遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 8話「ポイザンソ遺跡」



「…ああ、見たよ」
 老人が頷いた。犬獣人の少年で、旅人であるバルハルトは、真面目な顔で老人の話を聞いた。
「その男は、砂漠の廃墟に入っていった。あそこは、ポイザンソと呼ばれる街の跡だよ。月に1度程度、王国軍の兵士さんが、街の様子を見て帰ってくるんだ」
「街ですか」
「ああ。オアシスの街だったらしいが、水が湧き出なくなって放棄されたんだ。あそこには、ポイザンソ遺跡と呼ばれる遺跡もある」
 まだ探索が終わってない遺跡なんだがね、と老人が締めくくった。バルは、手持ちのメモ帳に、ポイザンソという名前を書き留めた。
 彼が今いるこの国は、ランドスケープ王国と言う。それなりの規模の国で、少しではあるが街や村を配下に置いている。バルが今来ているのは、王国の配下の1つである、ジャンバルの街だ。
 ここに来た理由は、ある男に会うためだ。名をニウベルグと言い、召還士をしている。毛のない頭、小さな角、肌は白く、筋肉が軽くついている。この男は、バルの友人であるラミア少女、メミカの敵だ。メミカは、ライアとラミアの言う師匠の元で育ち、魔法使いの道を目指していた。2人が住んでいたのはメイゥギウというラミアの村だった。しかし、そこにニウベルグが現れたのだ。
 ニウベルグは、昔ライアと何かあったらしく、とてもライアのことを憎んでいた。祭りの夜、ニウベルグは村長の屋敷に火をつけ、それをライアのせいにした。その時には、ライアの無実を証明して事なきを得たが、ライアは「これ以上ここにいたら迷惑をかける」と、ランドスケープ王国に引っ越したのだ。
 ジャンバルの街で、ニウベルグの目撃情報があったと聞いたメミカは、無鉄砲にも1人でジャンバルへ来ようとした。バルはそれを放っておけず、猫獣人の剣士リキルと共に、ジャンバルへと来たのだった。
 ジャンバルへ来てから数日、バルの元にニウベルグが現れた。聞けば、バルが前に遺跡で手に入れた、魔法の指輪を奪いに来たのだという。ニウベルグは、以前にもバルから指輪を奪っており、これで2つ目になる。一度は指輪を奪われたバルだったが、メミカと共にニウベルグと戦い、1つだけ指輪を取り戻したのだった。
「ふむ…」
 メモ帳を読むバル。ポイザンソなる謎の街で、ニウベルグの姿を見たという話は、これで2件目だ。片方は、砂漠に行って薬草となるサボテンを採る仕事をしている女性で、もう片方は偶然砂漠へ行く用事のあった老人。見た目情報もそうだが、ニウベルグともう1人の男がいたという話もある。前にニウベルグと戦ったときには、狐獣人の男が彼に荷担した。情報だけを見るに、信憑性は決して低くはない。
「どう?何かいい話は聞けた?」
 白色のローブを纏ったラミア少女が、バルに話しかけた。赤く長い髪に、赤い尻尾、そして目鼻立ちの整った顔。彼女が、バルの友人であるメミカだ。
「砂漠の中に、廃墟があるらしいんだ。そこで、ニウベルグを見たことのある人が、2人いる」
 メモ帳をメミカに渡し、バルが言った。
「私も、同じ話を聞いたの。もう1人、獣人の男がいたっていう話も聞いたわ」
「となると、次の目標は、この廃墟…」
「ええ、そうなるわ」
 バルの言葉に、メミカが頷いた。砂漠の中にあるという、枯れたオアシスに行くということになる。ニウベルグを捕まえることは出来なくとも、指輪は取り戻さねば。
「じゃあ、私は買い物に行ってくるわ。準備をしなければ、勝てるものも勝てないしね」
 ローブのポケットに手を入れ、メミカが言った。ちゃら、とポケットから音がする。財布の中の硬貨が音を立てたのだろう。
「買ってくるものはわかってる?」
「もちろん。水と携帯できる食料と油、後は薬かな?」
「大まかにはそれでいいよ。じゃあ、頼んだ」
 バルの言葉に、メミカが自信ありげに微笑み、歩いていく。否、ラミアなので、歩いているというよりは這っているとでもなるのだろう。
「そうだ…」
 念のため、リキルにこのことを知らせておこう。もし彼が王都に戻るまでに、2人がこちらへ戻ることが出来なかったら、彼はとても心配するはずだ。行き先を言っておけば、何かあったときに、もしかすると何らかの対策を取ってくれるかも知れない。
『確か…』
 道を歩き、角を曲がるバル。リキルの寝泊まりする兵舎へ行くつもりだ。宿舎の前には、兵士の働く詰め所もある。そこに行けば、リキル本人に会えなくても、誰か同僚に会えるはずだ。
「あった」
 少し大きめの、2階建ての建物。それが詰め所だった。ノックをして中に入ると、すぐのところが受付になっている。
「どうかしたかね?」
 鎧を着た悪魔人の兵士が、受付からこちらを見つめている。
「リキル・K・シリウスという兵士に会いに来たんです。いますか?」
「リキル…何か問題を?」
「いえ。彼個人に、少々用事があるんです」
 バルの言葉に、兵士は難しい顔をした。
「今、彼は見回りに出ていてね、ここにはいないんだ」
 どうやら会えないようだ。考えてみれば当然だろう。仕事を行っている最中に、個人的な用事で会いに来られても、そこにいる保証もなければ、話を出来る保証もない。仕事中だということを、あまり深く考えていなかった。
「すいません、出直して…」
 ばたん
 ドアが開いた。入ってきたのは、リキルだった。受付の兵士とは違う装備をしている。腰にはいつものショートソード、背中にはいつものバックラーだ。
「バルじゃないか。何か、困ったことでもあったかな?力になれるかい?」
 少し驚いた顔で、リキルが聞く。
「話しておきたいことがあってね」
 ふふっとバルが笑った。彼に、力になれるかなどと聞かれたら、頼りたくなる。だが、そうもいかないだろう。
「俺はこれから、ポイザンソという廃墟に行こうと思うんだ。何か、情報がないかな?」
「ポイザンソ…聞いたことがないな」
 バルの言葉に、リキルが首を傾げる。
「王国領の砂漠の中にある、小さめの廃墟だな。君はなぜ、そこへ?」
 後ろから、受付の兵士が口を挟む。
「追っている男が、そこにいるという話を聞いたんです。彼とは、個人的に話をつけなければならないのです」
 正直に、バルが答えた。ここで嘘をついてもいいが、兵士相手に嘘をついても仕方あるまい。兵士は、融通の利かないところはあるが、基本的に悪の性質は持っていない。目的を話したところで、問題はなかろう。
「それはもしかして、最近噂になっている、幽霊騒ぎと何か関係があるのかね」
「幽霊騒ぎ?」
 受付の兵士が言い、今度はバルが首を傾げた。
「ポイザンソに出るらしいんだ。眉唾だと思って、深く調査はしてなかったんだがね、先月あたりから、目撃情報が出始めた。そろそろ、調査せねばと思っていたところなんだ」
 兵士が、頭に生える1本角の回りを、爪でかりかりと掻いた。
「ちょうどいい。リキル。君に、ポイザンソと遺跡の調査を頼もう」
「僕にですか?」
「ああ。別に危険な魔物が住んでいる遺跡でもない、問題ないだろう。幽霊騒ぎにしろ、危害を受けたという報告もない、安全ではあるはずだ。あそこに用事があるというそちらの旅人も、君の知り合いのようだし、ちょうどいい」
 目を丸くしたリキルに、兵士が頷いた。
「立入禁止区域ではないのですよね?」
 リキルが、腰に差した剣のずれを直す。
「ああ、問題ない。建物が劣化しているわけでもないし、魔物が出る遺跡でもないからな。頼んでいいかね?」
「わかりました。行ってきます」
 兵士に向かって、リキルが敬礼をした。リキルが着いてきてくれるのならば、百人力だ。今回の探索には、彼がリーダーとして働いてくれるだろうから、メミカの迷いに付き合うこともなくなるだろう。
「ありがとうございます。じゃあ、リキルを借りていきます」
 少しほっとしながら、バルは礼を言った。


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