「う…」
 少しの間、気を失っていたらしい。バルは頭をさすり、上半身を起こした。辺りは松明がついているわけでもないのに薄明るい。
「なんだ、ここ…」
 バルは周りを見回した。まるで独房のようだ。石の壁、石の床、扉には覗き窓のような穴が開いていて、向こう側が見えた。
「ん…?」
 穴の向こうを伺っていたバルは、全身の毛が逆立つのを感じた。そこにいたのは、骨だった。と言っても、ただの骨ではない。人間1人分、全身の骨がひとそろい、それが明らかに意志を持った様子で歩いている。
 バルは、それを他の国でも見たことがあった。人が自分の器からこぼれてしまったことを信じられず、半物体のまま己の骨をよりしろに彷徨う姿…一般には骨を意味する「スケルトン」と呼称されている。外にいるのはせいぜい1体2体、心得のある剣士ならば叩き伏せてしまえるほどの数だ。どうやら、この遺跡内にも魔物がうろついているようだ。
「う、ん、くうう…」
 部屋の中にシンデレラの声が響く。どうやら彼女も気絶から復活したらしい。
「バルハル…」
 ぱしっ
 バルはシンデレラの口を押さえた。
「外に、骨の魔物がいます。気づかれないように、小声で…」
 シンデレラの耳にそっと吹き込むバル。シンデレラは事態を理解したようで、小さく頷いた。
「ああ、せっかくのローブが…」
 シンデレラが悲しそうに呟く。シンデレラの着ているローブは、背中のところに小さく穴が開いてしまっていた。落ちたとき、どこかで引っかけたのだろう。
「お怪我は?」
「特に痛いと感じるところはありませんわ。弓も折れてはいません」
 シンデレラは、腕を軽く振って見せた。
「ごめんなさい、ワタクシが壁を触ったばかりに、こんな状況に…」
 ここに落ちたのは自分のせいだと、シンデレラは謝罪をした。しょんぼり顔で、尻尾が垂れている。
「いいえ。姫様が何かしなくても、他の罠に掛かっていたことでしょう。槍罠や矢罠でなく、落とし穴だったのがまだ幸いです」
 バルがシンデレラのローブに付いた埃を払った。
「どうしましょう。まず、ここから外へ出ないと…バルハルト、なにか案はある?」
「様子をうかがって、安全な時に抜け出しましょう。まともに相手をしても損をするだけです」
 覗き窓から外を覗くバル。外にさっきまでいたスケルトンは、どこかへ足を向けたらしく、いなくなっている。廊下には、同じような独房の扉が数カ所あるのが見えた。
「今です」
 バルは独房の扉に手をかけた。扉には鍵がかかっていなかったらしい、簡単に開いた。バルが廊下に出て、ナイフに手をかける。左右に短い廊下が広がり、廊下の右サイドと左サイドに合わせて6つの独房があった。前と後ろの終端には、同じように扉がある。どちらかが、外へ向かう扉である様子だ。
「なにかしら、ここは…まるでお城の地下牢じゃない」
 弓を持ち、油断なくシンデレラが外に出る。
「古代遺跡というよりは、古城のような気がしますね」
 試しに、向かい側にある扉を開けるバル。中は、やはり外と同じように薄暗く、ツボのような入れ物が1つ置いてある他には何もなかった。
「ひっ…!」
 シンデレラが後ずさる。何事かと、シンデレラの視線を追ったバルは、彼女が怯えた理由を理解した。血だ。乾燥して、パリパリになった血痕が、石の上に広がっている。ここで何が起こったのか、想像したくはない。
「バル、こちらから風が吹いてきます。こちらが出口でしょう。ああ、早くこんな気味の悪いところから抜け出しましょう」
 先に進んだシンデレラが、扉の前で手招きをした。バルがそちらに向かい、扉に手をかける。
 ギイイイ…
 扉は音を立てて開いた。その先には、同じような廊下が延びていて、先で右に曲がっている。廊下には、ボロ布をまとったスケルトンが3体立っていたが、バルが扉を開けたことでこちらを向いた。
「やるしかありませんわね」
 シンデレラが矢をつがえる。バルはナイフを抜き放ち、地面を蹴った。
 ガンッ!
 ナイフの刃先が、腕の骨に僅かに食い込む。相手は骨だ、刃物はそれほど効果的ではない。痛覚もないようで、ナイフで何度斬りつけても、怯む様子を見せない。
「カカカカカ」
 笑うかのように、顎の骨を鳴らしたスケルトンは、腕をバルに向かって振り下ろした。とっさに、バルが地面を蹴って後ろに下がる。指先の固い骨が、バルの鼻先を擦った。
「ふっ!」
 ひゅがっ!
 後ろからシンデレラが矢を放った。矢は、スケルトンのあばら骨をすり抜け、後ろへと飛んでいく。矢もあまり効果的ではない様子だ。
「これは参った。どうするかな…」
 後ろにじりじり下がりながら、バルが相手のことを見つめる。3体が3体、違う柄のボロ布をまとっており、背格好も違う。狭い廊下で、横に2体が並び、後ろからもう1体がついてくる形だ。
 1体が腕を振り上げたタイミングで、バルはスケルトンの腹に当たる部分を蹴り飛ばした。スケルトンは後ろによろよろとよろめく。隙を逃さず、よろけた足のスネを蹴り飛ばすと、スケルトンはバランスを崩して地面に倒れた。
「カカカカ…」
 起きあがろうとスケルトンがもがく。横に並んでいた1体が、バルの方へ手を伸ばした。バルはその腕にナイフをぶつけ、弾くように切り裂いた。上腕骨と手首を繋ぐ尺骨が割れる。
「こうだ!」
 倒れているスケルトンの頭に、バルは全体重をかけ、飛び乗った。
 がぎぃ!
 嫌な音がして、頭蓋骨にひびが入る。と、スケルトンの体から、黒い霧のようなものが抜けた。どうやら今の霧が、死者を無理矢理操る邪悪な気らしい。
「このぉ!」
 シンデレラは、矢を片手に突進し、前に立っているスケルトンの眉間に矢を突き立てた。鉄の矢尻と堅さ比べをした頭蓋骨は、ぴしっと音を立ててひび割れた。同じように霧が抜け、もう1体も動かなくなる。
「カッカカカカ!」
 激しく歯を鳴らし、最後の1体がバルに抱きついた。
「くそっ!離れろ!」
 泡食ったバルが、スケルトンをふりほどこうと暴れるが、手ががっちりとバルを抱き、離さない。スケルトンは大きく口を開け、バルの肩口にかぶりついた。
「ぎゃあ!」
 激しい痛みがバルを襲う。この魔物は、肉を食いちぎる気だ。バルは噛まれた肩と反対の腕を拳に握り、スケルトンの横っつらを思い切り殴った。衝撃で、スケルトンが壁にぶつかる。すかさず、バルはナイフの切っ先を頭蓋骨のひび割れに突っ込んだ。頭蓋骨は陥没し、霧が抜け、骸骨はただの死骸に戻った。
「バルハルト、大丈夫?」
 バルの手を持ち、肩を撫でるシンデレラ。突き刺さっていた骸骨の犬歯が、ぽろりと抜けた。その跡から、血がじわりとにじむ。
「薬を買っておいてよかった。ちょっと失礼」
 傷薬の瓶を出し、肩に指で塗りつけるバル。この薬草油は、この国特産の薬草を使っており、効きがとてもいい。消毒、鎮痛、そして止血をしてくれる。
「この手の相手には、ナイフや矢はあまり効果を持たない様子ですわね」
 シンデレラがつま先でスケルトンを蹴った。ごろり、と腕の骨が転がる。今まで形を保っていられたのは、魔物としての生が与えられていたかららしい。意志を失ったスケルトンは、ただの骨へと還ったようだ。
「死者を魔物にするなんて、恐ろしい。古代人の技術でしょうか」
「さあ…でも、この人達、かわいそうですわ」
 やるせない顔で、シンデレラがスケルトンを見下ろした。
「…先に進みましょう。お兄さまを探さなくては」
 シンデレラは、骨をまたぎ、歩き出した。バルも、ナイフを鞘に格納し、先に進んだ。


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