かなり長い階段を下り、地下に入ると、急激に気温が下がった。どうやら、ピラミッド本体は太陽の熱で暖められているが、地下までその熱は流れ込んでこないようだ。
「さむ…」
 ぽつりとシンデレラが言った。地下に降りてからだいぶ歩いたが、危険な生物や魔物には出くわさなかった。いたのは、全身灰色をしたトカゲくらいのものだ。薄暗く、寒い石の廊下を、2人が進む。もうずいぶん進んだが、扉はどこにもない。ただ、長い廊下が続いているだけだ。
「具体的に、王子がいた痕跡っていうのが、姫様はわかるんですか?」
 足下の石を避けて、バルが足を踏み出す。
「決定的なものとしては、お兄さまの装飾品や服の一部が落ちていれば、匂いでわかります」
「さっき手に入れたこの剣は、新しい物のようですが、王子の物ではないのですか?」
「アレは違います。お兄さまは、ワタクシと同じように弓を使うはずです。せめて矢の破片でも見つかればいいのですけど…」
 廊下の角を曲がるシンデレラ。そこには、大きな扉があった。バルが、扉の前に立ち、その扉に描かれた大きな絵を見た。荒れ狂う水が、神殿の周りを取り囲む絵だ。鉄の扉に彫り込まれたもので、長い年月が経っているのに劣化が見られない。
「ここは…」
 ギギギギギ…
 扉を押すバル。扉は、音を立てて開いていく。扉の向こう側にあったのは、大きな広間だった。天井がかなり高く、石の床にはコケが生えている。隅の方には、キノコのようなものが生えている。
「球技をやるにはいい場所でしょうね」
 自分でもつまらない冗談だと思いながら、バルがはははと笑う。その空間には、何か嫌な気が流れていた。治安の悪い地域に、うっかり夜中に迷い込んでしまったような、そんな心細さがバルに芽生える。
「奥にも扉がありますわね。そちらへ行ってみましょう」
 シンデレラが奥の扉に向かう。バルは、一瞬何かが現れて彼女を食い殺すような気がしたが、そんなことが現実に起きようはずもない。心配はないはずだ。心配と言えば…。
「きっとリキルは姫様がいなくなって心配してるんだろうなあ…」
 バルが脈絡なくぽつりと呟く。くるりと、シンデレラがバルの方に向きを変えた。
「何で今、あの人の名を出しますの?」
「別に他意はないです。ただ、ちょっとそんな感じがしただけです」
 むっとした表情のシンデレラに、バルが軽く答えた。シンデレラは、まだ釈然としない顔をしていたが、また扉の方へ体を向けた。
「あの人は、私が姫だということを、ひどく気にするのです」
「そりゃあ、姫様は姫様なんだから…王様に、あなたをそう扱うように言われているんでしょう」
「嫌なのです。ワタクシは、姫である前に、1人の人間。弓の腕も未熟で、魔法も中途半端にしか使えない、半人前だということを自覚していますわ。なのに誉められたり持ち上げられたりしても、みじめになるだけですわ。まあ、お料理には自信がありますけど」
 ふふん、と鼻を鳴らすシンデレラ。料理にだけは、よほどの自信があると見える。
「彼はとても、ワタクシに優しくしてくれます。とても、親身になって、話をしてくれます。だからこそ、特別扱いは嫌なのです。彼と同じラインに立っていたい、そう思うのです」
 ざっ
 シンデレラが扉の前に立ち、手を触れた。
「彼は律儀な性格をしていますから、姫様の望みを叶えるのは難しいでしょうね」
「ええ。身分が同じならば、いい友人になれたのかしらね。あるいは恋人?」
「はは、よくお似合いだと思います」
 ギイイイ
 扉を開き、2人はさらに進んだ。そこは、さっきの広間に比べると狭い部屋だった。正面には祭壇があり、その左右には供物を入れていたのであろう皿が置かれている。祭壇の上には敷布があるが、何も置かれてはいなかった。
「カルバを祭る祭壇だわ。ほら、あれ…」
 シンデレラが壁を指さす。壁に描かれていたのは、大きな海の上に立つ男性の姿だった。バルは、昼間読んだおとぎ話の内容を思い出していた。
「最初に挑んだカルバは、主神の熱にやられて、煮えたぎってしまった…か」
 祭壇に近寄るバル。祭壇には、円形にくぼみが出来ていた。そこの部分だけ切り取ったかのように、段がつけてある。くぼみの中心部には、丸く切り込みが入っており、その部分だけ取り出せそうだ。
「あれ?」
 切り込みに爪をひっかけ、その円柱を引っぱり出そうとしたバルだったが、円柱はびくともしなかった。しっかりはまりこんでいるのか、それともただ切り込みが入っているだけなのか。そもそも、この祭壇をどのようにして使っていたかわからないのだから、手の出しようがない。
「ここにお兄さまは来なかったようですね。せっかくここまで来たのに、無駄骨だったわ…」
 はあ、とシンデレラがため息を着く。バルはこの祭壇についての手がかりはないかと辺りを見回した。と、祭壇の横に、何か文字が彫り込まれているのを見た。その文字に、バルは見覚えがあった。
「これ…」
 ポーチから腕輪を取り出すバル。腕輪をへこみにあてがうと、それはあつらえてあったかのようにぴったりだった。躊躇することなく、バルが腕輪をはめ込む。
 カチッ
 何かがはまる音がした。腕輪を引っぱり出そうとしても、動かなくなっている。隙間から腕輪を覗くと、3つある腕輪の穴に、祭壇から針のような物が刺さって固定をしていた。
 ゴゴゴゴ…
「お?」
 小さな振動が手に来る。中央の切り込み部分から、円柱がずずずとせり出してきた。それはガラスで出来たシリンダーで、上面に木で出来た蓋がついている。中には、スポンジのような物に包まれた、小さな何かがあった。蓋を開け、スポンジを取り出すと、その何かは隙間からぽろりと転げ落ちた。
「あら、これは…」
 シンデレラが落ちた物を拾い上げた。それは、青く輝く金属で出来た指輪だった。試しに、バルがその指輪を人差し指にはめる。少し大きめだが、装備できないことはない。
「この指輪は…きれいですわね。かなり強い、魔法の力が感じられます」
 指輪をじっと見て、シンデレラがほうと息をつく。
「魔法…ひょっとして俺も、魔法使えるようになったり…」
 バルは、何もない空間に向かって、指輪をした手を向けた。
「いでよ、水流!」
 ありったけの念を込めて、バルが叫んだ。1秒、2秒、3秒と経つが、何かが起こるような気配はない。
「…そんな、都合のいいことがあるわけないですよね。俺、魔法の適正はないって言われてるんで、もし使えたら嬉しかったのに…」
 ドドドーン!
「わ!」
 突然の地響きに、バルが言いかけた言葉を飲み込んだ。不自然に強い、局所的な地響きだ。指輪を無くさないように、バルは指輪を鞄に入れる。
「天井が…さっきの広間に戻りましょう!」
 シンデレラに言われ、バルは初めて天井がぐらぐらしていることに気が付いた。扉を蹴り開け、2人が広間に戻った。
「扉が歪んでる…! この!」
 どすっ!
 バルが扉を蹴ると、扉は片方だけ外れ、倒れた。シンデレラがその隙間から逃げ出す。ふと、バルが振り返ると、祭壇が岩に埋もれ、崩れ行くところだった。


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