夜になり、外の祭りはかなりヒートアップしてきた。が、村の中心から少し外れたところにあるライアの家は、その喧噪がかろうじて届くくらいで、至って冷静な物だった。
「全く…もう勝手にあちこち行っちゃだめだよ」
「ごめんなさい」
 スウのことを軽く叱るバル。あちこちスウを探し回っていたところ、スウは酒場にいた。聞けば、バルを見失ったので、人の多いところにバルがいないかと探しに来たのだという。バルはもうスウを見逃さないようにしっかりと言い付けた。そして、メミカ、バル、スウの3人でお祭りを回り、買い物した品物を一旦置くために、ライアの家に戻ってきたのだった。
 戻って来た後、バルはスウに話を聞いた。彼女は、キュリクなる少女と話をしたのだという。曰く、キュリクの父親と母親は、ライア関係で「きょうかつ」なる悪者の話をされていて、最近はとても機嫌が悪いという内容だ。
「キュリクって村長の娘さんかしら。同じ名の娘はこの村に2人はいないわ」
 買ってきたパンをかじり、メミカが言う。
「私関係で恐喝か。召還士だと言ったな。うーむ…」
 ライアが顎に手を当てて悩み込んだ。尻尾の先が、イスの足を軽く叩いている。召還術というのは、謎の多い魔術体系だ。召還術というのは、普通の魔法と違い、自分以外の生命に働きかける。魔物や精霊や、その他様々な生命を、召還士が念じるだけで呼び出したり創り出したりする。突き詰めると、錬成や転移といった魔法に近いとは言われているが、召還士というのは数が少なく、彼ら自身もどこで召還術を得たかを話さず人に協力しないため、研究が進まない。一説では、召還術を教えている種族がどこかにいるという話だが、それすらも曖昧な話だ。
「何か心当たりが?」
「あるにはある。が、出来れば話したくはない内容だ。君らに迷惑がかかるといけない」
 バルの問いに、ライアが渋い顔を返す。
「ねえ、きょうかつって悪い物?」
「そうだな。うん、悪い物だ」
「そっか…キュリク、悪者に悩まされてるんだねえ」
 悪い物かと聞かれ、バルは悪い物だと答えた。そして、スウは何か思うところがあったようで、ライアと同じような顔をして悩み始めた。
「ともあれ、村長の家がそんなことになっているとは思いもしなかった。私は独自に調査してみるつもりだ。一応は、村の相談役の魔法使いだからな」
 がちゃ
 ドアを開け、ライアが外に出る。
「あ、師匠。私は行かなくていいんですか?」
「ああ。客人を連れて、お祭りを楽しんでくるといい。戸締まり頼む」
 ばたん
 ライアがドアを閉じ、後には3人が残された。
「ねえ、せっかくだから仮装しない?」
 いいことを思いついた、という顔で、メミカが提案した。
「仮装かあ。いいね。服をどうしようか。買う?」
「物置にあるものを貸してあげる。ほら、スウちゃんも来て」
 悩んでいるスウの手を引っ張り、メミカが奥へと入る。立て付けのあまり良くないドアを開けると、軽いカビの臭いが漂った。
「バル君はこれなんかいいんじゃない?剣を持ってたでしょ?」
 そういってメミカが取り上げたのは、革で出来た上半身鎧だった。サイズをある程度変えられ、バルの着ている服の上からでも着られる。鎧には、何かの金属で出来た盾がついており、実戦用に作られた品だというのがわかる。
「スウ、これがいいな」
 クローゼットスペースにかけてあった服の中から、スウが小さなローブを取り出す。紫一色のそのローブには、先が2つに分かれた木綿の帽子がついている。
「それは師匠が幼い頃に着てたっていう魔法のローブだね。じゃあ、バル君は剣士で、スウちゃんは魔法使いで決定かしら」
 にこにこと笑うメミカ。バルは鎧を上からすっぽりとかぶった。まるであつらえたかのようにぴったりだ。鎧の表面には、小さな傷が無数についており、それが剣士としてのリアリティを醸し出していた。
「剣を取ってくるよ」
 物置を出て、バルが廊下の奥の部屋へ入った。ベッドが3つ並べてある簡素な部屋だ。ライアは自分の部屋で、メミカがこの部屋で寝ているのだという。元は3人の弟子がいたということだろうか。バルは深くは考えず、物入れの中に祭りで買った雑多な物を入れ、壁に立てかけておいた剣を取った。カルバの遺跡で手に入れたこの剣は、バルが持っていたナイフより破壊力があるが、取り回しが難しい。バルの腕力では、両手を使わないと振ることが出来ない剣だ。バルはそれを背中にくくりつけ、部屋を出た。
「見て見て!」
 興奮した面もちでスウが走る。すっかり魔法使い見習いの少女に扮したスウは、とても嬉しそうだ。
「じゃあ、行きましょうか」
 メミカが着ているのは、ダンサーの着るようなひらひらしたドレスだ。元は人間用であっただろうものを、ラミア用に改造してある。腰のベルトが蛇革で、メミカの腹の柄とよく似合う。
「たぶんそろそろ、神官の言葉が終わるころよ。ここからぐっと人が増えるわ」
 家を出て、メミカが戸に鍵をかけた。スウはこの格好がすっかり気に入ったようで、被っている先割れ帽の先端についた白い玉を撫でている。3人は連れだって、村の中心の方へと歩いていった。
「こっちを行くと近道よ」
 狭い道をするりと入るメミカ。と、メミカが足を止める。バルは彼女の肩越しに向こう側を覗き込んだ。十字路に、ライアの後ろ姿と、見知らない悪魔人の姿がある。短い角に毛の生えていない頭、軽く筋肉質な男だ。
「隠れて」
 メミカがバルとスウの前に手をさっと出した。置いてあった樽の影にメミカが隠れる。バルはメミカの肩越しに、スウは尻尾の隙間から、ライアの方を見た。向こうは、緊迫した場面のようだ。
「召還士と聞いて、まさかと思っていたが。いいか、今すぐ失せろ。ここはお前ごときが立ち入っていい村じゃない」
 ライアの声は低く、怒りが込められている。その冷たい雰囲気に、バルは背筋がぞくっとした。
「逃げられると思ってるのかね。18年前、貴様が犯した罪は償ってもらう」
 男の声は、すっきりと通る高い声だった。腰には手斧を差し、指で時折その柄を撫でる。
「罪だと?虫酸が走る。貴様と行動を共にしたのはたった1年間、その幕切れも貴様の裏切りじゃないか」
「ああ、そうとも。コマに過ぎんお前が、そのときにコマとして動くことを拒否した。そのせいで、俺はどれだけの傷を負ったか。仲間にも見捨てられた」
「はは、仲間か。私はコマでも、他の奴らは仲間なんだな」
 男の言葉を聞き、いかにも愉快そうに笑うライア。尻尾の先が、ふらっと揺れる。
「そうとも。俺は貴様が気に入らなかった。団長に少し気に入られていたからと言っていい気になるなよ。金でも握らせたのか?それとも、女として…」
 ぱんっ!
 乾いた音が響いた。ライアの平手が、男の頬を叩いたのだ。
「下品なことを言うのはやめてくれ。団長は、尊敬に値する男だ。金や色香で彼が動くはずがない」
 男は自身の頬を撫でた。そして、1つ舌打ちをした。
「お前は何が望みだ?罪を償えと言ったが、私が何をすればお前は満足する?18年という時間、恨み続けたお前が望むのは何だ?」
 すっと手を戻すライア。男は道ばたに唾を吐いた。
「苦しめ。お前が苦しめば俺は楽になる。この2週間で、お前のことをだいぶ調べた。何をされるか、せいぜい楽しみにしてるんだな」
 きびすを返し、男が道の奥へと歩いていく。
「何をする気か知らないが、私に害成すつもりならば、それ相応の覚悟はしてもらおう」
「おお、勇ましいねえ」
 憎々しげに言葉を吐き出すライア。男はあくまで冗談口調で返事をし、どこかへと消えていった。後に残されたライアは、声もなく立ちつくしていたが、小道を別の方へ去っていった。
「…師匠…」
 すっくと体を伸ばし、メミカが呟いた。


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