がちゃ…ぎぎぎぎぎぃ…
 軋む音と共に、扉が開いていく。冷たい空気があふれ出す。中に入ったバルは、なんだかよくわからない恐怖を感じた。目の前には、丸みを帯びた壁がある。例えるならば、人間男性の胸のような。
「これ…は…」
 リキルが声を失った。ギカームが、手に持つカンテラを高く持ち上げた。胸のような形をした壁、ではない。それは、巨大な胸そのものだった。目の前には柵があり、その柵の向こう側は大きな穴になっている。そして、その穴には、巨大な機械人形が立たされているのだ。基本は裸体無髪の人体の形をしているが、腕や足の関節には人形のような球体が使われている。素材は何だかはわからないが、通常のマネキンは白色なのに対して、このマネキンはネズミ色をしていた。目に見える部分から想像するに、高さは人間6人程度だろうか。
「とんでもないものを見つけたね…」
 試しに、その辺りに落ちていた石を、穴に落とすバル。数秒してから、からんからんという音が響いてきた。この穴はかなり深い。落ちたりしたら、ひとたまりもない。
「こっちにあるこれはなんだろう」
 リキルが右側へと歩いていき、壁際にあった箱の前に立った。人1人入れる程度の大きさで、縦長で真っ黒な色をしている。前面の上半分には、ガラスの板が貼られており、下半分は、ボタンやレバーやよくわからない物がついている。
「機械には違いねぇようだが…」
「マネキンや戦闘機械とは毛色が違うね」
 ギカームとバルが、箱の周りを見て回った。こんな機械を見るのは、バルは初めてだ。
「押してみようぜ」
 適当なボタンに、ギカームが手を伸ばした。
「待て、何が起きるか…」
「そう、わからない。だが、俺達は調査に来てるんだ。何もしないまま、調査終了ってわけにはいかんだろう」
 制止するリキルに、ギカームがひらひらと手を振ってみせた。
 かちっ
 機械の真ん中に取り付けられていた、赤いボタンがへこんだ。1秒、2秒、5秒…。
「何も起きないな…」
 期待外れといった様子のギカームが、大きくあくびをした。
「こっちじゃないの?」
 かちっ
 今度はバルが、端にあった緑のボタンを押した。やはり、何も起きない…。
 ぶぅん!
「わあ!」
 急に、ガラスに絵が表示された。ガラスの右半分には、マネキンの正面図が、そして左半分には、読めない文字の羅列がずらっと並んでいる。
「な、なんだ?えーと?兵器、コントロール…?」
 ギカームが顔を近づける。
「読めるの?」
「ああ、少しだけな」
 バルの問いに、ギカームが返事をした。
「現在状態、待機中…ヒュージ・シングス。大きな何か…か。このデカブツのことらしいな」
 上を見上げ、巨大マネキンの顔を見るギカーム。巨大なマネキンには、埃が積もっている。恐らく、何千年もの間、ここでただじっと佇んでいたのだ。
「待機中ってことは、動く可能性もあるのかな」
「わからない。こんな巨大なものが動き始めたら、一体どうなることか…」
 バルとリキルが顔を見合わせ、身震いした。地上に出てきてもし暴れたら。家よりでかいマネキンだ、甚大な被害を被ることとなる。死傷者がどれだけ出るかなど、予想すら出来ない。
「地磁気が乱れたのは、こいつのせいだろう。待機に入ったのが1週間ほど前って出てる。何らかの原因で、起動して待機を始めたんだ。幸いにも、動き出す感じはないな」
 柵から身を乗り出し、ギカームが手を伸ばした。マネキンの胸までは手が届かない。少しの間、ギカームは手を伸ばしてマネキンに触れようとしていたが、ダメだと悟って諦めた。
「一大事件だ。このことを、早く外に出て報せ…」
 どすん!
 天井から、何かが落ちてきた。3人を囲むように、マネキンが4体。しかも、従来型のマネキンではない。さっきガラス管の中にいた、腕が剣のマネキンと腹に穴のマネキンが2体ずつだ。
「何だ!?」
 リキルが剣と盾を抜く。と、穴マネキンの片方が、リキルの方に腹を突きだした。
 ズギュン!
「わあ!」
 かぁん!
 何かが高速で飛び出し、リキルの盾にぶつかった。衝撃でリキルがよろめく。盾とマネキンの腹の穴からは、まるで火でも出たかのような白い煙が立ち上っていた。リキルの盾には、先の尖った円錐状の鉄片が刺さっていた。
「こいつ、飛び道具を持ってやがる!高速の矢尻を飛ばしてきたんだ!」
 斧を抜き放ち、ギカームが叫んだ。相手は4体、こちらは3人。そして、相手のうち2人は飛び道具を持っている。かなり不利だ。だが、やらなければこちらがやられる。
「だあああ!」
 背負っていた剣を一気に引き抜き、目の前の剣マネキンに振り下ろすバル。がきん、と音がして、マネキンの剣とバルの剣が打ち合った。マネキンは、手をクロスして剣を受け止めた。
「このぉ!」
 げしぃ!
 バルの前蹴りがマネキンの腹に入る。マネキンはごろごろと転がったが、すぐに立ち上がった。敏捷性も高いらしい。
「こいつら、並の、マネキンじゃ、ないぜ!」
 がきん!がきん!
 ギカームの斧と、マネキンの剣が、何度もぶつかって火花を散らす。と、穴マネキンが腹をギカームに向けた。
「危ない!」
 リキルがマネキンに後ろからタックルをしたマネキンはがしゃんと音を立て、柵にぶつかって飛び出した。暗く、深い闇の中へ、マネキンが落ちていく。しばらくして、底の方で大きく破壊音が聞こえた。
「ふっ!ふっ!」
 剣マネキンの猛攻を、バルが必死に剣でさばく。向かってくる攻撃を、間一髪で避け、剣で受け止める。時折、耳元や首元を熱い矢尻が飛んでいくのを感じる。生と死、ぎりぎりの緊張感。こいつをなんとかしなければ、やられる。
 ぶぅん!
 マネキンが強く剣を突きだした。バルはそれを間一髪で避けた。マネキンが、体勢を崩して前のめりになる。
「今だ!」
 ずがっ!
 マネキンの腰に、バルが重い一撃を落とした。腰部が割れ、びしびしっと音がしたかと思うと、マネキンは動かなくなった。
「でかした!」
 ギカームも、リキルと協力して、剣マネキンを作動不能に持ち込んだ。後は、穴マネキンだけだ。マネキンはくるりと向きを変え、バルに向かって射撃体勢を取った。
「バル!」
 リキルの剣とギカームの斧が、マネキンを支点にクロスした。2人の力が、マネキンをはじき飛ばす。マネキンは、前のめりになって鉄片を発射した。
「バル、無事か」
 リキルが剣を収め、バルに駆け寄った。
「ああ、なんともないよ。弾は外れたから…」
 振り返り、バルが目にしたのは、マネキンの鉄片を受け、破損した黒い箱だった。
 がたん!
「うわ!」
 床が揺れ、バルは転びそうになった。地震だろうか。しかし、それにしてはだいぶ短いし、揺れが急に来て急に止んだ。
「おい、大変だ!表示が変わってる!待機中だったのが、起動中になってんぞ!」
 箱を見たギカームが、顔を青くした。鉄片は箱の下半分、真ん中辺りを貫いていた。箱の中身がちらりと見えるが、ただの空洞ではなく、理解出来ないほど高度な技術で作られた部品が詰まっている。
 ゴゴゴゴ…
 さっきより弱く床が揺れる。そして、穴に立つマネキンの目に、光が灯った。
「オ…オオオオオオン!」
 マネキンが咆吼をあげた。びりびりと、空気が震える。
「起動準備中、現在3パーセント…まだ時間がある。くそっ、なんとかして止められれば…」
 かち
 適当なボタンを押すギカーム。と…。
 がちゃん
「あ?」
 扉が自動的に開いた。そして、廊下と部屋が光で満たされた。天井の岩の隙間から、光が溢れている。照明装置が起動しているようだ。
 ガー
 向こう側の廊下にあったガラス管が、ゆっくりと開いていく。そして、中に立っていたマネキンは、がしゃがしゃと床に倒れた。それぞれ、床から起きあがり、辺りを索敵するかのように見回している。
「マネキンの起動スイッチだったんだ!」
 バルは剣を持ち直し、扉の方へ向けた。マネキン達は、3人の方を向き、がしゃがしゃと歩き始めた。剣マネキンと穴マネキンがほぼ半分ずつ、それが50はいる。
「冗談だろう?」
 引きつった笑いを見せるリキル。目の前に並み居るマネキンは、リキルの言葉を聞く様子もなく、足を進めた。
「はっ、面白れぇ!やってやろうじゃねぇか!」
 斧を振りかざし、ギカームがマネキンの群に向かって突進した。目の前にいた、剣マネキンに向かって、渾身の力で斧を振り下ろすギカーム。マネキンの顔から腹にかけて、大きな裂傷が出来上がり、マネキンは体を崩した。
「バカ、1人じゃ無理だ!」
 リキルがギカームの横に躍り出た。後ろから、バルも続いて突進した。武器を持った男が3人横に並ぶだけで、廊下は目一杯だ。マネキンも、1度に3体ずつくらいしか攻撃してこられないようで、前に立っていた3体が構えを取った。
「うおおお!」
 バルが横に剣を振り、マネキンの体を薙ぐ。多対少数の戦いなど、あまり経験のないバルだ。どのように立ち回れば最善なのかすらわからない。目の前にいる敵を倒すだけで精一杯だ。
 目の前にある顔に向かって、バルが渾身の頭突きを食らわす。よろけた相手に、バルは横から剣をぶち当て、転ばせた。倒れた相手に向かって、剣を振り下ろし、致命傷を与える。同時にしゃがみ込み、穴マネキンの矢尻をかわす。
「バル、左だ!」
 リキルの声を聞いたバルは、剣から左手を離し、相手の足を引っ張り転ばせた。その間に、右から来る相手に向かって、剣を握ったままの右手でパンチを食らわせる。何も考えられない、全ての行動を反射で行っている。頭が痛い、体が痛い、思考が…。
「きりがない!バル、ギカーム、一旦引け!」
 リキルの号令に、半ば飛びかけていた意識が戻った。剣を引きずり、バルが扉の向こうまで逃げ込んだ。
「扉を閉めて、立てこもろう!少しは時間が…」
「まあ待て、任せろ」
 扉を閉めようとするリキルを止め、ギカームが鞄の中を漁った。
「うしっ、あった!これでもくらいな!」
 ぽん
 ワイン瓶程度の大きさの筒を、ギカームが投げつけた。マネキンの群の中に、筒が転がっていく。次の瞬間。
 ドォオオオオオオオン!
「わああああ!」
 まるで雷のような轟音と共に、筒が爆発し、敵が吹っ飛んだ。そのあまりの音に、リキルが悲鳴をあげる。
「今だ!」
 ばたん!
 開いていた扉を、バルが閉める。そして、剣を扉の引き手に、かんぬき代わりにかけた。
「特製の爆薬だぜ。1本だけ持ってきた。これで少しは時間が稼げる。その間に、なんとかこいつを止められないか、やってみる」
「大丈夫か?」
「任せとけ。機械の扱いだって慣れてんだよ」
 腕まくりをして、ギカームが箱の方を向いた。心配そうに言うリキルの言葉に、安心させるような声で返事をする。
「今は15パーセントって出てる。もうかなり時間が経っちまった。早くなんとかしないと…ん?」
 ギカームの上に影が落ちる。
「危ない!」
 バルは横からギカームに体当たりをした。
「うおっ!」
 ギカームがごろごろと転がる。
 ドスゥン!
 数瞬前までギカームがいたところに、巨大な握り拳が落ちた。握り拳が当たった床が、軽くへこんでいる。巨大マネキンが、動作を始めたのだ。腕を動かすくらいのエネルギーが、もう充填されているらしい。
「早く止めて!ここは俺らがなんとかする!」
 ギカームを立たせたバルは、ナイフを抜いた。こんなナイフでは、あの巨大な相手にダメージを与えることは出来ないだろうが、素手で相手するよりはマシだ。
「よし、わかった!」
 箱に駆け寄ったギカームは、ボタンをかちかちと打ち始めた。マネキンの目が、バルとリキルの方を向く。
「いいか、バル!彼の方に注意を向けさせるな!もしあっちを向こうとしたら、無理矢理にでもこっちに注意を向けさせるんだ!」
「わかった!」
 ぐぐうっとマネキンの腕が持ち上がる。握り拳が、バルの上にゆっくりと落ちてくるのを、バルは横走りで避けた。
 ドスゥン!
 拳が床にぶつかる。その隙を逃さず、バルとリキルが武器で斬りかかった。
「ガアアアア!」
 マネキンが叫ぶ。機械には痛覚はないはずだが、このマネキンには痛覚があるのだろうか。腕が再度持ち上がったのを見て、バルが身を低くして、どちらへ避けるか考える。
「ガアア!」
 ギカームの方へ、腕が伸びる。リキルが、足下にあった石を拾い上げ、マネキンの顔に向かって投げつけた。マネキンは、腕を下ろしながらリキルの方へ延ばす。
「うわあ!」
 マネキンの腕が床を薙ぐ。リキルとバルは、とっさに床に伏せ、マネキンの手を避けた。「ちくしょう、なんとかして一泡吹かせてやりたいな」
 起きあがりながら、バルが呟く。あの巨大な腕では、並大抵の武器では歯が立たない。さっき与えたダメージだって、微々たるものだ。
 ドスゥン!
 また、拳が床にぶつかった。機を逃さず、バルが何度も斬りつける。
「ガアアアア!」
 マネキンが叫びながら、斬りつけられた右腕を振り上げた。と、バルの服が引っかかり、バルは宙高く舞い上がった。
「バル!」
 リキルの叫び声が聞こえる。バルはなんとか体勢を立て直し…。
 どすん!
「ぎゃあ!」
 背中が天井にぶつかった。どんどん落ちていく。このままでは、奈落の底まで真っ逆様だ。バルは腕を大きく伸ばし、体を開いた。
「ううううあああああ!」
 どす!
 なんとか、バルの体はマネキンの右腕に乗った。腕がぶんぶんと振り回され、そのたびにバルの体が吹き飛びそうになる。マネキンの腕は、つるつるでつかみ所がない。
「バルー!くそっ、こいつ!その手を止めろぉ!」
 飛び上がったリキルは、剣を大きく後ろに振り、渾身の力を込めてマネキンの手に斬りかかった。
 がきぃん!
「ガアアアアアア!」
 マネキンの右手、中指に大きな割れ目が出来た。外側の外皮が剥がれ、中に通っている線や管が見える。何かが爆ぜるような、ぱちぱちっという音も聞こえる。マネキンの手は、そのとき動きを止めた。
「今だあ!」
 バルはマネキンの腕の上で立ち上がり、本体めがけて駆けだした。もう片方の手が、バルを捕まえようと伸びたが、バルはそれをひらりとかわした。二の腕に乗り、肩までかけ登ったバルは、ナイフをマネキンの右目に突き刺した。
「ガアアア!ガアアアアアア!」
 目の中で小規模な爆発が何度も起きている。ぱちん、ぱちんという音が聞こえる。同時に、雷の後の森のような、焦げた臭いが漂い始めた。危険を感じたバルが、ナイフを抜いて腕を駆け下り、リキルとギカームのいる方へ転がり込んだ。
「バル、無事か!やったな!」
「ああ、一矢報いて…」
 ボォォン!
 マネキンの右目が爆発した。振り返ったバルが見たのは、破片がこちらへ向かって高速で飛んでくるところだった。
「ぎゃあ!」
 破片が胸に突き刺さる。とてつもない衝撃だ。バルは吹き飛ばされ、扉に背中をぶつけた。破片は、胸を貫通したのだろうか。そうなると、血が大量に出るはずだ。痛みの中、異様に冷静な考えで、バルは自身の胸に手をやった。
「あれ…?」
 傷がついていない。はっとして、バルは服の中を見る。そこには、メミカにもらった首飾り…だったものがぶらさがっていた。巨大マネキンの目のかけらが突き刺さり、木も石も割れてしまっている。もう装飾品として使うのは無理だろう。
「ギョワワワ!」
 おかしな叫び声と共に、マネキンが手を振り回す。今の衝撃で、左目もダメージを負ったらしく、ひびが入っている。めちゃくちゃな攻撃だ。気を付けていれば当たることなどない。
「よし、これで…」
 ばんっ!
 背中の方で、急に扉が開いた。いつの間にか、かんぬきにしていた剣が落ちてしまったようだ。マネキン達が、まるで生け贄を求める狂信者か何かのように、大挙して押し寄せてきた。
「はああああ!」
 リキルが目の前に入ってきた剣マネキンに斬りかかる。が、リキルの剣は、マネキンの剣に受け止められた。
 ズギュン!ズギュン!ズギュン!
「ぐふぅ!?」
 リキルの脇腹に、熱い矢尻が何発も食い込む。薄い皮の鎧を貫通し、リキルの腹から血が染み出た。
「リキルぅ!くそっ、お前ら、許さない!」
 矢尻を発射した穴マネキンを、バルが何度も何度も斬りつける。とどめにと蹴り飛ばすと、マネキンは煙を噴いて動かなくなった。
「い、って…くぅ…うお!」
 がくん
 リキルが跪き、脇腹を押さえる。そんなリキルの顔を、剣マネキンが蹴り飛ばした。
「くそぉ!お前ら、離れろ!離れろぉ!」
 剣を拾い上げ、バルが無茶苦茶に振り回した。何発か、マネキン達に入ったようではあるが、致命傷にはなりえなかったようだ。
「バル、それじゃ、だめ、だ。重心、を、上手く、移動させて、剣を、振るんだ…」
 立ち上がったリキルが、剣を構える。
「くそぉ!ギカームさん、まだかよ!」
「今やってる!後少しだ!」
 剣を振り回し、バルが問う。ギカームは、パネルを奏さしながら、返事をした。
「ここを、こうして…」
 ギカームの独り言が聞こえる。このままじゃ、全滅してしまう。敵は思ったより強かった。強力な飛び道具、恐ろしく正確な剣、そして巨大な拳。3人では無理だったのかも知れない。
『くそっ、みんなで帰る!帰るんだ!』
 近寄ってきた穴マネキンに、バルが上から剣を振り下ろした。穴マネキンは、頭が2つに割れ、どうっと音を立てて倒れた。まだ敵は大量にいる。時折振り下ろされる巨大マネキンの腕が、剣マネキンや穴マネキンをなぎ倒すが、それでも数は減らない。全てを倒すには、時間も、攻撃力も、人数も圧倒的に足りない。リキルを守るだけで精一杯だ。
「うおおおお!」
 血を流しながら、リキルが突進した。その剣が、剣マネキンの体を、袈裟懸けに切り裂く。
「休んでないと!」
「だめ、だ。君にだけ、任せて、いられ、ない!」
 押しとどめようとしたバルを、リキルが払いのける。バルは突然、なぜだか泣き叫びたい衝動に駆られた。
 がんっ!
「あう!」
 バルの延髄を、何かが殴る。剣マネキンの剣の腹だ。転がったバルの首元に、剣マネキンが剣を向けた。ゆっくりと振り上げ、そして鋭い突きがバルを狙った。
『死んだ』
 いきなり、バルの体から力が抜けた。もうおしまいだと思った。
「これだ!」
 ばちん!
 そのときやけに大きくボタンの音が響き渡った。その刹那。
 ブウウウウウウン…!
 突然鳴り響く、何かが抜けていくような音。剣マネキンの剣が止まり、剣マネキン自体も動きを止めた。何事かと辺りを見回すと、マネキン達はどんどん動きを止め、停止していく。巨大マネキンも、腕がゆっくりと降り、動かなくなった後に目の光が消えた。
 ふっ
「わ!」
 天井からの光も消えた。真っ暗闇になるかと思えば、バルとギカームのカンテラが光を発している。そこでバルは初めて、カンテラを消し忘れたことを知った。
「ひゅうー。なんとかなったぜ」
 ギカームが額の汗を拭う。気が抜けたバルは、立ち上がろうとしたが、体が動かなかった。気づけば、体のあちこちに小さな傷がいっぱいついている。血がにじんでいる傷もあれば、毛が刈り取られている個所もある。気づかないうちに、だいぶダメージを受けていたようだ。
「はあっ、はあっ」
 リキルが膝から地面に崩れ落ちた。
「大丈夫か?くそっ、派手にやられたな。今手当をしてやる」
 鞄から救急箱を出し、リキルの手当を始めるギカーム。その手際の良さは、医者に負けずとも劣らないだろう。
「ふぅぅー…」
 どうやら、なんとか難を逃れたようだ。ナイフと剣を鞘に収め、バルが息をつく。床に倒れたバルは、自分が生きていることを、神に感謝した。


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