遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 1話「はじまり」



 素晴らしく空は晴れ渡っていた。太陽は地面に無限の光をそそぎ込み、草は風になびいてさらさらと鳴っていた。どこまでも続く草原、遠くに山が見える。まるで絵に描いたかのような風景だ。季節は春。暖かくなったこの世界は、冬まではなかった草木や動物などの、新しい息吹が聞こえる。草原の中には、真っ直ぐな道が一本だけ通っている。草を刈り、土を固めただけの、簡単な道だ。
 その真っ直ぐな道を、一人の少年が歩いていた。茶色い体毛をした、犬獣人の少年だ。背中にはリュックサックを背負い、腰には短剣を差している。着ているのはオーソドックスな旅服だが、その服はよれよれになり、汚れている。かなり長い間着ていることは確かだ。体毛も、服と同じように薄汚れていた。首にはドッグタグをぶらさげており、ドッグタグには「バルハルト」と、小さく名前が入っていた。顔を近づけなければ読めないだろう。
 彼は名をバルハルト・スラックと言う。彼を知る人間は、彼を「バル」と呼んでいる。あちこちを巡り、旅の見聞をつけている少年だ。年齢は14歳と、旅人にしては若い。彼が旅を始めたのは12歳のころ。世界を見て回りたいと思った彼は、当てずっぽうに家を出た。父も母も、そんなバルを止めはしなかった。この年頃には見聞が必要だと、準備を手伝ってくれた。そこから足かけ2年、今では立派な旅人の仲間入りだ。
 いっぱしの旅人であるバルだったが、今は危機を迎えていた。前の街を出てから、既に1週間が過ぎようとしている。それだけならば珍しいことではないのだが、バルは前の街で購入した食料を、大量に置き忘れるという失態を犯していた。つい今日の朝、最後の食料を食べ尽くしてしまったバルは、水だけで空腹を紛らわすハメに陥ってしまった。周りは広い草原。食べられるような獲物も見あたらないし、果実もない。何より、バルは獲物を追い回すだけの体力が、既になくなっていた。
「お腹、すいた…」
 何度目になるかわからないその言葉。まるで、何かを呪っているかのようだ。呪っているとしたら、失態を犯した自分なのだろう。歩く足一歩一歩も小さくなる。旅に慣れないときには、物事をしっかり確認するだけの精神があった。ところが、旅に慣れるにつれて、その心は忘れ去られ、今では失敗をすることも多くなった。そしてその失敗が今、こうした形でバルを襲っている。
 ガツッ
 足下に、大きな石が埋まっていたのを、バルは見逃していた。バランスを崩したバルが、転びそうになる。
「…なんなんだよ!もう!」
 そう叫ぶやいなや、バルは道ばたに座り込んだ。荷物の中を再度漁る。ナイフ、水筒、簡易カンテラ、寝袋。どれもこれも、旅に必要な道具ではあるが、腹の足しにはならない。
「…ん?」
 バルの鼻が、何かを嗅ぎつけた。何かが燃えるような臭いだ。近くで行商人か何かが火をおこしているのかも知れない。そう思った瞬間、バルは走り出していた。商人でなくても、誰か人がいれば、食料を譲ってもらえるかも知れない。野盗や傭兵などという、面倒くさい人種には会いたくないので、街の外で他人と会うことは好まないが、食欲はそれを無視していた。
「あれ…街だ」
 道はだんだんと下りの坂になっていた。少しくぼんだ大地には、大きな街があった。人々が動いているのが、肉眼でもはっきりと見える。街の中央には川が流れ、奥の丘にはこぢんまりとした城が建っていた。前の街で地図を見て、目標としていた街に違いない。バルは迷うことなく、街へと降りていった。


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