「…で、なんとか生き延びたってわけよ。あ、お茶もう一杯もらえるか?」
月夜亭の食堂部。ティーカップを持ったギカームが、得意げに話をした。聞き手は、エミー、バルの2人だ。エミーはギカームと同じテーブルで、バルは隣のテーブルで薬草茶を飲んでいる。
バルとギカームは、負傷したリキルを代わる代わるに背負いながら、外まで逃げ延びた。あの部屋にいた巨大マネキン達は動作を停止したが、遺跡内の他のマネキン達は動作を停止していなかったようで、外に出る途中に何度も戦闘をするハメになった。ようやく外に出たバルは、夕暮れの中、城までリキルを送り届けてきた。
彼は最後に、「僕がよくなったら君に剣術を教えてあげよう。今のままでは少々不安だ」と言った。前から、ちゃんとした剣をどこかで習いたいと思っていたバルにとって、これは助かる提案だった。
「はー。あたし達が親交を深めてる間に、ギカームさん達は大冒険だったんだねえ」
感心したような呆れたような顔で、エミーはギカームのカップにお茶を注いだ。バル達が地下迷宮に言っている間に、エミーはメミカととても仲良くなっていた。どうやら今日は、引越祝いということで、エミーとロザリアに、メミカとライアまで集まって、夕食を食べるつもりだったらしい。ロザリアとライアは、今買い物に行っていて留守だそうだ。夕食の内容は、半分ほどは出来ており、後は2人が帰ってきてから少し調理して出来上がりだ。メミカは、2階で何かをしているそうで、1階にはいない。
「今日は疲れちゃった。朝にラミアの村から帰ってきて、昼には迷宮探索だったから。少し寝ていていいかい?」
カップの中身を飲み干し、バルが聞いた。
「うん。お兄さん、疲れてるみたいだし、休んできなさいな。夕食が出来たら呼んであげる」
ロザリアがにっこり笑った。安心したバルは、階段を昇り始めた。
「せっかくだから、ギカームさんも夕食を食べていけば?」
「お、ありがたいねえ。最近は美味いもんなんか食ってなくて…」
後ろの方で、エミーとギカームの会話が聞こえる。が、今の彼は、その内容に頓着するほどの体力もなかった。2階へ上ると、メミカが廊下の端でイスに座り、窓の外を見つめていた。
「どうしたの?」
バルがメミカに話しかける。
「ああ、バル君…ちょっと月を見ていたの」
メミカがバルの方へと顔を向けた。ランプの揺れる炎と、月明かりの中、こちらを向く彼女の姿は、どこか寂しさを感じさせた。
「王国から見る夜空も、村で見た夜空も、変わらないね。もっと劇的に変わるかと思ってたけど、そうでもないみたい」
うふふと笑うメミカ。思えば、彼女は村を逃げるも同然に出てきたのだ。ホームシックにでもかかったのだろうか。
「そうだね。空は、どこで見ても空さ。繋がってるからね」
ロマンチックなシチュエーションと縁遠いバルは、ここで気障な台詞を言う気になれず、適当な言葉を言った。
「もう…そういうことじゃないのに。冷たいなあ」
ぷうと膨れるメミカ。女の子の考えることは、よくわからないが、今の言葉が適切な言葉でなかったことは、いくらバルでもわかる。これ以上何か言って、彼女を不機嫌にする前に、バルは退散しようとした。
「あれ、バル君…胸のところ、服に穴が空いてる。大丈夫だった?」
メミカが、心配そうにバルに問う。そこでようやく、バルは首飾りを壊してしまったことを思い出した。
「え?ああ、うん…」
口ごもるバル。実は、今もまだ壊れた首飾りをしたままなのだ。さっき外しておくんだったと、バルは軽く後悔した。せっかくもらった首飾りを壊したとあっては、メミカはきっと怒るだろう。気づかれないようにしなくてはいけない。
「心配よ。ちょっと見せて?」
「だ、大丈夫だよ。痛くないから…」
「もう。棘でも刺さってたらどうするの?怪我は一生物よ」
逃げだそうとしたバルに、メミカがラミアの尻尾で巻き付いた。下半身の自由を奪われたバルは、抵抗もむなしく、旅人服を捲り上げられた。
からん
「あ…」
巨大マネキンの目の破片が刺さったままの、壊れた首飾りを見て、メミカが絶句した。
「その…壊しちゃって、ごめん」
バルがしゅんとなって謝る。メミカはバルを離し、壊れた首飾りの鎖を外した。
「いいのよ。もっと似合うの、作ってあげる」
ふふっと笑うメミカ。てっきり彼女が怒ると思ってばかりいたバルは、とりあえずほっとした。
「私、下に行って料理を手伝ってくるね」
メミカがしゅるしゅると階段を下りていく。バルは、少しだけ罪悪感を感じていたが、すぐにそれを振り払った。メミカの首飾りのおかげで、バルは致命傷を免れたのだ。ここで言うべき言葉は、「ごめんなさい」ではなくて「ありがとう」のはずだ。次、メミカの顔を見たら、そう言うと心に決めたバルは、自分の部屋のドアを開けて中に入っていった。
地下遺跡に存在する謎の空洞。そして、巨大なマネキン。
古代人は一体なんのためにこんなものを作ったのだろうか。ランドスケープ王国の行く末は…。
(続く)
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