そして丸1日の後、バルはランドスケープ王国へと帰って来た。バルは、スウをイルコの元へと連れ帰るべく、スウと共に彼女の家を目指しているところだった。
 ライアとメミカの仕事はとても早かった。倉庫にある荷物から、キッチンにある調理具まで、あっという間に荷造りしていった。夕方になると、村の古道具屋がやってきて、ライアとずっと何か話をしていた。彼らが出て行った後、ライアが晴れ晴れとした顔をしていたところを見るに、不要物をそれなりの値段で売却出来たらしい。
 そして今日昼過ぎ、4人はメイゥギウ村に別れを告げた。荷車は家財道具が満載で、かなり重いものになったが、ライアとメミカはうんうん言いながらも、人力で代わる代わる引いていた。かなり大きな引っ越し荷物だ、道行く人々の目には奇異に映ったに違いない。
 今、ライアとメミカは、店へと荷物を運び込んでいる。店は、バルが予想した通り、元雑貨屋で月夜亭の近くにあった。スウを送った後は、バルもそちらを手伝うことになっている。荷ほどきが終わったら、月夜亭に戻ることになっている。月夜亭では、鳥羽人女性のロザリアと悪魔人女性のエミーが、バルのことを待っていることだろう。早めに用事は済ませないといけない。
「こっちー」
 スウがあくびをしながら先を歩く。彼女は王国へ戻ってくる時、荷車の上でずっと寝ていたのだ。起きたのもついさっきで、まだ眠気が抜けていない様子だ。
「本当にこっちでいいのかい?」
 バルは辺りを見回して、頭を掻いた。ここは、あまり裕福ではない人間が住む一帯だ。スラムとまでは行かないが、それでもあまりいい空気ではない。
「うん、こっちだよ」
 スウが、階段を下り、陸橋の下をくぐった。思えば、スウの家へと行くのは初めてだ。迷路のような町並みを、バルは必死に覚えた。
「ここ!」
 1つのドアの前で、スウが立ち止まった。そこは、道のほぼ突き当たりに位置する店だった。店だと判断したのは、占い屋と書かれた看板があったからで、そうでなければ他の家と同じ、ただのこぢんまりした建物に見えただろう。スウはためらうことなく、ドアを開けて中に入った。中は狭苦しい部屋で、カウンターのようなテーブルがあった。客が座る用のイスと、奥に別のイスが1つ。そして、カウンターの向こう側で、1人の老婆が片付けをしていた。
「…ああ!スウ、スウじゃないか!」
 スウと同じ褐色肌で、青い髪をした老婆が叫んだ。彼女が、スウの祖母であり、占い師をしているイルコである。
「おばあちゃん、ただいま」
 スウがにっこり笑う。イルコはわたわたと出てきて、スウを抱きしめた。
「ごめんなさい、事情があって遅くなってしまって…」
 バルが丁寧に頭を下げた。
「いいえ、いいえ。いいんだよ。行った日のうちに戻るのは無理だろうと思っていたけれど、あんまりにも遅かったから。少し心配になっただけだからねえ」
 目尻を拭うイルコ。スウは、なぜ祖母が泣いているのか理解出来ず、にこにこしていた。
「あのね、スウね、ラミアの魔法使いさんと仲良くなったんだよ〜」
 スウが自慢げに言う。
「魔法使い?」
「うん!ライアさんとメミカさんって言うんだけど、いい人なんだよ!お祭りにも連れていってもらったの!」
 聞き直すイルコに、嬉しそうな顔でスウが答えた。
「はてな、どこかで聞いたような…誰だったかねえ」
 イルコが立ち上がり、首を捻る。と、店のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「イルコ婆の家はこちらか?」
 入ってきたのはライアだった。その顔を見て、イルコがまた驚いた顔をする。
「…ああ、ライア!ライアじゃないかい!ああ、何年ぶりだろうねえ。あなたが王国に来なくなって、ずいぶん経っちまったからねえ。メミカちゃんは元気かい?」
「ああ。久しぶりだな。もう3年になるか?」
「そのくらいだねえ。あたしゃ夢でも見てるんじゃないだろうか」
 イルコの親しげな言葉に、ライアが微笑んだ。
「お知り合い?」
「ああ。旧知の仲だ。私がランドスケープ王国に来た当初から、よくしてもらっている」
 バルの質問に、メミカが答える。
「最後に来たときには、確か探し物のことで来たんだったね。今日はなんだい?」
「メイゥギウ村からこっちに引っ越して来たんだ。挨拶だけでもしようと思ってな」
「ええっ、本当かい?いやはや、まさか王国に越してくるとは思ってもいなんだよ。こっちでどうやって暮らしていくんだい?」
「魔法屋をやろうと思っている。それなりの需要はあるだろう。当面生活していくのに必要な資金はそろっているし、店だって手に入れた」
「驚いたよ。そうかい、魔法屋かい。若い子は行動力があるもんだ」
 ライアとイルコは、親しげに会話を続けている。バルは口を挟むことも出来ず、2人をぼんやりと見つめているだけだった。
「ふあぁぁ…ごめんなさい、スウは眠いから寝るね。お兄ちゃん、ありがとう」
 大きなあくびをして、スウが壁にある狭い隙間に入り込んでいく。いや、隙間ではない。人一人分がようやく入れるような階段があるのだ。2階に、生活スペースがあるらしい。
「じゃあ、俺も出ます。また来ます」
「え?ああ。おかまいできなくて済まないねえ」
「いえいえ。それでは」
 バルは一声かけて、店の外に出た。閉めきった屋内と違い、外は新鮮な空気で溢れている。バルは大きく伸びをして、歩き始めた。目的地はメミカの待つ魔法屋予定地だ。ライアがここにいるということは、店の方にはメミカしかいないということになる。人手はいくらあっても足りないだろう。階段を昇り、バルは通りの方へ出た。
 どんっ!
「ふげっ!」
 突然、バルは何かにぶつかった。あまりの衝撃に、バルは後ろにひっくり返った。鞄の中身ががちゃがちゃと音を立てる。
「だっ、大丈夫か?」
 高めの男の声が聞こえる。バルはぱっと立ち上がった。目の前に立っていたのは、爬虫人の青年だった。淡い緑色の鱗、蛇のような顔、濃い緑色の髪は短く、太い尻尾が腰から伸びている。着ているのは、ジャケットと長ズボンだ。どちらも、灰色がかった色をしている。
「う、うん、俺は大丈夫。あなたは?」
「俺も問題ない。悪いな、急いでたもんでな。それじゃ」
 たったったった
 青年は、バルが行く方と反対へ駆けていった。その後ろ姿を見送るバル。ここには多くの人が住んでいる、爬虫人など珍しくもない。ライアの店の方へ行くべく、バルは歩き始めた。


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