「だいぶ、来たわね」
先程から、何度か階段を降りた。そして、何度か戦闘を行った。現れる機械人形は、外をうろついているマネキンより、強力な武器と硬い体を持っていた。戦闘のたび、体力を持っていかれる。
ここまで、ゴーストには一度も出会わなかった。シンデレラの話ならば、ゴーストが徘徊しているはずなのだが、1体もいない。どこへ行ってしまったのだろうか。ただ、どんな理由であれ、敵が少ないのは歓迎すべきことである。
「っふぅ。疲れたぜ」
頭を掻き、ギカームが斧を握り直した。彼は城へ来てから、少しも休んでいない。だいぶ疲れているのだろう。
「その地図の、車着き場まで、後どれくらいかかりそう?」
「えーと…」
バルが問い、シンデレラがポケットから地図を出す。
「もう少しですわ。このフロアにあるはず。廊下を先に進んで、この広間を抜けたら…」
地図を指でなぞるシンデレラ。進む道はこの先のようだ。車着き場のドアさえ開けば、後は外まですぐらしい。後は、そこでギカームがドアを開くことが出来るかどうかだ。
「ふう…」
背負った剣の重さを感じながら、バルは周囲を警戒した。この剣は、やはり少々重い。以前使っていたバトルソードもそうだったが、バルの体格には合わないのだ。
「旅人クン。辛そうだね、大丈夫かい?」
「ああ、うん。ちょっと、疲れただけだよ」
顔を覗き込んでくるバスァレに、バルが軽く笑みを返す。
「さて、この角を曲がれば広間のはず…」
そう言って、シンデレラが廊下の角を曲がった。バルもそれに続く。
「うわ…」
そこにあったのは、たしかに「車」だった。しかし、バルが思っていたものとは違った。バルが知っている車は、馬で引いたり人が引いたりするもので、大抵は木でできていた。しかし、そこにあったのは違う車だった。光り輝く金属でできた、箱型の車だったのだ。優に50人は乗れるのではないかという巨大な車が3台並んでいる。部屋の中には、車以外にもいろいろなものが置かれていた。鉄でできているであろう箱や、工具のような何かだ。
「こいつはすげえ…」
車に手で触れたギカームが、息を飲んだ。車の窓は曇り一つなく、触ってみるとガラスとは違った不思議な感触がする。ぐるりと周りを回ってみたバルは、入り口らしきドアを発見した。
「んっ」
ぎゅう
取っ手を引っ張るが、ドアが開く気配はない。
「中に入れるの?」
「いえ、ドアが開きません」
「ワタクシにやらせてごらんなさい」
目を輝かせたシンデレラが、弓をバルに渡し、ドアに手をかけた。
「ぬ、ぐ、ぐぐぐぐ」
両手でドアを力いっぱい引っ張るシンデレラ。しかし、ドアは開かない。鍵でもかかっているのだろうか。
「そのへんにしておいた方が…」
ばきぃ!
「きゃあ!?」
後ろからバスァレが声をかけたタイミングで、シンデレラがひっくり返った。その手には、ドアの取っ手が握られている。
「こ、こ、壊しちゃった…こ、これ、どうしましょう」
慌てて取っ手を元の位置に戻そうとするシンデレラだったが、ちぎれてしまった取っ手は戻らない。
「壊したところで、怒るやつはいないだろうぜ。なんせ古代人は、とうの昔にいなくなっちまってるんだからな」
車輪を見ていたギカームが体を起こす。この男は、もうシンデレラ相手に敬語を使うことをやめたらしい。
「そうだけど…うう、でも。この取っ手、どうすればよいのよ」
「そのへんにうっちゃっておけばいいだろう」
眉を八の字にするシンデレラの手から、取っ手を奪ったギカームは、それを適当なところへぶら下げた。
「ギカーム、こっちだ。これが例の扉らしい」
奥からバスァレの声が響く。声のする方へ向かうと、片方だけで人が両手を広げたくらいの大きさの扉がそこにあった。扉の横には、ボタンのついたパネルが貼りつけてある。
「どう?開けそう?」
シンデレラが期待を込めた目をギカームに向ける。
「このタイプ、他の遺跡でも見たことはあるが、開くことができた試しがねえ。やってはみるが、期待しないでくれ」
パネルの前に立ち、ギカームがボタンを押す。
かちっ
何も起こらない。扉は開くどころか、反応すらしない。
「そんな、むやみに押して大丈夫?」
不安になったバルがギカームに聞く。
「それもわからん。何が来てもすぐ戦えるように準備だけは頼まぁな」
「そんな無責任な…」
「仕方ねえだろ。わかんねえことばかりなんだ。それでも、試す他ねえんだよ」
かちっ
そう言っている間にも、ギカームがまたボタンを押す。
「その姿勢には好感が持てるねぇ。まずはやってみないと、どう転ぶかわからない」
壁に背を預け、座り込んだバスァレが、腕を伸ばして伸びをする。
「もしドアを開くことが出来なかったら、どうするつもりなんですか?」
いつでも剣を抜けるようにしておきながら、バルがシンデレラに尋ねる。
「そのときは戻るしかないわね。来た道を帰ることになりますわ」
来た道の方に目をやり、シンデレラが答えた。バルもそちらを向く。つまり、ドアが開かなければ、苦労してここまで来た甲斐はなくなるということだ。
「責任重大だねえ。頑張っておくれよ、ギカーム」
人事のようなのんきな声で、バスァレが言った。しばらく4人は黙りこみ、辺りにはギカームの押すボタンの音のみが響く。
「ねえ、バルハルト。ちょっと、聞いてよいかしら?」
「ん?なんですか?」
バスァレと同じく座り込んだシンデレラが、膝を抱えてうつむいた。
「あなたはなぜ、この国へ来ようと思ったの?」
「えーと。実は、特に何の考えもなく、この国へ来たんです。足の向くままというか」
「そう。旅を始めてから何年だったかしら?」
「この国に来た時点で、2年ぐらいです。それが何か?」
バルの言葉を聞いたシンデレラは、自分の膝をぎゅうっと握った。
「他の国に、ランドスケープ王国と同じようになってる場所はあった?そして、その国はどうなった?」
それは難しい質問だった。実際に、バルは似たようなことが起きたという話は聞いたことがある。魔物が遺跡から溢れ、全滅させられてしまった町の話だ。跡地にも行ったが、誰もいない廃墟となっていた。
その町は、小さな町だったので、旧世界の魔物の度重なる襲撃に耐え切れなかったらしい。住民はすべて避難し、人一人いなくなったその町は、破壊されてしまったと言う。無人になり破壊された後も、しばらくは魔物の姿があったそうだが、数年してからは魔物も来なくなったらしい。
実際に、町が襲われている場所を見たわけではない。だから、実感はなかった。しかし、このランドスケープ王国の状況を見ると、その町のようになる可能性は十分にある。しかし。
「魔物に襲われたけど、追い返したという町はありました。きっとこの国も、大丈夫ですよ」
バルは、嘘をつくことにした。根拠も何もない、ただその場を取り繕うだけの嘘。ある種、残酷とも言える嘘だった。
「そう…そう、ですわね。きっと、この国も、大丈夫よね」
その嘘を聞き、シンデレラは僅かだが、心の平穏を取り戻したようだ。膝を抱える腕の力が、少し弱まる。
「大丈夫ですよ。なんともならないなんてことが、そう起きるはず、ありません」
ぽんぽん
シンデレラの頭を、バルが軽く撫でた。同年代の少女相手にこれをするのは、ちょっと抵抗があったが、怯えている女性は軽く触ることによって安心するというのが、今まで生きてきた中で学んだ数少ない「女の子への接し方」の1つだった。
「旅人クン、優しいねえ」
くすくすと笑うバスァレ。なぜだかわからないが、彼にはすべてを見透かされたような気がした。
「っだぁ、無理だ。やっぱ開かねえ。だいたい、ボタンを押して何か起きてんのかすらわかんねえ」
すっかり困り切った顔で、ギカームが頭を掻いた。
「無理そうですの?」
シンデレラが顔をあげる。
「おうよ、姫さん。こういうタイプは、エネルギーが供給されてねえと、動かない場合があってな。供給されてんのかすら、外見じゃ判断がつかねえ。そもそも、死んでる機械相手に何をしても、ドアが開くはず…」
ガチャッ
「え?」
唐突に響いた音。それと同時に、扉ががりがりと開いていく。
「すごいわ、ギカーム!」
「い、いや、俺は今何もしてねぇぞ」
目を輝かせるシンデレラに、ギカームが困惑顔を見せる。
「何もしていないのに開くことなどありえない。君は何もしていないんだろう?でも、扉は開いたんだよ」
スッ
短剣を抜いたバスァレが、扉の方へ向き直る。
「なんだ、そりゃ。わかるように頼むぜ」
「君ではない誰かがやったということだ。そこにいるだろう」
短剣の先で扉の向こうを指すバスァレ。扉の向こう、3歩ほどの距離に、人影が立っていた。上半身はヒューマン、下半身は蛇。紫色の髪をして、目の周りに火傷痕のある女ラミアが。
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