「…村長か」
 暗い闇の中、ベッドに寝転がっていたライアは、近づいてくる足音と気配に体を起こした。独房の、鉄格子を挟んだ反対側に、メイゥギウ村の村長が立っていた。緑色の短髪、そして緑色の口上髭、体は細く、顔は厳つい。そんな村長が、哀れむような目をして、ライアのことを見つめている。
「ライア。君には迷惑をかけた。私も、犯人は君ではないと思っているが、司法上の手続きで、一時的にここに入ってもらうことになってしまった」
 心底、申し訳なさそうな声で、村長が言う。
「いいんだ。あんな事件の後だし、誰かを犯人にしたい気持ちはよくわかる」
 ライアがふふっと笑う。ここは少し寒いが、別に我慢できない環境ではない。布団はそれなりに柔らかいし、美味くはないが食事も出る。否、美味くはないと言うレベルではなく、不味い類に入る。特に、出されたジャガイモの味気なく泥臭いことと言ったら、筆舌しがたい。
「今、全力を挙げて真犯人を捜しているところだ。君も、すぐ解放されるだろう」
「そうか…すまないな、村長。世話をかける」
「何をすまないことがあるか。私こそ、君のお弟子さんに命を救ってもらいながら、こんな仕打ちをしている。謝罪の言葉もない」
 お弟子さんという言葉で、ライアはメミカのことを思い出した。真犯人を捜すと、彼女も言っていたが、今はどこに行っているのだろう。村の中で、聞き込みでもしているのだろうか。それとも、村を出て王国の方まで出たのだろうか。バルやスウがどうしているかも、少し気になる。
「不愉快かも知れないが、状況をもう1度確認させてほしいんだ。ああ、君が体験した状況じゃない、取り調べの時に君が聞いた状況の方だ」
 村長が、懐からメモ帳とペンを取りだした。ライアが頷く。
「家が燃え始め、少しした後、君は家の裏にある柵の中に倒れていた。君の手には、着火用のマッチと、油を入れていたらしいボトルがあった。そばにいた村人の1人が、君が火を付けるところを見たと言った。君は火を付けた後、倒れ来る柱に気がつかず、その直撃を受けて気絶してしまったと。現場には、倒れた柱もあった…違うところはないか?」
 メモ帳の文字を読み上げる村長。何度も、兵士に確認されたことだ。ライアは言葉もなく頷いた。
「これだけ見ると君が犯人だ。だが、出来過ぎている。君は村長屋敷に火を付ける動機もない。君のような、心身共に強靱な女性が、柱に気づかず直撃して気絶したというのも、にわかには信じがたい話だ。聞けば、君は別の人間が、屋敷に火を付けるところを目撃しているそうじゃないか。どうだ、兵士に言っていないことで、何か言いたいことはないか?」
 村長がライアの言葉を待つ。ライアは、とうとう重い口を開いた。
「…村長のところに、悪魔人が行っていなかったか?白い肌で、短い角、毛のない頭の男だ。名をニウベルグと言う」
「ああ、来たよ…奴が犯人なのかね」
「ああ。私がこの目で見た、間違いない」
 ライアの言葉に、村長は全てを理解したようだ。頭を振り、ふうと息をつく。
「あの男は、お前さんのことを知りたがっておった。この村に、顔に傷のある、赤い髪の女ラミアがいるはずだ、その居場所を吐けと。言わなければ、村がどうなっても知らないと言っていた。確かに、火を付けてもおかしいとは思えん」
 村長の言葉を聞き、ライアは気分が悪くなるのを感じた。出来ることならば、この手であの男を1発殴りつけてやりたい。だが、今は檻の中、魔法すら使えない状態だ。例えニウベルグが目の前にいたとしても、それもままならない。
「その男は、女の名を、アネットと言っていたよ。君の名はライアだ、アネットじゃない。なあ、一体どういうことなんだね。教えてくれないか」
 沈黙が2人を包んだ。まるで、ライアは壁の一部になってしまったかのように、じっとして動かなかった。目を閉じ、静かにしている。
「ライア。君は18年前にこの村に来た。私は君の過去を聞くような、無粋な真似はしなかった。君は酷く傷ついていたからだ。だが、長い時間をかけ、私は君の友人になれたと思っている。頼む、友人として力になるためには、知らなければいけないこともあるんだ」
 せっぱ詰まったような村長の声は、彼女のためのものなのか、それとも村のためのものなのか、区別をつけることは難しい。だが、ライアには彼の言葉が嘘ではないことがひしひしと伝わってきた。
「…こんな場所で口説かれてはムードも何もあったものではないな。18年前は、君もただの青年だったが」
 くすり、とライアが笑う。それはまるで、吸精鬼か何かのような、妖しげで美しい笑みだった。
「からかわないでくれ。口説いているわけではないが、妻が聞いたら嫉妬する」
「はは、そうだな」
 こうして、軽口を叩くのも、どれだけぶりだろう。そんなに長い間はあいていないはずなのに、ひどく懐かしい気がする。
「あいつとは少なからず、因縁があってな。それだけさ」
「因縁、か。内容を聞いていいかね?」
「遠慮願いたい。あまり話していて気持ちのいい話ではないのでな。まあ、奴が私を恨んでいて、私も奴を憎んでいる。そんなところだ」
 軽いノリで話を締めくくるライア。村長は釈然としない顔で頷いた。本当は、彼に話すことの出来ない内容もあるのだ。だが、それを気取られたくないがために、ライアはわざと話を打ち切った。
「さて、これから私はどういう扱いになる?すぐにでも出られるのか?仕事が溜まってるのだが」
 さらりと話題を変えるライア。最初、監獄に入るとき、取り調べが終わり潔白さえ証明されればすぐに出られると言われていた。なので、ライアはそのつもりで話を振ったのだ。
「うむ、それだが…」
 村長が難しい顔をする。
「一部の村人は、君が流れてきた民だということを知っている。その中には、閉鎖的な思想を持つ人間もいてな。よそ者にいい顔をしていない」
「ああ…確かに、そういう類の人間がいたな」
 ライアは、村の一部の人間が、自分をとても嫌っていることを知っている。だから、そういった人間とは、最低限の付き合いしかしていない。
「今回の放火事件で、君に対する反感が高まっているんだ。今外に出ると、そういった村人が君に何をするかわからない。私としては、君が犯人ではないと周知徹底した上で、ほとぼりが冷めたころに外に出た方がいいと思うのだ。もう2、3日、ここで待っていてくれないだろうか」
 一息に言う村長。要するに、ライアを嫌っている一部の人間が、彼女に危害を加える可能性があるという話らしい。
「…考えがある。早くに出してもらって結構だ」
 ライアはベッドに寝転がった。
「一体何をするつもりだね?」
 村長は、怪訝そうにライアを見つめる。
「私のことを嫌う人間達はいたが、彼らがいきなり攻撃的になるとは思えない。裏がある。少し、心当たりがあってね」
「心当たりか…君が言うんならば、恐らく間違いはないだろうが…」
 村長は、腕を組み、何か考え事を始めた。
「…だが、ダメだ。どちらにせよ、今はまだ待った方がいいと思うよ。何が起きるかわからないからな」
「そう、か…わかった。今回は従おう」
 結論を言う村長に、ライアが返事をする。じたばたしても何にもならないし、早めに外に出てもいいことは何もなさそうだ。次にメミカが来たときに、もうしばらくかかりそうだということを言っておかなくては。
「私が責任を持って、君の無罪を広めるつもりだ。それまで我慢してくれ。何か要望はあるかね?」
「じゃあ、ジャガイモの泥をちゃんと落としてから茹でるように言ってほしい。ずいぶん泥臭い」
「ああ。兵士に周知徹底しておこう」
 軽口を叩くライアに、村長が微笑みを見せた。彼が部屋を出た後、ライアは窓から外の様子を見ようとしたが、よく見えなかった。
「メミカが酷い目に遭ってないといいが…」
 髪をいじり、ライアはつぶやいた。


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