ジャンバルの街から、徒歩で約1時間。3人は、砂漠の端の方へ位置する、ポイザンソへとやってきた。バルの感じた第一印象は「黄色」だった。黄色い砂が街を覆うようになっている。石造りの建物は、元々は白かったのだろうが、砂を浴びてすっかり黄色くなってしまっている。
「なんか、不気味だね」
 ショートスピアを背負ったメミカが、街の入り口の門をくぐるとき、ぽつりと呟いた。幽霊が出ると言われれば、確かにそういう街にも見える。砂に埋もれた建物もあるが、元より、あまり大きな街ではないようだ。建物の数は多くはない。
「井戸だ」
 街に入ってすぐのところにある井戸を、バルは覗き込んだ。かなり底が深く、中が見えない。試しに、置いてあったロープ付きの桶を放り入れる。
 べしゃ
 何か、柔らかいものにぶつかる音がする。そのまま桶を引き上げると、湿った土が少し入って上がってきた。
「ほんの少しくらいは、水があるのか」
 土を手に取り、リキルが言う。からからに乾いたから放棄されたわけではない。人口に見合うだけの水が確保出来なくなったから放棄されたのだろう。
「きゃっ!?」
 メミカが小さく声をあげて、後ろに下がった。砂の中にいたのは、小さな蛇だった。
「毒蛇か!」
 リキルが剣を握り、蛇から距離を取る。毒蛇の中には、牙から毒液を飛ばし、攻撃してくるものもいる。ナイフを抜こうとしたバルだったが、それを思いとどまった。この蛇は、他の地方で見たことがある。
「こいつは、普通の蛇だよ。毒なんかない、おとなしい種類だね。砂漠にもいるなんて知らなかった」
 ひょいと、尻尾の辺りをつまんで、蛇を持ち上げるバル。蛇は、ぐにゃぐにゃと動いて、バルの腕に巻き付いた。
「毒がないのか。おとなしいなら、戦う意味もないな。放してあげよう」
 剣を抜くのをやめるリキル。それに対して、メミカはまだ蛇が怖いようで、遠巻きにバルの手の蛇を見つめていた。
「メミカさん、ラミアなのに、蛇が嫌いかい?」
 蛇を差し出してみせるバル。メミカは、ずざっと後ろに下がった。
「少なくとも、普通の女の子程度には、蛇が苦手よ」
 むすっとした顔で、メミカが返事をする。
「意外だね」
「ああ。ラミアというのは、蛇と仲が良いものだと思ってたよ」
 バルとリキルが顔を合わせ、くすくすと笑った。
「何よ。犬獣人の中にだって、犬が苦手な人はいるでしょ?」
 恥ずかしかったらしい。メミカが顔を赤らめ、2人のことをじっと見た。確かにその通りだ、とバルは考えた。いかに近い姿を持つと言えど、やはり異種族なのだ。
「そんなことより、ここに来るだけで、疲れちゃった。探索の前に、一休みしようよ」
 入ってすぐのところにあった施設に、メミカが入っていく。ドアは木製で、鍵はかかっていない。元々そこは、レストランか何かだったようで、店の中にはまだテーブルやイスがそのまま残されていた。
「食事にしようか。お腹が空いたよ」
「そうしよう」
 バルはイスに座り、鞄を置いた。鞄の中には、店で買ってきた弁当が3人分入っている。トマトやレタスを挟んだサラダサンドだ。付け合わせに、みずみずしいリンゴもある。硬くて不味い携帯食料ではなく、弁当にしたのは、今日中に戻るつもりだからだ。1日で探索を終えて帰るならば、それほど多くの食料を持ち込む必要もないし、保存が利くものである必要もない。並べられた包みを1つ取り、リキルがサラダサンドにかぶりついた。
「あ、2階がある。私、ちょっと見てくる」
 メミカに言われ、バルが振り向く。建物の隅の方に、小さな上り階段がある。メミカは、尻尾を引きずり、階段を昇っていった。
「この街は、それなりに狭い、探索にそれほど苦労はしなさそうだな」
 窓から外を見たリキルが言った。バルもそれに同感だ。それにしても、人の姿のない街というのは、見ているだけで気が滅入る。寂しげで、あまり長居したいとは思わない。早く終わらせて、ジャンバルの街へと…。
「きゃあああー!」
 2階から、叫び声が聞こえる。メミカの声だ。バルとリキルは、ほぼ同時に立ち上がり、階段を昇った。
「どうした?」
 2階へと転がり込むリキル。階段を上がってすぐは廊下になっており、左右には扉がいくつも並んでいる。右側の扉の1つが開いており、その前でメミカが腰を抜かし、座り込んでいた。
「メミカさん、どうした!」
「あ、あ、あれ」
 震えながら指さすメミカ。バルは扉の向こう側を覗き込んだ。向こう側は、宿の部屋のようになっていた。机、チェスト、そしてベッド。ベッドの上に、誰か立っている。
「…?」
 違和感を感じる。男性か、女性かもわからないのだ。人の形はしているが、人ではない。バルは以前、炎が人間の形を取り、意志を持った魔物と戦ったことがある。これもその類なのかと、緊張を深めた。
「ア、ア、ア」
 人型が、何か言っている。人型は、バルの方を向いた。どこが目やら鼻やらわからない。人型は立ち上がり、バルの方へと歩いてきた。足音すらしない。
「う、うわあ!なんだこいつは!」
 ナイフを抜こうと、バルは腰に手をやるが、手が震えてナイフを使えない。
「こいつ!」
 ショートソードを構え、リキルが人型と対峙した。人型は、リキルの剣を見て、立ち止まった。明らかに、こちらへ来るのを躊躇している。
「それ以上近寄るな!」
 リキルが叫ぶ。聞こえているのかいないのか、人型は立ち止まったままだ。と…。
「きゃあ!ま、また来た!」
 すうっと壁を抜け、人型がまた現れた。1人ではない。2人、3人…ざっと10人ほどの人型が、3人を包囲した。
「うう、なんなんだ、こいつらは」
 ようやくのことでナイフを抜いたバルが、冷や汗を流した。背中に背負っている剣を抜いてもいいが、この狭い空間で、大きな剣は振り回しづらい。
「ア、ア、ア」
「ウアアア」
 人型達は、口々に何かを言おうとしているが、言葉になっていない。恐怖がバルを襲う。
「ひいい!」
 小さな人型に寄られたメミカが、恐怖のあまりバルに抱きついた。尻尾をぐるぐるとバルの下半身に巻き付け、腕で上半身を抱いている。
「め、メミカさん、そんなに抱きつかれたら、逃げられないじゃないか!」
「だって、怖いもん!」
 文句を言うバルに、メミカが言い訳をした。ひときわ小さい人型は、他の人型から対比するに、子供のサイズだ。
「アア…き、こえる?」
 子供の人型が、声を出した。それも、理解できる言語だ。驚いたバルは、ナイフを取り落としそうになった。
「言葉がわかるの?」
 ナイフを握ったままのバルが、子供人型に問う。
「ぼく、まだ、はなせる」
 子供人型は、何度も頷いた。回りの人型は、直立したまま動かない。
「害成すつもりならば、容赦はしない」
 剣を構え、リキルが言う。
「ちがう、ちがう。わるいこと、しない」
 頭を横に振り、子供人型は返事をした。
「ぼくらは、ゆうれい。ゴースト。おはかにいたの」
 窓から外を指さす子供人型。指の先には、小さな建物があった。石で出来た、一部屋くらいしかないであろう建物だ。倉庫とも違うし、店でもない。
「お墓?あそこは、墓地なのかい?」
「うん。ぼくらの、おはか」
 バルの問いに、またもや子供人型が頷いた。察するに、この人型達は、皆幽霊なのだろう。
「おはかが、あらされ、てるの。たすけて、ほしいの」
 子供幽霊は、目であろうところに手を当てた。回りの幽霊達からも、すすり泣くような声が聞こえる。しかし、涙を流せる者はいないらしく、実際に泣いている者はいなかった。
「どういうことかな…」
 判断に困ったバルは、リキルとメミカに聞いた。
「わからないけど…壊れたお墓を元に戻せば、また眠れるとか?」
 するり、とメミカが体を解いた。相手の正体がわかったから、もう怖くはないらしい。
「幽霊騒動の真相はこれか。目撃例が多いはずだよ。幽霊は一人ではないのだから」
 周りを見回し、リキルがため息をついた。
「出来ることならばしようよ。異論は?」
 ナイフを収めるバル。リキルとメミカは、異議を言うつもりはないようで、黙って武装を収めた。
「とりあえず、見せてくれるかな?」
「わかった。ついて、きて」
 困ったように言うバルに、子供幽霊がまた頷いた。表情のない彼らは、ジェスチャーでしか人に意志を伝えられないらしい。子供幽霊の後ろに、3人が続き、そのまた後ろに幽霊達が続く。その数、優に20はいるだろうか。
 階段を下りた一行は、ドアを開けて外に出た。子供人型についていき、四角く小さな建物に入る3人。中はがらんどうで、中央に下り階段だけが存在している。
「この先かい?」
 適当な人型に聞くバル。聞かれた人型は、頷いた。試しに階段を下りると、20段ほどで下に着いた。
「うわ…」
 暗い廊下が続いている。向こう側はよく見えないが、小さく風が吹いているところから察するに、どこかに抜けているようだ。
「地下墓地なのか?」
 リキルが壁を触り、呟く。
「いせき」
 子供幽霊が答えた。
「ここが遺跡なの?」
「うん。ぼくたちの、おはか」
 メミカが聞き、子供幽霊が頷いた。 
「ジャンバルに遺跡はあるって聞いてたけど、ここだったのか」
 左右を見回し、バルが言った。確かに、遺跡だと言われればそんな気もする。通常の地下墓地や建築物とは少し違う。
「ここに、しらない、ひとたちが、はいって、きたの」
 少し入ったところに行き、子供幽霊が言う。
「しらない、ひとたちは、ぼくたちを、ころすの」
「殺す?君たちはそいつらに殺されたのかい?」
「ちがう。ゆうれいを、ころすの」
 バルの問いかけを聞き、子供幽霊が身震いした。
「ぼくたちは、まだやくめがあるから、きえちゃいけないの。あと、ひゃくねんは、ここにいないといけないの」
 何か、理由がある様子だ。昔から、幽霊が遺跡に憑いているという話は、よく聞く。まだ魔物の出る前のある遺跡では、遺跡の機構の一部を後世に伝えるために、幽霊が縛り付けられていたという話もあった。
「どんな奴らだった?」
 子供幽霊に、リキルが聞く。
「つのが、あったよ。あと、きつねのひと?」
 首を傾げる子供幽霊。追っている相手、ニウベルグに間違いない。
「ニウベルグが、除霊を使えるのかなあ?」
 メミカが腕を組んで考え込んだ。何気なく壁に目をやったバルは、壁に何かが刺さっているのを見つけた。
「これ…」
 刺さっている何かを抜き取るリキル。矢だ。木で出来た、簡素な矢が落ちている。
「ニウベルグの仲間の、獣人男が、弓を使ってたね」
 矢を見ながら、バルはニウベルグの仲間のことを思いだした。彼の仲間である、狐系の獣人の男は、弓を使っていたはずだ。いよいよもって、ビンゴに近い。
「しかし、矢なんか何に?壁に刺して、目印にでもしたのか…」
「リキル!」
 矢を分析していたリキルの後ろに、影が現れた。バルはとっさに剣を抜き、相手に向かって構える。
「ギギ、ギギギギ」
 それは、人の形をしてはいるが、人ではなかった。マネキンとも違う。鉄か何かで出来た、パイプのようなものの集合で、体が出来ている。銀色に光る体で、言うなれば、人間の骨格に近い。鉄筒人形とでも言うのだろうか。
「ギギギギ」
 がしょん!
「ぐあ!」
 猫の耳を手で強打され、リキルがうずくまる。人形は、更なる攻撃を加えようと、腕を振り上げた。
「だああ!」
 がきぃん!
 バルの剣が、人形の腕をはじき飛ばした。すかさず、メミカの槍が人形の腹を突く。槍の軌道上にいた幽霊が、さっとそれを避けた。
「ギギ!」
 人形が壁に打ち付けられる。バルは、何度も何度も相手を剣で強打した。そのうち、黒い煙を噴き、人形は動かなくなった。
「っつつ…こんなものもいるのか」
 起きあがったリキルが、耳を押さえる。
「いへんを、かんじて、おきて、きたの。いせきをまもる、にんぎょうたちが、ぼうそう、してるの」
 子供幽霊が俯いた。さっき、人形が体をぶつけた壁が、小さくへこんでいる。試しにバルは、指で壁をつついた。土よりは硬いが、石などよりはずっと柔らかい壁だ。ナイフの切っ先を当て、強く引くと、傷が付く。
「ウウウウ」
 何か言いたげに、幽霊の1人が、目のない顔でバルを睨み付けた。墓を傷つけられるのは、彼らとしても不本意なのだろう。
「ご、ごめんなさい」
 ナイフを鞘に収め、バルが謝った。
「にんぎょうは、ぼくたちの、おはかを、まもって、くれる、はずだった。でも、しらないひとたちには、かなわない。おねがい、ぼくたちの、おはかを、まもって」
 ずらり、と幽霊が周りを取り囲んだ。バル、メミカ、リキルは顔を見合わせた。
「奥にいるのがニウベルグとその仲間であるなら、僕たちは行くべきだな」
「あいつらを捕まえたら、この人たちも助かるんでしょ?ならば、私は断らないでもいいと思うわ」
「俺もそう思う。決まりだね。行こう」
 3人は頷いた。話を聞いていた幽霊達が、ざわついた。
「とりあえず、まず戻って食事をしてこよう。サラダサンドが出しっぱなしだ」
 剣の鞘を指で撫で、リキルが笑いながら言った。


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