その街は、活気に溢れていた。メインのストリートにはバザーが開かれ、門を入ったその場から多数の商人が見受けられた。商人達に混ざって、異国の通貨をこの国の通貨にするブローカーが見える。歩いている種族も、獣人や人間だけではなく、亜人や人外など、国際色豊かだ。
「おっと、すまねえな」
 ぼーっとバザーを見つめているバルの横を、鎧を着たケンタウロスの男が通り過ぎた。背中に槍を担いでいる。街の中を巡回している警備兵だろうか。
「食べ物をまず買いたいけど…」
 バルが自分の財布を覗き込む。前の街でした仕事の賃金が、まだ財布に残っている。マップでは、前いた街はこの街にある城の、配下という扱いになるらしい。同じ通貨を使うことは出来るだろうが、物価がまずわからない。物価を思い悩む前に、食事を出来る店を探さねばと思ったバルは、とりあえず歩くことにした。
「そこのお兄さん」
 数メートル歩いたところで、バルの前に1人の女性が立ちはだかった。頭にある羊のような角と、腰から生えたトカゲのような尻尾を見ると、どうやら悪魔種とのハーフの女性のようだ。黒髪と、上下が繋がった黒のレザースーツの彼女は、種族という意味だけではなく悪魔的に見えた。
「もしかして、宿をお探しでない?」
 にやにや笑いを隠すことなく、女性がひらりと飛んでみせる。
「食事が出来る所を探してるんだ。緊急に。ある?」
 バルが油断なく一歩下がった。強盗であるとは思わないが、面倒くさい相手だと困る。おおかた、自分の宿の宣伝に来ている客引きなのだろう。
「あるよ。うちの宿、おいでなさいな。悪いところじゃあないよ。安いしさ」
 バルの手を握る女性。やはり、とバルは考えた。そっとバルを引っ張るその手は、少し冷たい。手をふりほどこうとしたバルだったが、その女性の眠たげでアンニュイな目を見て、気が変わった。
「ん…じゃ、そうしようか。案内してくれ」
 この広い街を、宿を探してうろつくのも面倒だと思ったバルは、女性についていくことにした。女悪魔は油断ならないが、彼女の目からはそれほどの悪意も感じない。本当に人を騙す気がある人間は、有り余る悪意を隠そうとして、不自然になるものだ。それぐらいナチュラルに嘘をつける相手は、バルの知る限りではそんなに多くはない。
 メインストリートの横側にある道に、バルと女性は入っていく。そこはメインストリートと違い、落ち着いた雰囲気の道だった。大体20メートルほど入ったところで、女性が立ち止まった。
「おいでませ。ここが月夜亭。あたしと相方の経営する宿屋よ」
 女性が腕を広げた。看板は少し汚れているが、木で出来たその建物はとてもきれいだ。それほど大きすぎず、かといって小さいわけでもない。部屋の広さが大きくないとしても、せいぜい4、5部屋しかないだろう。辺りは静かで、夜はよく眠れそうだ。
「ありがとう」
 がちゃ、ぎぃ…
 バルが取っ手に手をかけた。ドアを開け、中に入る。
「エミー、帰ってきたの?お昼が出来てるわよ。あと、洗濯を…」
 若い女性の声で、バルはいきなり話しかけられた。正面左側に、カウンターが見え、その中で何か作業をしている女性が喋っているようだ。女性が顔を上げたとき、ようやくバルに気が付いたらしく、手を口に当てた。
「あ、あら、お客様?申し訳ございません!」
 女性が頭を下げた。背中に、折り畳んだ羽がある。羽が鳥のような形をしているところを見ると、どうやら鳥羽人のようだ。
『珍しいコンビだな…』
 バルが悪魔女性と鳥羽人女性を見比べる。この世界には、様々な種族が住んでいるが、種族間の仲がよくない場合がある。獣人はそれほど差別を受けることもないが、悪魔の一族と鳥羽人の一族は仲が悪い場合が多い。悪魔からは、鳥羽人が史実にある「悪魔を滅ぼす」とされる天使に見えて鼻持ちならないし、鳥羽人は無条件の悪意を向ける悪魔に敵意を持っているのが普通だ。
 カウンターの横には、従業員専用のドアが見えた。建物の右側にはテーブルが、そして右奥には厨房への扉が見え、その隣に階段がある。厨房とテーブル群の間は、カウンターで仕切られていて、中で何をしているかがよく見える構造になっていた。
「ただいま、ロザリア。こっち、お客さん。まず食事だってさ」
 悪魔女性がおざなりにバルを紹介する。思えば、バルは彼女の名前すらまだ聞いていなかった。察するに、悪魔女性がエミー、鳥羽人女性がロザリアという名前なのだろう。2人とも、肌がとても白い。まるで新雪のようだ。
「え、えーと。それじゃあ、この用紙に、お名前と滞在日数をお願いします」
 慌てながら、ロザリアがボードにつけられた用紙を、カウンターの上に出す。
「えーと、日数は決まってないかな。それに、食事だけするつもりで来たんだけど」
 バルがカウンターへと歩み寄る。用紙を受け取ると、それに名前を書き、ロザリアの方へ押しやった。
「バルハルトさんですね。お食事ですか?今、ちょうど、お昼が出来ましたので…あの、簡素なお食事でいいなら、ご用意します」
 ぱたぱたと、ロザリアが厨房に走る。
「代金はどのくらい?」
 バルは空いているテーブルの一つについた。高くないなら食べるし、高いなら食べない。あまり高い金額を言われたときには、そのまま外へ出るだけだ。
「あ…そ、その。お試しということで、代金はいりません。もし気に入ったら、泊まっていただけると嬉しいな、なんて…エミー、あなたも何か言いなさいよ」
 シチューを皿に流し込んでいるロザリアが、エミーに話を振った。天井近くをふわふわ浮いていたエミーが、顔を下に向ける。
「お客様を見下す位置にいちゃいけないでしょ?ほら、降りてきなさい」
 シチューとロールパン、グリーンサラダを乗せたお盆を、ロザリアがテーブルに置いた。
「はいはい。そうね。ったく、ロザリアはうるさいんだから」
 ふわりと、エミーが下に降りる。
「しかし、この時期に、こんな国においでになるなんて…もしかして傭兵の方ですか?」
 スプーンとフォークを並べ、ロザリアが聞いた。
「この時期って…戦争でも始まるの?」
 バルは眉根を潜める。傭兵や兵士は、バルの苦手な人種だ。あまり一緒にされて気持ちいいものではない。
「戦争といえば戦争かね。来る途中に会わなかった?」
 ふわふわと浮いたエミーが、自分とロザリアの分の昼食も用意しはじめた。
「いや、残念ながら」
「そこは残念じゃないね、幸運なことよ」
 否定するバルの言葉を、エミーが言い直す。
「出来るならば、その話、詳しく聞きたいね。何かあった?」
 スープをすするバル。手でパンをちぎり、口に放り込む。もし危険なことがこの街に起きているならば、逃げ出してしまった方が楽だ。バルはまだ身体的に成熟していないし、ケンカや戦闘は避ける方向で生きてきた。もし戦争などが起きるならば、真っ先に死ぬタイプだと自覚している。それだけに、危険の臭いには敏感でいたかった、
「んー、と…どこから説明しましょうか。LD歴っていうのは、まずわかります?」
 フォークを使い、ロザリアがサラダをつついた。
「ログレッド・ダール歴のこと?初代の世界名誉国王で、人種間の戦争を無くしたのが彼だって、昔習ったよ。ログレット・ダールの死後何年っていう年の計り方をする暦だよね」
 バルが思いつく限りの知識を並べた。
「その通り。もう世界名誉王なんて、いないけどね」
 エミーが軽くちゃちゃを入れた。彼女に向かって、ロザリアが渋い顔をする。
「そう。そして、LD歴1304年に、事件は起きました。それはある古代遺跡で起きた事件。御存知の通り、古代の人は、今までとは比べ物にならないほどの科学レベルを持ってました。だから、遺跡の採掘は、どこの国でも一大事業だったんです」
 ロザリアがそこで一旦、話を区切った。過去に存在した謎の文明は、昼を夜にし、空を自由に飛び、離れた場所まですぐに移動し、自然の理を深く知っていたという。これらは一般に「旧世界」と呼ばれ、世界各地でその跡を見ることが出来る。
「話は大体読めた。旧世界の魔物、かな。あちこちで、被害が出てるらしいじゃないか」
 この話ならば、バルも聞いたことがある。 そして、遺跡より現れたという、旧世界の魔物の話も。バル自身、魔物とは何度か相対したことはあった。
「察しがいいですね。1304年に、世界中の遺跡で起きた異変。今までただの遺跡だったはずの場所から、いきなり魔物が現れたというあの事件。あれは、ある考古学者が、してはいけないタブーを遺跡で行ったために起きたと言われています。この国においても例外ではなく、魔物が遺跡に現れ、既に多くの犠牲者を出しています」
 ロザリアが席を立った。壁際にあった図書棚から、一枚の地図を引っぱり出す。地図の上面には大きな文字で「ランドスケープ王国」と書いてあった。地理から見るに、どうやらこの国の地図のようだ。
「いい国でしょ。元は風景って意味の言葉らしいよ」
 エミーがにこりと笑った。
「近いところでは国の北東や南、遠いところでは他にも多数の遺跡が存在しています。それらが全て、魔物の巣くう魔窟と化したのです」
 地図に描かれた、遺跡のランドマークを、ロザリアが指さした。街の中には2つ、少し遠いところも含めると結構な数がある。これらが全て、ダンジョン化したとなると、この国の被害は大きいだろう。
「幸いなことに、街の魔物は遺跡から外には出てきていません。しかし、平原には夜になると危険な生物などがうろつくようになりました。元より、ここは平原と山、そして海に囲まれた、小さな国。戦争などはなく、兵士の数は少ないのです。戦力は圧倒的に足りず、国王は今、傭兵師団を作り、この街の防衛をしているのです」
 ロザリアが話を締めくくる。話を無視して、エミーは食事をしていた。
「ここは遺跡にも近いからね。客が少ないのさ。遺跡の入り口は雇われが守ってるんだけどね。いくら安全って言っても、不気味なのに変わりはないだろうし」
 スープを飲むエミー。この話を聞いたバルは、少し心が揺らいでいた。国から逃げるにせよ、留まるにせよ、今日はもう行動出来ずに宿に泊まることになろう。が、危険な宿はごめんだ。傭兵が守ってはいるのだろうが、信用できるかどうかというと微妙でもある。
「あの…嫌になったのならば、他の宿に行ってくださっても結構ですけど…」
 ロザリアが俯いた。だんだんと、声が小さくなっていく。
「うーん…そうだなあ…」
 バルが顎に手を当てた。この宿の空気は悪くはない。月夜亭という名前からして、月も綺麗に見えるのだろう。危険さえなければ、泊まっていきたいところではあるが…
 ばたん
 宿のドアが開いた。一人の老婆が、息を切らして立っている。
「ご、ごめんよ。ロザリアちゃん、エミーちゃん、うちの子が来てないかい?」
 老婆は焦っているようで、ろれつが回っていない。バルは注意深くその老婆を見つめた。ヒューマンで、肌は褐色、髪は青く、年は70を越えたところか。身につけているものから見て、何か特殊な魔法を、少したしなんでいるようだ。
 魔法に関しては、まだわかっていないことも多い。魔術、魔法、そういった類の物は、超自然を操る法則として存在している。一部の人間は、それを本能的に操る術を持つが、そうでない人間は魔法を使う訓練をしたり、それを容易にする何らかの器具を使わなければいけない。旧世界の機械ともまた違うその体系から、学者達は「世界は2度滅んだ」とする説を出している。機械文明が先か、魔法文明が先か、まだ解明はされていないが、どちらにせよ今の人間が使えるのは両方の一部でしかない。
「イルコさんじゃありませんか。うちには来ていませんよ。どうしたんです?」
 ロザリアが席を立ち、老婆に近寄った。
「それが…あの子、何を思ったか、書き置きを残していなくなっちまったんだよ!お金がどうのって…どこ行ったかわからないけど、不吉な感じがするんだよ…げほっ!」
 老婆…イルコが咳き込んだ。その背中を、ロザリアが優しく撫でる。エミーはフォークを置き、ふわりと浮かび上がった。天窓の鍵を開き、エミーが外を覗き込んだ。
「お婆さん、その子ってどんな人?」
 とりあえずと、バルが聞く。ここに来る途中に出会ったかも知れない。
「あたしの孫なんだ。肌がチョコレートみたいな色で、ボリュームのある青い髪で…今日は赤いワンピースを着てるはずだよ」
 イスに座らされたイルコが、とぎれとぎれに話す。
「んー…ごめん。見覚えがないや」
 記憶をたぐっても、それらしい人物は出てこなかった。バルが頭を掻く。
「窓からは見あたらないよ。嫌な予感、ねえ。婆ちゃん、占いは上手いからね」
 いかにも人ごと、と言った口調で、エミーがつぶやいた。
「見つけたら教えておくれ。ああ、心配だ…何かあってからじゃ遅いんだよ…」
 宿の戸を開け、イルコが出て行った。バルが少女の行方を思案しながらパンを噛む。その少女がどれくらいの年齢か、普段は何をしているのかはわからないが、少し気になった。
「心配ね…ちょっと探してくる」
 エミーが地におり、ドアを開けて外に出ていく。バルも最後のスープを飲み干すと、その後に続いた。
「あ、ちょっと」
 バルを止めようと、ロザリアが後ろから声をかけた。
「好奇心だよ。ちょっと見て帰ってくるだけだから」
 自分の荷物を取ったバルが、宿の外に出た。


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