ランドスケープ王国のメインストリートには、相変わらず多くの人が歩いていた。バルが初めてこの国に来たときと同じだ。その中でも、商人らしき人間の数が多い。その次に多いのが、兵士や剣士と言った風貌の人間だ。どうやら、この国で傭兵を募集しているという話は、広く伝わっている様子だ。
「あれ?」
 図書館の外には、さっきのローブの女性はいなかった。既にどこかへ行ってしまった後なのだろうか。それほど時間をおいて外に出たわけではないし、後ろ姿くらいは見えてもおかしくないのだが…。
「うーん…」
 バルは頭を掻いて、歩き始めた。この後、少し行く場所がある。まだ午前中だが、早めに行動しないと、すぐに日が暮れてしまう。
「動くな」
 女の声で、バルは背中に何かを突きつけられた。ナイフか、剣か。このまま突き刺されれば、背骨の隙間を抜け、内蔵に突き刺さる位置だ。刺激するのは得策ではないと、バルは手を挙げた。
「…なーんてね。お元気かしら?」
 くるりと、後ろに立っていた人影が前に出る。さっき見た、ローブを着た女性だ。女性がローブのフードを脱ぐ。突きつけていたのは、彼女の指だった。
「あっ!あなたは…」
 バルは驚いてしまった。彼の目の前にいる彼女は、このランドスケープ王国のお姫様である、シンデレラ・ランドスケープだ。前に彼女と会ったのは、地下迷宮。そのときが初邂逅だ。彼女はいなくなった兄を捜すため、地下迷宮に潜ったという話だった。
「なぜここに?お城にいないでいいのですか?」
「わけあって、こっそり抜け出してきたのです。やはり、お城より城下の方が賑やかで楽しいですわ」
 心配そうな顔をするバルに、シンデレラが気品ある微笑みを返した。
「あっ…ばっ、バルハルト。ごめんなさい」
 フードを被り、シンデレラがバルに寄った。何事かと振り返るバル。通りの向こう側から、剣を携えたリキルが歩いてきた。
「ああ、バルじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな」
 リキルが親しげに話しかけてきた。シンデレラの手が、バルの服の裾をきゅっと握る。
「うん。ちょっと、図書館に用事があってね。リキルはどうした?」
 そっと、シンデレラを隠すように体を動かして、バルが返事をした。
「姫がまたお城を抜け出してね。バル、彼女を見なかったかい?」
「姫?シンデレラ姫のことかい?うーん、見てないなあ…」
 リキルの問いかけに、バルが白々しい嘘をつく。ここでシンデレラをリキルに引き渡すのは簡単だが、彼女だって理由があって城下に来ているのだろうし、あまり意地悪なことをするべきではない。
「そうか…全く、あのお姫様は。僕らに心配をかけることに関しては一人前なんだ。僕は疲れたよ」
 顎を掻くリキル。バルの後ろのシンデレラが、ぴくんと跳ねた。
「ところで、そちらの方は?」
 リキルがシンデレラの方を見た。
「えーと、うん。ちょっとそこで知り合った女の子」
 言葉を濁すバル。ここでシンデレラのことを知られたくはない。
「そうだったか。僕はリキル・K・シリウス。傭兵をやっている剣士です。よろしく」
 リキルが握手しようと手を差し出した。シンデレラは手を取らず、小さく会釈しただけだった。
「少しシャイらしくてね」
 肩をすぼめるバル。リキルも苦笑する。
「そうそう。姫の話だけど、勉強の時間が終わってからいなくなってしまったんだ。もし見かけたら、お城の方まで連れて来て欲しい。頼むよ」
 それだけ言って、リキルは忙しそうに駆けていった。
「…あの人も、ずいぶんな言いようですわね。ワタクシだって一人の人間、誰もついてこないところへ行きたいと思うことだってありますわ」
 リキルが見えなくなってから、シンデレラがふうと息をつく。
「今日はどうして城下へ?息抜きですか?」
 周りを気にしながら、バルが歩く。シンデレラが城下へ遊びに来るときには、必ず厳つい兵士が数人ついてくると、月夜亭のもう一人の主である悪魔人、エミーから話を聞いていた。その厳つい兵士の中には、王宮傭兵として勤めているリキルも必ずいる。ただの息抜きならば、こうして一人で出てくることはないはずだ。
「ワタクシ、ついに突き止めましたの…お兄さまの足取りを」
 ふっと、シンデレラの目線が下を向く。彼女の兄であるロビン・ランドスケープは、3ヶ月前に魔物討伐に出かけたきり、行方がわからなくなっていた。現在ロビンは、城の一部の捜索隊による捜索しか行われていないし、いなくなった事実すら国民は知らない。シンデレラは、ロビンがいなくなったことを隠したがる父親に幻滅して、自分でこっそりあちこちに出向いているのだ。
「ここから北に、マーブルフォレストという森があります。その中に、遺跡があることはご存じ?」
「ええ。ついこの間、偶然行ってきました。カルバ神の遺跡だとか…」
「そうです。旅の者に聞いたところ、お兄さまらしき影が遺跡の周りの塀に沿って、歩いていたのを見かけたそうなんです」
 2人は突き当たった道を曲がった。バルは大通り側に、シンデレラは小道側に。シンデレラは大通りを歩いて見つかることが嫌なのだろう。バルは、くるりと向きを変え、シンデレラの方についていった。
「もしかしたら、そこへ行けばお兄さまの手がかりが掴めるかも知れない。そう思うと、ワタクシはじっとなどしておれませんでした。今から、カルバの遺跡へと向かうつもりなのです」
 だいぶ思い詰めているのだろう。だんだんと、シンデレラから快活さが抜け、俯いて歩くようになり始めた。
「そこで、バルハルト。あなたにお願いしたいのです。あの遺跡まで、ワタクシと一緒に来ていただけないでしょうか」
「え?でも、俺はただの旅人で…」
 澄んだ瞳で見つめてくるシンデレラから、バルが目を逸らした。どうもこういうのは苦手だ。
「あなた以外、頼れる人がいないのです。お城とも国とも関係がなく、それなりの腕を持っていて、事情を知っている者など、そう多くはありません。お願いです」
 シンデレラが深々と頭を下げた。一国の姫が、行きずりの旅人に頭を下げるなど、考えられないことだ。それだけバルは頼りにされ、腕を見込まれたのだろう。どうするべきかわからない。
「…今すぐは無理です。遺跡に行くというならば、それなりの装備が必要です」
 苦し紛れに、バルが言い訳をした。
「じゃあ、今すぐでなければよいのかしら?」
「そういうわけでは…」
「じゃあ、どういうわけですの?男らしくありませんのね。もしお断りになるのでしたら、ワタクシは1人で遺跡に行きますので、結構ですわ」
 うじうじするバルに、シンデレラがつーんとした態度を取る。
「1人で行かせるわけにもいかないでしょう。もし怪我をしたりして、街に戻れなくなったら、ロビン様の二の舞ですよ…」
 バルが眉をしかめた。この少女は、あまりよくない意味で、無鉄砲な様子がある様子だ。
「よいのです。誰もバルハルトを責めたりしません。あなたがワタクシとここで話をしていたことなど、誰も知るよしはないのですから。ワタクシはシャイですから、バルハルト以外の殿方にも頼むことは出来ませんしね」
 すたすたと歩くシンデレラ。しまった、とバルは思った。これは彼女が全て計算尽くでやっていることのようだ。バルは、断ることが出来なくなった。
「…まず雑貨屋で薬とカンテラの油を、後は万一に備えて携帯できる砂糖菓子を買いたい。それから、行くこととしましょう」
「それでは…」
「ええ。姫様についていきますよ」
 ため息まじりのバルと違い、シンデレラはとても嬉しそうだ。ローブから生える尻尾がぱたぱたと揺れる。
「実のことを申しますと、1人では心細くて…バルハルトがついてきてくれると聞いて、とても嬉しいですわ。さあ、買い物に参りましょう。今回は、ワタクシのわがままのためについてきてもらうのですから、買い物の代金はワタクシで持ちましょう」
 じゃらり
 シンデレラが財布を見せた。音の高さから言って、中には金貨と銀貨がそれなりに詰まっている。
「…姫様だとばれないように行動してくださいよ?」
 ここで見つかれば、お姫様誘拐犯だと思われ、面倒くさいことになることは必至だ。周りを気にしながら、またバルは歩き出した。  


前へ戻る 次へ進む
Novelへ戻る