久々に来る孤児院には、活気が溢れていた。ナイフと鞄を提げ、バルが廊下を歩く。窓から見える中庭で、ネズミ獣人や小さな悪魔子などが、ボール遊びに興じている。シケラネ教団は、元より体の小さな種族が、身を寄せ合うように寄り集まっている集団だ。子供達もとても小さい。
「婆さん、連れてきたぜ」
 ぎい
 ドアを開き、ギカームが中を覗き込んだ。バルも、彼の後ろについて、部屋に入る。
「ギカーム、ありがとう。そして、バルハルトさん、よく来てくれましたね。お呼び立てして申し訳ありません」
 ロッキングチェアに座り、編み物をしていたヒューマンの老婆が、編み棒を置いて顔を上げた。黒い髪に黄みがかった肌をしている。彼女こそ、この孤児院の長である、グローリアだ。
「大した手間じゃないからいいんです」
 バルが返事をした。ネズミ獣人でメイド服を来た少女が、ぱたぱたと走ってきて、ギカームとバルの分のイスを引っぱり出した。ギカームが座るのを見て、バルも遠慮をせずにイスに座る。
「今回お呼びしたのは、この王国に異変が起きたからです。ちょうどあなたが、ラミアの村、メイゥギウに行っていたときの話です」
 グローリアが話を始めた。
「昔、メイゥギウに住むラミアから、魔法について聞いたことがあります。彼女たちが使う魔法というものは、目に見えない魔法力を駆使して、様々な自然現象を操るものです。それらには、ある一定の法則が成り立っており、それらが破られることは滅多にありません。そう、機械のように」
 グローリアが時計を手に取った。
「そも、機械というものは…」
 つぶやくように、グローリアが言った。その目は、手の中の機械式時計に注がれている。
「機械というものは、仕組みの集合体です。歯車やチェーン、ネジや爪が高度に重なり合い、それらが各々の役割を果たすことによって、仕組みが完成します。その中には、一定の法則があり、機械はその上に乗りながら動いています」
 カチ、カチ、カチ…
 時計の秒針の音が、やけに大きく響く。バルとギカームの前に、先ほどのメイド服の少女が、キャスター付きテーブルを持ってきた。そして、2人分の紅茶を淹れた。
「どうぞ」
 メイド少女がにっこり笑う。バルは軽く礼を言って、紅茶を一口飲んだ。
「最近になり、その法則が急激に乱れています。これを見てください」
 箱のような機械を差し出すグローリア。箱には、時計を半分に切ったようなメーターがついていて、針がついている。その針は、真ん中辺りをふらふらしていた。
「これは特殊な磁気計です。機械のことを知るときに、この磁気系を使うのです。大地の磁気と、機械の磁気はとてもよく似ています。ダイヤルを合わせると、この磁気計で地磁気も計ることが出来ます」
 かちり
 表に付いていたダイヤルを、グローリアはその皺の寄った指で回した。あっという間もなく、針は右側を大きく指した。
「最近、地磁気がとても乱れているのです。おかしなことです。機械達も騒いでいます。私たちの歴史書によると、このような現象が起きたときには、とても良くないことが起きています。前にこれが起きたときには、街の地下迷宮遺跡から機械人形達が迷い出て、人を襲うという事件が発生しました」
 淡々と語るグローリア。もしそんなことになったら、遺跡入り口と目と鼻の先にある月夜亭は、被害を受けるだろうと、バルは思った。月夜亭だけではない。あの一帯がまず攻撃を受ける。ランドスケープ国軍の兵士達がそれらを鎮圧するとしても、多少は時間がかかるはずだ。それまでに、どれだけの一般人に被害が出るか、想像も出来ない。
「その話を俺にしてどうするんです。そんな大変なことならば、王国の方へ言った方がいい」
 バルは真面目な顔で、グローリアに言った。
「ええ、既に言っております。ですが、彼らはそれを信じようとはしませんでした。原理のわからない磁気計1つでは証拠足り得ないと言うのです」
 グローリアは悔しそうに頭を振った。
「杞憂であればいいのです。ですが、安心できるだけの証拠がないのも事実。バルハルトさん、どうか旅人のあなたにお願いです。この件について、真相を確かめていただけないでしょうか?」
 バルとギカーム、そしてメイド娘の視線が、バルに集まった。
「うーん…申し訳ありませんが、俺では役に立てそうもありません。あまりにもスケールの大きな話だから、俺個人が何か出来る話では…」
 バルが俯いて、頭を掻いた。
「積極的に何かを行っていただこうというわけではないのです。あなたがもし、この辺りの遺跡を探索することがあれば、そのときに少しだけ注意していただきたいのです。もし、他の旅人などと会うことがあったら、その人達から情報を集めてください。何もないようだったら、私のところへ報告に来る必要はありません。頼めますね?」
 グローリアはもう、バルが承諾するという方向だと思っているようだ。無意味に反発しようかとも思ったバルだったが、そうしたところで利があるわけでもない。これぐらいなら、引き受けてもいいだろう。
「…わかりました」
 紅茶を飲み干し、バルが返事をした。


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