「すげぇ…なんなんだ、ここはよ」
 執事長であり爬虫人のモクラ・ポクラという男に連れられて、バルとギカームがやってきたのは、城の倉庫だった。そこには様々な品が、分類されて保管されていた。武器、防具、服に日用品、皿。食料は別のところに保管されているのか、1つも見当たらなかったが、置いておいて腐らないようなものならば何でもあった。シンデレラは先に行っていると言い、どこかへ行ってしまった。
「大したものはございませぬが」
「いやいや、十分大したもんだぜ、こいつぁよ」
 モクラの言葉に、ギカームが感嘆の声をあげる。2人は同じ爬虫人ではあるが、モクラの方がだいぶ年をとっているし、小柄だ。並んでみると、全然違う。
「バルハルト様。こちらへ。お召し物をあつらえましょう。まさか、また姫様を助けていただくことになるとは…感謝の言葉もございません」
「いえ。俺も、まだよく聞いてないんです」
 モクラが頭を下げる。それに対して、バルはこそばゆく感じてしまった。自分は大したことも出来ない少年なのに、城の執事長という立場の人間に、頭を下げられるなんて。
「うは!こいつはすげえぜ!これ、もらってもいいのか!?」
 置いてある片手斧を手に取り、ギカームが興奮した声を出した。鈍い金属光沢を放つ斧は、素人目にも素晴らしい品であることがよくわかる。金属の質も通常のものと違うし、よく手入れもされているようだ。
「お貸しするだけでございます。恐らく物資が不足すると思われますので、使用後は返却をお願いいたします」
「けっ、なんでぇ」
 さらりと言ってのけるモクラに、ギカームががっくりと肩を落とした。
「モクラさん。俺、実は剣を無くしてしまったんです。何か軽いものを…」
 そこまで言ったバルは、外から誰かの声が聞こえるのに気がついた。男声が1つ、女声が2つ。言い争っているようだ。
「この非常時に倉庫から剣を盗むなんて!ふてぇ女だ!」
「だーかーらー、これはあたしのじゃなくて、うちの宿に泊まってる人のものなんだってば!」
「嘘ぬかせ!そいつは親衛隊用のフランベルクだぞ!市井の武器屋でそう簡単に手に入るもんじゃねえんだよ!」
「そんなの、あたしに言われても困るよ!」
 どこかで聞き覚えのある声だ。バルは、そっと倉庫の外を覗いた。そこには、甲冑に身を包んだ兵士が1人と、黒くウェーブのかかった髪をした悪魔人の女性が1人、そして栗色をしたミドルヘアーの鳥羽人の女性が1人いた。
「ロザリアもなんか言ってやってよ!」
「え?わ、私に振らないでよ!あんたの方がそういうの得意でしょ!」
 悪魔人が鳥羽人に話を振り、鳥羽人がとんでもないと言うようなジェスチャーをした。
「エミーさん!ロザリアさん!」
「なにぃ?2人とも、無事だったのか!」
 バルは廊下へ飛び出した。兜の試着をしていたギカームも、顔を出す。
「あ、お兄さん!それに、ギカーム!逃げ切れたの?」
 突然現れたバルに、悪魔人が目をまんまるにした。こちらは、エミー。鳥羽人はロザリア。共に、バルの借りていた宿の経営者だ。
「バルさん、怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。スケリーネが俺を助けてくれたらしい」
「よかった…バルさんとスケリーネさんとは、途中ではぐれちゃったから…バルさん、意識がないままだったから、気になっていたんです」
 バルの顔を見て安心したらしい。ロザリアがほっと胸を撫で下ろす。
「そう、これ!お兄さんの剣でしょ?この人が、よくわっかんないこと言って、これを盗んだものだって言うのよ!」
 そう言ってエミーが差し出したのは、紛れも無いフランベルクだった。ベルガホルカの塔に行った時、一緒にいた妖精からもらった品だ。
「確かにこれは俺のです。何か?」
 剣を受け取り、兵士を睨みつける。
「何かもへったくれもない!お前、どこでそれを手に入れた?場合によっちゃ、牢屋に入ってもらうことになるぞ!」
「知り合いの妖精から受け取ったんです。盗んだわけではありません。彼の名は、バスァレ・ソウ」
「誰だ、それは。聞いたことすらない名だ」
 バルの出した名前に、相手が怯む様子はない。バスァレ。ひょんなことから何度か共闘することになった妖精の青年だ。妖精族は他の種族に比べて極端に数が少なく、珍しい。バスァレは、このランドスケープ王国で騎士の位にいる人物だという話だが、どうも知名度は高くないらしい。
「バスァレ殿ともお知り合いでしたか。いやはや」
 後ろから、モクラがぬうっと現れ、バルはびくっとした。
「モクラ様。そのような怪しい人物を野放しにしていいのですか?」
「怪しくなどない。身元は私が保障しよう。もう行ってよろしい」
「ですが…」
 まだ何か言おうとする兵士に、モクラは咳払いで返事をした。
「この方たちは、王国の客だ。この剣も、王国から公式に贈ったものである。これ以上何か言うようならば、王の御前で裁判という形でになるが、どうするかね」
 冷たい、温度を感じさせない声に、兵士は恐怖を感じたらしい。小声で謝罪の言葉を口にすると、廊下を大股に歩き去った。
「すみません…」
 ばつが悪くなったバルが、モクラに謝る。
「いえ、問題ありません。バスァレ殿が贈ったものであるならば、それは王国からの正式な贈与品です」
「いいんですか?」
「ええ。どうぞ、お使いください」
 正式に剣はバルのものになった。だが、どうもバルは納得いかなかった。この剣は確かに使いやすいし、良い物ではある。が、本当に剣を使う人間のためにあるものだ。自分のような、剣を本業としない人間が使うようなものではない。
『後…少し長いし、重いんだよな』
 剣の刃を指で測りながら、バルがぼんやりと考える。出来ればこれの7割程度の長さで半分程度の重さであってくれれば、などと思ってしまう。貰い物に文句を言うのは良くないことではあるが、しかし。
「あの時は、美味しいレシピを…」
「いえいえ、お安い御用で…」
 モクラとエミーが頭を下げる。以前、城に来た時、エミーは何か鍋料理のレシピをお土産に持って帰っていたようだ。その時のことだろう。バルは剣を片手に倉庫に戻った。
「へっ。あの兵士の野郎、いい気味だぜ。俺ぁ、融通が利かねぇ兵士って人種が、どうも好かねぇんだ」
 装備を選びながらきししと笑うギカーム。リキルのことを彼が嫌っているのも、リキルが融通の利かない兵士の1人であるからだろう。
「あ、バルさん」
 後ろから声をかけられる。ロザリアが、大きな袋を手に立っていた。
「えーと、これを…」
 袋の中から取り出したのは、バルの旅服だった。大きな袋が、いきなり小さくしぼむ。
「避難するとき、こんなものを?捨ておいてくれてかまわなかったのに」
「い、いえ。とっさに、その場にあったものを持って逃げたら、中に入っていたんです」
 バルの言葉に、ロザリアが顔を赤くした。いくら小柄なバルであるとは言え、旅服1セットはそれなりに大きな荷物だ。重かっただろうに、とバルは少し罪悪感を感じた。
「剣もその類か?」
 兜を置いたギカームが聞いた。
「いえ、あれは武器として持ち出しました。ここに来る途中、私が無傷だったのは、エミーがこの剣で戦ってくれたからです。私は戦うことがほとんど出来なくて…」
 俯いたロザリアの声がどんどん小さくなる。
「え、エミーは私のために、怪我をしたんです。治癒の魔法で治しはしましたが、痛かっただろうなあって思うと…」
「別に気にしてないよ。あたしら、姉妹じゃん」
 泣きべそをかくロザリアの肩に、いつの間に入ってきたのか、エミーが手を回した。
「でも…」
「でもじゃないの。お互い生きてるだけで、もう十分よ」
 ロザリアがしゃくりあげながら言うのに対して、にっこり笑ったエミーは安心させるようにハグをする。
「…で、こんなところで2人は何をしてるの?」
 くるりとエミーが向き直る。
「装備を探しに。シンデレラ姫が、手を貸して欲しいって言うんだ」
「あー、なるほど。確かにパジャマじゃねえ」
 エミーの目が、バルのことを上から下まで見つめる。
「たとえ良い服でも、剣撃を受けたら破れてしまうでしょう。こちらもお使いください」
 そう言ってモクラが持ちだしたのは、薄い金属の板を何枚も組み合わせて作った軽鎧だった。薄くできており、服の下に着こむこともできそうだ。大小2着の鎧を、バルとギカームに渡す。
「ラメラーアーマーか。こいつなら、剣撃も矢も弾けるな」
 早速鎧を身に付けたギカームが、動き心地を確認する。
「物騒ね〜。何をしにいくの?」
「実は、よく聞いてないんだ。ただ、武装が必要らしい」
 聞いてくるエミーに答えるバル。何かと戦うことになるのだろうか。
「手が必要なら、私も行こう…」
「だめぇ!」
 がっ!
「うっ!?」
 私も行こうか、とエミーが言い切る前に、ロザリアがエミーのことを抱きしめた。
「もし危険なことだったらどうするの!行かせないんだから!」
「ちょ、まだ決まってないでしょ。ただの肉体労働かも知れないし…」
「武器を選んでるのよ!そんなはずないじゃない!」
「あー、わかったわかった。もう、ロザリアは泣き虫なんだから」
 今にも声をあげて泣きそうなロザリアに、エミーが苦笑する。
「…ごめん、手伝おうと思ったけど、無理みたい」
 困ったようなエミーの言葉に、バルは頷いてみせた。エミーは、ロザリアにとても大事な存在だと思われている。では、自分は?と、なんとはなしに考える。バルのことをこんなに大事だと思ってくれる人はいるのだろうか。このランドスケープ王国から見れば、バルはよそ者だ。誰かが、こんな風に思ってくれるのだろうか。
「おほん。お2人とも、隣の部屋でお着替えになるといいでしょう。終わったら、先ほどの階段で地下まで降りてください。その後は、その場にいる兵士にお聞きください」
「じゃあ、エミーさんとロザリアさんをお願いしていいですか?」
「おまかせください。どうかお2人とも、姫様をよろしくお願いします」
 バルとギカームに向かって、モクラが深々と頭を下げた。


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