シケラネの教会は、そこから少し入ったところにあった。ここらは、商業街から少し離れた住宅街だ。日の光を浴び、くステンドグラスがきらきらと輝いている。中は落ち着いた作りで、あちこちに何に使うかわからない機械が置いてあった。
「どうぞ」
 長テーブルの端についたバルとリキルの前に、ティーカップとティーポット、そして焼きたてのクッキーが並べられた。
「ありがとうございます」
 給仕の女性に、バルが丁寧にお礼を言った。ネズミ系の獣人なのだろうか、背の低い、まるで女児のような姿をした彼女は、メイド服に身を包み、あちこちをくるくると走り回っていた。
「仲間がお世話になったそうですね。ありがとうございます。私どもは、力の弱い者ばかり、暴力の前には膝を付くしかないのです」
 長テーブルの、反対側に座るヒューマンの老婆が、2人に礼を言った。黒い髪に黄色い肌、気品ある黒のローブを着ていた。よく見れば、周りのシケラネ教徒も、色とりどりのフォーマルなローブを着ている。魔法を操る人間が着用するような、しっかりしたローブを着ている人間もいた。
「いいえ、大したことは…」
 改まって礼を言われ、こそばゆい気持ちにでもなったのか、リキルが緊張した顔で返事をした。
「この教団は、孤児院もしております。あなた達が救ってくれたのは、孤児院に住む3人の少年少女だったのですよ。未来ある子供達の心に、傷が付かないで、本当に良かった」
 かちゃ
 老婆がカップをソーサーに置いた。
「是非とも、お名前をお聞かせ願えますか?」
 老婆の目が、バルとリキルを交互に見た。
「僕はリキル・K・シリウス。剣士です。リキルでいいです」
「俺はバルハルト・スラック。西の方から来た旅人です。バルと呼んでください」
「リキルさんにバルさんね。覚えました」
 にっこりと微笑む老婆。きっととても優しいのだろう、性格が表情ににじみ出している。
「私はグローリア。この支部を任されていると共に、孤児院を経営しております」
 グローリア、という言葉を、バルは昔聞いたことがあった。栄光とかいった意味だった気がするが、詳しいところは思い出せない。
「おばあさま、あの…」
「あら?」
 隣から、身の小さな女の子がグローリアに話しかける。2人が何かを話している間に、部屋の中ががやがやとし始めた。
「なぁ、兄さん。悪い兵隊をやっつけたんだろ。すげーなー、かっこいいなー」
 リキルの斜め向かいに座っていた青年が、リキルに話しかけた。
「やっつけたわけじゃないよ。追い返しただけさ」
「でもすげーなー。なあ、俺にも剣を教えてくれよ」
 謙遜するリキルに、青年がずずいと顔を近づける。
「僕も知りたいなあ」
「バカにされないようになりたいよね」
「何か秘訣はあるの?ねえねえ」
 リキルの周りに、少年少女が群がり始めた。リキルは一瞬、バルに助けを求めるような視線を投げかけた。が、バルはそれをあえて無視した。ヒーローはヒーローらしい方がいい。
「あの…」
 いつの間にか、バルの横に女の子が座っていた。バルは声をかけられ、そちらの方を向いた。
「あなたがぶらさげているそれは…」
 バルは彼女に言われて、自分の腰鞄を見た。先ほど雑貨屋で買った、何に使うのかよくわからない機械が、顔を見せている。紐に引っかかって、外にぶら下がっていたらしい。
「これが気になる?」
 円盤機械をテーブルの上に置くバル。少女は、それを手に取り、目を丸くした。
「これは、転送器です」
「転送器?」
「ええ。セットになる転送器とエネルギーがあれば、その間で物体を転送出来るのです」
 少女に言われても、バルには何の事やらよくわからなかった。転送器だとするならば、円盤の上に物を置いて使うのだろうか。
「これは大変貴重なものです。これを譲ってはくれないでしょうか。ただとは言いません、10000C払います」
「いっ、いちまん!?」
 バルは素っ頓狂な声を出した。雑貨屋に置いてあったときの値段を、正確に思い出すことは出来ないが、たかだか30Cか50C程度だったはずだ。200倍に化けるとは思わなかったバルは、驚いてしまったのだ。
「そんなお金を受け取るわけにはいかない。ただで差し上げるよ」
 欲は悪の心に繋がる。10000Cが惜しくないわけではないが、そんな詐欺紛いのことをするわけにもいかない。バルは自分の心の中で、自分を制した。
「そんな…ではせめて、何かお礼をしたいのです」
「お礼?うーん、物々交換ならば受け取ろう。お金はいいや」
「そうですか。では、あなたの役に立ちそうな物を…」
 ごそごそと、ローブのポケットを漁る少女。彼女が出したのは、黒く小さな箱だった。直方体をしたそれは、手でぎゅっと握ってしまえるほどのもので、上部に小さなピンが刺さっている。サイドには半分になったリングがついていて、そこには黒い鎖が繋がれていた。
「これは13階の悪夢というものです。この世界には、広海神や天空神など、数多くの神がいるとされています。我らシケラネは、大地神を神とあがめる集団。この13階の悪夢には、大地神の力の一部が込められているのです」
 ことん
 箱を置く少女。バルは13階の悪夢を手に取った。中に何が入っているのか、見かけよりずしりと重い。同質量の真鍮箱よりは重いだろう。
「これはどうやって使えばいいの?」
「本当に力を必要としたとき、それを握って祈れば、1度だけ力を発揮すると言われています。その黒が、力を使い切った後は、まるで真珠のごとき白になるそうです。どこかに、大地神の力を補充する地があると言われ、そこに置いてしばらくすればまた黒になるそうです」
 淡々と語る少女。よくわからないが、バルの旅に良い意味で働く物ではあるようだ。
「このピンは…」
 バルがピンを引っ張る。ピンはある程度まで伸び、動かなくなった。先に返しでも付いているのだろうか。
「ピンを抜くことは出来ません。それは、今の科学力では理解出来ないほどのものです。箱は鋼などより固く、破壊することも出来ません」
 ピンをいじくるバルに、少女が言った。どうやら彼女も、この箱について全てを理解しているわけではない様子だ。
「ありがとう。よくわからないけど、大事に使わせてもらうよ」
 鞄の中に13階の悪夢を入れるバル。悪夢だなんて、あまりいいネーミングセンスとは言えないが。これもまた良しだ。少々不気味な物の方が、立派に使いこなせるような気がする。
「こらこら。みんな、お客様を困らせてはいけませんよ」
 リキルの周りに集う少年少女に、グローリアが声をかけた。リキルも、これは予想すらしていなかったのか、やや困惑気味に対応をしていた。
「お友達は、人気ですね」
 少女がリキルの方をちらと見た。
「うん。彼が今回のヒーローだからね」
 リキルがなかなかの好青年であることを、バルは改めて感じた。まだ出会って数日しか経っていないが、既にバルとリキルには友情が芽生えている。彼とならば、危険なダンジョンも怖くない気がする。一般に言うヒーローと脇役の図式ではあるが、特に不快には感じなかった。
「あなたに地の神が手を貸してくれるよう、祈っています」
 少女が丁寧に礼をした。バルもそれにつられて、深々と頭を下げた。


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