「油断したよ。本当に済まない…」
 猫の耳を伏せ、リキルがメミカとライアに頭を下げた。
「全くもう。だから気を付けてって言ったのに」
 メミカがぷんすか怒っている。それもそのはず、彼女の腹は地面に擦れ、軽く出血してしまったのだ。ライアの治癒魔法で、今はもう怪我は治っているが、ライアもメミカも、そしてリキルも、服が砂埃ですっかり汚れてしまった。こればかりは、魔法ではどうにもならない。
「袖が破れてしまった」
 着ている布服の左袖を見て、リキルがため息をついた。鎧の下に着る服で、かなり丈夫なものではあるはずだったが、それでもあの擦れ具合では保たなかったらしい。左手だけ破れてしまったのは、右手に持っていたランプをとっさに上に上げ、左手で地面を掴もうとしたせいだ。
「さて、ここはどこだろうな」
 ライアが辺りを見回す。そこは、中央に川の流れる、やや広い部屋だった。ここにも、数種類の植物が生えている。と、その中に…。
「あ、これは」
 今探している、菱形の葉を付けた植物が生えていた。その数は多く、葉が千切られている様子もない。
「これだけあれば、薬が作れるわ。よかった」
 葉を摘み始めるメミカ。摘んだ葉の汚れを丁寧に払って、懐に入れていく。
「これで、目的の1つ達成したわけか。順調だな」
 腕を組んだライアが、満足そうに言った。
「1つ?ということは、これだけでは不足だと?」
「薬を作るのにはこの葉があればいいんだ。今回は、薬のみを目的にここへと来ているわけではなくてな」
 リキルの質問に、ライアが軽く言葉を濁す。
「あのね。もしかしたらもう聞いているかも知れないけど、この洞窟から、不気味な声がするっていう話をされなかった?」
 メミカに言われ、リキルは先ほどの班長の言葉を思い出し、頷いた。最近になって不気味な鳴き声がするようになったという話だったはずだ。
「どうやら危険な魔物の様子なので、調査をしてほしいらしい。王国軍に話をすると大事になるということで、私のところへ、秘密裏に使者が来たんだ」
 そう言ってライアは、奥の方を見つめた。
「どういう姿なのか、どういう能力なのか、報告が無い。が、その魔物がここへ棲み着き、鳴き声がするようになってから、この山で生き物の死体が出ることが多くなったらしい。みんな、はらわたを食われてる」
「魔物のせいだという確証は?」
「ない。それも含めて、調査だ」
 どうも曖昧な話だ。魔物の姿を見たという話がないというのは、不自然ではある。トリャン山自体、人の行き来が多い山なのだから、その魔物の姿を見ている誰かがいてもおかしくはない。
「さっき、肉食ネズミを見たが、あれの仕業ということは?」
「ないだろう…と思われる。犠牲になっていた鹿を見てきたが、ネズミにしては歯形が大きい。私の口の3倍はある牙跡があった」
 口を開いて、犬歯を見せるライア。単純計算で、人の3倍の口ということは、体も3倍の大きさだと想像できる。そんな肉食獣、正面から相手をしようとしたら、どれだけ苦戦するだろうか。
「何か、その魔物が生活していた跡でもないか、来る途中に探していたんだけど、それらしいものはないのよ。困ったなあ」
 メミカが腕を組んだ。ここの地面は、固い岩に砂が軽く積もっている。ライアやメミカの腹跡が残っていたのに、その魔物の腹跡が残っていないのはおかしい。牙が大きいということは、かなり大きな魔物のはずだが。
「生き物の死骸の分布は?」
「かなり密集しているな。2個所、3個所くらいから、重点的に見つかっている。山の壁面の近くが多い」
 がさ
 ライアの出した地図によると、やや緩やかな斜面の近くで、動物の死体が多く見つかっているようだ。斜面には背の高い草が生えており、草の中で斜面を昇ることは困難である、との注釈が書いてある。
「はらわたを食う魔物か…怖いな。村長はそのことを知ってるのか?」
「知らないわ。依頼主は村長じゃなくて、村の自警団。確証を得てから、村長に報告をしたいんだってさ」
 壁に当たった槍を引っ込め、メミカが細い洞窟を先に進む。
「わからない尽くしか。戦いづらいことこの上ない」
 今にも、暗闇の中から巨大な魔物が姿を見せそうで、リキルは身構えた。この剣は大型の魔物を相手にするには向いていない。メミカやライアのような攻撃範囲の長い武器ならまだしも、リキルの装備するような片手剣は近寄らないとまともに戦えない。
「人的被害が出ていないだけまだいいが、何か起きてからでは遅いからな。幸い、今はこの洞窟に人が入っているという話は聞いていない。だから…」
 かーんっ
「ん?」
 部屋の奥の方から、何かがぶつかるような音がした。リキルが耳を澄ますと、足音も聞こえる。
「あれ、人だ?」
 手を伸ばし、ランプで奥を照らしたメミカが呟いた。よくよく目を凝らせば、犬獣人で背の高い、痩せた人影が見える。着ている服はぼろぼろで、黒い染みがいくつも付いている。肩から下げてる鞄は大きく、かなり古い物のようだ。その影は、近づくでもなく、こちらをじっと見つめていた。
「あれは血じゃないのか」
 ライアが目を細め、人影を見た。確かに、黒い染みは血の跡のようにも見える。人影は怪我をしているのだろうか。
「襲われたのかも知れない。話を聞こう」
 リキルが人影に駆け寄る。どうやら、犬獣人の若い女性のようだ。背中には、巨大な剣を背負い、足には靴を履いていない。
「おーい」
 リキルが女性に声をかける。と、女性は身を翻し、穴の中へ逃げ込んだ。
「あ、待ってくれ。おーい」
 女性の後ろ姿を追いかけるリキル。ところが、穴は途中で複雑に曲がり、女性の姿は見えなくなってしまった。
「危険な魔物がうろついているかも知れないのに、放っておくのは危険だ。追いかけよう」
 後ろからついてきたライアが言い、リキルは頷いた。女性の消えたであろう方向に、3人が足を向ける。しかし。
「あれ…」
 道はいくつにも分かれ、どこへ女性が行ったのか、わからなくなってしまった。試しに、横穴の1つに入ってみるリキル。しかし、穴は奥で細くなり、人間が入れるような広さではなくなってしまった。
「まいったな。こっちか?」
 リキルが別の横穴へと入る。と…。
 ぶぅん!
「わぁ!」
 リキルの目の前を、銀色の刃が横切った。とっさに後ろに下がり、リキルが刃をかわす。
「なんだ!」
 しゃきん!
 剣を抜き、身構えるリキル。横穴を覗く。誰もいない。さっきの刃は…。
「上だ!」
 ライアに言われ、リキルが上を見る。横穴の上の、細くなっている部分に、先ほどの女性が両足を突っ張って、逆さまにぶらさがっている。その手には、リキルの背の丈ほどありそうな、巨大な剣を持っていた。
「うあああああ!」
 ぶぅん!
「くっ!」
 女性の刃が、また振り下ろされた。横穴から距離を取り、リキルが身構える。
 すたっ
 地面に降り立った女性が、威嚇するように剣を振った。着ているのは、膝から先がちぎれてしまったズボンに、ぶかぶかでぼろぼろのシャツ、後は血のような染みがあちこちについているマント。その顔は敵意に溢れ、歯をむき出しにして怒りを露わにしている。
「落ち着け、僕たちは敵ではない!」
 あの剣の打撃を受ければ大ダメージだ。リキルはランプを置き、代わりに盾を出した。以前使っていた革の盾が壊れたリキルは、これを機に鉄が使われた小さなラウンドシールドを手に入れていた。あまり重いものになると上手く扱えないので、薄く軽いものにしたが、十分な防御力を持っていると考えていた。確かにこの盾なら、矢や短剣ならば簡単に弾けるだろうが、あれだけの剣となると役者不足かも知れない。
「うううう…」
 唸りながら、3人を順繰りに睨み付ける女性の目は、正気を疑うような目だった。まるで、幻術でもかけられているかのようだ。
「うああああ!」
 彼女の刃は、真ん前にいたリキルを狙った。リキルが後ろに下がり、剣を避ける。かぁん、と音がして、剣が地面に当たった。間髪を入れず、腰を捻って剣を振り上げてきたのを、リキルは間一髪で避けた。
「見た目に似合わずすごい力だ。敵対するつもりらしいな」
 剣を構える、それだけでリキルの中のスイッチが入った。どんな相手であれ、敵意を持ち攻撃をしてくるならば敵である。相手の戦闘能力を奪い、速やかに降伏させるべきだ。我の身を省みず相手の説得が出来るほど、リキルは器用ではなかった。バルならば、やってのけるかも知れないが。
「てい!」
 べしぃん!
「うが!?」
 リキルに気を取られていた狼女は、メミカの不意打ちに目を回した。ショートスピアを反対へと持ち替えたメミカが、柄で狼女の背を叩いたのだ。見れば、ライアも同じように槍を棍のように構えている。3対1だ、負ける要素がない。
「う、ううう」
 向こうも同じことを考えたようだ。耳を伏せ、後ろにじりじりと下がる。また逃げられると面倒だと考えたリキルは、横穴の方へ走った。
「ううっ!?」
「逃がさないぞ」
 狼女の退路を断ち、リキルが剣と盾を構える。気を付ければ、無傷で相手を捕まえることだって出来るに違いない。と…。
「う、うううぅうううおおおおおおう!」
 狼女が天井を向き、遠吠えを放った。その大きな音に、空気がビリビリと震える。
「うわあ!?」
 リキルはとっさに、自身の頭の上にある猫の耳を倒し、手で覆った。ずっと続くかと思われたその遠吠えが止んだ後、リキルがゆっくりと顔を上げた。
「グルルルル…」
 背中の方に、剣呑な声が聞こえる。ゆっくりと振り返ったリキルは、言葉を失った。巨大な狼だ。以前、カルバのピラミッドという遺跡で見たのと同じような、灰色の巨大な狼がいて、敵意を露わにしている。違いと言えば、角だろうか。以前出会った狼には角があったが、目の前にいる狼には角がない。
 べしぃっ!
「ぎゃ!」
 巨大狼の前足に蹴られ、リキルが吹き飛んだ。その体を、ライアが受け止める。すさまじい衝撃が骨まで響く。剣を取り落とさないよう、握っているだけで必死だ。
「があっ!」
 狼女が呼ぶと、巨大狼は空洞へと入ってきて、大きく伸びをした。その頭に、狼女が飛び乗る。そして、「やつらを殺せ」とでもいわんばかりに、刃を向け、巨大狼の耳に何事か囁いた。
「こいつが洞窟内に棲み着いた魔物の正体か。確かに大きな牙だ」
 槍を構え、ゆっくりと後退しながら、ライアが呟いた。3人が後ろに下がるにつれて、巨大狼も前へと足を進める。リキルのランプがだんだんと遠くなる。
「話し合い…で、なんとかなる相手、じゃないよね?」
 怯えた目のメミカが、巨大狼の目をちらりと見た。巨大狼は少しの間、目を伏せ…。
「がああああ!」
「きゃああ!?」
 がぎぃん!
 メミカに噛みつこうと、飛びかかった。が、間一髪でリキルがメミカを助けたため、狼の牙が突き刺さることはなかった。
「狼なんてみんなこうだ。話が通じる相手じゃない」
 巨大狼の隙をうかがいながら、リキルが言う。バルは前、狼と対話をして、争いをなくせないかと言っていた。実際、それの足がかりを作ったとも言っていた。しかし、リキルには信じられない。狼は凶暴で、戦いしか頭にない種族だ。前だって、そうだった。そう、前だって。
「ふっ!」
 剣を構え、リキルが突進した。狙うは足の腱だ。走り、斬り、逃げる。基本的な動作を忘れず、何があっても動じず。剣の基本は、臆病に慎重になることだ。相手から攻撃を受けなければ、理論上は無傷で勝てる。
 ざくっ!
 かなり良い具合に剣が入った。これならば…。
「がぁう!」
 ばきっ!
「ぐあ!?」
 狼の前足が、またもやリキルを蹴り飛ばす。相手は巨大な獣だ、今の一撃でも有効打にならなかったらしい。腕力が足りていないのだ。
「こいつ!」
 槍を構えたメミカが突進した。前足に向かって、何度も槍を突き出す。狼はその巨体に似合わぬ早さで足を動かし、メミカの槍をかわしている。
「大丈夫か?」
 リキルを起こしたのはライアだった。ラミアの力強い腕に引っ張られ、リキルは起きあがったが、頭がくらくらする。あの前足の蹴りを、バルほどではないとはいえ小柄なリキルが2度も受けたのだ、こうなってもおかしくはない。
「ふぅっ!」
 ライアが右手を差し出すと、その手から電撃がほとばしった。電撃は真っ直ぐに飛び、狼に向かって飛びかかった。
 ジビビビビ!
「ぐぅおおおお!?」
 メミカも電撃を操れるが、ライアの電撃の方が数段強い。ホールの中全部が明るくなるほどの閃光に、巨大狼が叫び声をあげる。
「がう!」
 ライアを第一の危機だと考えたらしい、上に乗っている狼女が、巨大狼に命令を下した。ライアに向かって飛びかかる巨大狼だったが、ライアはその攻撃を簡単に避ける。
「てい!」
 その隙を突き、メミカが飛びかかる。メミカの尾の筋肉は強く、飛び込む速度はかなり速い。しかも後ろ側からだ、ライアに気を取られている狼では対処できないはずだった。
 べしっ!
「あっ!」
 だがそのメミカを、巨大狼はいとも簡単に踏みつぶした。からん、と音を立てて槍が落ちる。
「こいつ、離しなさい!」
 べしっ!べしっ!
 自分を踏みつける足を、メミカが殴る。確かにラミアの力は強い。しかし、この巨大な狼の足を持ち上げるだけの力はない。
 ぐぐ、ぐぐぐぐぐ
「う、ぐぅぅ、げえ!」
 巨大狼が前足に力をかけると、メミカが苦しそうな声を出した。頭に血が上ったリキルが、剣を構えて飛びかかる。同時に、ライアも槍を構え、狼に飛びかかった。
「がぁう!がぁぁぁう!」
 上に乗っている狼女が叫ぶと同時に、巨大狼が空いている方の前足を使い、メミカとリキルにワンツーパンチをぶち込んだ。
「ぐぅっ!」
「うっ!」
 なんとか盾で受け止めたリキルだったが、それでもやはりこの衝撃は辛い。上に乗っている狼女の指示があるから、巨大狼は素早く多方向に攻撃が出来るらしい。しかも、巨大狼自身の視線も高いため、広範囲を見渡せる様子だ。
「くそっ…」
 また遠くに転がされてしまった。上手く立ち上がれない。ライアも遠くに飛ばされているはずだ、助けなければと考えたリキルは、ライアの行方を探した。
「ら、ライアさん?」
 いない。どこにもライアの姿がないのだ。遠くに飛ばされ過ぎて、暗い空間に転がされてしまったのだろうか。
「がぁう!?」
 狼女の慌て声がする。そちらに顔を向けたリキルは、目を丸くした。巨大狼の足に、ライアが巻き付き、締め付けているのだ。巨大狼が前足をぶんぶん振っても、ライアはしっかり取り付いて離れない。
「し、師匠!」
「メミカ。痛いけど、少し我慢だぞ。魔力を込めて防御しなさい」
「え?あ、はい!」
 両手を前足に当て、ライアが力を込める。髪の毛がふわっと浮き上がり、彼女の体が発光し始めた。パリパリパリ、と音がする。そして。
 バチバチバチバチバチバチ!
「きゃああああああ!」
「がぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃううう!」
 洞窟内は、雷の世界と化した。メミカ、巨大狼、狼女の叫び声が混ざる。どれだけの魔力を使えばこれだけの電撃を発生させることが出来るのか、リキルには想像も付かない。巨大狼の体のあちこちから、湯気が立ち上る。
「こんな、ものかな」
 すとっ
 ライアが足から離れ、地に降り立った。今の強烈な閃光のせいで、ランプの明かりが暗く感じる。
「げほっ、げほっ…」
「無事か?」
 怯んだ巨大狼の足から、メミカを引っぱり出し、ライアが聞いた。
「ちょ、ちょっと、やば、いかも…上手く、防御、できない、で…」
「そうか。では、無理をするな」
 どさっ
 ようやく立ち上がったリキルの前に、メミカを転がして、ライアが背を向けた。
「リキルはまだ戦えるか?」
「問題ない」
 ちゃきっ
 剣を構えたリキルが、ライアの横に立つ。
「では、メミカを頼もう。実は私は、チームプレイが苦手なんだ。ここは、1人でやらせてくれないか」
 本当に1人で大丈夫なのか、と言おうとしたリキルは、口をつぐんだ。うぬぼれや過信で言っているようには見えない。何か策があるのか、それともこれぐらいの相手を倒した経験でもあるのか。あるいはその両方か。
「がぁぁう!」
 ようやく電撃から復活したらしい狼女が、巨大剣をライアに向けた。指示を受けた巨大狼が、ライアの命を絶つべく、飛びかかる。
 どっ!どすっ!
 巨大狼の踏みつけを、ライアがかわす。爪すらかすることはない。その動きは、風に舞う布のようにしなやかで、行動の予測が付かないものだ。
「ふっ!」
 どすっ!
「グアアアアア!」
 隙を突いて、ライアが槍を狼の足に突き刺した。狼は大きく叫び、後退する。それを機に、避けと防御に転じていたライアが、攻撃の姿勢をとった。
「はあっ!」
 どすっ!どすっ!どすっ!
 何度も何度も、ライアの槍が狼の体を穿つ。前足に、後ろ足に槍が刺さる。刺さった個所からは血が溢れ、狼の灰色の毛が赤く染まる。くるり、くるりと周りながら、ライアは巨大狼の手足を突きまくった。巨大狼が機動力を無くし、膝を折る。
「がああう!」
 上に跨っている狼女が、痺れを切らして飛び降りた。巨大狼の援護をするつもりだろう。
「うがー!」
 ぶぅん!
 狼女の剣がライアを狙う。しかし、ライアには当たらない。そして。
 べしぃん!
「うあっ!?」
 ライアの大きな尻尾が、狼女にクリーンにヒットした。狼女は歩数で5歩ほど吹き飛ばされ、地面に倒れて動かなくなった。巨大狼がそれを見て、怒りのうなり声をあげる。
「ふうううううっ!」
 振り返ったライアは、まだ起きあがれない巨大狼に向けて、手を向けた。ぱき、ぱきと音が響くと同時に、洞窟内の温度が下がったような機がする。と、巨大狼の手足が凍り付き始めた。溢れる血が止まり、白く霜がつき、霧が出始める。
「がぁぁ!」
 逃れようと巨大狼が身を振るが、完全に凍り付いた手足は動かない。ライアは巨大狼に近づき、振り上げた槍を頭の上に力一杯叩き付けた。
 ばきぃっ!
「がぁっ!」
 一鳴きした後、狼は動かなくなった。気絶をしているようだ。口の端から、だらりと下が垂れている。敵は倒していないが、これは勝利と言って良いだろう。リキルは剣を収め、ライアの側に寄った。
「魔力を込めた一撃で気絶させた。あっちの女も、こっちの狼も、当分は動かないだろうな」
 ぺしぺしと、倒れている巨大狼の頬を叩くライア。確かに、起きあがってくる様子はない。
「すごいですね、師匠。まさか倒してしまうなんて」
「ま、昔学んだ技術だ。この戦い方は、私が編み出したものではないから、すごいのは私ではないんだよ」
 痺れが消えたらしい。メミカが起きあがり、槍を背中に背負いなおした。
「さて、この後はどうしたものか。この狼を、縄か何かで縛り上げた方がいいだろうか。それで、応援を呼んで…」
「その必要はない」
「え?」
 リキルの言葉に応えたのは、男の声だった。その瞬間。
 ずばぁっ!
「が、う…!」
 巨大狼の首が裂け、血が噴き出した。


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