分かれ道から、先ほどとは別の道へと進んだ3人は、それから2度の戦闘を行った。メミカの雷は強力で、機械人形相手に恐ろしいまでのダメージを与え、戦闘に勝利した。だが、魔法は精神力を犠牲にするため、あまり連発も出来ない。人形達の弱点を念入りに調べた3人は、ここから先は出来るだけ物理攻撃だけで進もうという話にまとまった。
「うわあ…」
 それなりに進んだところで、3人は広いホールの上側に出た。下に下りるための梯子が用意されており、四角い部屋が広がっている。中央には、テーブルらしきものと、周りを囲む多くのイスがあった。しかし、気にするべきはそこではない。
「でかい、木だ」
 バルがぽつりと漏らした。部屋の中央、テーブルの真ん中には穴が空いていて、巨大な木が生えている。色は茶色、まるで紅葉しているかのようだ。
「すごい木ね。天井が一面、葉っぱの海よ」
 ふぅと息を付くメミカ。探索を続けるならば、まず下に下りなければならない。バルは梯子を下りるべく、しゃがみこんだ。
「待て、バル。まずは女性だ」
 そのバルを、リキルが止める。きょとんとしていたバルだったが、彼の言いたいことにすぐに気が付いた。メミカは、ローブを着ているのだ。下から見上げたら、腹や尻が見えてしまう。ラミアの臀部がどうなっているか、バルに詳しい知識はなかったが、女性ということを考えれば、見られて面白いものでないことが想像は付く。
「ああ、そういうこと」
 メミカも、リキルに言われるまで、それを意識していなかったらしい。ありがと、と言うと、メミカが梯子を下り始めた。その次に、バルとリキルが続く。
「ん、しょ、ん、しょ」
 メミカは尻尾のせいで、梯子を下りるのには苦労しているようだ。それが尻尾ではなく足ならば、下りやすいのだろうが。
 ふぁさ
 何か、柔らかいものがバルの頬にぶつかった。何事かと、そちらを向くと、天井から伸びる枝に、葉がついている。
「ふうう、やっと下りきったわ」
 メミカが床に降り立ち、伸びをした。続いて、バル、リキルの順に、床に立った。足下には数枚の落ち葉があるが、きれいなものだ。
「あっちが順路みたいだな」
 リキルが左側を指さした。何か板のようなものが立てかけられている。いや、立てかけられているわけではない。ドアが半開きになっているのだ。落ち葉を踏みながら、バルはそちらの方へと向かう。
 がちゃ
 ドアを開き、中に入るバル。そこは、ただの白い部屋だった。部屋は狭く、5人も人が入ればいっぱいになってしまう。部屋の中央には、縁の着いた小さな台座が置いてあり、上には四角い窪みがいくつもついていた。
「何の部屋なのかしらね」
 入ってきたメミカが、周りを見回す。天井も低いし、あまり面白いものはないようだが…。
「バル、鞄が」
「え?」
「鞄が光っている」
 リキルに言われ、鞄を見るバル。ポケットから、光が漏れている。光っている何かを、バルは手を入れて取り出した。
「これは…」
 真珠貝のように白い、小さな四角いキューブ。上には、鍵のような物が刺さっており、鍵には鎖が付いている。
「13階の悪夢だ」
 バルは、ぽつりと呟いた。
「悪夢…何?」
 13階の悪夢を見ながら、メミカがバルに聞く。
「大地神の力を入れる入れ物らしい。元は黒くて、所持者が祈ると、力を一度だけ貸してくれる。力が無くなったら、白くなる」
「ということは、これは力を使ったの?」
「うん。シンデレラ姫と遺跡に潜ったときにね」
 バルが軽く笑い、13階の悪夢を振ってみせた。
「待て、バル。姫と地下に潜っただなんて、初耳だ。いつの話だ?」
 鋭い目つきで、リキルがバルに聞く。しまった、とバルは思った。シンデレラ姫というのは、リキルが護衛をしている、ランドスケープ王国の王女様だ。彼女は行方不明の兄を捜しており、その関係で、カルバのピラミッドという遺跡に一緒に潜ることになった。そのときのことは、リキルを含め多くの人間には内緒にしていたのだ。
「さ、さあ。いつだったかな。忘れちゃったよ。もしかしたら、夢の中の話かも知れない」
 お茶を濁し、バルが愛想笑いをした。
「夢だなんて、嘘をつかないでくれ。まさか君は、姫を危険な場所に連れだしたというのかい?」
「いやー、そんなこともあったような、なかったようなっていう、とても曖昧な話だよ。気にしないでくれよ」
「姫を守る任を請け負う兵士として、聞き捨てならない話だ。気にするに決まっている」
 ずずいと顔を寄せるリキル。鼻がぶつかり、バルはくしゃみをしたくなったが、それに耐えた。
「ま、まあ。そんな細かいこと、いいじゃないか。ほら、ここにはまりそうだ」
 台座の上に、13階の悪夢を置き、バルはかちゃかちゃと動かした。台座の窪みに、13階の悪夢が、ぴたっと入った。と、次の瞬間。
 しゅうううう
「わっ」
 波のような音を立て、13階の悪夢が小刻みに震え始めた。発光していた白いボディが、徐々に灰色になっていく。
「力を充填しているのかな?」
 顔を近づけてメミカが言った。リキルも、バルから顔を離し、13階の悪夢に見入っている。
「大地神の力を補充できる場所では、力を取り戻すって聞いたけど、ここがそうみたいだね」
 もう一度、部屋の中を見回すバル。大地の力など、感じようもない部屋だ。だが、神を奉る祭壇としては、条件を満たしているのかも知れない。
「しばらく置いておけばいいらしいけど、この分だとすぐだな。後で回収して帰ろう」
 色の具合を確かめ、バルが言う。数秒とまでは行かないが、数分程度で力の充填が終わるだろう。
「ともかく、こっちは先へ進む道ではなかったようだな。外へ出よう」
 リキルは、先ほどまでバルに詰め寄っていたことも忘れ、部屋の外へと出た。メミカとバルが続き、3人はツタの広間へと戻った。
「進む道が無くなってしまったな。ドアのようなものもないし…」
 ぐるりと周りを見回すリキル。壁には他にドアはないし、道もない。
「せめて、ニウベルグ達が通った跡くらいはありそうなものだけど…」
 足跡や、そこだけきれいになっている壁がないかと、バルが注意深く観察する。埃などが積もっていれば、不自然にきれいなスペースが見えるはずだが、そんなものはない。
「周りが暗いのが問題なんだ。明るければ、まだ探索しやすい」
 壁に向かって歩み寄るバル。燭台はあるが、最後にいつ使ったのかわからないほど古びている。上にロウソクを乗せるタイプではなく、カンテラのように、油をしみこませた芯が立っているようだ。
「火を付けて、明るくしていこう。手伝ってくれ」
「わかった」
 梯子を半分ほど昇ったバルは、木の枝を2本折り取った。カンテラの火をその先に付け、メミカとリキルに渡す。
「燭台は、全部で8個あるみたいね。部屋の4隅と4辺か。少しは明るくなればいいんだけれど…」
 火を近づけながら、メミカが呟いた。ぼう、と音を立て、燭台に火が着いた。バルとリキルも、それぞれ火を付ける。
「さて、次に…」
 ふっ
「あ?」
 燭台から遠ざかり、次の燭台に火を付けようとしたとき、火は消えてしまった。
「なんだ、これ。長い間、火が保たないみたいだなあ」
 燭台に手を触れるバル。油はちゃんと染みているし、火が消えるはずもないのだが、なぜか火が消えてしまう。試しに火を付けたバルは、それをしばらく眺めた。
 ふっ
「あ…」
 火が消える一瞬前、燭台の後ろの壁が開き、そこから風が吹き出した。風を浴びた炎は、すぐに弱くなって消えた。
「見たかい?」
「うん、見た」
「風が吹いたわね」
 後ろに来ていたリキルとメミカに、バルが確認を取ると、2人とも頷いた。
「何かの仕掛けだな。なんで火を消す必要があるのだろう」
 開く場所に指を突っ込むリキル。蓋は開いたが、風は吹き出さない。火が付かないと、風は出ないようだ。
「全て一度に火を付けないといけない、何かの仕掛けがあるとか…」
 再度、着火するバル。風が出て、火が消えるまで、大体5秒といったところか。3人で手分けしても、火を全て付けるには、少々時間が足りない。
「風が出る部分を何かでふさげないかしら?」
 メミカに言われ、バルはもう1度火を付けた。風の出るであろう場所を手で塞ぎ、時間まで待つ。4、5…。
 ふっ
「ぎゃあ!」
 掌に、刺すような痛みを感じ、バルは手を離した。
「だ、大丈夫か?」
 突然叫んだバルに、リキルが心配そうな顔を向ける。掌を見ると、一部だけが凍傷になっている。霜まで付いているところから察するに、吹き出す風はとてつもなく冷たいらしい。
「肉球が凍ってしまった…」
 ぼんやり呟くバル。手で塞ぐのは少々難しいようだ。かといって、3人の手持ちの道具には、穴を塞ぐようなものはない。
「こう、1度に火をずばばーって付けられる何かがあればいいんだけどね」
 うーん、と唸るメミカ。バルは、鞄の中に手を入れ、何か無いか探した。火が関係するのは、マッチと古い火打ち石、後は…。
「あ」
 指輪が手に当たった。確かこれは、火の神メースニャカの魂が込められたものだという話だ。
「いでよ、火炎!」
 指輪をはめたバルが、試しに手をかざす。
「…なんてね。こんなことで火が出たら…」
 ぼ…
「え?」
 指輪の上に、火球が浮かび上がった。小さな火球は、さらに小さく、ぐぐっと縮み…。
 ボォォォォウ!
「うおお!」
 まるで、閃光か何かのような速さで、8つに分かれ、燭台にぶつかった。燭台には火が付き、めらめらと燃え上がった。
「すご、い。そうとしか言いようがない」
 リキルが呆気にとられている。5秒経った後も、風が吹くことはない。火は消えない。
 ゴゴゴゴゴ…
 地の底から響くような振動だ。梯子と反対側の正面壁が、音を立てて動き、開いていく。すぐに壁は開ききり、奥へと進む道が現れた。
「見て、あれ」
 壁の向こう側は、一本廊下になっており、廊下の一番向こう側には、何か小さなものがぶらさがっている。壁から出たフックにかかっているそれは、鍵だった。
「あれでさっきのドアが開くらしいな。よし、取ってきて、先に進もう」
 ふうと息を付いたリキルが、足を踏み出した。


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