遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 3話「カルバのピラミッド」



 犬獣人の少年、バルハルトは、ランドスケープ王国立図書館にいた。ここに彼が来た理由は2つある。1つは人待ち。そしてもう1つは、調べ物だ。彼の前には、1冊の本があった。それは遠い昔、主神に刃向かった3人の星神の話を描いた童話だった。
 彼は先日、ランドスケープ王国北にある、マーブルフォレストという森を訪れた。そこで見たのは、主神に反逆した星神の1人である「カルバ」を祭ったピラミッドだった。この国には、過去の遺跡が多数ある。その遺跡に興味を持ったバルは、それらのことを調べたいと思ったのだ。
 が、彼の手を邪魔する物は多い。遺跡には「旧世界の魔物」と呼ばれる敵性生物が棲んでいる。初代世界名誉王の定めたLD歴で1304年。どこかで誰かが行った何かのせいで、世界中の遺跡に魔物や敵性機械が現れるようになった。そしてLD歴1510年の現在、世界中の遺跡に対して人々は畏怖を抱いていた。
「まず、太陽神に挑んだのは、水の神であるカルバです。猛き彼は強さを求めていました。彼は水の魔法で挑みましたが、全て太陽神に蒸発させられ、水を吸う森に封印されてしまいました…」
 バルはページをめくる。残りの2人の星神についても書かれている。
「次に挑んだのは、火の神であるメースニャカです。欲深き彼は自分の待遇に不満を持っていました。彼は火の魔法で挑みましたが、太陽神に全て吸い取られ、火の燃えることのない山に封印されてしまいました…」
 2人目の星神も、ろくなことになっていないようだ。バルはページをめくる。
「最後に挑んだのは、風の神であるベルガホルカです。美しき彼女は主神が自分に惹かれないことに腹を立てました。彼女は風の魔法で挑みましたが、太陽神の火炎を煽るだけで力つき、逃げ場のない島に封印されてしまいました…か」
 3人の星神の話を読み終えたバルは、本を閉じた。この3人の神の話を、バルは余所で聞いたことがない。この国特有のお話なのだろう。特に見所があるとは思わないが、強いて言うならば、全ての神がヒューマンの格好で描かれているところだろうか。遠い昔、人間は皆一様に同じ姿をしており、その姿がヒューマンだったと言われている。遠い昔の話なら、神が人間に近い姿で描かれていてもおかしくはないだろう。本の表紙にもおかしなところはないし、特にこれ以上見るところはなさそうだ。
「うーん…」
 バルはこの間見た、カルバのピラミッドのことを思い出していた。ピラミッドと言えば、三角錐の形をしているイメージがあるが、あのピラミッドは三角形ではなく台形をしている。ピラミッドの上に飾ってあった石像の、悪魔人のようなトカゲのようなあの姿は、童話のカルバとは似ても似つかない。その場に居合わせた、猫獣人とヒューマンのハーフの剣士リキルも、あの石像のことをカルバだと思っていたようだ。この話が描かれた別の本を手に取るバル。そこに描かれていたのも、ヒューマンの姿をしたカルバだった。一体あの石像はなんだったのか。
「バルさんかい?」
 しわがれた声で話しかけられたバルは、本の表紙から目を上げた。褐色の肌で、青い紙をした、ヒューマンの老婆だ。手には杖を持ち、頭にはチューリップ帽を被っている。
「イルコさん。今日は呼び出してごめんなさい。本来なら、俺が店の方へ行かなければならないのに…」
 バルが頭を下げる。目の前にいるのは、イルコという名前の占い師だ。軽い魔法の力を持っており、普段は占いをして生計を立てている。
 この間、カルバの遺跡の近くで、バルは金属で出来たカードを拾った。そのカードには、古代の文様が刻まれており、何かの意味を持っている様子だ。また、折り合って手に入れた金属の腕輪にも、同じような文様が描かれていた。バルは最初、これらを骨董屋に持ち込んで話を聞く予定だった。彼の泊まる宿屋「月夜亭」を経営しているロザリアという鳥羽人は、話を聞き、古い遺跡のことに詳しい人物として、イルコをあげたのだった。バルは、街中にある地下迷宮に迷い込んだ彼女の孫スウを、助け出した過去があり、彼女と面識がある。見知らぬ骨董屋に飛び込むよりは、イルコに聞く方がいいと、ロザリアは言ったのだった。
「ちょうどこちらに出向く用事があったからちょうどいい。見せたいものがあるそうだねぇ。あたしなぞでお役に立てるかわからないけど、精一杯やってみようかねえ」
 どっこいしょ、と声を出し、イルコはバルの向かい側に座った。
「これなんだけど…」
 バルは腕輪とカードを出す。カードは、街の北にあるマーブルフォレストで、地に埋もれた宝箱から見つけた物。腕輪は、そのマーブルフォレストで、魔物に襲われた商人の荷物を取り戻したとき、礼としてもらった品だ。
「ほほう。うーん?」
 イルコは、ポケットから商売道具らしい片眼鏡を出して、腕輪の方を見始めた。
「だいぶ古い物のようだねぇ。これは、魔法文明の品のようだよ。こっちのカードも、きっと同じ年代だ。いやはや、面白い」
 じろじろと、腕輪とカードを見つめるイルコ。そのまなざしは真剣そのものだ。
「こっちのカード、文字がかけていてよく見えないが、残ってる部分を読んでみようか。えーと…?これをもって通行の証とす…とあるねぇ。通行証か何かかね?」
「通行証…古代人は、金属のカードを通行証に使ってたのかな」
「それはわからないねぇ。似たようなものが出土したという話も聞かないし…これはひょっとすると、すごい発見かも知れないよ」
 すごい発見と言われても、バルには実感がなかった。これを見つけたのは偶然だし、森の中に埋もれていたものだ。本当に重要な物ならば、遺跡の中で宝箱に入っているはずだ。
「お…おお?これは…」
 腕輪の方を見つめていたイルコが、小さく震え始めた。
「ここの穴。3つあるけどね、そこに古代の神の名が書かれているよ」
「神の名…もしかして、これ?」
 手元にあった、星神の反逆の童話を、バルが見せる。
「うん、うん、まさに。この辺りの古代宝飾品には、たまにこれらの神の名が書かれているものがあるんだよ。これにはカルバと書かれている。もしかしたら、主神に刃向かう前の神々は、人に恵みをもたらしていたのかもねえ…」
 こと
 腕輪を置いたイルコが、額の汗を拭う。だいぶ緊張したらしい、顔が引きつっている。
「どうしたの?すごい汗だよ」
 心配になったバルがイルコの顔を覗き込む。
「いやいや…あたしの曾祖母さんがよく言っていたものだよ。3人の星神の力を解放出来れば、素晴らしい宝が手にはいるとね」
「宝?そんな話、この本には書いてないけど…」
 バルはもう一度ぱらぱらと本をめくった。3人の星神が封印され、世界に平和が戻るのが大筋だ。宝のことなど欠片も書いていない。
「曾祖母さんは、街に偶然来た、小さな妖精から聞いたという話だよ。妖精の寿命はとても長い。そして、いつまでも若く幼い。もしかしたら、まだ世界のどこかに生きているかもねえ」
 ふうとイルコが息をついた。
「妖精ねえ…」
 妖精という言葉を、バルは久々に耳にした。妖精について、どんな種族体系なのか、把握している者はいない。ある妖精は異種族に化けて溶け込み、ある妖精は数十年経っても姿を変えずという、ミステリアスな種族だ。人間に悪意を持つ者は少なく、多くが人との関わりを持つが、それにしても彼らには謎が多い。
 バルが妖精に会ったのは1度。1年ほど前、ここよりずっと西の国を旅していたとき、街中に妖精の店があったのだ。彼はバルほどの背丈だったが、バルよりずっと長生きをしていると話してくれた。彼は他の多くの人種と同じように話も通じたし、思ったよりずっと普通の生活をしているようだった。彼の店には、不思議な品物が多く並んでいたが、それの多くは彼が錬金術で錬成したものなのだと言う話だった。その店で買ったミルクキャラメルは、とても甘く、疲れまで回復した。恐らく、魔法の品だったのだろう。
「ちょうどいい。バルさん、あたしが少し、あなたのことを占ってあげよう」
 イルコが取り出したのは、木で出来た4枚の板だった。板の裏と表には、それぞれ絵柄が描いてある。イルコはそれを、脱いだ帽子の中に入れ、見えないようにかしゃかしゃとかき混ぜた。
「それは?」
 本を持った司書が、通り抜けていくのを横目に見ながら、バルが聞いた。
「絵柄の方向と組み合わせで未来を占う木板だよ。昔は、タロットと呼ばれる紙のカードが、これの役割をしたそうだ。ほら、結果が出るよ」
 イルコが帽子をテーブルに置き、中身をじゃらりと出す。板は2枚が2枚に重なる井の時になっており、上2枚の板には剣を持った戦士と荒れ狂う雷雨の絵が描いてあった。
「こんな形で重なるとは珍しい。大抵、4枚が好き勝手な方向を向くんだけどねえ」
 細い指で、イルコが板を指さした。
「これは、勇猛果敢な戦士が雷雨に向かってる。雷雨は、戦士と反対の方向を向いている。あなたは勇気を出さねばならない。多くの困難があるが、それがあなたを成長させる…といったところかねえ」
「当たるのかい?」
「もちろんさ。あたしゃ、これでもう40年も占いをやってるよ」
 懐疑的な態度を取るバルに、イルコが笑い声をあげた。
「さて、あたしはもう行こうかね。この国は、魔物の脅威にさらされてはいるが、基本は平和な国。バルさんもゆっくりしていくといいよ」
 席を立ち、イルコが杖を手に取った。部屋から出ていくイルコを見送り、バルはもう一度本を読む。これら3人の星神は、ただの悪神ではないようだが、一体どんな神だったのだろうか。実際、旧世界の古代人が作った様々な装飾品などもあるようだし、いよいよもってわからない。
「ん…?」
 バルを見つめる視線がある。バルは、気づかないふりをしながら、自分を見つめているのは何者かを探った。目深にフードを被ったローブの犬獣人が、自分のことを見ている。体格から見て女性だろう。背中には、矢立らしきものを背負い、袖から見える手は小さい。
 犬獣人は、手に持っていた本を棚に返し、すっと部屋を出ていった。別に気にしなければいいのだろうが、気になってしまったバルは、その後ろを付いていった。  


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