ばたん!
「おい、そっちだ!棒がある、取ってくれ!」
「わかった!」
 叫ぶバルに、リキルが棒を手に取り、渡した。バルは、扉の引き手に棒を差し込み、壁と固定した。どんっ、どんっと向こう側を叩く音が響き渡るが、扉は開かない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 バルはようやく一息ついた。そして、持っていた水筒から水を一口飲んだ。
 廊下に徘徊していた人形は、思っていたよりもずっと数が多かった。10体ほど倒したところまでは覚えているが、そこから先は覚えていない。いくつにも分かれた廊下を無茶苦茶に走り、人形を蹴散らし、4人は逃げ回った。全てを倒すには、4人では力が足りない。階段を下り、さらに廊下を走り、4人はようやく扉を発見した。そこで、追いかけてくる人形達から逃げ切るために、その扉に飛び込んだのだった。
「遺跡に来るたびに、逃げてばかりだな…」
「当然さ。あれだけの数、まともに相手をしようとは思えないものだよ。逃げる方が賢いと思うねえ」
 棒で扉をちゃんと固定するリキルに、バスァレが言葉を返す。しばらく待っていると、外の人形達は攻撃行動をやめたようで、扉を叩く音は無くなった。
「さて、逃げ込んだはいいけど、この部屋はなんだろうね」
 落ち着いて辺りを見回すバル。正面には扉、右と左に儀式的な祭壇がある。小さな物だが、燭台や皿、そして花瓶などが置いてあるところを見るに、実際に祭事に使用されていたのだろうか。
「花だ」
 メミカが歩み寄り、祭壇の花瓶に挿してあった花を手に取った。花はぼろりと崩れ、砂になって足下に散った。よほど長い間、ここにあったらしい。ドライフラワーの域を超えて、枯れている。
「神聖な場所なのかな、ここは」
「わからん。ニウベルグと獣人男はどこにいるんだ」
 バルとリキルが2人で祭壇を睨む。
「扉が開かないね。鍵かな?」
 がたがた
 扉を揺らすバスァレ。この向こう側に行くことは出来ないのだろうか。どこかに鍵があって、それを手に入れる前にここに来てしまったのだろうか。
「バル君」
 メミカが、壁の4隅にあった燭台を指さした。油と、小さな穴。これは、さっきと同じ仕組みだ。4人いるのだから、同時に火を付けるのは難しくはない。だが…。
「いでよ、火炎!」
 ばっ!
 バルは指輪をはめ、手をかざした。
 ぼぉぉおおう!
「!」
 バスァレが身を低くした。火炎は指輪から溢れるように生まれ、4つの燭台全てに火を付けた。
 ゴゴゴゴ…
 扉が開く。やはり、同じ仕組みだったらしい。
「いいねいいね、魔法」
 魔法を使うことが出来ない身のバルだ、こういう形でも魔法使い気分になれるのはとても楽しい。
「さすがはメースニャカの指輪、と言ったところだねえ」
 くすくすと笑うバスァレ。そうこうしている間に、扉は開ききった。奥から、廊下などよりさらに冷たい空気があふれ出す。
「ここは…」
 奥へと進む4人。そこは、まさに墓地としか形容のしようがない場所だった。多くの石の棺が、等間隔に並んでいる。棺は人間サイズではなく、子供ぐらいしか入らないサイズのものばかりだ。
 ごとん
「きゃあ!」
 突然、棺の蓋が落ち、メミカが叫んだ。恐る恐る近づくバル。中には、透明なガラス瓶が入っていた。ガラス瓶の中には、元は人間の骨であっただろう、黄ばんだ白い塊がいくつも入っている。瓶の他には、副葬品とおぼしき、機械や何かのパックなどが入っていた。
「びっくりしたぁ…開くんだね、この棺」
 メミカがびくびくしながら棺の中を見る。バスァレが隣に立ち、無表情で棺の中を覗き込んだ。
「この遺跡、ポイザンソは、元々立ち入り禁止の遺跡だった。宗教的禁忌に近いものだね。どちらにせよ、仕掛けのせいで、奥まで入ることが出来た人もいなかった。なるほど、墓場か…」
 ざっ
 バスァレが、奥の何もないところに向かって、短剣を抜きはなった。
「どうした?」
「下がれ」
 後ろから話しかけたバルに、バスァレは小さく言った。次の瞬間。
 ひゅがっ! ぱきん!
 暗闇から、目にも留まらぬ速さで矢が現れた。それを、バスァレは短剣で切り落とした。
「うわあ!」
 バルは驚いて後ろに飛び退いた。棺に足がぶつかり、がたんと音が出る。
「敵襲か!」
「誰かいるわ!」
 リキルとメミカが、ほぼ同時に臨戦態勢を取った。暗闇の中、誰かの足音がこちらへと向かってくる。
「剣呑ですね、王子」
 くすくすと笑うバスァレ。バスァレの放つ光の範囲に、1人の男が入ってきた。前に、ジャンバルの街で、ニウベルグと共に行動していた謎の獣人男だ。バスァレはこいつのことを「王子」と呼んだ。つまり、こいつは…。
「ロビン様!?」
 信じられない、といった表情で叫ぶリキル。ロビンと呼ばれたその男が1つ頷いた。
「バル!この方がニウベルグと一緒にいたっていうのか!?」
「う、うん。そうだよ。メミカさんも見てる。ね?」
「ええ。間違いないわ」
 取り乱すリキルに言われ、バルはメミカに確認を取った。メミカも、バルの言葉に同意した。
「信じられない…まさか…」
 リキルの顔から、血の気が引いた。
「ロビン・レンブルート・ランドスケープ王子。これが彼の名だよ。君たちは知らないかも知れないが、数ヶ月前から、彼は行方不明だったんだ」
 油断なく短剣を構え、ロビンと対峙するバスァレ。これが、シンデレラの兄だというのだろうか。彼は、ランドスケープの王位継承権を持つ男性で、国の一員のはずだ。なのになぜ、こうして今、敵意を向けてきているのだろうか。
「王子。あなたは今、ご自分が何をしようとしていらっしゃるか、わかっておられるのですか?」
「そうです!姫様だって心配しておられます!早く戻って…」
「剣士君、そういうことではないんだよ」
「へ?」
 口角に泡を飛ばし、ロビンを説得しようとしたリキルに、バスァレが苦笑を返す。
「もちろん、わかっている。私は、私の考えがあって行動をしているのだ」
 矢を手に取り、ロビンが4人を順繰りに見た。
「わかっているのならば、あなたは国家反逆者の汚名を、自らの意志で被ることになる。よろしいか?」
「それでも、やらねばならないことがある。邪魔をするというならば、残念だが、私は戦わねばならない」
 ロビンの目は本気だ。もし戦うとして、どういう結末になるのか、バルには予想が付かなかった。
「4対1です。王子、おやめになった方が賢明かと思われますが。降伏していただけませんか?」
 バスァレも、言葉の調子から察するに、本気だ。ロビンを倒してしまっていいものなのだろうか。バルは、軽くためらった。もし戦うとしても、こてんぱんにするわけにもいかない。かといって、前回の彼の腕を見るに、今のバルでは本気で戦わなければ勝つことは出来ない。なんとか降伏してくれればいいのだが。
「4対1ではないよ」
 ぬぅ…
 暗闇の中から、多くの影が現れた。白と青の入り交じった、氷で出来ている人型。口も目も無く、歩くたびにパキパキと音がする。
「ウ、ア、ア」
「オオオ」
 口々に、何かよくわからないことをつぶやき、氷の人型が4人を包囲する。その数、およそ15。形勢不利だ。
「前に戦った、火炎の人型に近いわね」
 一番近い相手に槍を向け、メミカが呟く。
「これはニウベルグが呼び出した精霊だ。知能こそ低いが、十分な戦力になる。今度は私が君たちに問おう。このまま、帰ってはくれないか?」
 ロビンの声は、この氷の人型の肌ほどに冷たい。
「じゃあ、そうしましょう…なんて言うとお思いですか?」
 リキルがロビンを睨み付けた。いつも冷静な剣士の彼だが、今はかなり熱くなっている。
「一応、聞いておきましょう。王子は、ここで何をなさるおつもりで?」
「バスァレ。それは愚問と言うものだ。君にはもうわかっているのだろう?」
「ふふ、おっしゃる通りで」
 刹那、何かアイコンタクトのようなものが、バスァレとロビンの間に走った。ロビンは弓をマントの中に入れ、後ろに下がった。
「殺すな。敵意を失わせるだけでいい。私は、奥で作業を続ける。」
 命令を下し、ロビンが闇の中に消える。同時に、人型達は、ゆっくりと近づき始めた。
「ど、どうするのよ」
 槍を構え、メミカが後ろにじりじりと下がる。
「恐らく、これはニウベルグの召還した魔物だ。なんとか退けて、王子を追わないと」
 バルが、そのメミカと寄り添うように、剣を構えながら下がる。
「その、ニウベルグという男が、この奥にいるというのか?」
「可能性はある。何の目的でここにいるかは、バスァレの方がよく知っていそうだけど」
 リキルの問いに、バルは返事をして、バスァレの方をちらりと見た。
「これが終わったら、話そう。今は目の前の危機を回避するのが先だよ、旅人君」
「ああ。嘘はつかないでくれよ?俺はまだ、君が信用出来ないんだ。なんとなく、だけど」
「あはは、嫌われたねえ。まあ、いいや。今、君たちが味方になってくれているだけで、僕には十分なんだよ」
 バスァレが、軽く手をかざした。と。
 ぼぼぼぼおおおおおう!
 メミカの物より、数段大きな火球が瞬時に現れた。その火球は、矢みたいなスピードで、人型に飛びかかった。
 ぼおおぅ!
「ギエエエエ!」
 人型の氷とバスァレの炎が激しくぶつかり合う。人型は湯気を出して溶け、最後には箒のように細くなり、ぽきりと折れて消えていった。
「ウオオオオオ!」
「ギョオオオ!」
 他の人型が、ほぼ同時に4人に襲いかかった。バルは、走ってきた人型に向け、剣を振り下ろした。ぱきん、という、金属とも生き物とも違う手応えが、剣越しに伝わってくる。この魔物は、本当に全身が氷で出来ているのだ。それも、かなり硬い氷で、剣で相手をするのは骨だ。
「えぇい!」
 メミカも、バスァレと同じように、炎を使い戦っている。だが、バスァレのような威力のある攻撃ではない。また、ここに来るまでに何度か雷を使ったためか、軽く息があがっている。彼女の槍は重量のあるものではないし、氷を砕くには威力が足りない。どちらにせよ、ハンマーでもない限り、物理攻撃でこの人型を相手するのは難しそうだ。
「バル、そっちに行ったぞ!」
 リキルに叫ばれ、バルがばっと振り向いた。
 どぐぉ!
「げふっ!」
 人型のパンチが、バルの胸を打つ。冷たい。そして、痛い。肺から、空気が全部抜けてしまった。
「ぐうう!」
 がきぃん!
 襲い来る2発目のパンチを剣で弾き、バルが必死に肺に空気を吸い込む。いつの間にか、3体の人型が、バルのことを取り囲んでいた。
「くそうっ!」
 ホールの奥の方へと逃げ出すバル。人型がその後を追う。何度も、棺にぶつかりながら、バルは駆けた。
「バル君!分散するのは危険よ!」
 メミカがバルのことを呼んだが、バルは返事も出来なかった。ある程度、人型との距離が開いたところで、バルは鞄のポケットに手を入れた。取り出したのは、メースニャカの指輪。きっと、これを使えば、これぐらいの相手ならば溶かしてしまえるほどの火が出るに違いない。
「くそぉ、食らえ!」
 指輪をはめ、バルが手をかざした。だが、メースニャカの指輪は、火を出さない。一瞬、たじろいだ人型達だったが、何も起きないことをすぐに理解して、バルへとゆっくり近づき始めた。
「旅人君!その指輪には、使い方があるんだ!ただ闇雲に使っても炎は出ない!」
「ええっ!?じ、じゃあ、どうしよう!」
「そっちにフォローに行こう!それまでなんとか、持ちこたえておくれよ!」
 持ちこたえろと言われても、とバルは口にしようとして、やめることとした。泣き言を言っている暇と労力がもったいない。
「でやぁ!」
 がきん!
 伸びてきた腕に、バルが横斬りを食らわせた。そして、体当たりを試みた相手の体をかわし、足をかける。転んだ人型に向かって、剣を振り下ろすと、背中に大きな傷がついた。
「ウアアアア!」
 今度は、1度に2体だ。右に、左に、剣を使い、相手の攻撃を上手く弾く。リキルとの特訓で学んだ、軽いフットワークだ。基本はそこにある。倒れていた人型も起きあがり、3体の人型がバルの前に並んだ。
「えええい!」
 ぎぃん!
 攻撃の合間を縫って、バルが小振りに剣を振る。1度に大きなダメージを持っていこうとすると、必ず失敗する。相手が素早いのならばなおさらだ。人型はそれほど素早い相手ではないが、それでも剣を大きく振っては当たらないというのは、容易に理解出来る。
「うあああ!」
 悲鳴が聞こえる。部屋の中央で、リキルが倒れている。どうやら、向こうの3人も、自然と散開してしまった様子だ。奥の暗がりから、まだ多くの敵が現れている。ニウベルグは、この数をリアルタイムに操っているのだろうか。恐らく、答えはノー。召還した精霊が、半自動で行動しているのだろう。
「ヴァ!ヴァ!」
 ぎぃん!ぎぃん!
「離れろ、こいつ!」
 リキルの盾に向かって、人型が何度も腕を振り下ろしている。このままではリキルが危険だ。思うと同時に、バルは人型の包囲を抜け、リキルの元へと走っていた。
「くらえ!」
 どすぅ!
「ヴァー!」
 剣に突進の威力を乗せ、バルはリキルを殴る敵を吹っ飛ばした。数体の人型が、周りを取り囲んでいるが、恐れる暇などない。
「ば、バル、助かったよ」
 起きあがり、剣を構え直すリキルが、礼を言った。
「しかし、数が、多いね!」
 がん!がぎぃん!
 向かってくる拳を、剣の振りで打ち返すバル。相手の拳は少しずつ削れ、氷の粒が周りに散る。ホールの中は、氷の人型のせいか地下のせいか、砂漠とは思えないほどの冷気が流れていた。
「みんな、集まって!この数相手に乱戦しても、成果は上がらない!」
 メミカの号令で、4人が1個所に集まる。壁を背にして、菱形にフォーメーションを組む。
「でやあああ!」
 目の前に来た人型に、先頭にいたリキルが剣を刺した。隙を逃さず、バルが身を低くして足を狙い、人型を倒す。倒れた人型に、バスァレとメミカの造りだした火球が飛びかかり、人型は叫ぶ間もなく蒸発した。
「さあて、どうする。来るなら来い、同じ目に遭わせてやる!」
 バルの声に、人型の間に戸惑いが流れた。前に出会った、炎の人型は言葉を発したし、知能もあるようだった。この、氷の人型も、恐らく同じだろう。
「ウウウ」
「アアアア」
 少しずつ、人型達が下がっていく。いや、下がっているわけではない。部屋の中央に、集まっているのだ。人型達は、強く抱き合い、ゆっくりと揺れ始めた。
「なんだろう?」
 その異様な光景に、バスァレが目をぱちくりとさせた。人型達は、ゆっくりと溶け始めた。そしてその液体が一つになる。溶けて、出来上がったのは、巨大な足だ。そして、腰、腹、胸、腕…。
「ま、まさか」
 メミカが顔を青くした。バルも、彼女の想像と同じものを思い浮かべ、ぞっとした。人型達は集まり、見る見るうちに合体していく。そして…。
「ウオオオオオオン!」
 そして、出来上がったのは、1体の巨大な人型だった。冷気をまき散らし、恐ろしい咆吼をあげた。目の前に現れた氷の巨人に、バルは驚いて口をあんぐりと開けた。背の高さだけでいうならば、バルの5倍はあるだろう。以前戦った、草の巨人に負けずとも劣らない大きさだ。
「これをなんとかしないと、奥に進めない。奥に進めないと、ニウベルグと王子を捕まえられない…」
 何かの確認のように、リキルが呟く。
「だったら、相手するだけさ。そうだろ?」
 剣を握りなおし、バルは相手を正視した。勝てるか、勝てないかではない。勝たなければならないのだ。
「その意気だよ、旅人君。格好いいじゃないか」
 バスァレも、ナイフを構え直す。メミカは、前に垂れてきていたポニーテールを後ろに払い、槍を持ち直した。
「うおおおお!」
 最初に突進したのはリキルだ。リキルは、足の腱に当たる部分に向かって、剣を振り下ろした。きぃん、という鋭い音がするが、氷の巨人にはあまり大きな傷は出来ていない。
「ウオゥ!」
 げしぃ!
「ぎゃあ!」
 巨人の後ろ蹴りで、リキルが吹っ飛んだ。5歩分は吹っ飛んだだろうか。うつぶせに倒れ、リキルがうめき声を上げる。
「こいつぅ!」
 メミカが次に突進した。バルも、それに合わせて走る。
「リキルを安全なところに!」
「わかった!」
 巨人の後ろにメミカが回り込む。バルはその間に、巨人の意識がメミカとリキルに行かないように、剣を振りかざして巨人に挑んだ。
 がきぃん!がきぃん!
 剣が何度も巨人に襲いかかる。が、大したダメージにならない。やはり、硬すぎる。
「ウウオオオオオ!」
 バルを踏みつぶそうと、足が持ち上がった。バルはそれを、転がって避けた。立ち上がり、構えを取る間に、次が来る。バルは、巨人の足下を、ネズミか何かのようにころころと転がった。
「リキル君、大丈夫?」
「ああ。まだ、生きてる…」
 リキルとメミカが少しずつ巨人から遠ざかっていく。バルは、巨人の足を避けながら、その姿を見た。
『バスァレは何をしているんだ?』
 この大変な時に、バスァレが協力しないと言うのも腹立たしい。ちらと後ろを見ると、バスァレの姿がない。彼の周りに纏っている光すら、消えてしまっている。
「あいつはー!この忙しいときにどこいったんだ!」
 バルは思わず、思考を口に出した。そのバルの横を、巨人の足が掠める。
「さ、ここで休んでいて。私は、また行くわ」
 リキルを奥の壁に寄りかからせ、メミカが槍を構えた。
「バル君、加勢するわ!」
「頼んだ!」
 ぎぃん!
 槍が、足に突き刺さった。かなり強烈な一撃だ。槍の穂先は深く刺さったらしく、メミカが引っ張っても抜けない。
「くうっ、抜けない!」
 何度も引っ張るメミカ。巨人は、バルからメミカへとターゲットを変更した。
「ウオウ!」
 がしぃっ!
「あっ!」
 巨人の手が、メミカの体を無造作に掴む。
「メミカさん!」
「大丈夫、そう毎度毎度、やられないわよ!」
 メミカは、手を握り拳にして、怪物の腕を殴った。
 ぼぼぼぼぼおおおう!
「ウオオオオオオ!?」
 メミカの拳から、威力の高い炎が吹き出した。怪物の指が軽く溶け、メミカが落ちる。バルはそれを、下で受け止めた。
「うっ!?」
 こういう形で、メミカを抱き留めたのは、初めてだ。かなりの重量が、バルの両腕にかかる。重い。女性というものが、羽のように軽いものだと思いこんでいたバルにとって、これはかなりショックだった。
「ば、バル君、大丈夫?」
「ああ、一応。でも、重い…」
「し、失礼ね!これでも私、痩せているのよ!」
 バルの、苦しそうな声に、メミカが顔を真っ赤にして反論した。
「ウオオオン!」
 巨人が、2人を踏みつけようと、足を持ち上げる。
「う、うわああ!」
「きゃあああ!」
 バルは、メミカを抱きしめたまま、巨人の足から逃げ出した。剣はどうしたのだったか。確か、メミカを受け止めたとき、どこかに落とした気がする。どちらにせよ、メミカを受け止めたままでは、戦う事など出来ない。
「め、メミカさん、下りてくれよ!」
「だって、今下りたら、やられちゃうわ!」
「そんなこと言っても!」
 危ない、ぎりぎりのところを、何度も足が踏みつける。向こう側にいるリキルが、剣を握り、ふらっと立ち上がった。大怪我を負っているのはわかる、彼は今、戦えないはずだ。
「3人とも、そいつから離れてくれ!」
 いきなり、バスァレの声が響き渡った。言われるがままに、バルが巨人から離れるように、駆け抜ける。振り返ると、天井から、バスァレが巨人めがけて飛び降りているところだった。
「うおおおおおお!」
 バスァレが、両手を巨人の顔をに押しつける。そして…。
 ぼ、ぼ、ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼ!
「ウゲエエエアアアア!?」
 突然、巨人の体の中に、炎が巻き起こった。まるで、水の中に油でも流し込んだかのようだ。
「ふううううううう!」
 バスァレの周りに、紫の霧が立ちこめている。霧は、巨人を纏い、だんだんと濃くなっていく。
「ガアアア!?ガアアアア!?」
 戸惑った巨人が、腕を無茶苦茶に振り回すが、バスァレは振り落とされない。バスァレは、すうっと息を吸い込み、叫んだ。
「落ちろ!」
 バアアアアン!
「ギャアアアアアアア!」
 紫の霧が、一気に炎へと変化した。そして、氷の巨人は、体内が膨張し、破裂した。バラバラになった欠片が、溶けながら消えていく。バスァレは、くるくるくる、と回転し、地面に降り立った。一瞬、ふらっとしたが、すぐに直立した。
「はあ、はあ、はあ」
 苦しそうな息づかいで、バスァレが跪いた。バルは、メミカを床に降ろし、バスァレに近づく。
「大丈夫かい?」
「これぐらい、なんでも、ないさ。さあ、旅人君、奥に、行こう」
 心配するバルに、微笑みを返して、バスァレが立ち上がった。
「そんなこと言って…ふらふらじゃないか」
 バルは、バスァレの手を取った。バスァレの手は冷たく、まるで氷のようだ。魔力を使いすぎたのだ。
「ごめんよ、旅人君。支えて、くれないか」
 言うが早いか、バスァレはバルの肩に手を回し、軽く捕まりながら歩き始めた。今の大技は、彼にかなりの負担をかけたようだ。リキルも動けるようになったようで、立ち上がり、剣を握っている。。バルは、自分の剣を拾い、奥に向かった。奥には、また扉がある。
「行くよ」
 バルは、迷うことなく、その扉に手をかけた。


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