「うあ…」
 陽の光が窓の隙間から差し込んでいる。バルは、瞼に光を受け、軽くたじろいだ。薄目を開け、起きあがるバル。伸びをした後に、ベッドから降りて外を覗くと、太陽が登り始めるところだった。まだ朝は早いらしい。パジャマ姿のまま、バルは大きくあくびをした。
 隣のベッドでは、まだメミカが寝息を立てている。最初、バルは部屋の真ん中にカーテンか何かを入れ、お互いを遮ろうと思っていた。それならば、女性であるメミカも気を使わないと思ったからだ。だがしかし、メミカはそんなことをする必要はないと言った。カーテンを借りるにも料金が発生するかも知れないし、何より気にする必要もないと。それでもバルが何か言おうとすると、彼女は一言。
『バル君って結構、紳士だね』
 はぐらかされた気もするが、バルは何も言えなくなってしまった。
 ランドスケープの王都からジャンバルへ来て、もう3日になった。後4日のうちにニウベルグが見つからなければ、そのまま帰ることになる。むしろその方がいいのではないかと、バルはおぼろげながらに思っていた。
『下に行って朝食かな』
 スリッパの履き具合を確かめ、バルは部屋を出た。今日は、服の洗濯を頼んでから出かけないといけない。バルは、昨日まで着ていた旅服をまとめ、軽く畳んだ。さすがに汚れすぎだ。今、バルは丈夫な旅服を2枚持っており、それをローテーションすることで衣服を選んでいる。服はかさばるし、少々不便ではあるのだが、これのおかげでいつも清潔な服を着ることが出来る。旅先などでは、水場で水を補給した後には、服を手洗いで洗濯してから先に進むことにしている。
 幸いに、今までバルが旅をしてきた地域には、雨ばかり降っている地域はなく、必ず晴れ間があった。服を、旗のように背中にくくりつけて歩けば、それなりに乾く。1度だけ、服を濡らしたままにしておいて凍らせてしまったことはあるが、そんな失態は2度はしない。
「おはようございます」
 メイド服に身を包んだウサギのウェイトレスが、愛想良くバルに微笑みかけた。
「洗濯をお願いしたいんだ。いいかな」
 畳んだ服を差し出し、バルが言う。
「ええ、もちろんです。お連れ様のものはよろしいですか?一緒にお洗濯いたしますよ」
「あ…そうか。聞いてくる」
 再度、バルは階段を昇り始めた。2階と3階が宿になっており、3階にバルの部屋がある。部屋に戻ったバルは、メミカの枕元に来た。
「メミカさん。メミカさん」
 ゆさゆさとメミカを揺さぶり、バルがメミカを起こす。本当ならばもう少し寝かせていてもいいのだが、洗濯物に関しては彼女に聞かなければわからない。まさか、彼女のバッグを漁るわけにもいかない。
「んー?師匠?」
 寝ぼけた声を出し、メミカが返事をした。
「師匠じゃないよ。俺だよ。バルハルト」
「何…眠いのよ…」
「宿の人に洗濯を頼むんだけど、メミカさんは洗う物はある?」
「洗う…わない?」
 バルの言葉に対して、メミカは要点を得ない返事しかしない。
「ほら、ちゃんと起きてくれないと…」
 べしん
「げふっ!」
 寝返りをうった彼女の尻尾が、バルの腹にきれいにぶつかった。それなりの勢いがついていたらしく、大きなダメージがバルに入る。メミカの力強さもそうだが、バルが油断していたのも悪かったようだ。
「うう…ほら、メミカさん。起きてってば。洗濯物を出して欲しいんだってば」
 腹を押さえながら、バルがメミカに言う。メミカは布団から手だけ出して、テーブルの方を指さした。テーブルの下には、昨日までメミカが着ていた服が、丸まって置いてあった。何も彼女を起こさないでもよかったらしい。
「それ…お願い…」
 心底眠たくて仕方がないと言った声で、メミカが言った。
『しょうがないなあ』
 呆れてしまったバルは、服を取って部屋を出た。昨晩は遅くまで、メミカは外を遊び歩いていたのだ。疲れているというのもわかるが、自業自得なのではないかとも思ってしまう。バルは両手で服を抱え、階段を踏み外さないようにゆっくり降りた。
「それで全てですか?」
「うん、恐らくは」
「わかりました。雨など振らなければ、今日の夕方までにはお渡し出来ますよ」
 バルが服を渡すと、ウェイトレスはそれをワゴンカーに入れ、ごろごろと引っ張っていった。木で出来たワゴンカーはガタついていて、古い物だということが一目瞭然だ。
 食事は、酒場の方で出されることになっている。1階酒場の方へ行こうとしたバルは、一般客が既に来ていることに気が付いた。
『この服のまま出歩くのは行儀が悪いかな』
 自分の着ているパジャマを見て、バルが出ていくのを躊躇する。上に登って…。
「おい」
 後ろから声をかけられ、バルが振り向いた。
「あ…!!」
 声を失った。スキンヘッドに突き出る2本の角。背の高く軽く筋肉のついた体。そこに立っていたのは、ニウベルグだった。今日は、白いシャツに白いジャケット、そして青い作業用ズボンを着ている。一見、ただの労働者に見える服装だ。
「貴様!」
「待て。ケンカをするために来たわけじゃぁない」
 ファイティングポーズを取るバルを、ニウベルグが制止する。
「あんなことをしておいて、よくもぬけぬけと顔を見せられたな」
 腰にナイフを差していないことが、こんなにも心細く感じるのは、久しぶりだ。目の前にいる召還士相手に、素手で挑んだとしても、やられるだけだ。しかも、こちらは間抜けなパジャマ姿なのだ。
「着替えてこい。話がしたい。30分待つ」
 ニウベルグは、顔色一つ変えず、命令するかのようにバルに言った。
「お前、余裕だな。俺が上でどんな準備をしてくるか、わからないぞ」
 はったりを効かせようとするバルだったが、どうも上手くいかない。舌は回らないし、喉は乾く。相手に恐怖を抱いているのだ。あまりにも強大な力を持ち、自分に危害を加えることが出来る相手が、目の前にいるのだ。怯えない方がおかしいかも知れない。
「結構。戦う気なら、相手してやろう。俺は、俺の気分を害するやつには容赦しないつもりだぜ?」
 握った拳を、軽く上げるニウベルグ。殴られそうな気がして、バルが身震いをした。
「下で待つ」
 酒場の方へ入っていくニウベルグ。バルはその後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。


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