「ぼくたち、いかないで、だいじょうぶ?」
 遺跡の入り口で、幽霊達が心配そうに、3人のことを見ている。
「君たちには役目があるんだろう?除霊されるかもしれない危険が伴うから、そこで待っていてくれよ」
 腹ごしらえも済み、元気になったバルが言った。腰にカンテラをぶら下げ、暗闇の中に入っていく準備は十分だ。
「そうそう。危ないんだから、ついてきちゃだめよ」
 メミカも安心させるように笑う。幽霊達は顔を見合わせ、何か言っていたが、バル達に従うことにしたらしく、黙り込んで整列した。
「じゃあ、ひとつ。ねこにはきをつけて」
 深刻そうな声で子供幽霊が言う。
「猫に?ここは砂漠だが、猫がいるのか?」
「そこまでしか、いえないの。いっちゃいけない、ルールなの」
 怪訝そうな顔をしたリキルに、子供幽霊が返事をした。何かあるのは確実だが、それを言ってはいけないらしい。呪いのかかっている幽霊だと、呪いに抵触する行動を取っただけで、自我を失った悪霊になったり、消えてしまったりするという話だ。バルはそれを実際に見たことはないが、太古にかけられた魔法の恐ろしさは知っている。これ以上聞き出すのは無理だろう。
「わかった、気を付ける。ありがとう」
 礼を言い、バルは先へと進んだ。その後ろを、リキルとメミカが続く。
「む…」
 早速、Y字路へと突き当たった。正面には、何かが書かれた金属のプレートがはめ込まれているが、読めない字なので理解出来ない。
「どうする?」
 後ろに振り返ったバルが、仲間達に聞いた。
「右じゃないか?空気が流れている」
「左じゃないかしら。何かの振動が来てるわ」
 リキルとメミカが、ほぼ同時に言った。早速意見が分かれてしまった。バルが壁に耳を付けると、何かが動くようなブーンという音が左から聞こえる。逆に右に鼻先を向けると、風と共に、埃と何か植物のような臭いが流れてきた。
「左に行こう。右側から、植物の臭いがする」
 バルが左に歩き始めた。
「うん、そうだな。確かに、何か植物のような臭いがした。外に通じてるかも知れないし、動物がいるかも知れない」
「猫とかね」
 リキルが同意し、言葉をメミカが続けた。3人は左に行き、進む。先ほどは気付かなかったが、壁や床は真っ白で、つるつるしている。石や煉瓦で作られている遺跡ではないことがわかる。
「ドアだ」
 しばらく行ったところで、道は突き当たりに出た。突き当たりにはドアがあり、他には何もない。
「よ、っと」
 がちゃ
 ノブを回したバルだったが、ドアが開くような様子はない。
「あれ、なんだ」
 がちゃがちゃ
 何度も押したり引いたりするが、開くことはない。鍵がかかっているらしい。
「壊す?」
 魔法を撃つポーズで、メミカが聞いた。
「やめた方がいいね。遺跡にダメージが入ると、自壊する例なんてのもある。鍵を探さないと」
 メミカのことを止めるバル。となると、あの植物の臭いのした方へ行くしかないのだろうか。
「ギギギギ」
「ガガガガ」
 と、道の向こう側から、何か音がする。とっさにバルは剣を抜いた。リキルも剣を抜き、メミカが槍を構える。
「ギギギギ、ギギギギ」
 歩いてきたのは、先ほど破壊した人形と同じタイプの人形だった。4体、隊列を成すように歩いてくる。2体は先ほどと同じ銀色だが、もう2体は黒い色をしていた。
「ギギ、ギギ!」
 銀色の人形が、腕を振り上げ、バルに襲いかかる。バルは腕を剣で受け止め、腹を蹴り飛ばした。
「ギギ!」
 がん!
 後ろを歩く、黒い人形と派手にぶつかり、2体は後ろに倒れた。
「もらった!」
 隙を逃さず、メミカが槍を振りかぶった。
「ギギギ!」
 もう1体の黒い人形が片手を上げた。手の中で、火球が発生し、大きく育っていく。
「え?」
 メミカの動きが止まる。それを狙って、火球が襲いかかった。
 ぼぉう!
「きゃあ!」
 火球はメミカにぶつかり、空気中に霧散した。かなりの熱がメミカを襲ったようだ。軽く、煙が立ち上っている。
「黒い方は魔法を使うのか!」
 銀色の人形と打ち合い、リキルが叫んだ。魔法を使う機械人形なんて、バルは見たことがない。そもそも、機械文明と魔法文明は、時期が違うはずだし、相容れない物のはずだ。こんなイレギュラーが出てくるとは、意外である。
「あつつつ!」
 メミカが下がり、けほっと咳をする。銀人形がメミカに追い打ちをかけ、メミカはその攻撃を槍で凌いだ。
「きりが、ないわ!」
 べしぃん!
 尻尾を使い、メミカが銀人形を張り倒した。かなり強く壁にぶつかった銀人形だったが、致命傷にはならなかった様子で、再度立ち上がってメミカに襲いかかる。
「ギギギ!」
 ぼぉん!
 またもや火炎が飛ぶ。リキルがそれを盾で受け止め、黒人形に斬りかかった。
 がきん!
 金属と金属がぶつかる、硬質な音が響いた。相手は硬く、致命傷を与えるのは難しい。
「でぇぇい!」
 少し後ろに下がった後、バルは前に向かって走り、剣に体重を思い切り乗せた。剣のぶつかった部分から、火花が散る。
「ギギギギギ!?」
 黒人形の体内にある、黒い紐を、バルの剣は切り裂いていた。しばらく、ぱちぱちぱちっと音がしていた黒人形だったが、体を崩し、とうとう動かなくなった。
「リキル、メミカさん、紐だ!紐を切れ!」
 後ろから襲いかかった銀人形の攻撃を避け、バルが叫ぶ。
「わかった!」
 リキルは、バルに攻撃を加えた銀人形に斬りかかった。鉄の筒に混ざって、黒い紐のようなものが、何本も人形に張り巡らされている。紐は、パイプに守られるように体の中を走っており、そのまま切るのは難しい。
「ふぅうっ!」
 きぃん!
 リキルの剣が、腹の鉄骨にぶつかった。紐を切り裂くことは出来ないが、紐を外に引っぱり出している。
「任せてくれ!」
 剣を振りかざし、バルは紐を切り裂いた。何かが爆ぜる音と共に、またもや人形が動かなくなる。このやり方が、一番早くて、効果的なようだ。
「後は、魔法を使うやつらか」
 リキルの側へとじりじり下がり、バルが剣を握り直す。
 ぼぉぅ!
 耳元を、熱い風が吹き抜けた。燃えさかる火の玉が、壁にぶつかり、はじける。バルとリキルは、相手を見据えて、じりじりと間合いを詰める。
「えぇい!」
 ぼぉう!
 メミカが敵に向かって手を突き出し、火球を発射した。こいつらは、魔法を使う輩ではあるが、魔法による突発的な攻撃には、すぐには反応出来ないらしい。真っ直ぐに敵に向かい…。
 ぼぉん!
 火球が黒人形のうち1体を包み込んだ。
「どんなもん…よ…?」
 ガッツポーズを取るメミカだったが、すぐにそれは驚いた顔に変わった。火の玉は、相手に大したダメージを与えていない様子だ。黒人形は、何事も無かったかのように、立ちあがった。
「うそぉ!?」
 メミカが叫んだ。叫びたい気持ちは、バルも一緒だ。メミカの火球は、それなりに強力な部類の魔法に入るはずだ。今まで何度も、その魔法によって危機を退けてきた。それが、この人形相手には、通用しないのだ。
「相手は鉄だ、火は効かないんだろう!」
 がきん!
 素早い動きで、リキルが黒人形に斬りかかった。何度も何度も斬りつけるが、表面に軽い傷が付くだけだ。バルも加勢し、2体の人形の相手を2人で行う。
「火が効かないなら、この間学んだ技で…!」
 ぱちぱちっ
 乾いた石同士が、ぶつかりあうような、甲高い音が響いた。何事かと、バルが剣を引き、メミカの方を見る。メミカの、右手と左手の間が、発光している。あれは、嵐の時によく見る自然現象…。
「伏せて!」
 言われたバルとリキルは、とっさにしゃがみ込んだ。突きだしたメミカの手が、強く発光する。
 ジビビビビビ!
「ギギギ!」
「ギー!」
 メミカの手から、電撃が発射された。かなり強い、青白い光が、通路を照らす。雷はメミカの手先で2手に分かれ、2体の人形に均等にぶつかった。人形は、がくがくと痙攣し、2体とも動かなくなった。
「どうやらこっちはそれなりに効くみたい」
 槍を背負い直したメミカが、得意げに言った。魔法は、魔法力を使用し、自然現象を操るのが主な原理だ。それだけに、その環境に合わない現象を起こすときには、強い魔法力が必要になる。例えば、水の中で火を出現させるときには、いつもの倍の力が必要なのだ。
 その中でも、雷はかなり難易度と必要な魔法力が高い。何もないところで雷を発生させるのは、非常に困難を極める。
 雷は水と相性が良い。そのため、手が濡れている場合、雷を出すのが容易になる場合がある。しかし、3人がいるのは、乾燥した砂漠の地下だ。雷と縁遠いこの場所で、容易に雷を出したメミカに、バルは舌を巻いた。
「もう動かないか?」
 ごん、とリキルが黒人形を蹴る。黒人形は、顔に当たる部分をごろんと転がし、地面に大の字になって倒れた。動く気配などない。
「火はともかく、雷は効果覿面だね。あんなに苦戦していたのに、一発だなんて」
 ほう、とバルが息をついた。
「ええ。これはこの間、師匠が、教えてくれたのよ。まだ安定しないけど、なんとか出るようになったわ」
 自身の腕をぱんと叩くメミカ。物理攻撃は通りにくい様子だが、メミカの雷があれば、ここから先も安心できそうだ。
「よし、先に進もう。ニウベルグと獣人男がいるはずだ」
 分かれ道へと戻るべく、バルが足を踏み出した。


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