遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 2話「マーブルフォレスト」



 犬獣人の少年、バルハルトは、ある店の棚の前で立ち止まっていた。長い旅をしている彼が、このランドスケープ王国に来てから、もう2日になる。丘の上からこの国を見たときには、中程度の大きさの国だと思っていたが、なかなかどうしていい品が揃っている。
 この規模の年で、良い物が揃うというのは、近くに海と街道があるというのが大きな理由だろう。聞いたところによると、海には大きな港があり、海外から輸入した物品がこの王国に一番に入ってくるとのことだ。近くには銀の採れる鉱山もあり、輸出する物にも困らないらしい。何も事件がなければ、裕福な国なのだ。事件がなければ…。
「この近くには、多くの遺跡がある。今まで、考古学的に貴重な遺跡が多いということで、多くの学者が来ていた。だから、外から入る技術も多く、この国は発展した。この国で魔物が増え、危険視されるようになったのは15年ほど前らしい。それまでは、そんなに魔物もいなかった」
 バルの横に立つ半猫半人剣士、リキルが言った。彼は、王宮に雇われた傭兵である。バルとは、2日前に知り合った仲だ。街の中をうろついていたバルが、彼に声をかけ、今こうして一緒に行動をしている。彼はこの国の戦力増強のために雇われている。と言っても、敵は人ではない。
 現在、この王国を含む世界中が「旧世界の魔物」と呼ばれる脅威に脅かされている。彼らの文明の前には、2つ文明があったと言われている。機械文明と魔法文明。この遺跡が世界のあちこちに点在しているのだが、誰かが何かを行ったせいで、遺跡の中に眠る敵性生物や敵性機械が蘇ったのだ。
 この事件が起こったのは、ログレット・ダール歴で数えて1304年の出来事だ。現在は1510年、この事件から206年の歳月が流れている。現代の文明は、どうやら過去の文明から見れば敵に当たるらしく、旧世界の魔物は人を襲っている。幸い、昼間は遺跡の中から外に出ることはないが、夜になれば平原にも魔物が出現するらしい。人々は、それに怯える生活を余儀なくされている。
「今となっては、遺跡などない方がよかったと言う人間もいる。まさかあんなに危険な場所になるとは、誰も想像すらしていなかった」
「まあ、平穏を脅かす物に対して、人は怒りを覚えるからね」
 かたん
 置いてあった剣を手に取るバル。扱いやすい軽量な剣だ。バルは剣士ではないから、剣を持つ必要はないのだが、強い武器には強く魅せられる。
「それでこそ、僕の傭兵としての仕事が出来たわけだが、こうして人々が苦しんでいると思うと複雑な気分だよ。ただの用心棒の方が、幾分かマシかもしれないな」
 リキルは、眺めていたナイフを棚に戻した。
「俺は傭兵が苦手なんだ。奴らは、大抵は金さえあれば何でもする、自分自身を持たないやつらばかりだから。でも、君は少し感じが違うな」
 武器の棚から離れ、バルは保存食の棚に移った。金属で出来た缶に食料を詰める、という技術は、海の向こうの職人の国から来た技術なのだそうだ。普通の塩漬け肉より、缶詰肉の方が美味いし、日持ちもする。だが、その分高価なのが難点だ。これも、遺跡から発見された技術だという話だ。
「僕は元々、傭兵ではなくてただの剣士だからね。ここから1週間ほど北に行ったところの国が故郷だ。道場で5年かけて習った剣が、どれだけ世界で通用するかを知ろうとして、1年前に旅立ったところに、この国で傭兵として雇われたんだ。本式の傭兵とはズレがあるんだろう」
「へぇ。ちゃんと道場で習った剣士ということは、何か流派を持ってるのかな?」
「うん。50年ほど前に発生した、新しい流派だけどね」
 だいぶ悩んでいたリキルだが、結局彼は新しい剣を買うことを諦めたようだ。この雑貨屋に置いてある剣は、一般的な山仕事用の物が多い。武器と言うよりは道具の部類に入る。あまり役に立たないと思ったのだろう。
「そうだ。もうお昼を回ったけど、お城に戻らないでいいのかい?」
 手元にある機械時計を見て、バルがリキルに問う。そろそろ昼を回るところだ。手に持つ購入カゴの中に、バルは傷薬の瓶を入れた。もう切らしてしまっているから、数本欲しいと思っていたところだ。
「ん…?」
 その隣に置いてある、小さな円形の機械に、バルは目を惹かれた。何に使うかはわからない、皿のような形をした機械。大きさは、大人の手のひら半分程度だろうか。きっと、遺跡から出土した物だろう。店主にも用途がわからないらしく、捨て値で売っている。興味を惹かれたバルは、その円盤機械をカゴに入れた。バルはこれを、宿に戻っていじってみようと思った。もしそれほど有用なものでなければ、またどこかで売り払えばいいだけのことだ。
「今日は休日なんだよ。ついさっき、鍛冶屋に剣の手入れを頼んできたところさ」
 道理で、とバルは納得した。前回彼に会ったときには、軽量な鎧を着て剣を差していたが、今は普通の服を着ている。リキルは身を動かし、生活雑貨のコーナーを見る。それなりに広い店内には、他の客もうろついていた。
「じゃあ、レストランか何かを、案内してくれないかい?俺、この国に来てまだ浅いから、飯屋も知らないんだ」
「いいよ。メインストリートの噴水広場に、屋台が出ているはずだから、そこに行こう。串焼きの肉が美味しいんだ」
「決まりだ。案内、頼むよ」
 買い物を精算すべく、カウンターに向かい、バルが言った。この国では、クレジットという単位の通貨を使用している。これはCで略せられており、金貨や銀貨、銅貨などに様々な額が刻印され、刻印額で使用出来る。例えば、500Cの銀貨が10枚集まれば、5000Cの金貨と交換出来るし、1000Cの金貨は1枚で10Cの銅貨100枚分の価値があると言った風にだ。バルがこの国に入る前にいた街は、どうやらこの国の一部という形になるらしく、同じ通貨が使用出来た。
「まいどあり」
 バルから銅貨を受け取った雑貨屋の主人が、お釣りを数えながらバルに挨拶をした。


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