ランドスケープ王国のメインストリートには、相変わらず多くの人が歩いていた。バルが初めてこの国に来たときと同じだ。その中でも、商人らしき人間の数が多い。その次に多いのが、兵士や剣士と言った風貌の人間だ。どうやら、この国で傭兵を募集しているという話は、広く伝わっている様子だ。
「セントール用のベンチっていうのは、腹を乗せて跨る形をしているだろ?思うんだが、あれって腹部を圧迫して、きついんじゃないのかなあ」
 青空の下、パラソルのついたテーブルについたリキルが、サイダーを飲んで言う。
「セントール…ああ、ケンタウロスのことか。君はその呼び名で呼ぶんだ?」
 セントールという語句に、いまいち馴染みのないバルが、言葉を言い直す。同じ種族や道具でも、地方によって呼び名が違うということもある。国によっては言語すら違うのだから、当たり前のことではあるだろうか。
「うん。故郷ではそういう呼称だったから、定着してしまってね。バルの故郷はどっちの方だい?」
「ずーっと西の方、だと思う。もう2年間、ずっと旅をしてるから、曖昧だな」
 故郷のことを思い出すバル。ずいぶんぐねぐねとあちこちを回ったから、もう故郷の方角すら思い出せない。彼の故郷は、広い土地があり、農業の盛んな小さな村だった。魔物なんてものとも遺跡なんてものとも縁の遠い、毎日が退屈で幸せな土地だった。
「いいな。僕はとても狭い範囲しか知らないから、うらやましい」
 リキルが寂しそうに笑う。
「傭兵の仕事をやめて、旅に出るのもいいかも知れないよ?」
「それは出来ない。僕は、腕を認められて姫様お付きの剣士になったんだ。ここで裏切ることは出来ないよ」
 オレンジジュースを飲むバルの向かいで、リキルが大仰に否定をしてみせた。
「やっぱり、他人の評価って大事かい?」
 バルはリキルの目を見据えた。他人の評価を気にする人間と、自分さえ良ければそれでよい人間、その2種類の人間で世界は出来ている。理由がどうあれ、他人と交わる以上、どちらかに属すことになるのだ。
「そうだな…人にもよるが、僕は大事だと考えている。王と姫様に認められたのが、とても嬉しいんだよ」
 ぎし
 リキルの座るイスが軽くきしんだ。
「これは義理だと思ってる。僕をここまで雇って、大事にしてくれたランドスケープ王家に対する。この国が新たな傭兵を必要としないほど、国内の軍事力が強くなるまで、僕は一介の剣士として手助けをしようと考えてるんだ」
「なるほどね。根無し草の俺には、その考えはとても眩しいよ」
 斜め上の空を見上げて、自分の考えを話すリキルに、バルが苦笑した。彼はとても義務感の強い男のようだ。よほど厳格な家で育ったのだろう。ただの農家の息子であるバルとは、世界を見る目が違うのだ。
「おまちどおさまです。串焼きセット、フライドライス、2人前です」
 小柄な獣人のウェイトレスが、お盆に串焼き肉と炒めライスのセットを持ってやって来た。ニンニクと香辛料と、そして脂の焼ける匂いが、バルの胃袋を刺激した。
「先にいただくよ」
 串を手に持ち、リキルが肉にかぶりつく。バルもそれに倣い、肉を口に入れた。たっぷりと炭で焼いた肉の油が、口の中いっぱいに広がって、バルは思わずくぅっと喉を慣らした。間に挟んであるネギも、よく焼けていて香ばしい。一部獣人はネギを食べ過ぎると中毒になるらしいが、バルはネギに耐性がある方なので気にしないでよい。
「美味いね。どうもこの国に来てから、美味い物ばっかり食べてる気がするなあ」
 バルが顔をほころばせた。彼が今世話になっているのは、街の外れに位置する「月夜亭」という宿屋だ。近くに遺跡の入り口があり、気味悪がって誰も泊まらないという宿で、角と細いトカゲ尻尾の生えた悪魔娘のエミー・マイセンと、鳥の羽が生えた鳥羽人のロザリア・マイセンという、2人の女性が営んでいる。ここで食事を作るのがロザリアなのだが、彼女の作る食事はどれも美味かった。
「この屋台の串焼きは美味い。近くにある酒場の息子が、春から夏にかけて外で商売をするんだよ。秋と冬は、その酒場の炊き込みライスが非常に美味い。夏は、ここのアイスサイダーを飲みながら、串焼き肉を食べるのがお勧めだね」
「うん。滞在中はこの屋台にかなり世話になるね、きっと」
 一心不乱に串焼き肉を食べるバル。炒めライスも、香辛料の匂いがきっちりついていて美味い。値段もそれほど高くはないし、量もあるし、これから毎日これでもいいかも知れない。宿では、朝と夕は食事が出るが、昼は行動しているために食事を摂りに戻らないのだ。
「そうだ、食べながらでいいから聞いてくれ。さっきの、旧世界の魔物の話なんだ」
 串を皿に置き、リキルが言う。
「以前旅人から聞いたんだが、遺跡によっては旧世界の魔物が発生していないところもあるらしい」
 コトッ
 リキルがコップを手に取り、サイダーを喉に流し込んだ。
「初耳だなぁ…そんな遺跡があるなんて」
 口の毛についた油を、バルがペーパータオルで拭った。
「そしてある場所では、旧世界の魔物が発生した年以前にも、それらしき姿が確認されたことがあるそうだ」
「事件以前に魔物が?じゃあ、何もしなくても魔物はいたってこと?」
「そういうことになる。普通の動物に混ざって、危険な魔物の姿がよく確認される地域もあったらしい。マネキンや機械人形のような機械は遺跡の周りに、犬や植物がベースの魔物はあちこちに。まあ、理論上はおかしくないけど…」
 バルが視線を落として考え込む。確かに生物型の方ならば、機械と違って遺跡だけに縛られる必要はない。機械は、遺跡の奥深くで修理や生産が行われているという風に推測されている。そのため、遺跡から離れては行動しない、と考えられているのだ。
 事実、捕獲した機械体を観察していたある実験では、絶えずどこかへ帰ろうとする行動を見せたらしい。4日ほどで、機械はエネルギーが無くなり、動かなくなった。外部から、何らかのエネルギーを得ない限り、機械型はその力を維持する事は出来ないのだ。
「うーん…いよいよもってわからんね。夜、平原をうろついているのは、遺跡から出てきた奴らなんだろ?」
 手元に落ちた肉を、バルが指で拾い上げて、口に投げ入れる。
「そうでもないらしいんだ。夕方から夜、遺跡の出入り口に、何か変化があるかっていうとそうでもないし…もしかすると、非自然的な存在だった魔物が、今は自然にとけ込んでるのかも。まあ、あくまで仮説だけど」
「うーん…200年経ってるわけだし、ない話ではないか。いや、200年よりずっと前からそんな状態だったって話ならば、わからないけど…」
 リキルの考えを受け、バルが自分の中で情報の整理をした。が、上手く考えはまとまらなかった。そもそも、そういった生物の起源すら理解出来ていないのに、そこから話を膨らますことなど出来ない。
「まあ、あまりそういったことを想像しても仕方がないのかな。僕らも所詮は一般人、物を知っている学者とは違う」
 食事を終えたリキルが口を拭った。彼の言うことも一理ある。以前からバルは、旧世界について強く興味を持っていたが、こうして危険と隣り合わせであることを知っている以上、迂闊な真似は出来ない。屈強な戦士ならば、まだやれることも少しは違うだろうが、今の彼はそんな人間ではない。
「さて、そろそろ剣が出来上がってる頃合いかな。僕は鍛冶屋に行くけど、君はどうする?」
「ついていこうかな。今日は特に予定も入れていないし、俺もナイフを手入れするときには世話になるだろうし…ん?」
 噴水の向こう側に、誰かが動いているのを、バルはちらりと見た。背丈はヒューマンの子供程度、薄茶色のローブを着込んで、フードを目深に被っている。そんな背格好の人間が3人ほど、路地の入り口辺りをうろついていた。
「あのローブの人たちは誰だい?」
 向こうに気づかれないように、バルはリキルに聞いた。街に存在する、危険な集団の知識は、トラブルにならないためにも持っていた方がいい。
「ああ。あれは、シケラネ教団の人達だよ」
「シケラネ?」
 聞き慣れない名前を、バルが復唱した。
「魔法語句で、地を友とするとか、地を敬うという意味らしい。僕らみたいな犬猫獣人ではなくて、身の小さな種族が、あの組織に入っていることが多いね。主に、大地の神を信仰していて、旧世界の遺跡に対して研究をしている。それなりに紳士的な集団だよ」
 リキルが言い終わるか終わらないかのタイミングで、ローブ姿の一人が路地に入っていった。その後に続いて、残りの2人も路地に入っていく。
「ちょうど、彼らが入っていったあっち側に鍛冶屋があるんだ。僕らも行こうか」
 席を立ち、リキルが路地へ向かって歩く。その後ろにバルが続く。ウェイトレスの「ありがとうござました」の声が、背中に聞こえた。
「僕も、本当ならばもう少しいい剣が欲しいんだ。今使っているのは、3年前に手に入れた練習用のショートソードなんだよ。本当ならば、ちゃんとした剣士用の剣を…」
 先に行くリキルが言葉を切る。何事かと前を見るバル。先ほどの3人のシケラネ教徒が、大柄な兵士2人に絡まれている。片方は悪魔人、片方は獣人で、明らかにつまらないことにケチをつけている様子だ。
「悪いが、ここを通すわけには行かねぇなあ。俺らは兵士様として、市民の安全を守る義務があるからなぁ」
「そうそう。シケラネだかなんだか知らないが、怪しいんだよなぁ〜。そのローブの下に、危険な物を隠し持ってねぇかぁ?」
 兵士の物言いに、バルはいらだちを覚えた。こういう場合は、公平な第三者…例えば、正規の兵士や保安官を呼ぶのが、バルのやり方だ。武器を抜くようなことはしない。バルはどうやら、善良な旅人に見えるらしく、本当のことさえ言っていれば第三者が彼のことを嘘つきに感じることはない。
「お前ら、どこの所属だ?」
 しかし、バルが誰かを呼びに行く前に、リキルが既に前に出ていた。ローブの3人と兵士2人が、リキルの方を向く。
「所属ぅ?おめぇに関係あんのか?」
「人の公務を妨害すると、軍人不敬でしょっぴくぞ」
 今度はターゲットをリキルに変えたようだ。男2人がリキルに近寄り、彼のことを睨み付ける。身長差も体格差も大きく、一見してリキルの方が不利だ。
「軍人不敬なんて罪は存在しない。ランドスケープ王国の国法記をもう一度読み直すがいい。お前らも兵士なら、城に入れるだろ?2階の東側が書庫室だ」
「んだと?ふざけた野郎だ、死んでも文句は言えねぇぞ?」
 悪魔男の方が、腰に差した曲刀を手に取った。
「殺人の方は罪だ。お前は罪人になりたいのか?」
 相変わらず、強気な態度を崩さないリキル。バルは、ここは加勢しなければいけないと思い、ナイフの柄に手をやって前に出た。
「お前も仲間か。ガキが正義のヒーローごっこかよ」
「そんなつもりはないんだけどね。でも、おっさんらかっこわるいよ」
「んだと、コラァ!」
 ぶぅん!
 獣人男が拳を出した。バルが瞬間的に腰を落としてそれを避ける。それと同時に、リキルが1歩前に出て、男の腰を手のひらで打った。
「うっ!?」
 男の動きが止まる。腰に下げた袋に、何かがきらりと光っているのを、バルは見つけた。するりと近寄り、手先の動きだけで中に入っていた物を抜き取る。それは、金属で出来た、小さなプレートのようなものだった。
「おや。それは、傭兵証じゃないか。どうやら本物の兵士らしいね」
 リキルが、バルの手の中にあるプレートを取った。
「いつの間に…」
 獣人男は、怒っているのか呆然としているのか、バルとリキルのことを交互に見た。
「いいか、今すぐ彼らに謝罪して、ここを去れば兵士長への報告は無しにしてやる。僕の名はリキル・K・シリウス。お前達と同じ傭兵だ」
 ぴん
 プレートを指で弾くリキル。獣人男が、おたおたとプレートを受け取った。
「…けっ、気障な野郎だ。次回会う時を楽しみにしてるんだな」
 捨てぜりふを吐き、2人の兵士がその場を後にする。リキルは、2人がいなくなってから、ふぅと息をついた。
「あの…あ、ありがとうございました」
 高い声を出して、シケラネ教徒が前に出てお辞儀をしている。よほど怖かったのか、まだ体がかたかた震えていた。
「礼なら、そっちの人に」
 バルがリキルの方を向いた。手が無意識にナイフの質感を確かめる。もし本当にケンカになっていたら、バルとリキルの2人では敵わなかったかも知れない。が、腹立たしいと思ったのはバルも同じだ。
「今日はたまたま、誰かにケンカを売りたい気分だっただけだ」
 おどけて言ってみせるリキル。それが嘘であることは、バルには容易に理解出来た。
「よろしければ、お2人、私たちの教会においでくださいませんか」
「そろそろ午後のお茶の時間です。お菓子とお茶を是非ともごちそうしたくて…」
「上等の砂糖と小麦をつかったやつですよ」
 シケラネ教徒が口々にきぃきぃと物を言った。
「どうしよう、バル。どうしたい?」
 苦笑しながらリキルが問う。
「おじゃまするのもいいんじゃないかな?」
 バルが答えた。リキルもそれに同意したらしく、首を縦に振った。
「歓迎します!」
「どうぞ、こちらへ!」
「ありがとうございます!」
 3人が口々に喜びの言葉を言った。たまにはこんな歓迎もいいかも知れない。バルとリキルは、シケラネ教徒の後ろを付いていった。


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