「…13階の悪夢と呼ばれる、小さな箱だ」
 話を終えたバスァレは、フォークと缶を置き、息をついた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。13階の悪夢って…」
「おや、知っているのかい?」
「ああ、う、うん」
 バスァレの意外そうな顔に、リキルが微妙な表情で対応した。黒い、小さな箱。大地神の力を秘めており、祈ることにより、中に込められた力を1度だけ使用することが出来る。大地神の力を補充するパワーポイントで、力を補充できるという、あれだ。
「それ自体は、単なる儀式用の道具に過ぎない。黒い箱で、キーが刺さっている。そのキーを、然るべき方法で抜くと、3つの指輪に3人の星神の力が、100パーセント戻るんだ。そして、悪神が蘇る」
 しゃり
 カットしたリンゴを、バスァレが口に入れた。バルは、自分の持っていたその小箱が、そんな秘密を秘めたものだとは知らなかった。13階の悪夢は、さっきの遺跡で見つけたパワーポイントに置き、そのままにしてある。今は、土の中だ。
 バスァレは、バルが13階の悪夢を持っていたことを知らないらしい。バル、リキル、メミカの3人は、お互いに顔を見合わせた。
「僕が突き止めたのは、この遺跡に13階の悪夢が置かれていたことと、13階の悪夢が何者かに持ち去られたこと、そして僕と同じく、13階の悪夢を探している人間がいること」
「探している人間?」
「わからないかな、旅人君。彼らは指輪と共に、13階の悪夢を手に入れるために、この遺跡に来たんだよ」
 薄ら笑いを浮かべ、バスァレがリンゴを飲み込んだ。指輪を集め、この遺跡に来ていた人物。この場合の「彼ら」として、一番適切なのは…。
「ニウベルグか…」
「そうだ」
 リキルの言葉に、バスァレが頷いた。
「ということは、そのいにしえの邪神を、ニウベルグが復活させようとしているってこと?」
 不安げにメミカが問う。
「うん。そして、王子もそれに荷担している。なぜ彼らが、その邪神を蘇らせようとしているかはわからない。その力を何かに利用しようとしているのかも知れない。まあ、どんなに上手く利用出来たとしても、良い方向には行くはずがないんだよねえ」
 彼の言うとおりだ。相手は、自分の力と欲のために、他の神を陥れて人間を苦しめた悪神だ。どんなことになるか、知れたものではない。ランドスケープ王国だけではなく、世界中が大変なことになるかも知れない。
「僕は、王国で騎士の身分を持つ人間だ。ランドスケープ王家に代々伝えてきている、ソウの血族。今回請け負ったのは、王子を捜すことと、この騒動を秘密裏に無くすことなんだよ」
 騎士、とは。バルが目を丸くする。こんなに背の低い、しかも子供のように見える妖精が、騎士というのには意外性があった。騎士というのは、両手剣を片手で扱っても問題のないような、剛胆な人間がなるものだと思っていたが、そうでもないらしい。
『…待てよ?』
 はたと、バルは考え込んだ。確かバスァレは、以前「少しでも多くの力が必要だ」と言っていたはずだ。今の話は、要点を得ていない。
「俺はここで、確認しておこうと思う。君はなぜ、13階の悪夢と、指輪を手に入れようとしているんだい?」
 鋭い視線を、バスァレに向けるバル。バスァレは黙り込み、リンゴの種を指でもてあそぶ。
「君は、前回俺と会ったとき、言ったはずだ。少しでも多くの力が必要だと。その理由を知りたいんだ。前も言った通り、俺は…」
「僕のことを、信用していない」
「そうだ。聞かせてくれてもいいじゃないか」
 バルの言葉を、バスァレが引き継いだ。しばらくの間、沈黙が続く。
「…僕は確かに、邪神の復活を防ぐ目的のみで動いているわけではない。それは確かだ。でもね、力を使う目的については、まだ話すことは出来ないんだ。混乱を生じかねない」
 ふふふ、と妖しく笑うバスァレに、バルがまた苛立ちを感じた。
「それと、ね。真実を話す相手は、味方に限る。君は、俺の味方かい?いいや、無理はしなくてもいいよ。さっき、僕の味方をしてくれただけで、僕はもう十分なんだよねえ。バルハルト・スラック君」
 じろり、とバスァレの瞳が、バルの目を真っ直ぐに捉えた。ぞくり、とバルの背中を冷たいものが駆け抜ける。
「この国の民でなし、ましてや僕を真の味方とするでなし。君が僕を信用していないように、僕も君を、ちゃんと信用はしていないんだよ」
 怖かった。無意識に、バルはナイフに手をかけていた。もちろん、抜く気などない。だが、何か武器に手を触れていなければ、恐怖に取り殺されそうな気がしたのだ。
「なん、なのよ、あんた達?」
 異種異様な空気に、メミカがかすれた声を出した。バルは目を擦り、もう1度バスァレを見つめた。さっきまでの冷たく恐ろしい目ではない、もう彼はいつも通り、何を考えているかわからない、詐欺師のような目に戻った。
「君の人間性は、とても好きだ。でもね、それとこれと、話は別なんだよ。わかってくれるかい?」
 信用されていない。それを考えるだけの頭が、さっきまでのバルにはなかった。自分のことだけで、相手のことなど。
「…まあ、当たり前、っちゃ、当たり前か」
 ばりばりと頭を掻くバル。そういえば、自分は旅人だった。成り行きで指輪を見つけ、成り行きでニウベルグと戦い、成り行きでこのパーティにいる。今現在はリーダーではあるかも知れないが、この国に一番「関わりのない」人間だ。
 メミカには、ニウベルグを捕まえ、ちゃんとした罰を受けさせるという目的がある。リキルは兵士だ、この国の平和を守る目的がある。バスァレはバスァレで、邪神復活を阻止するのと、ロビンを連れ戻す目的がある。
『俺の、目的は、なんだろう』
 目の端で、空になった缶詰を見ながら、バルは思考の渦に迷い込んだ。そういえば、どうしてここに?どうして…。
「言葉のあやみたいなものだよ。そう気に病まないでほしいねえ。僕は個人的に、君が大好きなんだ。なに、関係はこれからでも築けるさ」
 立ち上がり、埃を払うバスァレ。彼は、缶詰を取り出した時と同じように、ゴミと食器を片付けた。一体どこに消えているのか、不思議でならない。本当に、異空間に倉庫を造っているのだろうか。
「さて、外に出ようか。傷もすっかり癒えた」
 すたすたと歩き出すバスァレに、3人が続く。しんがりを歩くバルは、さっきのことを、まだ考えていた。
『俺の、目的は…』


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