「邪魔するよ」
 武器と道具を揃え、バルとメミカはもう一度門の前まで戻ってきた。友人の家に上がり込むようなフランクさで、バルは門をくぐるときに声をかけた。もちろん、誰も応える者などいない。濡れた土の匂いが、奥から漂ってくる。
「なに、それ?」
 メミカが面白そうに笑う。魔法使いらしいローブに、長い赤髪を留めるヘアバンド、手に持っているのは短めの槍だ。彼女はライアから槍術も習っていたらしい。
「気分さ」
 かちっ
 マッチでカンテラに火を付け、バルはそれを腰に下げた。このカンテラは、ベルトに固定するリングをつけることにより、腰に固定出来るので使いやすい。特殊な金属を使っているらしく、熱は外にあまり漏れないし、服に火が着くこともない。固定具にプラスして、カンテラの下の方についているクリップをズボンに留めることにより、両手が完全にフリーになり、カンテラ自体もぶらぶらと揺れることがなくなる。
 少し進んだところで、バルは両開きの扉を見つけた。前面の壁は、規則正しく岩が積み上げられて作られている。どうやら、ここからが地下神殿の始まりらしい。
「開くよ」
 バルがメミカに確認すると、メミカは力強く頷いた。バルが扉を押すと、ギギギギと、金属と岩が擦れる音を立てて扉が開いた。かなり重い扉で、バルは両手を使わざるを得なかった。
「うわ…」
 中に入ったバルは、言葉を失った。下に下る階段が、30段は続いているだろうか。その先には、まるで貴族の城のようなホールがあった。階段を下り、上を見上げるバル。太い円柱の柱が4本、ホールの天井を支える位置に立っている。床は大理石ででも出来ているのか、傷一つなく鏡のようになめらかだ。ホールの正面と右と左に、それぞれ扉があり、先に進めるようになっている。
「広い…中がこんなになってるなんて、知らなかった…」
 メミカが感嘆の息をもらす。広いし美しい。ここがエントランスホールだとするならば、この地下神殿もかなり広いと予想できた。
「さて、どっちに行く?」
 肩に食い込む剣の紐を直し、バルは振り返った。
「え?わ、私に聞くの?」
「ん。一応、俺は君についてきたわけだからね。パーティのリーダーは君だ」
 焦って自分の顔を指さすメミカに、バルが言った。
「う、うーん、じゃあ、真っ直ぐに…」
 メミカがずるずると進み、正面にある扉に手をかけた。
 がたがた
「あれ…ダメだ、鍵がかかってるわ」
 眉を八の字にして、メミカが扉から手を離した。バルも試しに引っ張ってみるが、鍵がかかっているというのは本当のようで、開く気配がない。鍵穴とおぼしき穴が、右側に開いている。どこかに鍵があるのだろうか。
「うーん…前には進めないし…じゃあ、ええと…こっち」
 メミカが尻尾を引っ張って右を指す。
「…じゃなくて、こっち?」
 今度は左を指す。とても不安そうな顔で、ついていくのがためらわれる。
「ちゃんと決めてくれないと…」
「だって、迷宮探索なんて初めてなのよ。どうしても慎重になっちゃうじゃない」
 呆れ顔のバルに、拗ねたような態度を取るメミカ。どうやら彼女には、リーダーは少々荷が重いようだ。
「…しょうがないな。じゃあ、左のドアから順に、中を探索して行こうか」
 バルが左の方へと足を踏み出す。
「左で大丈夫?罠があったら…」
「仮に罠があったとしても、目的は達成しないといけないんだから、進まないと。最悪、全ての扉を開くハメになるんだから、罠にかかるのが早いか遅いかだけの違いだよ」
「あ、そう、か。そうだね」
 怯えているメミカを見て、バルは頭を掻いた。前回、カルバの遺跡に潜ったときには、同行していたランドスケープ王国の姫君、シンデレラが先頭を買って出た。その前、マーブルフォレストに行ったときには、半猫獣人の剣士リキルが的確な指示を出してくれた。だからというわけでもないが、バルは自分がリーダーを勤めることは、ほとんどないと思っていた。それだけに、あまり経験のないリーダーをすることになり、どうしたものか少々困ってしまった。
『個人行動なら好きにやるんだけどなあ…』
 無意識に、ナイフの柄を撫でるバル。扉の前に立った彼は、ノブに手をかけた。
 かちゃり…
 装飾もない、簡素な扉は、簡単に開いた。扉の向こうには、細く長い廊下が延びている。この幅では、2人並んで歩くのは難しい。カンテラの光も、そんなに遠くまでは届かない。
「不気味だね…」
 メミカがぶるっと震えた。心なしか、空気まで冷たい気がする。意を決して、バルは先へと歩き出した。廊下はそれなりに長いようで、靴音が遠くまで響いている。
 かつん、かつん、かつん
 しばらく進んだところで、バルは立ち止まった。右側の壁に、何か違和感を感じる。そこだけ、切れ目が入っているような気がしてならない。壁の模様だと言ってしまえばそれまでだが、バルはそれが気になった。
「どうしたの?」
 メミカがバルに問う。
「なんだか、この壁、変だ。ここだけ…」
「ん…?」
 メミカがべたべたと壁を触る。
「確かに、なんか変だね。何かの蓋かなあ」
 ぎゅうううう
 壁を押すメミカだったが、壁はびくともしない。横に引っ張っても、何も起きない。試しにバルは、切れ目が見えるところにナイフを突き立てたが、ナイフの刃も奥に入っていかない。
「気のせいかもね。先に行こう」
 ナイフを鞘にしまい、バルは廊下を先へと進んだ。メミカは少し未練があったようだが、バルが先に進むのを見て、その後ろについてきた。
「ん…こっちは普通の扉だ」
 廊下を突き当たったところで、バルは扉を見つけた。廊下へ入ってくる時にくぐった扉と、同じタイプの扉だ。バルが扉を開く。
「お…」
 そこは、兵士が待機をする待機場のような部屋だった。テーブルがあり、イスがある。壁には、錆びてボロボロになった剣が立てかけられ、恐らく革張りであっただろう盾は、すっかり腐って枠だけになっていた。奥を見ようと、バルは目を凝らした。
「エキッ、エキッ、エキッ」
 ぞく、とバルの背中に鳥肌が立った。何かいる。
「エキッ!」
 暗闇の中から、その何者かが飛び出してきた。それは、まるで虫のような姿をしていた。カマキリが巨大化したような姿だ。三角形の頭に大きな羽。体の色はグレーだ。
「魔物?」
 メミカが部屋に入り、槍を構える。バルも、背中の剣を抜きはなった。
「エキッ!エキッ!」
 ぶぅぅぅん!
 蜂の飛ぶときの、数倍はあるであろう羽音が響き渡った。暗闇から、もう1匹、カマキリが現れた。ただ現れただけではない。鎌を振りかぶり、バルに飛びかかって来たのだ。
 ざくっ!
「ぐあ!」
 突然のことに、バルは自分の顔を、腕でガードするのが精一杯だった。手の甲に、ギザギザの鎌が当たり、傷がつく。
「このぉ!」
 飛びかかってきたカマキリに、メミカが横から槍を突き立てた。
「エキッ!」
 がきん!
 カマキリの体は、見かけよりかなり硬い様子だ。槍の穂先は突き刺さることなく、カマキリをはじき飛ばしただけで終わった。それでも、カマキリにはダメージが入っているようだ。背中に、槍が穿ったであろう穴がある。
「エキッ!エキッ!」
 奇妙な鳴き声をあげながら、2匹のカマキリが鎌を振って威嚇する。その動きに隙を見つけたバルは、剣を握って突進した。
「ふぅっ!」
 ガキィン!
「エキーッ!」
 手負いのカマキリに、バトルソードの強烈な横薙ぎが入った。カマキリは2度転がり、また起きあがった。かなり大きなダメージが入ったようで、4本の足のうち2本が折れて曲がっている。
「うぉぁ!」
 ばきぃ!
「キー!」
 走り、追い打ちに剣を振り下ろすと、カマキリの体が半分のところで曲がった。カマキリの上半身と下半身が、じたばたと動くが、攻撃をしてくることはない。
「エキー!エキー!」
 もう1匹のカマキリは、バルの剣を見てバルには勝てないと思ってか、メミカに襲いかかった。カマキリの鎌を、メミカが槍で受け止める。
「ていっ!」
 援護しようと、バルが壁際にあった剣を手に取り、カマキリに向かって投げつけた。剣は床にぶつかり、砕け散る。カマキリに当たることはなかったが、カマキリは危険を感じ、後ろににじにじと下がった。
「ふぅぅぅぅ!」
 ぐぐぐ、とメミカが拳を作った。その拳を開くと、手のひら大の燃えさかる炎が現れた。メラメラと燃える炎は、少しずつ少しずつ萎んでいく。
「食らえ!」
 ボォオオオウ!
「キキー!」
 圧縮された炎は、メミカの意志により、急に膨れ上がってカマキリを襲った。カマキリの体が燃え上がる。カマキリは火の付いたまま逃げだそうとしたが、だんだん動きが鈍くなり、ついにはばったりと倒れた。
「ここは外れね。他の部屋に…」
「待って」
 部屋を出ようとするメミカを、バルが制した。部屋の奥の壁、白く染み1つない壁に、何か物を引っかけるフックがついている。一見ではわからないが、よくよく見ると、フックの棒は壁に貼り付いているわけではなく、壁の向こう側からこちらへ出っ張っているようだ。フックには、絵の入っていない額縁がかけられていた。
「絵がないね」
 棒の横にメミカが近づいた。バルはその額縁に手をかけ、引っ張った。
 ぐい
「あ?」
 おかしな手応えがする。絵の重さがなくなり、フックが上に戻っている。バネ仕掛けで折り畳まれるようになっているのだろうか。試しに、バルは額縁を外し、下に置いた。
 かちゃん
 ゴゴゴゴ
 フックは上斜め45度程度まで上がり、動きを止めた。どこかで、何かが動く音がする。例えるならば、重い石像を引っ張って動かしているような音だ。
「…音が止まったね」
 少しして、音が止まってから、メミカが言った。
「あのさ、これってもしかして…」
「あ、バル君もそう思う?」
「うん。ちょっと出てみようよ」
 部屋の扉を開け、廊下に出るバル。さっき切り込みが入っていた壁が開き、別の通路が出来ていた。
「ここはどうやら、こういう遺跡らしい。たぶん、他にも、レバーかスイッチかで閉じられている通路があるんだろう」
「うん。じゃあ、こっちが先に進む方向でいいのかな」
 メミカがT字になったところへ行き、通路を覗き込む。バルも後ろから覗き込んだ。今度は、人3人が大きく手を広げても歩いていけそうな広い通路だ。右側に大きくカーブをしている。かなり長い通路らしく、カンテラの明かりが奥まで届かない。通路の両脇に、まるで宿屋の部屋でも並んでいるように、所々扉が見える。
「これ、全部チェックするの?」
 げんなりした顔でメミカが言った。
「うん。その召還士が、どこにいるか探さないと。通路は閉じていたし、もしかするといないかも知れないけどさ」
 正直な話、バルもメミカと同様に、この部屋全てを確認するのは面倒で仕方がないと思っていた。今見えるだけでも8つの扉がある。その扉の先が、全て1部屋とも限らない。先で数部屋に分かれているかも知れないし、通路があるかも知れない。しかもここは、ホールに3方向あった扉の1つ目なのだ。向こうも同じだけの部屋があるとしたら、かなり面倒くさい作業である。
「そうだね、やらないと。この瞬間にも、師匠が暗い牢屋の中にいるんだから」
 メミカが槍を握り、広い廊下へと踏み出した。


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