「すまねぇな、唐突な話で。婆さん、旅人の方が足も軽いし、情報収集にはいいって言うもんでな」
 孤児院を出たところで、ギカームが言った。
「なに、問題ないよ。情報収集なんて、諜報員みたいで格好がいいじゃないか」
「はは、それもそうだな」
 バルが言い、ギカームが笑う。路地の空を鳥が飛んでいく。とても平和な風景だ。
「実際、ここ最近になって、あまり良くない兆候が王国内に出始めている。この間も、北の森で大型の魔物に旅の商人が襲われたばっかりだ」
 その事件なら知っている、とバルは言おうか迷ったが、言わないこととした。バルはその事件の時、傭兵をしている半猫獣人剣士リキルと共に森へ行き、一戦交えて来たのだ。相手は巨大な角付き狼で、倒す事こそ出来なかったものの、どこかへ追いやることは出来た。正確には、狼の気まぐれで助かったようなものだが。
「何がきっかけかわからんが、何かが変わろうとしているんだ。恐らく、悪い方向に。こういうときには、積極的に足掻いて行動して、後で後悔しないようにするべきだ。結果は変わらないでも、心持ちが変わるからな」
「ある意味では、後悔しない生き方だね」
「おうよ。悪い方へ流されてるとき、何もしなければそのままだ。ひょっとすると、ちっぽけな行動が物事を良い方向へ導いてくれるかも、なんてこと考えてるわけよ」
 俯き気味に、ギカームが持論を述べた。2人は歩き、いつの間にか大通りに出ていた。大通りの広場には、今日も焼き肉の屋台が出ている。良い匂いが漂い、バルは思わず買っていきそうになったが、先ほど昼食を摂ったことを思い出して我慢した。食べ過ぎは体に良くない。
「俺は地下迷宮を調査しに行くつもりだ。地磁気の乱れで、機械人形がまた外に出てこないとも限らない。そうなる前に、地下に異変が起きていないか、調べに行きたい」
 メインストリートの中央付近で、ギカームが立ち止まった。
「バルハルト。お前は遺跡探索の経験はあるか?」
「少しだけ」
「そうか…」
 ギカームは顎に手を当て、考え込むポーズを取った。
「バルハルト、俺とパーティを組む気はないか?地下迷宮は危険だ。俺1人じゃ、もしかすると成果を上げられないかも知れん。腕の立つ仲間が欲しい。頼めないか?」
 ギカームの言葉に、今度はバルが考え込んだ。こういった形で自分を必要とされるのは嬉しいが、自分はそれほど腕に自信があるわけでもない。見たところギカームはかなり強そうだし、自分がついていく必要などないのではないか。
「悩むなよ。かるーく考えてくれりゃいいんだ。行くでもよし、行かないでもよし。俺は頼む立場なんだから、どんな答えが出ようと受け入れるぜ?」
 うーん、とバルは悩み続けた。今日はメイゥギウから戻ってきた当日だ。体に疲れも残っているし、薬なども少なくなっている。どうしたものか…。
「バル。バルじゃないか」
 唐突に自分を呼ぶ声が聞こえ、バルは振り返った。立っていたのは、半猫獣人の剣士リキルだった。この少年は、いつも街中で偶然に出会う。雇われ兵士をしている彼だから、街の中を見回りしていることが多いのだろうか。
「知り合いか?」
 ギカームがずずいと顔を出す。リキルは威圧されたらしく、一歩下がった。
「こちら、王国軍兵をしている剣士のリキル。こちら、古物商をしてるギカームさん」
 リキルとギカーム、お互いをお互いに紹介するバル。2人は顔を見合わせて、軽く握手をした。
「剣士か…ちょうどいい。お前も手を貸してくれないか?」
「ふむ?どういうことなのか、説明をしてくれないか」
 開けた口調で言うギカームに対して、リキルは少し警戒した面もちだ。初対面の男に手を貸せと言われたら、どうしてもそういう態度になるだろう。
「俺とバルハルトはこれから地下迷宮へ行くつもりだ。最近、機械達の様子がおかしいんだ…」
 ギカームは、手に持ったメーターを見せ、過去に起こった災厄の話や、今起きようとしている危機の話を、声を大にして語った。
「つまり、地下に異変が起きている可能性があるから、それを確かめるためについてきてほしいと?」
「理解が早いな。頼めないか?」
 ギカームの言葉を、リキルが簡潔にまとめた。
「過去に起きた機械人形の事件は僕も知っている。心配なのはわかるけれど、そんなことが再度起きるとも思えない。何か起きても、我々王国軍が責任を持って対処しよう。安心してほしい」
 リキルが自信ありげに笑う。彼は自分の仕事に誇りを持っているのだ。しかし、ギカームにはその笑みが、意見の否定に見えたらしい。
「そんなことを言ってて、実際に被害が出てからじゃ遅いんだぜ?それでも平和を守る軍人かよ」
 リキルに向かって、ギカームが顔を近寄せた。
「確かに言うとおりだけど、確証もないのに軍の出動は出来ないよ。それとも僕たち王国軍が、有事に即座に動けないとでも言うつもりかい?」
 困った顔をして、リキルが下がる。
「いくら早いって言っても、限界があるって言ってるんだ。それなら、不安の芽は先に摘んじまう方が、労力的にも少なくて済むだろうがよ。別に軍全体じゃなくていい、お前だけでいいんだ」
「僕は今、仕事中なんだ。悪いが、ついていくことは出来ないよ。確実に起こるというならばともかく、原理のよくわからないメーター1つじゃ証拠には出来ないな」
「十分な証拠になる!俺だけじゃない、シケラネ教団の高い位にいる女性もそう言ってる!信じてくれ!」
「シケラネというのは、機械を信仰する教団だろう?悪いとは言わないが、機械を贔屓目に見ることもあると思う」
「てめぇ、この野郎!民間人がこんなに困って支援を頼んでんのに、聞けねえってのかよ!」
「それが人に物を頼む態度か!もっと腰を低くして、お願いしますの一言でも言うのが筋じゃないのか!」
 ギカームとリキルは、言葉で激しく激突しはじめた。道行く人々が、何事かと目を向けている。
「まあまあ、もうやめなよ」
 このままケンカになったら危ないと思ったバルは、2人の間に割って入った。
「バル。君はこんな、礼儀もなってない乱暴な男と地下迷宮に行くのかい?」
 リキルがバルのことを睨み付けた。
「えーと、それは…」
「ついてくるに決まってんだろうが!」
 バルが意見を述べようとするのを、ギカームの言葉が遮った。彼はバルがついて行く前提で物を話している。
「だから、俺は…」
「ついていくのか?別に止めはしないが、どうも僕には理解出来ない」
 今度はリキルがバルの言葉をうち切った。
「だーかーら、理解するまで言ってやるよ!この街の地下の磁場がおかしいんだよ!」
「溶岩流の流れなどでも磁場くらい変わる!そんな目くじら立てることでもないだろう!」
 また言い合いが始まった。馬が合わない、というやつだろうか。
「もういい!行こうぜ、バルハルト!」
 ぐいっ!
 ギカームがバルの手を引っ張り、その場から去ろうとした。
「待てよ!」
 後ろからリキルが声をかける。
「ここまで言われて引き下がるわけにはいかない。僕もついていこう。準備がある、1時間後にこの広場で落ち合おう」
 びしとリキルが人差し指を立てる。
「ほほぉーう。何事もないんじゃなかったのか?」
 ギカームが意地悪くリキルを挑発した。
「僕はそう思う。だが、あなたがここまで意地を通すということは、もしかしたらそうでないのかも知れない。実際に何かあったとき、避難されるのは嫌だからね」
「へぇ、そうかいそうかい。経緯はともかく、付いてきてくれるたぁ嬉しくて涙が出るぜ。せいぜいその目で、何事が起きてるか調べてちょうだいな」
 バルはもう、何も言わないことにした。今日は、メミカのところで店を開く手伝いをした後、適当な時間に宿に帰ってロザリアの作る夕食を食べて、ここ数日間の日記をまとめて書こうと思っていたのに、とんだことになってしまった。覚悟を決めるより他ないようだ。バルはため息をついて、宿に帰ってから持ってこなければいけない物のリストを、頭の中に思い浮かべた。


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