暗い回廊だった。しんと静まり返っているそこは、地上で起きているすべての出来事と無関係かのような佇まいを見せていた。
「嫌な雰囲気だな」
 カンテラに火を灯し、バルがつぶやく。空気が冷たい。今にも何か出そうな気がして、バルは身震いをした。
「バスァレは姫を頼む。俺らが前衛をやった方がいい」
「おう、そうだな。俺は守りながら戦うより、前に斬り込むほうが性に合わぁな」
 バルとギカームの2人が前に出て横に並ぶ。前から敵が来たら、いつでも飛び出せる位置だ。
「そういうことなら任せておくれよ」
 姫の前に立ったバスァレが言った。彼は騎士だという話だが、こうして見ていると騎士らしくはない。ただの少年に見える。
「地図によると、この先の道はいくつもに枝分かれをしている様子。みんな、はぐれないように気をつけて」
 シンデレラが真っ先に進もうとするのを、バスァレが手で制した。
「あそこに、何かいる」
 小声でバスァレが言う。その右手には短剣が握られていた。バルはいつでも剣を抜けるようにしながら、目を凝らした。
「…!」
 危険な臭いがする。金属と金属がこすれあうような音が、わずかながら聞こえてくる。とっさに剣を抜き、バルが身構えた。
「お、おい、どうした」
 ギカームはそんなバルを見て、やや困惑しながらも、斧を構える。と。
 かしゃん、かしゃん
 何かが足音を立てながら、ゆっくりと近づいてくる。バルが先頭に立ち、剣を構える。その後ろにギカームが並び、最後にバスァレがシンデレラの前に立つ。
「なんだ、あれは…」
 それは、マネキンとはまた違った形をした機械人形だった。四角い箱で人体を作ったような形をしており、マネキンのように曲面の多い形をしていない。全体的にくすんだ緑色をしている。
「ピギ、ギギギ、ガガガガ」
 機械人形が片腕を持ち上げる。
「伏せろ!」
 とっさにバスァレがバックステップし、シンデレラを抱きかかえ地に倒れた。バルもそれにならって伏せる。
 ガガガガガガ!
「うおおっ!?」
 一瞬遅れたギカームの右腕近くに、高速の矢尻が襲いかかった。後ろの壁に穴が開く。
「お、おい!なんて威力だよ!」
 尻餅をついたギカームが叫ぶ。バルは身を低くしたまま剣を構え、突進した。
「はぁっ!」
 がきぃん!
 振り下ろした剣を、機械人形が腕で受け止める。岩のゴーレムを切り裂くほどの切れ味であるこの剣も、機械人形には通用しないようだ。何度も斬りつけるが、その手はまるで斬る位置を予測しているかのように素早く動いた。
「助太刀するぜ!」
 斧を構えたギカームが踊り出て、機械人形に斬りかかる。が、もう片方の腕で止められ、ボディに斬撃を入れることが出来ない。
「おいおい、本気で斬ったんだぜ?」
 斧を引き、ギカームが一歩下がる。
「ギギギ!」
 機械人形が、両手の先をそれぞれバルとギカームに向けた。
 ガガガガ!ガガガガガガ!
「わっ!」
「うおっ!」
 とっさにしゃがんで矢尻をかわす。この機械人形は、金属製の矢尻を連発できるらしい。当たればきっと、頭など潰れてしまうに違いない。かなりの危険度だ。
「援護を…」
「いや、いい、バスァレは姫を守ってくれ!」
 前へ出ようとしたバスァレに向かって、バルが叫んだ。バスァレは足を止め、やれやれといった風にシンデレラの前に立つ。
「えいっ!」
 ひゅがっ!
 シンデレラの弓が、弦の音を響かせた。矢が機械人形の眉間にぶつかるが、刺さることはない。弾かれた矢が床に落ちる。
『前、同じような相手と戦わなかったか?』
 相手を観察しながら、バルが剣を構え直す。たしかあれは、砂漠の中にある遺跡だったはずだ。リキルとメミカがいて、機械人形と戦ったはずだ。そのときは…
「線だ」
 バルは思い出した。体の中をめぐる紐を斬ることによって、相手は活動を停止していた。今回もきっと、同じようなことが出来るのではないだろうか。あのときは、機械人形の隙間から剣を突っ込み、紐を切っていたはずだ。
「関節を狙って!」
 剣を振りかざし、バルが駆けた。腹に向かって、横から薙ぐように、剣撃を入れる。
 ぎぃん!
「おい、バルハルト、剣が受け止められたぞ!」
 さっと腕を下ろした機械人形が剣を受け止める。
「これでいい!」
 剣の刃をやや上に向けたバルは、機械人形の肌を削ぐように、剣を上に向かって滑らせた。
 シャァァァアッ!
 金属と金属がこすれる音が響き渡る。そして、バルの剣が機械人形の肩を滑り、首に当てられた。
「だあっ!」
 がきぃん!
 バルとしてみれば、このあたりに紐があるのではないかという単純な考えだった。が。
 ごろっ
「え?」
 首は、あっけなく地面に落ちた。断面には、バルの思っていたような紐も何本か出ていて、ここが弱点であることがよくわかる。
「すごいね、旅人クン。強くなってるじゃないか」
 短剣を鞘に収めたバスァレが、バルに近寄る。
「いや、俺は…」
「謙遜はしなくていいよ。強くなってる。さすがは勇者様だよ」
 鼻を掻くバルに、バスァレがくすくす笑いを見せた。
「進みましょう。先は長いわ」
 シンデレラが歩き出す。それにバルがついていく。一体ここは、どういう遺跡なのか。車着き場の車というのは、馬車などと同じ乗り物のことだろうか。そんな言葉があるということは、ここは市民が日常的に使用していた施設のはずだ。その中に、なぜこんな機械人形がうろついているのか。そして、それがなぜランドスケープ王城につながっていたのか。
「ったく、腹が立つぜ。こっちは早く、ジェカを探しに行かないといけないのに…」
 ギカームがつぶやいたそのとき。
 ずどぉぉぉっ!
「うおおっ!?」
 背中で凄まじい音ともに、爆発が起きた。攻撃かと思ったバルが、剣を抜き、後ろを向く。そこで火をあげて燃えていたのは、先ほどの機械人形だった。ぱちっ、ぱちっ、と薪の爆ぜるような音がまだ響いている。
「壊れたら壊れたで、自爆するとはねえ。なかなかにケレン味たっぷりじゃないか」
 けほっ、と咳をして、バスァレが苦笑いをした。


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