「もっと積極的に攻撃を!」
 ざざっ!
 リキルが土を蹴り、木の剣を正面に構えた。
「わかった!」
 そのリキルの向かいに、同じく木の剣を握ったバルが立つ。
 2人がいるのは、ランドスケープ王国北にあるマーブルフォレスト。魔物の徘徊する森だ。2人は森の中の空き地で、朝早くから剣の練習をしていた。この空き地は、それなりに安全な場所で、魔物が顔を見せることもあまりない。
 地下迷宮に、バルとリキル、そして爬虫人の古物商ギカームが潜った日から、既に1週間が経っていた。地下迷宮に立っていた巨大なマネキンは、動作を停止したまま動いていない。王国軍が、巨大マネキンの調査をするために遺跡に潜ろうとしたが、遺跡は前よりも危険な場所になっていた。今まで徘徊していた攻撃能力の低い通常マネキンの他に、腕が剣のようになっている剣マネキン、腹に穴が空いていて焼けた矢尻を飛ばす穴マネキンなどが、新たに遺跡に徘徊するようになったからだ。4人からなる調査小隊が中に入っていったが、凶悪化するマネキンとの戦いに体力を消耗し、這々の体で逃げてきた。
「僕を殺す気でかかってこい!練習だからなんていう遠慮はいらない!」
 がっ!
 リキルの強烈な上段斬りを、バルが剣を横にして受け止めた。バルは2年間、あちこちを旅してきたが、正式に剣術を習ったことはなかった。これまで彼を救ってきたのは、自己流の拙いナイフ術だけで、剣術に関しては見よう見まねの素人だった。
 それでも今まではなんとかなってきたが、つい先日、バルはちゃんとした剣術を必要とする事件に遭遇した。彼が戦ったのは、歴戦の召還士。そのときバルは、メミカと2人でパーティを組んでいたが、2人とも相手にダメージを与えることすら出来なかった。
 バルは自身の腕が低いことを痛感し、リキルに剣の教えを請うた。リキルはちゃんとした道場で剣を習っていた経験がある。また、今はランドスケープ王国の傭兵として、王女の護衛までしている。それに、知らない剣士に頭を下げるより、それなりに仲の良いリキルならば、こういったことも頼みやすい。リキルはバルの頼みを快諾し、王国軍で使っているという練習用の木剣を2本持ってきた。そして今、2人はこうして、剣術の練習をしているのだった。
「取った!」
 バルは木剣を握り、リキルに向かって突きかかった。リキルの着ている鎧の胸部分を狙う。ボディならば、多少外れても剣がぶつかるはずだ。ダメージになる。
「ふっ!」
 ところが、リキルはその剣の軌道を読み、半身になって剣をかわした。勢いのついたバルは、止まることが出来ず数歩進む。その首元に、リキルが木剣の切っ先を当てた。
「ここまで。また1回死んだ」
 ふう、と息をつくリキル。やはり、本業の剣士には敵わない。
「っふうう…はぁ、はぁ」
 バルは木剣を木に立てかけ、木の根に腰をかけた。さっきからずっと動き通しで、疲れてしまった。長い間街道を歩くような持久力ではなく、瞬発的な筋力が要求されるのだ。運動の毛色が違うため、すぐに疲れてしまう。
「いいかい、バル。さっきも言ったけど、君は剣の刃全てが相手にダメージを与えられる有効範囲だと思っている。でもそれは間違いだ。実際は、切っ先を引っかけたところで、致命的なダメージを与えるのは難しい」
 剣を手に持ち、リキルが説明を始める。
「僕が習ってきた流派では、剣の半分ぐらいのところを敵に当てるようにしている。そのくらいの場所ならばダメージも大きいし、相手との距離を見誤ってもだいたい当たる。剣は槍や弓と違って、遠距離から攻撃して自分は安全圏にいられる武器じゃない。だから、もし安全圏に常にいる戦い方をするには、踏み込んで斬って下がるという3ステップが必要なんだ」
 リキルは、バルの隣にあった大きな岩に座った。
「後、バルは無駄な動きが多いようだね。相手と自分の立ち位置をよく見て、次に相手がどちらへ動くかを予想すれば、自ずと剣を振る方向は決まってくる。次から気にしてみるといい」
 確かに、何度も戦闘訓練をしていたというのに、へばっているバルに対してリキルは息すらあがっていない。
「わかった、気を付けて、みるよ。悔しいな、体力が、足りないな」
 肺に空気を入れようと、バルは大きく息を吸った。
「まあ…本当ならば、筋力トレーニングを3ヶ月くらいしてから、初めて剣を握るものだからね。少し早すぎたのかも知れないな。なんなら、トレーニングも…」
「いやいや、いいよ、そこまでは」
 言いかけたリキルの言葉を、バルがうち切った。3ヶ月間もこの国に滞在するつもりはないのだ。
「俺には、冒険が必要なんだ。あちこち行って、いろんなものを見て。だから、そんな長居は出来ないさ」
 バルはこの国にもう1ヶ月近くいるが、基本は旅人だ。次は船で、さらに東に行こうと考えている。今こうしてここに留まっているのは、仲良くなった色々な人々や、街の空気が居心地いいからだ。だが、それに浸かりすぎると、今度は冒険心が萎えてしまう。夢は世界一周、色々な土産話を元に、最後には自分の村に帰るつもりなのだ。ここに長居するつもりはなかった。
「そうか…そうだな。君は、旅人だものな。1年ほどあれば、僕の学んできた剣技を少しは教えられるんけどな…」
 少し不満そうに言うリキル。自分の知っていることを他人に教えるというのは、苦労も伴うがとても楽しい作業だ。恐らく彼もそう思っているのだろう。
「まあ、どちらにせよ、僕は明日から少しの間、出張なんだ。その間は、稽古は出来ないな」
「出張?ランドスケープから出るのかい?」
「うん。ジャンバルという街だ。少し遠いところだね。2、3度行ったことがあるが、いい街だよ」
 リキルが軽く笑った。
「ああ、あそこか。この街へ来る前に行ったことがあるよ。実は…」
 バルがジャンバルのことを思い出し、話を始めた。この王都へ来る前には、バルはジャンバルに寄り、路銀を稼ぐために労働をした。街を出てここへ来るとき、バルは購入した食料の大半を、購入した店に置き忘れるというミスをしていたのだった。
「そうか、災難だったな。僕は、明日から同僚数人と共に、ジャンバルに行くことになっててね。何か土産を…」 
 がさっ
「!」
 森の中のブッシュで、何かが動いた。2人がほぼ同時に木剣を取る。ナイフも剣も、空き地の端辺りに寄せてあるので、今使えるのはこの武器しかない。少々心許ないが、素手よりはマシだ。
「あ…」
 がさがさ
 ブッシュをかきわけて空き地へと入ってきたのは、メミカだった。その手には、バスケットを持っている。
「なんだ、メミカさんか…」
 木剣を置き、バルが頭を掻いた。
「ロザリアさんに聞いたら、バル君はここにいるって話だったから」
 メミカがにっこり笑う。ロザリアというのは、バルがランドスケープ王国で宿泊している宿、月夜亭の経営者の鳥羽人女性だ。相方の悪魔人女性であるエミーと2人で、月夜亭の経営をしている。
「バル、君は女性のお知り合いが多いな。彼女もそうなのかい?」
「うん。この人はメミカさん。ラミアの村に住んでいたのを、王都に引っ越してきたんだ。魔法使い見習いだよ」
 リキルの問いに、バルが簡潔に答えた。
「そうか。初めまして。僕はリキル。王国軍の兵士をしている剣士です」
「ご丁寧にどうも。私はメミカ。よろしく」
 リキルとメミカが、握手をする。
「メミカさん、わざわざここまで来たってことは、何か用事があったのかい?」
 バルが座り直してメミカに聞いた。
「うん。お昼、食べてないだろうなって思って、持ってきたの。一緒に食べようよ。リキルさんもどうぞ?」
 適当な地面に、包みを広げるメミカ。木の皮で編んだカゴの中には、ロールパンに切れ目を入れて塩漬け肉やレタスなどを挟んだサンドイッチが、3人で食べるには多すぎるほど入っていた。
「これ、メミカさんが作ったのかい?」
 カゴの中を、バルがしげしげと眺める。
「ええ。お肉が安かったから、たまにはサンドイッチでもいいかなって思って」
 メミカの尻尾の先が揺れる。
「ありがとう。さっそくいただくよ」
 サンドイッチを食べ始めるリキル。バルも1つ手に取り、かじりついた。朝早くに朝食を食べ、そこからずっと何も食べずに動き通しだったのだ。美味くないはずがない。
「飲み物もあるからね」
 金属製のコップを出し、メミカが水筒のお茶を注ぐ。
「ちゃんとコップが3つあるね」
「うん。ロザリアさんから、バル君が剣士の人に剣を習いに出かけたって聞いたから、その分も用意してきたのよ」
 メミカがお茶を飲んだ。まるでピクニックにでも来たかのようだ。
「これ、メミカさんが作ったのかい?」
「あ、そうだ。バル君、リキルさん」
 パンを噛みながら、メミカが顔を上げた。
「ジャンバルって街に行きたいんだ。ここからどのくらいかかる?」
「ジャンバル?」
 いきなり出てきたタイムリーな話題に、バルが目を丸くした。
「えーと、1週間、くらいかなあ…リキル、わかるかい?」
 メミカの問いに、バルが記憶を辿る。
「バルの言うとおり、街道を歩いて行けば1週間だね。途中、村や宿はないから、野宿が基本になる。ただ、この街道は西にある砂漠を北側に迂回しているから、砂漠を突っ切れば2日で到着するよ」
 リキルが詳細な時間を口にした。バルがジャンバルからランドスケープに来たときには街道を利用した。1週間かかった覚えがある。
「ジャンバルに何か用事があるのかい?」
 こぼれ落ちそうな塩漬け肉を口で押さえ、バルが聞いた。
「うん…会わなきゃいけない奴がいるらしいの」
 今まで明るかったメミカの表情が、急に暗いものになった。その表情に、バルは嫌な予感を感じた。
「例の召還士…?」
 バルが聞いた。メミカは、神妙な顔で頷いた。因縁の相手、召還士の男…。バルは、詳細を知っている。
「召還士?知り合いにでも会いに?」
 パンを噛みながら、リキルがバルの方を向いた。バルはこのことを話すべきか迷った。メミカのプライベートにとても関係してくる内容だからだ。困ったバルがメミカの方を向くと、メミカは小さく咳払いをした。
「あのね…」
 彼女は話を始めた。召還士の名はニウベルグ。背が高く、筋肉のそれなりについた悪魔人だ。白い肌で、毛のない頭には2本の短い角が生えている。この男のせいで、メミカは師であるラミア種族のライアと共に、ラミアの村メイゥギウから王都へ引っ越すこととなった。
 ニウベルグは、ライアと昔、因縁があったらしい。ライアはメミカが生まれたころから、メミカの面倒を見ている魔法使いで、メイゥギウではそれなりに有名な魔法使いだった。ライアは元々メイゥギウの生まれだったわけではなく、どこかから流れてきた民だ。恐らく、メイゥギウ村に来る前に、何かあったのだろう。
 偶然か意図的にかはわからないが、ニウベルグがメイゥギウに来たとき、ライアの存在に気が付いた。そして、村長にライアのことを聞こうと脅迫したばかりか、村長屋敷に火を付けたのだ。さらには、村人の一部に「ライアは危険な旅の民、殺さなければならない」という暗示までかけて。幸いなことに、ライアは暗示を解く術を使って村人の心を元に戻したが、これ以上村にいては迷惑がかかると思い、引っ越しを結構したのだった。
「なるほど…とんでもない輩だな」
 おしまいまで話を聞いて、リキルが怒ったような声を出す。正義感の強い彼には、このような人間の存在は不愉快極まりないのだろう。
「それでね、そのニウベルグなんだけど、ジャンバルの街でその姿を見た人がいるらしいのよ。向こうからこっちに配属になった兵士さんなんだけど、それらしい姿をはっきりと見たって。私、ちょうど占い師のイルコさんのところに行ったら、その兵士さんと会って話を聞いたのよ」
 イルコというのは、王都に住む占い師の老婆だ。ヒューマンで髪は青、肌はチョコレートのような色をしている。彼女は孫である少女スウと共に住んでおり、スウも髪と肌の色が同じだ。
「召還士を探しているけど知らないかって聞いたのかい?」
「ううん、違うわ。ほんと偶然なんだけど、この間ジャンバルで、街中に魔物が出る事件が起きたらしいの。こんな事件、久方ぶりであたふたしてたらしいんだけど、そのとき現場の近くに避難していない男がいた。避難を促そうと、兵士の人が追いかけたんだけど、どこかへ消えてしまったらしいの。それが、話を聞く限りだと、ニウベルグらしいのよね」
 バルが聞いた質問に、メミカが詳細に答えた。
「もしかして、魔物もニウベルグが呼んだのかも知れないよね。村長屋敷に火をつけたときも、ニウベルグは魔物を呼んでたし…」
 顎に手を当て、メミカが考え込む。
「うーん、その発想は行き過ぎだと思う。その召還士が、どれだけあくどい男かはわかったが、街中に魔物を呼び出す理由がわからないじゃないか」
「そうかしら。あいつは残虐な男よ。理由なんて必要ないかも知れない」
 リキルの発言に、メミカが真っ向から反論した。リキルも何か思うところがあったらしく、黙り込む。
「それで、メミカさんはニウベルグに会いに行くつもりかい?」
「ええ。決着をつけないと」
「そうかあ…」
 メミカの勇ましい言葉に、頭を抱え込むバル。メミカは魔法使いとしても、戦士としても、それなりの強さではあるが、前回ニウベルグに挑んだときにはこてんぱんにやられてしまっている。バルもそのとき一緒にいたが、同じくやられてしまった。ライアは「メミカが10人集まってもニウベルグには勝てないだろう」と言ったが、それほどまでに彼は強い。
「俺、今はやめた方がいいんじゃないかと思う。だって、俺達2人がかりで傷1つつけられなかった相手だよ?今向かって行っても、前と同じ結果になるんじゃないかと…」
「じゃあ何?このままおめおめと引き下がれっていうの?あいつのせいで、師匠や村長がどんな目に遭ったか、知らないわけじゃないでしょう?」
 苦々しげに提案するバルの目の前に、メミカがずずいと顔を乗り出した。
「無謀と勇敢は違うよ…もしメミカさんがやられたら、ライアさんも悲しむよ?」
 ぐいとメミカの顔を押し、バルが顔を遠ざける。
「やってみなくちゃわからないじゃない。私は、火を出すことも出来るし、物を凍らせることも出来る。また新たな技だって練習してるし、槍だっていっぱしに使えるつもりよ」
 自信満々に、メミカが反論をした。バルがため息をつく。
「なんだか、どこかのお姫様を見ているかのような気分だ…」
「バルもそう思うか。僕も彼女を思いだして、思わず心配になったよ。あのお姫様、僕がいない間に、無茶をしていないといいんだが…」
 バルのパスを受け取るリキル。彼らが言っているのは、ランドスケープ王国の王女であるシンデレラ・ランドスケープのことだ。犬獣人で、体格が小さい彼女だが、わがままでかなり我が強い。リキルは彼女のお目付役をしているせいで、かなり振り回されているのだった。もちろん、彼1人でお目付役をしているわけではないが、それでも大変である。
「出発はいつにするつもりだい?」
 お茶を飲み、バルがメミカに聞いた。
「明日よ。早めに出ないと、逃げちゃうかも知れない。そんな遠い街にいるならばなおさらよ。悪党に1週間も与えたら、どうなるかわからないわ」
 メミカはふふんと鼻を鳴らす。
「もしかして、会ったその場でケンカをふっかけるわけじゃないよね?」
「もちろん、他人に迷惑がかからない場所を選んでからにするわ」
「そうじゃなくて、つまりその、なんというか…」
 バルが頭を掻いた。バルが考えているのは、戦闘を回避する方法だ。メミカはもう、戦闘をする前提で話を進めている。どうにも物騒で仕方がない。
「リキル…」
「ん」
 バルは、リキルの方を向き、目配せをした。リキルは、承知したと言った風に、頷いて見せた。
「メミカさん。実は、僕も明日からジャンバルへと向かう予定なんだ。城の兵士仲間数人と、砂漠用の馬車便を利用して、砂漠を突っ切るつもりでね。よければ、一緒に行かないか?」
 するすると言うリキルに、バルは顔を青くした。リキルとも意志の疎通が出来ていない。バルとしては、リキルにメミカのことを止めてほしかったのだが、リキルは彼女のことを頼むと言われたのだと理解している。
「いいの?お城の用事なんでしょう?」
「馬車便は、郵便配達の一般便を使うから、一般人も乗ることが出来るよ。規定の料金を払わなければいけないけど、メミカさんさえよければ…」
「もちろん!馬車に乗ってるだけで行けるなんて、そんな楽が出来るなら、お金ぐらい払うわ!」
「そうか。じゃあ、馬車を管理している会社に、話を通しておくよ。これで問題も解決だな」
 リキルが笑いながらバルの方を向いた。
「違う違う違う!違うんだよ!」
 我慢しきれず、バルが大声で叫ぶ。メミカとリキルが、体をびくっとさせる。
「メミカさんが危険な相手に挑むなんて、危ないじゃないか!俺は、リキルに止めてくれってつもりだったのに、なんで焚き付けてるんだよ!」
 バルがリキルに詰め寄った。
「い、いや。メミカさんをよろしく頼むってことじゃないかと思ったんだけど…」
「そんなわけないじゃないか!仮にも女の人だよ!?もし大怪我でもしたら大変だ!なんでそういう発想に至らないかなあ!」
 困惑顔のリキルに向かって、バルがやいのやいのと文句を叩きつけた。
「女だとか男だとか関係…」
「ある!」
 バルの剣幕に、メミカがうっと唸った。
「わ、悪かった、だからそんなに怒らないでくれ」
 リキルがバルから目を逸らした。
「全く、メミカさんもメミカさんだよ!そんな危険なことはやめなよ!何があるか、わかったもんじゃない!」
 怒りの表情のまま、バルがメミカの方へ向き直った。メミカは、バルに叱られたとたん、尻尾をぴしと立てて驚いた顔をした。それから、斜め下を向いて、手で髪をいじり始めた。
「バル君、そんなに私のことを心配してくれてるんだ…なんだか、ちょっと、嬉しいな」
 しん、と森の中に静寂が響いた。バルは、何も言えなくなってしまった。彼女の仕草は、まさに女の子そのものだったのだ。女性にまだ興味もない年齢で、色恋沙汰に関係のないバルでも、その仕草をかわいらしいと感じてしまった。
「と、ともかく、危ないことはダメだよ」
 なんだか気恥ずかしくなったバルは、メミカから目を逸らした。無意識に尻尾が揺れる。いらいらしているときにも揺れる尻尾だが、恥ずかしいときにも揺れるのだ。
「心配しないで。私、覚悟は出来てるの。負ける気なんてないわ。行かせてちょうだい」
 急に真面目な顔になったメミカが、強く言い放った。もう、バルは何も言えなかった。彼女の決意はとても固い。どうあっても止めることなど出来ないのだ。だが、バルはとても心配だった。
「ダメだよ。そんな…」
 バルが小さく口を開いた。
「じゃあ、バル。君もついていけばいい」
 さらりというリキルに、バルが目を丸くする。
「危険なことをしないか、その目で見ていればいいんだ。もし危険なことをしそうなら、首根っこを掴んででも止めればいい。君は冒険が必要なんだろう?王国から離れた街に行くのもいいんじゃないか。行きと帰りの馬車は、王国兵士が乗るものに一緒に乗っていけばいい」
 さらさらと言葉を続けるリキル。また唐突に、こんな話がやってきたと、バルは頭を悩ませた。
「そうね。それがいいかも。ね、バル君。一緒に行こう?」
 メミカがにっこり笑い、バルに巻き付いて頭を撫でた。どうもバルは、他人に振り回されることが多い。この街に来る前にはそんなこともなかったはずだが、今は自分で行動するより、他人に突き動かされることが多いのだ。バルは、仕方なく頷いた。


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