遺跡の中は、複雑な構造をしていた。どうやら、遺跡は3階層以上ある様子だ。一番上が2階、その下が1階。バルとシンデレラは、2階にあった独房エリアから、階段を下りて1階へと来た。地下から小さな振動が伝わってくることや、足下に空洞があるような踏みごたえがあるところから察するに、どうやらこの下に地下があるらしい。
「こんな迷宮を探検するなんて、地下迷宮以来ですわ」
疲労した様子を見せることもなく、シンデレラが言った。彼女は今の状況を、少なからず楽しんでいる様子で、尻尾がご機嫌に揺れていた。
「あちこちにスケルトンがいて、かなり危険な遺跡ですね。さっきひっかかれた腕はもういいんですか?」
「ええ。もう痛くありませんわ」
心配気味に聞くバルに、シンデレラが快活な声を返す。彼女はさっき、スケルトンと交戦しているとき、後ろから近づいてきた個体に気づかずに爪でひっかかれていた。バルもシンデレラも、それなりに傷を負い、ダメージを受けていた。
「こっちかな…」
バルが扉を開く。と、バルの鼻に、以前嗅いだことのある腐臭が漂ってきた。レタスやキャベツの腐ったような臭い…。バルは、以前この臭いを発する巨人と戦ったことを思い出し、とっさにナイフを抜いた。
「ミギャア!」
部屋の中にいたのは、前戦った半植物の巨人が、小さくなったような魔物だった。大きさは人間の成人男性程度、人の形をしていながら植物のような姿をしており、腕や足には大きな筋が浮き出て、腐臭を放っている。2体いた魔物は、バルとシンデレラの方に向かってきた。
「でぇい!」
ざくぅ!
上段に振りかぶったナイフを、バルが振り下ろす。片方の魔物は、ナイフが頭から腹まで通り、大きな切り傷を負った。
「ゴアアア!ゴアア!」
顔を押さえ、悶え苦しむ半人植物。もう1体が、バルの腹に拳をたたき込んだ。
「ぎゅう!」
バルが後ろによろよろと下がる。大きさは小さくても、やはり前に戦った巨人と同じ系統らしく、力が強い。シンデレラは、後ろに一歩下がり、半人植物相手に矢を何度も撃ち込んだ。
「ガアアア!」
半人植物が、後ろによろめいた。バルはナイフを逆手に持ち、1体目の首を切り裂いた。そして、流れるような動きで、もう1体の首も撥ね落とした。2体は動かなくなり、床にどさっと音をたてて倒れた。
「この部屋は…なんだか、どこからか風が吹いているような…どこでしょう?」
シンデレラが辺りを見回した。玉座らしき椅子が、部屋の奥に置いてある。部屋の左右には、松明を乗せる燭台がいくつもあり、床にはボロボロになったカーペットが敷いてある。さしずめここは玉座の間だろうか。
「ん…」
ナイフをしまったバルが、玉座の方へと歩いていく。玉座の前には、布でくるんである何かが転がっていた。棒のようなそれを、バルが手に取ると、ずしりと重さがかかった。長さはバルの肩から手先まで程度、重さは赤子3人分程度。バルが布をほどくと、その隙間から虫がぽろりと落ちてきて、どこかへ駆けて逃げていった。
「これは…」
すらりと伸びる長めの剣が、布の中から姿を現した。鞘は木のようだが、腐食1つしておらず、まるで昨日作られたかのように表面がすべすべしている。バルは鞘を手に持ち、剣を抜いた。こんな遺跡にずっと転がっていたというのに、錆び一つ浮いていない。平べったくて硬い刀身には分厚い刃がついている。どうやらこの剣は、鋭い刃で斬りつけるというよりは、重さに任せて叩き斬るという用途の剣であるらしい。
「ショートソードの一種ですわね。武器屋では、この形状でこのくらいの剣を、戦闘用歩兵剣…バトルソードと名付けておりますわ」
「バトルソード…」
「ええ。まともに買えば、1万Cは下らないでしょう」
シンデレラが剣の柄に目をやった。柄には、よくわからない四足動物の絵が彫り込まれている。羽が生えていたり、腕が人のようだったり、かと思えば頭がライオンだったりと、無茶苦茶な動物だ。
「これ…合成動物…かな。望まぬ合成で生まれた、いわゆるキマイラっていう怪物が、こんな姿をしてるって聞いたことある」
独り言のように言い、バルは鞘を持った。この剣を持っていこうと思ったバルだったが、腰にはナイフとポーチがあり、下げることは出来ない。考えた末に、バルは背中に鞘を固定した。鞘から伸びる紐を、右肩から脇に入れて固定し、片方の肩だけで剣を背負った。
「その剣、どうなさるおつもり?」
剣を包んでいた布をつまみ、縫い込まれた絵を見つめながら、シンデレラが聞いた。
「どうしましょうね。見たところ値打ち物のようだし、持ち主が出てくることもないでしょう。店で売りさばいても…」
バルは部屋の入り口を見て、身構えた。開きっぱなしだった扉から、3体のスケルトンが入ってきた。こいつらも、機械生物であるマネキンなどと同じく、2体から3体で1セット行動を取るようだ。バルはナイフを抜き、スケルトンを正面に構えた。
「また…ここはやはり、危険な遺跡ですのね」
シンデレラが立ち上がった。先手必勝、バルはナイフを振りかぶり駆け寄ると、スケルトンの1体に向かって横から斬りつけた。
ガギィ!
「うっ」
スケルトンは、その動きを読んでいたかのように、バルのナイフに向かって拳を打ち込んだ。ナイフはバルの腕を離れ、はじき飛ばされる。痺れる手を軽く引き、バルはその場でスケルトンの足めがけてローキックを打った。
「カカカカ」
さっきまでの相手ならば、このぐらいで倒れていたはずだが、今度のスケルトンは違う。見れば、骨格が前まで戦ってきた者よりがっしりとしている。スケルトンは、腰のボロ布の辺りをまさぐると、鋭く尖ったナイフを取り出した。他の2体も、同じようにナイフを抜く。生前、どんな職に就いていたかはわからないが、武器を持っている分今までより危険な相手だ。
「バル、下がって!」
シンデレラの弓が、矢を飛ばす。矢はスケルトンの体に当たったが、元より骨で構成された隙間だらけの体。少しかすったところで、意に介さない。バルはナイフを拾うべく、じりじりと後ろに下がった。と、彼の頭に、今さっき手に入れたバトルソードのことが思い浮かんだ。肩にずっしりと重い歩兵剣、恐らく山刀程度のナイフよりはよほど破壊力がある。
「カカカカカ!」
ナイフを握ったスケルトンが1体、バルめがけて跳躍してきた。ガードは間に合わない、やるしかない。
「ふんっ!」
バルは剣を抜き放ち、上段から抜刀した勢いで骸骨めがけて剣を振り下ろした。ぐしゃっという感触と共に、スケルトンはまるで猛牛に跳ね飛ばされる野ウサギのように吹っ飛び、地面に強くたたきつけられた。
「これは…すごい」
両手で剣を持つバル。ナイフを握るときのように、片手だけで剣を握ることはしない。筋力のない身では、この剣は少々重い。続けざまに襲いかかろうとする2体目に、バルは剣術家が出すように、突きを見よう見まねで打ち込んだ。骸骨のあばらにぶつかった剣は、あばら骨を数本ぶち折り、背骨に修復不可のダメージを与えた。2体目のスケルトンは、全身から黒い霧を出し、もう動くことはなかった。
「だあああ!」
自信がついたバルは、残りの1体に剣を振り下ろした。その剣を、ナイフで受けようとしたスケルトンだったが、重さの暴力にか弱い刃で敵うはずもない。すぐに全身を強打し、破損して動かなくなった。
「バルハルト、すごいですわ。あなた、剣の心得がありますの?」
「見よう見まねです。リキルが剣を振るう場面を何度も見ていましたから」
「なるほど、ね」
バルの言葉に、シンデレラは何か納得した様子で、うんうんと頷いた。
「さて、この部屋にはもう何もないようです、次を…」
「待って」
剣とナイフを鞘に入れ、部屋を出ようとするバルを、シンデレラが制止した。シンデレラが、犬耳をはたはたと動かす。
「何か、音がしませんこと?」
シンデレラに言われ、バルも耳を傾ける。言われてみて初めて気づくほど小さな音で、ひゅうう、ひゅうううと、何か笛を吹くような音がする。
「ここから…」
四つん這いになり、床に耳を近づけたシンデレラが、床をこんこんと叩く。バルはもう一度ナイフを手に取り、その部分だけカーペットを切り取った。そこには、石の蓋と取っ手があった。取っ手を手に取り、しっかりと引っ張ると、その下には階段があった。
「さっきから、風が吹いていると思っていましたが、ここからとは…カンテラをつけていれば、灯が揺れて早く気づいたかも知れませんわね」
シンデレラがうふふと笑う。
「なぜだかこの遺跡は、カンテラをつけないでも周囲が見えるほど明るいですからね。さて、ではここを降りてみますか」
剣やナイフや鞄が引っかからないように、十分に気をつけながら、バルは階段を下りていった。
前へ戻る 次へ進む
Novelへ戻る