「…?」
 目が覚めたとき、バルはベッドの上だった。横に、心配そうな顔のメミカが座っている。日の射し具合から見るに、それほど時間は経っていないらしい。
「気がついた?もう大丈夫?」
 いつの間に着替えたのか、普段着になっているメミカ。バルは上半身を起こし、自身の後頭部を撫でた。もう痛みはない。さっきまで、何を…。
「…あ!」
 思い出した。バルはベッドから飛び降り、鞄の方へ駆け寄った。
「ば、バル君?」
 突然奇怪な行動を取ったように、メミカの目には映ったに違いない。すぐにバルに駆け寄り、額に手を置く。バルはそれに構わず、鞄のポケットに手を入れた。
「ない!」
 叫び声をあげるバル。指輪がない。さっきのあれは夢でもなんでもなかったのだ。自分は、きっと操られてしまっていたのだろう。
「ないって、なにが…」
「指輪だ!ニウベルグに持って行かれた!」
「に、ニウベルグ?」
 バルの剣幕と、突然飛び出した敵の名前に、メミカが戸惑う。
「メミカさん、ごめん。一生の不覚だ。実は…」
 バルはメミカに、1階で何があったかということについて話した。ニウベルグが来ていたということ、指輪を持ってくるように命令されたこと、そして指輪を奪われたこと。見晴らし塔へ行くと言っていたこと。黙って聞いていたメミカだったが、すっくと立ち上がった。
「行かないと!あの指輪はすごい魔力を秘めてる、あいつが何をするかわからないわ!」
 壁に立てかけてあった槍を手に取るメミカ。持ち運びやすく、取り回しの良いショートスピアだ。固定用の紐で槍を背中に背負い、メミカは部屋を出ていった。
「俺も…」
 ナイフと剣を取り、バルも後を追おうとして、靴を履いていないことに気がつく。転がっていた靴を履き、バルはメミカの後を追った。
『くそっ、やられた…!』
 リキルにも連絡を取りたいが、今彼はこの街で兵士として勤めている真っ最中だ。頼む事は出来ないだろう。それに、リキルを探している間に何かが起きたら遅い。
「ど、どうなさったんですか?」
 どたどたと音を立てて階段を下りてきたバルを見て、ウェイトレスが驚いた顔を見せた。
「俺と話していた悪魔男が出て行ってから、、何時間経った!?」
 外へ駆けだしていこうとしたのを止め、バルがウェイトレスに聞いた。
「さ、さあ。まだそんなに経っていないと思いますけど…」
「わかった、ごめんなさい!」
 返事を聞きながら、バルが外へ飛び出した。通りには数人の人が歩いているが、ニウベルグの姿はない。倒れてからどれだけの時間が経ったかはわからない。もうニウベルグは街の外へ出てしまったかも知れないが、無駄でも行動をしなければ…。
 たったったった
 バルの足が、見晴らし塔への道を走る。メミカはもう見えない。きっと、見晴らし塔へ先に行ってしまったのだろう。全力で走れば、宿から見晴らし塔まで5分だ。バルが賢明に足を動かす。
「はあっ、はあっ」
 角を曲がり、通りを駆け、また曲がり…バルはとうとう、見晴らし塔の前に到着した。
「あ、あれ?」
 バルは目を疑った。入り口がないのだ。通りから少し回ったところにあるはずの入り口が、いつの間にか無くなり、そこには無愛想な石の壁だけが存在している。
 塔の周りを一周するバル。すると、同じことをしているメミカと鉢合わせた。
「メミカさん、入り口が!」
「ええ。無くなってる。ちょっと待ってね」
 見れば、メミカは槍の先端を、塔の壁に付けながら歩いている。バルは、メミカと一緒に、壁に沿って歩いた。
 がつっ
「ん」
 槍の先が、壁の何かにぶつかり、小さく跳ねた。メミカはその部分を手でべたべたと触る。
 がちゃ
 メミカが壁を引っ張ると、何もない部分から扉が現れた。扉は開いているはずなのに、開いた向こう側に壁がある。いや、おかしい。
「すっ、すり抜けてる」
 非常識な光景に、バルが目を丸くする。
「ここに壁があるように、見せかけてるだけなのよ。実際は壁なんてないわ」
 すっ
 開いた扉の向こう側、壁の中にメミカが入っていく。恐る恐る手を伸ばすバル。バルの手は、壁に触れることなく、向こう側に貫通した。
「幻術の一種か…あいつは、幻術も使えるから」
 中に入り、バルが周りを見回した。いつもならば、観光客が数人はいるはずだが、今は誰もいない。
「ニウベルグはきっと上だわ。バル君、急ぎましょう!」
 階段を駆け上がるメミカ。バルも、息を整え、階段を昇っていく。1階層、2階層、そして3階層目まで来たとき、2人の男の人影が見えた。ニウベルグと、昨日出会った獣人男だ。獣人男は、今日はフードを被っていない。
「見つけた!指輪を返せ!」
 シャキン
 剣を抜き放ち、バルが2人に向けた。相手との距離は約10歩。熟練の剣士なら、一瞬で詰める間合いだ。
「もう気が付いたか。かなり強く念を入れたはずなんだがな」
 ふう、とニウベルグがため息をついた。バカにされた気がして、バルは怒りが頭に登った。野生の獣のように、喉の奥で唸り、背中の毛を逆立てる。
「ふん」
 ニウベルグが片手を上げた。恐らく、またあの手から空気弾を出して攻撃して来るに違いない。いつでも避けられるように、バルは身構えた。
「待ってくれ」
 獣人男が、ニウベルグの前に腕を出し、ニウベルグを制止した。
「追い払った方が早いぜ」
「言ったはずだ、まず話し合いから始めろと。これは僕と君との約束だったな。君の短気なところは嫌いだ」
「はいはい。おぼっちゃまはいかんねぇ」
 冷静な声の獣人男に対して、ニウベルグはあくまでおどけた態度を取っていた。獣人男が、ゆっくりと近寄り、バルとメミカの前に立った。
「手荒な真似をして、指輪を奪ってすまない。だが、これは私たちが必要とする物だ。悪いが、譲ってもらえないか」
 獣人男は、ニウベルグと違って、まだ信用できそうな雰囲気をしている。だが、このニウベルグの仲間だ、何をするかわからない。
「すまないと思うなら、最初から交渉すればいいのよ。わざわざバル君に催眠術までかけて!」
 ひゅんっ
 ショートスピアを振り、メミカが叫んだ。
「交渉はするつもりではいたぜ?あからさまに敵意を向けられたから、無理だと思って方針転換しただけだ」
「うるさいっ!嘘をつかないで!あなたには前科があるのよ!」
 ニウベルグの言葉を、メミカが突っぱねる。メミカはだいぶ怒りが溜まってきたようだ。
「やれやれ。これだからガキは困る。親が親なら子も子だねぇ」
 バカにしたような態度で、ニウベルグが笑う。
「師匠のことをバカにするなぁぁ!」
 と、メミカが槍を振りかぶり、ニウベルグに向かって突進した。
 すかぁん!
「ぎゃん!」
 そのメミカの背中に、獣人男が矢を撃った。一瞬の早業だ、何が起きたのか、最初は把握出来なかった。
「い、たたたた」
 メミカの背中から矢が落ちる。先端に布を巻いた、威嚇用のものだ。メミカは背中を押さえ、うずくまっている。
「なんてことを!」
 大きなダメージではないだろうが、それでも武器を向けられたことに変わりはない。バルが、獣人男に剣を向ける。
「こんな奴らだ。交渉が無駄だってのがわかるだろ?」
 ニウベルグが、毛のない頭に手を置き、哀れむような顔をした。
「今のは君が挑発をしたからだ。彼らの責任ではない」
 弓をマントの中に入れ、獣人男が返事をする。
「やれやれ。さて、今度は俺が約束のことを言う番だ。武器を向けて攻撃してきた奴は、誰であろうと反撃する。違ったか?」
「…違わない」
「わかっていただけたようでなによりだ。さて、お前ら。3度目があると思うなよ」
 がっ!
「はぐぅ!」
 ニウベルグが、メミカの首を握り、無造作に持ち上げた。細く長い指が、メミカの喉に食い込む。
「はっ、はな、せぇ!」
 べしぃ!
 メミカが尻尾でニウベルグを叩こうとしたが、それをニウベルグは手で受け止めた。そして、尻尾を手で強く握る。
「離せってば!」
 どん、どん
 何度も何度も、メミカがニウベルグにパンチをするが、もう酸欠状態のようで力が入っていない。ニウベルグの顔が、にやりと笑った。
 ごきっ!
「ぎゃあ!?」
 メミカの尻尾を、ニウベルグが勢いをつけて引っ張った。メミカは叫んだ後、ぐったりして動かなくなった。手がだらんと垂れ、ニウベルグの胸にぶつかる。
 からん
 槍が音を立てて床に落ちた。
「メミカさぁん!」
 剣を握ったまま、バルがメミカの元へ駆け寄った。
「くそっ!」
 ばっ!
「うおっ」
 体を丸め、ニウベルグ相手にタックルをした。ニウベルグが軽く後ろに下がる。その隙に、メミカとニウベルグの間に立ち、剣を構える。
「前と同じようにはいかないぞ!メミカさんに手は出させない!」
 ぶぅん!
 間合いを詰め、バルが何度も剣を振る。ニウベルグは、そのたびに剣を避け、少しずつ後ろに下がった。魔法を使う隙など与えない。もしこちらに直接攻撃を仕掛けてきたら、腕や足を切り裂いてやる。自分のペースを形作り、バルが相手に向かっていく。
「ニウベルグ!」
 後ろで獣人男の声がした。恐らく、矢をこちらへ向けているのだ。バルは、矢が来たらいつでもわかるように、耳を片方そちらへ向けた。どちらにせよ、今の細かな動きは、矢ではなかなか狙えないはずだ。
 ひゅがっ!
「!」
 矢が放たれた音を聞き、バルが瞬間的に屈んだ。矢は、バルの首の後ろを掠め、壁に刺さった。
「おらっ!」
 その隙を見たニウベルグが、長い足を伸ばし回し蹴りを放った。
『見える!』
 右から来る、低めの回し蹴りだ。バルは剣をそちらへ突き立て、両手で剣を押さえた。ニウベルグの足が、剣を蹴り飛ばす。
「っつ!」
 間一髪、刃ではなく腹を蹴ったが、鋼鉄製の剣を蹴ったダメージは大きいようだ。ニウベルグの顔が歪み、ふらふらと下がる。
「うおおおおお!」
 剣を引きずり、バルが敵に突進した。切っ先と床が擦れ、火花を散らす。
 すぱっ
「ぐっ!」
 ニウベルグの腹を、バルの剣の切っ先が掠めた。服が切れ、肌が露出する。
「いつもいつもメミカさんを酷い目にあわせやがって!今日こそ決着付けてやる!」
 息を整え、バルがニウベルグに対峙した。ニウベルグは、破れた服を手で撫でていたが、少ししてバルの方を向いた。
「いいねえ。どんどん能力が成長する時期だ。前回とは違うってわけか」
 心の底から、今の状況を楽しんでいるような顔だ。もし圧倒的にバルが強ければ、そんな余裕もないはず。つまり、ニウベルグはまだ自分に分があると思っている。
『倒せないでも、なんとか追い払うくらいは…』
 ニウベルグの顔を見て、バルが考える。と、ニウベルグが魔法を使うべく、腕を上げた。
「ニウベルグ!」
 獣人男の叫び声が響いた。
「もう時間だ。行こう」
 呼びかけを聞き、ニウベルグが手を下ろす。そして、バルの方をちらりと見て、歩き始めた。
「まだ終わっちゃいない!」
 剣を振りかぶり、バルが突進する。ニウベルグは、振り返ってバルの目を見つめた。
「うっ!?」
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。まただ。体が動かない。
「本当なら最後まで相手してやりたいところだが、もう時間だ。命拾いをしたな。土産を残して行くから、せいぜい楽しんでくれ」
 笑いながら、ニウベルグが階段を下りていった。獣人男も、バルとメミカをちらりと見て、去っていく。数分の間、剣を持ったポーズで立ちっぱなしていたバルだったが、少しするとようやく動けるようになった。
「メミカさん…」
 剣を引きずり、バルがメミカの顔を覗き込む。
「う…バル君?」
「大丈夫?派手にやられたね。今、手当を…」
 ずがっ!
「あう!」
 メミカの拳が、バルの腹を殴った。胃に強い衝撃を受け、バルがうずくまる。メミカはまるで、生きていないかのような目で、すっくと起きあがった。
「何を、するんだ!」
 剣を杖に、バルが立ち上がった。メミカは槍を構え、バルと対峙した。
「殺して、やる…」
 まるで感情のこもっていない声で、メミカが呟いた。これが、ニウベルグの言う「土産」なのか。バルは、また強い怒りが沸きだしてくるのを感じた。
「殺して、やるぅ!」
 ぶぅん!
 メミカが槍を突きだし、バルはそれを間一髪で避けた。バルにはライアのような、催眠術を解くような技能もない。かといって、このまま剣で斬りかかれば、どうなるかは目に見えている。少しのダメージで気が付けばいいが、最悪の場合、メミカを倒さなければならない。そうなると、彼女の体に消えない傷をつける恐れもある。
「しっかりしろ!目を覚まして!」
 バルの叫び声も、メミカには届かないらしい。正確に、そして素早い動きでバルに向かって槍を振る。バルはそれを剣で受け止めるが、反撃が出来ずにいた。
「殺してやる!殺してやる!」
 がきぃん!がきぃん!
 槍の穂先が、何度も剣と衝突した。まともに相手をするのは良くない。自分の催眠も、時間経過で治ったのだし、逃げ回っていればそのうちメミカも目を覚ますのではないだろうか。
「くっ!」
 バルは剣を手に持ったまま、階段を下りて逃げだそうとした。
 ぼおぅ!
「わあ!」
 突然、目の前を火の球が横切り、バルは足を止めた。メミカが、平手をこちらへ向けている。
「逃げ場なんてないわ。さあ、殺してやる!」
 ぼおぅ!ぼおぅ!
「メミカさん、やめるんだ!」
 バルは、円周状の足場を駆けだした。メミカの放つ火球が、バルの背中すれすれを飛び、壁にぶつかる。少しでも走るのが遅れれば、火球が当たって丸焦げになってしまうだろう。
「あははは!殺してやる!」
 メミカの高笑いが塔内に響く。さっきの幻術がまだ残っているならば、塔内に誰かが入ってくることはない。他人の手を借りることは出来ない。
「どうすれば…」
 とうとう、3階を半周してしまった。これ以上走るとなると、メミカとの距離がまた縮まり、魔法が当たりやすくなる。
「殺してやるぅ!」
 ぼおおぅ!
 先ほどより大きな火球がバルに向かってきた。右にも左にも逃げられない。飛び降りでもしない限り、直撃してしまう。
「だぁぁ!」
 バルは、剣の刃を横に向け、剣の腹を前に構えを取った。そして…。
 ばぐぅう!
 飛んできた火球に、剣を叩きつけた。火の球であるならば、中心に何か火の着いた可燃物があるはずだ。魔法で火球を出すとき、その可燃物は魔力である。魔力に直接攻撃で干渉することにより、魔法をうち消すことが可能ではないかと考えたのだ。
 ぼおぅ!
 だが、火の球はバルの予想に反した動きをした。まるで、球技のボールか何かのように、剣で打ち付けられ反射したのだ。火球は、そのまま真っ直ぐにメミカを目指す。
「ひっ!」
 メミカの怯えた声が聞こえる。危ない、と思ったときにはもう遅かった。
 ぼおおう!
「きゃああああ!」
 火球がメミカを包み込んだ。バルは剣を投げ出し、メミカの元へ駆け寄った。
「くそっ!このっ!このっ!」
 着ていた旅服の上を脱ぎ、倒れたメミカに何度もぶつける。火はすぐに消えたが、まだぶすぶすと音がしており、黒い煙が立ち上っている。
「メミカさん、大丈夫!?」
 ゆさゆさと揺さぶるバル。メミカの体が、微妙に熱を保っている。これはもう、大変なことに…
 びくっ
 メミカが小さく蠢いた。バルは、メミカから手を離し、様子を見た。また襲いかかってくるのか、それとももう大丈夫なのか。メミカは力の強いラミアだ、いきなり首を絞められでもしたら敵わない。
「あ…あつつ…」
 メミカが起きあがり、髪を手で梳いた。幸いなことに、髪には火がついておらず、赤いロングヘアは無事だ。
「メミカさん?」
「バル君…」
 メミカの名を呼ぶバル。メミカは、しゅんとした様子で、小さく俯いた。
「バル君、ごめんね。操られちゃった。意識は残ってたんだけど、体が勝手に動いて…」
 もう大丈夫だ、とバルは直感で判断した。もうメミカは、操られている状態ではないだろう。
「いいんだ。俺こそ、魔法を打ち返したりしてごめんよ」
 メミカの頭を軽く撫でるバル。自分も、母にこうしてもらった記憶がある。相手を安心させるときは、これが一番だ。
「普通の剣ならば、魔法を打ち返すことなんて出来ないはずだけど、すごいね。バル君も、魔法使えたりする?」
「まさか。俺はただの獣人だし、魔法の適正もないから、使えないよ」
「そっか…」
 メミカの言葉を、大仰に否定するバル。メミカは、何事かを考えている様子だった。
「それより、これ。見て」
 ローブのポケットに手を入れ、メミカが何かを取り出した。
「あ、これは!」
 メミカの手から、バルがそれを受け取る。指輪だ。赤い色が美しい、これはメースニャカの指輪だ。
「ニウベルグからスっちゃった」
 えへへ、とメミカが笑った。
「スリなんてするのかい?」
「ううん。本当に偶然だったの。ニウベルグの体を殴ったとき、固い感触があったから、それを素早く抜いたのよ」
 バルはすっかり感心してしまった。首を絞められ、死にそうな状態で、メミカはこれほどまでに冷静な行動を取ったのだ。自分では真似出来ない。
「ニウベルグ達は、どこへ行ったんだろう」
 バルは、吹き抜けの方へ身を乗り出し、2人の姿を探した。だが、既に塔から出てしまった後なのか、影も形もない。
「いなくなっちゃったね…」
 ふう、と息を付くメミカ。その途端に、メミカは尻尾を滑らせ、ずるりと床に倒れた。
「メミカさん、痛むのかい?」
 慌ててバルが抱き起こす。
「ううん、ちょっと疲れただけ。とりあえず、宿に戻りましょうよ」
 再度起きあがり、メミカが笑う。ニウベルグを逃した事に対して、強く悔しがるかと思っていたが、そんなことはないようだ。メミカの感情が激しく上下しないでよかったと思う反面、もしかして今の彼女は憔悴しきってまともな思考が出来てないのではとも思う。少し、心配だ。
「うん。宿に戻って、休もうか」
 だが、そんなことはおくびにも出さず、バルは階段を下り始めた。


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