっかり疲れていて、眠れと言われたらいくらでも眠れそうだ。気絶している間に、体力は回復したようだが、それでも疲れの全てが取れたわけではないらしい。
「あの幽霊の人たち、どうなるんだろうね。ここの地下に、眠り続けることになるのかな」
 幽霊のことを思い出し、バルが口を開いた。
「きっとそうよ。もう入り口はないわ、誰にも邪魔されず、ずっと眠り続けられるはず」
 入り口のない遺跡ならば、除霊される恐れもないだろう。彼らの役目が何だかはわからないが、きっとその役目を果たすまで、邪魔は入らないはずだ。
「ベッドで寝たいねえ。ジャンバルの街に戻ったら、すぐに宿に戻ろう」
 ぐてん、と机に倒れ込むバル。尻尾を振る元気すらなくなってきた。
「うん。心地よい疲れが…」
 メミカも同じく、ぐったりとしている。意識が飛びそうだ。もう、眠気が…。
 ウオオーン
「…?」
 建物の外から、狼の遠吠えのような音が聞こえる。いや、これは遠吠えそのものだ。
「なん、だろう」
 狼は魔物に属する生物ではないが、魔物と同じくらいに危険な生物である。バルは窓際に行き、外を覗き込んだ。
「…!」
 外にいたのは、マーブルフォレストにいた、狼型の魔物だった。1匹や2匹ではない。数えることすら出来ないほど多くの狼が、外で走り回っている。
「バル君、これは…」
 ばんっ!
 メミカの言葉を遮り、入り口のドアが開いた。入ってきたのは、2匹の狼達。敵意を丸出しに、メミカとバルに向かって唸っている。
「くっ!」
 剣を抜き、戦闘態勢を取るバル。メミカも同じく、槍を手に持った。
「グオオオオ!」
 狼のうち、1匹がバルに向かって飛びかかってきた。動きが早い、剣を振っていては間に合わない。
「でぇい!」
 げしぃ!
「ギャン!」
 バルは足を上げ、前蹴りで狼を撃退した。
「ガオオ!ガオオオ!」
 もう1匹も、後を追うように飛びかかってきた。バルは、それを間一髪で避け、後ろに下がった。
「ええーい!」
 べちぃん!
「ギャウ!?」
 その背中に、メミカが尻尾を振り下ろす。狼は、べちゃっと床に崩れ落ち、動かなくなった。ラミアの尻尾アタックを背中に受けたのだ、当然と言えば当然だろう。
「リキルとバスァレが心配だ」
 ロウソクの火を消し、バルが言った。リキルとバスァレは、街の中で個別に行動しているはずだ。このままでは、個別に倒されてしまうかも知れない。
「外に行きましょう!」
「ああ!メミカさん、手分けして2人を探そう!」
 ばんっ!
 言うが早いか、剣を掴んだまま、バルは扉を開けて外へ踊り出た。


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