「だいぶ潜ってきたな」
 大きく口を開けた部屋の入り口に立ち、ギカームが言った。彼が携えるのは、片手で扱えるサイズの斧だ。ここに来るまでに、幾度か戦闘した3人だったが、ギカームはこの斧をまるで自身の手足のように使っていた。
 この遺跡は、本当ならば危険だからという理由で入れないところだった。だが、リキルの説得によって、衛兵が渋々折れ、3人は中に入ることが出来たのだ。3人はそれぞれ、遺跡探索用の装備をしてきていた。バルは剣とリュックサックを持ち、鞄の中には食料やカンテラや薬などが入っている。リキルは腰に革袋と剣を提げ、背中には盾を背負っている。ギカームは、空の背負い鞄と斧だ。戦利品をこの中に詰めて帰るつもりだろう。事実、ギカームの鞄には、そこらで拾ったがらくたが既にいくつか入っている。
「全く。あなたは、どうやって遺跡に入るつもりだったんだ。僕はてっきり、前もって話を進めていたのかと思っていたよ」
 部屋の中に入り、リキルがぶうたれた。石で出来た部屋は、道具も家具も何もない、ただの殺風景な部屋だった。
「そこはそれ。俺独自のルートがあるもんでな」
「そうかいそうかい」
 得意げな顔のギカームに、リキルは興味なさげな返事をした。
「行き止まりだよ。どうする?」
 部屋の奥まで入り、バルがギカームの顔を仰いだ。ボウ、ボウと音がして、壁の松明が自動で着火していく。
「心当たりがある。俺に任せて…」
「あ!」
 ギカームの肩越しの向こう側を指さすバル。かたかたかたと音を立てて、白い人型の機械がこちらへやってくる。マネキンと呼ばれる、遺跡のガードマシンだ。機動性はあまりないが、力がそれなりに強く、組み付かれると苦戦する。
「危ない!」
 マネキンはギカームに後ろから襲いかかった。バルがとっさに剣を抜く。
「ふん」
 ズガッ!
 刹那、ギカームの抜きはなった斧が、マネキンを斬りつけた。顔を大きく裂かれ、マネキンがかくかくと痙攣する。
「うるぁ!」
 げしぃ!
 とどめとばかりに、ギカームはマネキンを蹴り飛ばした。
「パワフルだねえ…俺には出来ない戦い方だ」
 バルが頭を掻いた。真似しようとも思わないし、真似することなど出来ない。彼は今の剣を扱うだけの筋力で目一杯なのだ。これ以上の無理をしようとしたら、拳闘士ぐらい修行をしなければいけないだろう。
「ざっとこんなもんよ」
 斧を腰に差し直し、ギカームが歩き始めた。バルとリキルは、顔を見合わせて後に続く。「だいぶ戦い慣れてるみたいだね」
 バルはナイフの柄を指で撫でながらギカームに言った。
「ああ。良い物を仕入れるためには、危険なところに行くこともある。有事に備えて、鍛錬だけは怠ったことがないぜ」
 にやりと笑うギカーム。彼の体についている筋肉は、その成果なのだろう。
「まあ、いい。2人とも上を見ろ」
 ギカームが上を親指で指した。バルとリキルが上を見上げる。天井には、人1人入れるぐらいの、煙突のような縦穴が空いていた。
「ここと同じような縦穴が、この遺跡にはいくつもある。暗くて、どこまで続いているんだかわからんだろう。ちょっと火を投げてみるか」
 壁の松明の火を、手持ちの木の棒に付けるギカーム。棒を縦穴に向かって投げつけると、縦穴の奥が見えた。ある程度の高さで、行き止まりになり、壁側に横穴が続いている。
「横穴が…」
 からん
 落ちてきた木の棒を避け、リキルが呟いた。
「あの先へ行く。ついてこい」
 がしっ
 石壁に手をかけ、ギカームは壁を登り始めた。
「俺達も上るの?」
「おう。心配するな。上からロープを垂らしてやる」
 不安げに聞くバルに、ギカームが快活に返事をする。ギカームはがしがしと壁を登り、どんどん上へと行く。そうこうしている間に、ギカームは上まで登り切り、ロープを垂らした。
「リキルはこの穴のことは知ってたの?」
 ロープを手に取り、バルは確かめるように引っ張る。
「地下迷宮には何度か入ったことはあったが、普段はそんなに気にしていなかった」
 リキルが頭を振った。バルはロープを手でたぐり、登り始める。
「この横穴に気づいているやつはほとんどいない。俺も、ついこの間までは、ただの通気口だと思っていたんだ」
 上の方からギカームの声が降ってくる。バルはようやくのことで登り切り、横穴に入った。横穴は狭く、四つん這いにならないと進めない。首からぶら下げている首飾りが、ぶらんと前に垂れた。バルはそれを、服の胸元に押し込んだ。
「ほら、リキル。早くしろ」
登ってくるリキルに、ギカームが声をかけた。
「そんなに急かさないでくれ、こういうのは不得手なんだ」
 リキルはしかめ面をした。ぶら下げている剣ががちゃがちゃと音を立てる。
「けっ、王国の兵士がそんなんでいいのかよ」
 ギカームが呆れきった表情で言った。
「うるさいな。兵士だからと言って何でも出来るわけじゃない」
 登りながらリキルが文句を返す。ギカームは返事をせず、カンテラに火をつけた。横穴には松明も無く、明かりがない。リキルが登り切ってしまえば、そこで光がとぎれるだろう。
「ふう…」
 リキルが上へ登り切った。部屋の松明は、人がいなくなったことを感知し、消えてしまった。3人ともちゃんと登り切ったことを確認し、ギカームが奥へと進んでいく。
「狭いし埃っぽいし…きついね」
 ごほっと咳き込むバル。外の空気とは違い、ここの空気は淀んでいる。時折、カビのような臭いまでしてくる。
「まあ、我慢しろ。少しで広いところに着く」
 はははとギカームが笑う。ギカームの言う通り、少し行ったところで、出口が見えてきた。ギカームがカンテラを持ったまま外に出た。バルもそれにならう。
「うわ…」
 バルは息を飲んだ。そこは、長く暗い廊下だった。壁には、ガラスで出来た円柱のようなものが大量に並んでいる。そして、その中にはマネキンが1体ずつ入っていた。廊下の向こう側までは、光が届かなくて見えない。
「こ、これは…」
 最後に出てきたリキルが声を失う。
「この部屋は、今の通路からしか来ることが出来ないらしい。元々は出入り口があったようだが、落盤で開かなくなっちまってると聞いている」
 ギカームが右側の方にある壁を指さした。そこには土砂に埋もれた一角があった。恐らく、この土の向こうに扉があったのだろう。
「どうしてこんな部屋のことを、一介の古物商が知っている?この部屋のことは、王国の調査簿にも載ってない。一体、なぜ?」
 ギカームのことをリキルが睨む。ギカームは、手頃な岩の上に座り、ふうと息をついた。
「ついこの間のことだ。南から来たある古物商が、この遺跡に大量に宝があるという情報を手に入れた」
 懐から紙巻きタバコを出し、ギカームが火をつけた。
「実際は、その情報は嘘だったんだ。別の商人が、口から出任せを言ったらしい。嘘を言った理由はわからんがな。ともかく、その古物商は宝を手に入れるために地下迷宮に入った。ところが、行けども行けども敵ばかり、手にはいるのは岩か木の棒ぐらい。良いところ、マネキンの中にあるクリスタルだ」
 マネキンの中のクリスタルと聞いて、バルは以前この遺跡に入ったときのことを思い出した。宝があると言い、遺跡には行ってしまったスウを探すためにエミーとバルも遺跡に入った。その時、エミーはマネキンの中から美しい水晶玉を取り出して持ち帰っていた。
『もしかすると、スウちゃんが言っていたお宝っていうのは、流れてきたデマだったのかも』
 流れてくるタバコの煙を手で払い、バルがぼんやりと考える。
「古物商は、考えあぐねた末に、結論を出した。今までは普通に部屋や通路を歩いていたが、誰も行ったことの無いような場所に入らなければいけないのだと。そして目を付けたのが、今俺達が入ってきた横穴だ。地下4階、西側最奥にあるさっきの部屋から横穴に入った古物商は、この部屋を見つけて驚愕した。そりゃそうだ、こんなところにマネキンの保管庫があるなんて、誰も知らなかったんだからな」
 マネキンの入っているガラス管を見つめるギカーム。マネキンは表情も動きもなく、ただそこに存在している。通常のマネキンの他に、両腕が剣のようになっているタイプや、がっしりした体つきで腹に穴があるタイプなどがいる。新型だろうか。
「すぐさまそいつは外に出て、街の酒場で仲間に話した。だが、そいつの仲間は誰もこのことを信じなかった。偶然そこで飲んでた俺は、その話を聞くだけ聞いて、嘘か誠か判断に困っていた。だがな、この空間の存在を知ってる人間がいたんだ」
 タバコを足下に落とし、ギカームが踏み消した。
「その名は、グローリア」
 彼の口から出た名は、意外な名前だった。
「まさか…あのご婦人が?」
「リキル、知ってるのか」
「ああ。前にちょっとあってな」
 深刻そうな顔のリキルが、ギカームの言葉に返事をした。
「あの婆さん、この空間の存在を、古文書か何かで知っていたらしい。詳しく聞いてみれば、件の古物商が話していた内容と、全く同じなんだ。俺も、ここに来るのは今日が初めてだが…ははは、大口叩いて不安になってたが、恥をかかないでよかったぜ」
 深刻そうな表情のリキルとは対照的に、ギカームは軽いノリで笑った。バルはガラス管の前に立ち、マネキンの顔をじっと見つめた。自動機械人形になる前の、ただの物であるマネキン。悪意も敵意も感じない、ただのオブジェだ。これが、攻撃意志を持って襲いかかってくるマネキンと、仲間だとは思えない。
「最初から動作停止しているマネキンなんて初めてだ。これをどうにか、地上に持ち帰れないだろうか。科学者連中に見せれば、何かわかるかも…」
 リキルがガラス管をべたべたと触る。ガラス管は継ぎ目がなく、開く様子もない。押しても引っ張ってもダメだ。
「しゃらくせぇ。壊しちまえばいいんだよ」
「でも、未発掘の遺跡だ。破壊してしまっていいものか…」
「1本ぐらいなら大丈夫だ。他に大量にあらぁな。おら、退いてろ」
 言うが早いか、ギカームは斧を抜き、ガラス管の1本に斬りかかった。
 がぎぃん!
「なぁっ!?」
 ガラス管に斧がぶつかった。が、ガラス管には傷すらついていない。
「かってぇ!」
 がん!がん!
 何度も斧で殴るギカームだが、ガラス管を破壊することは出来ない。
「僕がやってみよう」
 片手剣を抜き放ち、リキルはそれを両手で持った。しばらく精神集中をした後、リキルは上段に剣を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
 がっぎぃん!
「くはっ!」
 やはり、ガラス管は傷つかない。剣が衝撃を受け、びりびりと震えている。
「よっぽど丈夫なんだ。諦めるしかないよ」
 バルも剣を抜くか迷ったが、やめることとした。恐らく破壊することは不可能だ。古代人の英知が生み出した、強化されたガラスなのだろう。
「悔しいな。だてに訓練していないと思っていたんだけど…」
 剣を収め、リキルが目を押さえる。
「そんなことより、奥に行ってみよう。何かあるかも知れない」
 ガラス管の並ぶ廊下を、バルが歩き始めた。ギカームの持っているカンテラだけでは不便だと、バルも自分のカンテラを出した。これは腰と足に固定できるタイプのカンテラで、中も全て固定された造りになっているので、激しく動いても火が消えないしがちゃがちゃと動くこともない。かなり行ったところに、バルは扉を発見した。両開きの、大きめの扉だ。
「開くかい?」
 後ろを振り向き、バルは2人に確認した。
「ああ、もちろん」
「いつでもいいぜ」
 2人が頷いたのを見て、バルは扉に手をかけた。  


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