その後、バルはリキルと一緒に鍛冶屋に行き、そこで別れた。リキルの剣は、さらに鋼を打ち込まれ、固く鋭くなっていた。どんな技術かは知らないが、まるで新品のごとき輝きをしていた。
「いい出来だ。これならまだ保つだろうね。この間の怪物との戦いで、剣がだいぶ弱ってきたことを感じてたけど、まだいけそうだ」
 腰にぶら下げたショートソードを、リキルが嬉しそうに撫でた。
「でも、いつかはもう少し出来のいい剣に代えるんだろう?」
 後ろをついていくバルがリキルに問う。
「うん。でも、いい剣はそれなりの値がするし、買い換えはいつになるかわからない。それに、買い換える予定があるからと言って、剣を使い捨てるような戦い方はしないよ」
「なるほどね。物持ちがいいんだな」
 2人は路地を抜け、商業地帯へと通じる道を歩く。いつの間にか、街の出入り口へと来てしまったらしい。3箇所ある出入り口の一つで、バルが入国した門とは違う。目の前の、国の外へと伸びる道を、数人の兵士が駆け抜けていく。
「王宮兵士か。仕事熱心だねえ」
 バルが、駆け抜けていく兵士をちらりと見た。誰も彼も、真剣な眼差しで、足早に通りを駆け抜けていく。
「あれは、外でトラブルがあったときに出向く小隊だ。何かあったのか?」
 リキルの顔が、いきなり引き締まった。少し行ったところに、出ていった兵士とはまた違う装備の兵士がたむろしている。リキルがそちらへ向かって行くのを見て、バルもその後ろに続いた。
「あわただしいな。何かあったのか?」
 リキルが兵士の1人に聞く。どうやら顔見知りらしい。
「リキルか。平原先の森の方で、馬車が立ち往生してるらしい。魔物が出た様子だ」
 話しかけられた鳥羽人の兵士が返事をした。
「魔物?まだ夕方にもなっていないのに出現?」
「ああ。マーブルフォレストの辺りだ。私たちは別任務があるから無理だが、手の空いているやつは手を貸すようにと命令だよ」
 リキルが顔をしかめた。この国の地理は大まかに、北に森、南に山、西に隣国へ続く街道があり、東に海がある。マップによると、北には「ジャグジャグ平原」という平原が広がり、その端に「マーブルフォレスト」という森がある。森の中には遺跡があり、その遺跡も魔物の住処となっているとの話だ。
「バル、僕はここでお別れだ。今日は楽しかったよ」
「こっちこそありがとう。兵士は大変だな。また今度、一緒に食事に行こう」
「うん。じゃあ」
 リキルは、剣を腰に差しなおし、街の出入り口の門に向かう。バルもついていこうかと思ったが、今彼の手には街で買ったいろいろなものがある。これだけの物を持って探索に出ようとは思えない。
「しょうがないな、出直して…」
 宿の方へ足を向けるバル。と、彼の行く先、家2軒分程度のところに、知った顔を見つけた。茶色のミドルストレートヘアに鳥のような大きな羽。月夜亭を運営している2人のうちの1人、ロザリアだ。もし彼女が宿に戻るようならば、この荷物を持って行ってもらえばいいだろう。
「ロザリアさーん」
 ロザリアの元へ駆け寄るバル。彼女はぱっとバルに顔を向けた。
「バルハルトさん。どうしたんですか?」
「少し、外に出る用事が出来たから、この荷物を部屋に置いてきて欲しいんだ。頼めないかい?」
 手に持っている布の袋を、ロザリアに見せるバル。何があるかわからないので、手持ちの袋に、傷薬などの一部を入れておいた。なので、持ち帰る袋はそれほど大きくはない。
「外…国の外ですか?今は危険ですよ。特に、森の方面に危険な生き物が出てきたという噂です」
 ロザリアが心配そうにバルに言った。
「そうそう。少し、そっちの方に行ってみようかと思ってね」
「きっ、危険ですよ!」
「大丈夫、危なくなったら帰ってくるよ。夕飯の用意、お願いします」
 袋を手渡すバル。森で困っているというならば、少しでもいいから手助けをしたい。自分が一番大事だという心を持つバルには、この心変わりは非常に珍しいものである。リキルの言った「人の役に立ちたい」という思想が、少なからずバルの心を動かしていた。
「…そうですか。いいですか、くれぐれも注意してくださいね?行ってらっしゃい」
 諦めたのか、それともバルの心を理解したのか、ロザリアはにっこりと笑った。バルは彼女の姿に背を向け、国の外へ向かって走り出した。


前へ戻る 次へ進む
Novelへ戻る