「2人ともよく来てくれました。準備はいいかしら」
バルとギカームを見てシンデレラが最初に言ったのは、そんな言葉だった。階段を降りた先にあったのは、石でできた薄暗い地下室だった。壁には松明が2本設置してあるが、あまり明るいとは言えない。ここは一見すると、ランドスケープ王国の地下にある迷宮と似ている。奥には両開きの扉があり、姫の他に2人の兵士が立っている。
「万端です。武器も防具も薬もあります」
背負った剣を見せながらバルが言った。
「ところで、何をすればいいんですかね。俺らは、詳細を聞かされてないんだが」
ギカームが腕を組み、部屋の中を見回す。
「まずは地図を」
シンデレラが言うと同時に、兵士の片方が紙切れを差し出した。紙切れは迷路の地図のようで、複雑に伸びる通路や部屋が描かれている。
「今、ワタクシ達がいるのはここ。この通路は、王国の地下にある迷路に通じています。この迷路は王国の地下迷宮には通じていません。海の方へ抜ける道がある、とこの地図には書かれています」
「書かれているって?」
「誰もこの道を通って、外へ出たことがないのです」
ぱさっ
地図を折りたたみ、シンデレラはそれをポケットに入れた。
「この道を開拓してない理由は3つあります。1つ目は、ゴーストなどの魔物が徘徊していて危険なため。2つ目は、王城へ魔物が入らないように閉鎖していたため。そして3つ目、奥にある扉の開け方がわからないため」
ポケットから、別の紙を出したシンデレラが、それを松明の明かりの下で広げてみせる。そこには、よくわからない幾何学模様が書かれていた。
「これは?」
「奥にある扉に書かれていた文様です。やや広めの部屋に、扉があったのです。扉は機械で動作しているようで、開けることはできません」
言われてみれば、金属のカードに書かれていた文字と似ている。ギカームがその紙を受け取り、顔を近づけた。
「なんだ、こりゃ。車着き場方面?」
ぽつりとつぶやくギカームに、シンデレラが目を丸くした。
「よ、読めるの?それは、王国の学者が長い年月をかけて、ようやく解読したものなのに」
「多少は。機械に刻まれている文字と同じのようですが」
「すごいわ!あなたを選んで正解だったみたいね」
やや気後れ気味のギカームに、シンデレラがテンションも高く目を輝かせる。
「これから、この迷路へと入ります。そして王国の外へ出て、助けを求めます。途中の扉を開くのに、ギカーム、あなたの助けが必要なのです」
腰に付けられた弓を手に取り、シンデレラが扉の方を見た。
「ちょ、姫さんよ。そんな任務になぜあんたが?魔物もいるんだろ、言っちゃ悪いが危険過ぎる」
それにはバルも同意だった。こんなこと、シンデレラの父であるランドスケープ4世が許すはずがない。
「あの、姫様。まさか、とは思うんですが…」
「そのまさかですわ。お父様には言っておりません」
やっぱりか、とバルは頭を抱えた。これで何かあったら、どうすればいいのだろう。
「悪いが姫さんよ。俺は姫さんを守りきれる自信がねえ。同行は無理だと思うぜ。悪いことは言わねえ、帰った方がいい」
前に出たギカームがシンデレラの説得に入った。
「自分の身ぐらいは自分で守ることができますわ。侮らないでちょうだい」
「何かあったらどうするんだ。あんたは国のお姫様なんだぜ」
「この状況で姫だの一般人だの、何か関係があって?ワタクシは皆の役に立ちたいだけですわ」
「で、でもよう。バルハルト、お前もなんか言ってくれよ」
困り切った顔のギカームに対して、シンデレラはつんとした態度を崩そうとしない。バルは咳払いを一つして、シンデレラの目を見つめた。
「リキルを探しに行くつもりですか?」
当てずっぽうで言った台詞だった。しかしその言葉に、シンデレラが目に見えて動揺しはじめる。
「俺も心配です。でも、彼は訓練を積んだ剣士です。心配をせずとも…」
「心配するに決まってる」
急に、泣きそうな顔になるシンデレラ。今まで言葉もなく立っていただけの兵士2人が動揺し始める。
「あなた達が言うこともわかります。ですが、ワタクシは何かしなければならないのです。王族として。ワタクシは一兵士ほどの力もない、ただの箱入り娘。そんな私に一番近く、助けてくれたのがリキルでした。彼を助けたい。願わくば、彼の顔を見るだけでも…」
ゆらっと、松明の火が揺れた。シンデレラの目から涙が落ちたように見えたのは、揺らめいた火のせいではない。きっと、苦悩していたのだろう。外に出たところで、リキルに会えるとは限らない。だが彼女の、何か行動をしたいと思う気持ちは、バルにはよく理解できた。
「だがよう。俺らはただの商人と旅人だぜ。この兵隊さんについてきてもらうとしても、ちょっと無理なんじゃあねえかな」
立っている兵士の方を、ギカームがちらりと見た。
「我々はここで警備を続けなければいけない。別の方が、姫と同行する」
片方の兵士が言うと同時に、上から誰かが降りてくる足音が聞こえた。顔を上げ、バルはそちらに目をやる。
「おや、またか。奇遇を通り越して、運命なんじゃないかと思えるねえ」
くすくすと笑う、少年のような顔。炎のような緑色の髪。腰に挿した短剣に、白い服と肌。
「バスァレ!」
バルがその名を呼んだ。何度か、一緒にパーティを組んだことがある、妖精の少年だ。少年のような顔をしているが、バルの5倍は生きている。高度な魔法を使い、力が強く、剣の扱いも上手い。彼がいるのなら大丈夫だ、と思ってしまうほどに、安心感があった。
「妖精か?見るのは初めてだ」
太い尻尾を1つ振って、ギカームがつぶやく。
「バスァレ、こちらギカームとバルハルト。ごめんなさい。ワタクシのわがままで、あなたを同行させることになって」
シンデレラがバスァレに頭を下げる。
「僕も外に出る用事があるんだ。ついでといえばついでだよ」
相変わらず、バスァレは本気なんだか嘘なんだかわからないことを言っている。彼に初めて会った時、バルは彼のことをうさんくさく感じていた。それは今でも変わっていない。
「みんな、準備はよろしいかしら?」
3人の前に立ったシンデレラが、髪を後ろへぱさっと流した。
「おう、いつでも」
「僕は問題ないよ」
ギカームが斧を手に持ち、バスァレが軽く身構える。バルは、シンデレラの顔を見て、小さく頷いた。
「いきますわよ」
かちゃ…
ドアに手をかけ、シンデレラがその向こうへと行く。バルは背中のフランベルクの重さを感じながら、シンデレラの後ろに続いた。目指すは、王国の外だ。
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