買い物を済ませ、簡単に昼食をとった2人は、とうとう遺跡の前までやってきた。バルは、シンデレラがこの足場の悪い森で、歩けないだのもう行きたくないだの面倒くさいことを言い出すのではないかと、気が気でなかった。むしろ、そうなったら街へ戻り、お城までエスコートして終わりになるのだから楽だとも考えていた。だが、なかなかどうしてシンデレラは我慢強く、森の奥に入ってきても文句の1つも言わなかった。聞けば、彼女はお城でスポーツを多くしており、一般の女性兵と同じくらいには体力と筋力を持っているという話だ。
「本当ならば、魔法も使えるといいのですけれど、そちらは苦手で…」
 シンデレラがえへへと笑う。確かに、彼女はあまり魔法に頼りそうにない。弓の腕はいいし、体力もあるのだから、魔法を身につける必要はないのだろう。
「さて、そろそろ見えてくるころです」
 木のなぎ倒されて出来た道を通り、バルが言う。この道は、つい先日、ここで商人を襲っていた大きな狼型の魔物が作ったものだ。街に帰ってからバルが聞いたところによると、あの狼はたびたびこの辺りで目撃されていたらしい。
「ふわぁ…」
 シンデレラが声をあげた。どこまで続くかわからない塀に、大きくて閉ざされた門、そして石畳の空き地。塀の中には、悪魔人のような石像が立っている台形の建物があった。これが、マーブルフォレストの中にある旧世界の遺跡「カルバのピラミッド」である。
「ここにお兄さまが来ていたのですね…」
 門の方へと歩きながら、シンデレラがぽつりと漏らした。
「姫様。くれぐれも気をつけて。何がいるか、何が起こるかわかりませんから」
 その後ろにバルがついていく。
 がさがさっ
 森の中のブッシュが揺れた、その瞬間。
「ガアアアア!」
 犬型の魔物が1匹、2人めがけて駆けてきた。ナイフを抜くのが間に合わない。
「ふっ!」
 げしぃっ!
「ギャウ!」
 バルはナイフを抜かず、犬の顔面に前蹴りをぶち込んだ。すかさず、シンデレラが腰の弓を抜き、矢をつがえて撃ち放った。
 ドスッ!
 矢は犬の額に刺さり、犬はぴくりとも動かなくなった。
「危険は承知の上ですわ」
 シンデレラが髪を後ろに払う。まだこの森には、平穏が来ていないらしい。
「この扉は、お城の兵士10人がかりでも開かなかった難物。鍵穴も見あたりませんし、かといってどこかに仕掛けがあるわけでもない…」
 シンデレラは弓を持ったまま、門をじろじろと見回した。
「本当に不思議な扉ですわ。どうやって門の開閉をしていたのやら…」
 ごそごそと、シンデレラが腰の袋を漁った。金貨が入った袋とは別に、いろいろな道具が入っているらしいポーチが1つある。その中にあった鈎縄を取り出すと、シンデレラはそれを振り回し、塀の上めがけて放り投げた。
 がんっ
「え?」
 鈎縄は、見えない壁にぶつかったかのように、門の上空で何かにぶつかって落ちてきた。試しに、バルが石を拾い、向こう側に投げる。石も、見えない壁にぶつかった。
「何だろう…古代の魔法の一種?」
 バルが鼻を掻いた。はるか上空を、鳥が通過していく。この壁は、ある程度までの高さまでしかないのか、それとも生物は通すのか。ともあれ、鈎縄というアイディアはつぶれてしまった。
「うーん…こことか、怪しいですわね。スイッチが中にあるのでは?」
 シンデレラが、門の横の細長い穴に、薄い葉っぱを突っ込んだ。葉っぱはするすると中まで入ったが、ある程度で突っかかった。
「ダメですわね…他に怪しいところはないわ。どうしましょう」
 葉っぱを抜いたシンデレラが、首を捻る。もしや、と思ったバルは、ポケットの中にあった自分のカードを取り出した。イルコの言うことには、これは通行証だという話だし、こちらなら通るかも知れない。バルがカードを差し込む。
 かちり
 どこかで何かが作動する音がした。そして…。
 ゴゴゴゴゴゴ
「わ…」
 巨大な扉がゆっくりと開いていく。扉が開くに連れて、中の様子がわかってきた。ピラミッドの前には、水が流れる堀があり、その上に橋がかかっている。橋の上で、よくわからない生物が座っていたが、門が開くのを見てピラミッドの方へ逃げていた。ピラミッドは、正面に階段があり、上まで登れるようになっている。途中、段がつけてある場所には、左右に大きな石像が置いてあった。それは、ピラミッドの上に置いてある石像と、全く同じ形をしていた。
「あれは…」
 いつの間にか、ピラミッドの上面に、人1人くらい入れるくらいの箱形の岩と扉がせり出していた。
「バルハルト、そんなものをどこで手に入れましたの?」
 遺跡の敷地に入ったシンデレラがバルに問う。
「この森に宝箱が落ちていて、その中にあったんです」
 バルもシンデレラの後ろについて遺跡に入った。外から見ても大きいと感じたが、中に入ってみて改めて大きいと感じる。
「似たようなカードが、我が家が代々受け継いでいる宝箱に入っていましたわ。あれも鍵なのかしらね」
 シンデレラがさくさくと進む。バルはナイフに手をかけ、辺りを警戒した。何かがいる気配がする。こちらに向かってくることはない様子だが、自分たちのことを観察しているような、とても嫌な気配だ。
「姫様。俺は、戻った方がいいと思うんですが…」
 それとなしに、バルがシンデレラに提案した。
「あら、バルハルト。怖じ気づいたの?」
「そうではありません。俺は姫様の身の安全が心配で…」
「ずいぶんな言いようね。ワタクシだって、自分の身くらい自分で守れますわ。さっきみたいにね」
 階段をずんずん進むシンデレラ。バルも仕方なくついていく。ピラミッドの頂上までついた2人は、扉の前に立った。
「さて、開けますわよ」
 扉の引き手に手をかけ、シンデレラが扉を引っ張った。
 ギギギギギギ…
 嫌な音と共に、石の扉が開く。中は薄明るく、降りていくための階段が見えた。
「バルハルト、ワタクシが先に行きます。あなたは後ろからついてきて」
「いや…俺が先に行きます」
 先に入ろうとしたシンデレラを遮り、バルが階段に入った。
「俺はナイフ、姫様は飛び道具です。いざとなったら、姫様が後ろから、俺をサポートしてください」
 階段をずんずん降り、バルが言った。
「わかりましたわ。それが最善ならば従いましょう」
 シンデレラがバルの背中をきゅっと握った。薄暗い中で自分を見失わないためかとも思ったバルだったが、シンデレラの手から来る振動で彼女のことを理解した。どうやら、少し怯えているらしい。
「あら、これは何かしら?」
 壁に埋め込まれた、きらきら輝く石に、シンデレラが手を伸ばす。
 かちり
 何かのスイッチが入る音がした。それと同時に、バルとシンデレラの足下が、すっぽりと抜けた。
「きゃあああああああ!」
「う、うわああああ!」
 何かに掴まる間もなく、2人は暗い奈落の底へと落ちていった。



前へ戻る 次へ進む
Novelへ戻る