「…この部屋もダメね」
ばたん
メミカが扉を閉める。もう9つ目の部屋だ。部屋は皆広く、何も置かれていないだだっ広い部屋もあれば、木材ががらくたのように積み上げられた部屋もあった。魔物がいる部屋もあり、そのたびに2人は戦うハメになってしまった。2人は極力、逃げられる場面では逃げるようにはしてきた。ここから先、どれだけの道のりがあるかわからない。体力を温存しておいて、損はない。
「収穫ないねー。もしかして、私たちが入ってきたのを知って、逃げ出したのかしら…」
頭を掻き、メミカが言った。バルは彼女の後をついて行きながら、ぼんやりと考え事をする。
『この遺跡、作られた目的は何なんだろう』
カルバの遺跡もそうだが、作られた目的がわからない。神を祭るための神殿だと言ってしまえばそれまでだったが、神殿に兵士の控え室はいらない。前に行ったことのある、カルバのピラミッドには、地下牢や寝室らしき部屋、そして王が座るような玉座があった。否、それが本当に玉座や地下牢として使われていたかはわからない。だが、そうとしか見えない物だった。
『城、あるいは砦…そんなものに近い』
城や砦だと言うならば、そんな部屋があることにも納得がいく。考古学者ならばどんな判断を下すだろうか。きっと、バルと大して変わらないに違いない。
「ここで最後みたい」
とうとう、廊下は突き当たりに出た。最後に、左側に部屋がある。バルは扉を開き、中に入った。
「これは…」
そこは、今までの部屋より幾分か狭い、個室のような部屋だった。机とイスが2つ、そして右側にはベッド。左側には、元は棚であっただろう腐った木の板があり、劣化している布が入っていた。ベッドの上にある、壁に出た2本のフックには、錆びた剣がかかっている。壁には使えるかどうかすらわからない松明が2本かかっていた。
「ひぃ…!」
机の方を見て、メミカが悲鳴をあげた。目を凝らすバル。机の上には、人間のものとおぼしき頭蓋骨が転がっていた。よく見れば、イスには残りの部分が座ったままになっている。人為的か自然にかはわからないが、どうやら頭だけ外れてしまったようだ。
「すごいね。骨がばらけてる」
指の骨を持ち上げるバル。骨は、まるでラムネ菓子か何かのようにぐずぐずになっている。遺跡内の水分で骨が分解されたのだろうか。こんな状態になった骨を、バルは見たことがなかった。人の形を保っているのが不思議なくらいだ。
「死んでる、よね?魔物とかじゃ…」
「うん。恐らく大丈夫。どこの誰かはわからないけど、ただの骨さ」
「そっか…」
軽く返すバルに、メミカは複雑な顔をした。恐怖を感じているのか、それとも哀れみを感じているのか。恐らく、両方だろう。
「少し、疲れちゃった。休んでいこうよ」
メミカが腰を持ち上げ、尻をベッドに乗せる。木で出来たベッドは、ギギギと音を立てたが、壊れることはなかった。メミカは槍をベッドの上に置き、大きく伸びをした。
「わかった、休もうか」
バルはカンテラの油の残量を確認した。まだまだ油はあるが、消費を抑えないといけない。バルはカンテラの火を、壁にかかっている松明につけた。松明はまだ使えるものだったらしく、火が着いて部屋を照らした。それを確認してから、バルはカンテラの火を消した。
「手がかりがないね。人為的に荒らされた跡でもあればと思ったけど、こんなに物が散乱している遺跡じゃ、それも指標にならない。これから先も、同じような状況だと考えると、頭が痛いよ」
骸骨が座っていない方のイスに座り、バルがニヒルな態度を見せた。骸骨から幽霊でも出てこないか、少し不安になったバルだったが、その気配はない。それに、魔法使いは幽霊に敏感だと聞く。何かあったら、メミカが先に気づいてくれるだろう。
「そうね。もしかして、ニウベルグはここに来てないのかな。師匠、無事かなあ…」
メミカが肩を落とし、はあとため息をついた。どうやら、落ち込ませてしまったようだ。
「あ、そういえば。メミカさんは、遺跡探索って初めてなんだっけ?」
バルが話を逸らす。あまり彼女を不安がらせたり困らせるのは得策ではない。ネガティブな発言は、そのまま彼女の心を刺激してしまうようだ。さっきの言葉は、あまり適切ではなかった。
「うん、初めてよ。今まで18年生きてきて、今日が初めて」
にっこり笑うメミカ。もしかして、彼女が落ち込んでいるように見えたのは、気のせいだったのかも知れない。
「遺跡って、怖いけどどきどきするね。すごく面白い。なんて言うか、私の知らない人々が、知らない生活を送ってた場所だって思うと、すごいと思う」
「そうだね。この地下神殿は、なんだか生活空間だったみたいな雰囲気がある。この部屋は、元はこの人の個室だったんだろう」
バルが骸骨を顎で指した。
「うん。今は人じゃなくて、ただの骸骨だけどね。骸骨って、見るの初めてなの。どんな人だったのかな」
「わからない。服もボロボロになって、ちぎれてしまっているし。でも、昔はきっと、生きた人間だったんだよ」
メミカの問いに、当たり前の答えを返すバル。骨になってしまっては、生きていたときの顔すら判別がつかない。
「初めて尽くしの探検だし、別の初めても混ぜちゃおうか。初めて城下町に行ったときの話、してあげる」
うふふ、とメミカが笑った。
「私、初めてランドスケープの城下町に行ったとき、なんて大きな街だろうって思ったの。だって、それまでこの村しか知らなかったんだもの。12歳の時だったかな、師匠と一緒に城下町に行って。確か私の服を買いに行ったのよ」
過去を思い出すメミカの顔は幸せそうだ。バルはしばらく、聞き役に徹することにした。
「それまで、魔法を練習するときの練習着は、スウちゃんが着ていたあのローブを、師匠に貸してもらってたの。でも、私が成長しちゃって、ちょうどいい服がなくなったから買いに行ったのよ。そのときに買ってもらった服は、今でも大事にとってあるわ」
ゆら、と松明の火が揺らめいた。どこかから風が吹いているんじゃないかと、バルは鼻を突きだした。犬獣人の鼻は、風を感じ取るのにとても敏感に働く。でも、どこからも風が吹いている様子はなかった。
「そのとき、ズボンっていうのが羨ましかったわ。ほら、ラミアって足がないじゃない。だから、ローブとかワンピースとか、スカートは着られるけど、ズボンは無理なのよね。履けないってわかってても、なんだかすっごい羨ましかった」
「ああ、そういわれてみればそうだね。ラミアはみんな、ローブ系の服ばっかりだ」
「うん。着る物はみんな、筒みたいな服ばかり。2本足の服が、すごくかわいく見えたものよ」
メミカの言葉に、バルは昨日の祭りを思い出した。たくさんいたラミア達は、皆ローブや1枚布の服だった。ラミアに限らず、特定の種族専用の構造を持った服は、多く作られている。例えば鳥羽人用のある上着などは、背中側の肩に切り込みが入っており、羽を出した後に首周りをボタンで止める。獣人など尻尾のある種族のズボンは、尻尾用の穴やスリットがある。多種多様な人種に合わせて、多くの服が作られているのだ。
「なんで、私には足がないんだろうって思うことはある。でも、それは私を形作る一部の要素に過ぎないんだわ。仮に足が2本であったとしても、私は私だったに違いない。そう思うの」
じっと、自分の手を見つめているメミカは、どこか思い詰めたような顔をしていた。
「哲学的だね」
「もう、からかわないで。大まじめなんだから」
バルの言い方に、メミカが苦笑した。
「私はもっと、大きな世界を見てみたい。一人前の魔法使いになったら、旅に出ようと思ってる。東の海を渡って、もっと先へ行ってみたい。本で読むだめじゃ我慢出来ない、この目で見たいの」
ライアの前で、涙を流していたメミカと、同一人物とは思えない。決心を秘めた瞳は、どこか遠いところを見ている。海の向こう側に、思いをはせているのだろうか。
「いいねえ。志ってのは高く持つものだって、俺の親父も言ってたよ。旅は…」
ふっ
「わ…」
突然、松明の火が消えた。やはり風があったのだろうか。火を付け直そうと、バルは自分の鞄に手を伸ばした。
「…!」
背筋が凍り付くような感覚。バルは、意味のわからぬ恐怖を感じた。とっさに、バルの手がナイフを握る。何かが、そこに居る。空気が、小さく軋んでいる。声を出してはいけない、声を出すと何かに気づかれてしまう。
「…」
2年間旅をしてきて、同じような感覚に陥ったことがあった。そのときは、徳の高い僧侶と一緒に、山小屋にいた。彼が言うには、この山の中で死んだ誰かのゴーストが、気づいて欲しくてうろついているという話だった。そのときには、一緒にいた僧侶がベテランだったため、とても安心できた。
幸か不幸か、バルは幽霊やゴーストと交戦したことはない。戦うことになっても、恐らく倒す事は出来ないだろう。今この場にいる幽霊も、悪意を持つ敵となりえるのだろうか。3秒、5秒と時間が経つに連れて、部屋の中に何かいるという感覚は薄れ、消えて言った。
「…ふう」
バルはマッチを取りだし、松明に火を付けた。部屋の中に、光が満ちる。
「…はぁぁ、怖かったぁ。幽霊のこと、師匠に聞いてはいたけど、それでも怖かったよ」
メミカがほっと胸をなで下ろした。
「俺にはよくわかんないけど、ここは地下深い遺跡だから、ああいうのもいっぱいいるのかな」
バルが頭を掻いた。、
「いるんじゃない?彼はどうやら無害な幽霊だったみたいね。有害な相手だと、敵意と殺意からか、人の形がはっきり見えるっていうわ」
メミカが返事をした。魔物ならば、剣を振るえば倒せるという理屈がある。どんなに強靱な肉体を持っていようと、肉体に決定的なダメージを与えれば、勝利出来る。だが、幽霊は別だ。剣も槍も効かない、道理の通じない相手だ。それだけに、襲われたときの恐怖も大きい。
「彼、ねえ。性別とか敵意とかわかるのかい?」
「少しは。ああいうのは「思い」が生きている形になるから、下手に接触すると敵意を持ちやすいらしいのよ。師匠は何度か、ゴーストを倒したことがあるらしいわ」
「へぇ、それはそれは。そんな人の弟子が、パーティにいることが、心強いよ」
バルが軽く笑った。
「大都市になると希に、ほとんど人と変わらないように、幽霊が生活しているって聞いたことがあるわ。強く現世に残っていると、物を持ち上げたり、会話をしたり出来るらしいの」
生前の筋力や知能に依存するって話だけどね、とメミカは締めくくった。こうして聞くと、幽霊には無害である者と有害である者がいるようだ。会話が出来る分、魔物よりは楽かも知れない。そう思うと、恐怖も薄らぐ。
「もしかしたら、この骸骨の人かもね。剣があるってことは、元は剣士だったのかも」
バルは、かけてある錆びた剣を手に取り、持ち上げた。
かちり
剣をかけてあったフックの片方が、上に持ち上がった。
ゴゴゴゴゴ
「あれ、これって…」
錆びた剣を持ったまま、松明を手に取るバル。部屋の扉を開け、外へ出ると、さっきまで行き止まりだったところに、通路が出来ていた。その先には、人1人分程度の幅しかない廊下、左右に伸びている。
「…ああ、なるほど。恐らくこれは、半円状の廊下なんだな」
「えっと、つまり?」
構造を納得したバルに、メミカが戸惑い顔を見せる。
「入り口ホールの、右扉と左扉、それぞれに細い廊下が延びている。そして、それらには隠し扉がついていて、隠し扉と隠し扉が半円状の廊下で繋がってるんだよ」
バルが、空中に神殿の断面図を、指で書いた。
「なんとなくだけど、理解したわ」
うんうんと、メミカが頷いた。
「さて、じゃあホールに戻ろうか」
錆びた剣を置いていこうとして、バルは思いとどまった。柄のところに、リングがくっついて、その先に棒のような鍵がついている。鍵は、剣とは違う素材で出来ていて、錆び1つ浮いてはいない。バルはその鍵を取り、ポケットに入れた。
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