リキルは、地底に流れる川のほとりを、ゆっくりと歩いていた。リキルを横に寝かせて1人分程度の幅の、ゆっくりした流れの川だ。水は透明で、深いところにうっすらと底が見える。ザリガニや小さな魚などが、水の中に棲んでいる。
 ここに来るまでに、ネズミ以外にも、鋭い鎌を持つ大きなカマキリに襲われた。カマキリも固く、剣がなかなか通らない。リキルは上手く関節を狙い、カマキリの手や足を切断し、その隙に逃げるという方法をとっていた。あまりにも敵の数が多いのだ、相手をしてはいられない。そのせいか、かなり長い間走ることになったが、毎日鍛えているので、大して疲労してはいない。
「お…」
 川のほとりの道から、横へ逸れる横穴が空いている。その先から、うっすらと黄色の光が漏れている。恐らくこれは、ランプの明かりだ。耳を澄ますと、何かが這う音や、金属や布のふれ合う音も聞こえる。
「おーい」
 横穴へと走ったリキルは、奥へ声をかけた。奥の方で、2つの影が振り向く。
「あれ、リキル君?」
 影の片方、赤いロングヘアーをポニーテールにしている、赤い尻尾のラミアがリキルの方を向いた。もう1人、紫のショートヘアに紫の尻尾、そして目の回りに皮膚の剥げたような古傷のあるラミアも、リキルへと向き直る。
「メミカさんにライアさん。バルの症状を緩和する薬草を採りに来たと聞いて、追ってきたんだ。追いついて良かった」
 横穴に入り、リキルが2人の前に立つ。赤い髪のラミアがメミカ、紫の髪のラミアがライアだ。メミカは幼きころよりライアに育てられており、魔法や薬の師匠として、そして親としてライアのことを慕っている。
「ああ。本当ならば、既に必要量を見つけているはずだったんだが、何故だかあまり見つけられなくてね」
 ずり落ちてきた槍を背負い直し、ライアが言う。ライアもメミカも、装備しているのは取り回しの良いショートスピアだ。
「リキル君、これと同じものを来る途中に見てない?」
 そう言って、メミカが取り出したのは、特徴的な形をした葉だった。ほぼ菱形で、角が尖っている、固い葉だ。
「見ていないな。これは、どういう形で生えているのかな」
「地面から、棒みたいな茎が生えていて、そこについている葉なの。だから、茎が1本見つかれば、数枚は手に入るはずなんだけど…」
 メミカが口をへの字にして、葉を懐に入れる。
「奥に行ってみよう。カマキリやネズミが徘徊している、気を付けて」
 ライアが先頭に立ち、穴を進む。その後ろにメミカが続き、最後にリキルが続いた。穴はあまり広くはない。これでは、剣を振り回すことは難しい。突きの武器であり、ある程度までしか長さのないショートスピアは、使いやすいことだろう。
『この剣はあまり突きには向いていないしな』
 腰のショートソードをちらりと見るリキル。斬りには強い剣だが、突きはあまり得意ではない。
『ここで戦闘にならないといいが。さっきみたいな手はあまり使えない』
 ランプの油を、さっきの戦闘で、三分の一ほど使ってしまった。何度もああいうことをしていては、帰るための明かりが無くなってしまう。
「ん…」
 ライアの体が、広めのホールへと出た。ホールの中には、見たことのない植物がちらほらと生えていた。やけに笠の部分が大きいキノコや、紫色をした蔓などだ。植物は通常は日の光を必要とすると思っていたが、ここに生えている植物は日の光を必要としないらしい。
「不思議な植物ばかりだな。このキノコなど、外では見ない」
 壁面から生えていたキノコを、リキルが指でつつく。ぶにぶにした感触のキノコは、白い粉をぱらぱらと落とした。
「それは毒だぞ。あまり触らない方が良い」
「え?」
 ライアに言われ、リキルは慌てて手を払った。
「ちょっと痺れるだけよ。少量なら薬にもなるわ。ただ、まあ。直に吸い込んだら、鼻が痛くなるかも」
 くすくすと笑うメミカ。改めてキノコを見ると、もう白い粉を吐き出すのをやめていた。
「知らずに触ると危ないな…」
 苦い顔で、リキルはライアの後ろに続いて歩いた。
「あれえ、おかしいなあ。一応生えてることは生えてるけど、茎しかないわ」
 地面から生えている、腰程度の高さの草に、メミカが手を触れた。ただの棒のようにも見えるそれには、葉が1枚も付いていない。不自然と言えば不自然ではある。
「既に誰かが、採っていったのじゃないかな」
「その可能性もある。この葉は1月程度でまた大きく育つから、本当に最近、誰かが採って行ったんだろう」
 リキルの発言を聞いて、ライアが頷いた。
「なんか…他の植物も、少なからず採取されてるみたいですね」
 地面に生えていたキノコの石突きを見て、メミカが言う。恐らく元は笠があったのだろうが、今は石突きしか残っていない。
「このキノコまで採っていったのか。こんなもの、何に使うんだ?」
 石突きを拾い上げて、ライアが呆れ声を出した。太さは人の指程度で、色は白い。
「なんでしょうねえ。薬効もほとんどないし、かといって食べて美味しいものでもないのに。ねえ?」
「もしかすると、素人なのかも知れないな。何に使えるかわからないから、とりあえず採取だけする。ああいう手合いは、根こそぎ持っていくから」
「ここ最近、入っている人はいないはずなんですけどね。鉱山の入り口からしか、ここには入れないから、出入りがあれば気付くはずなんだけど…」
 メミカが頭に手を当て、うーんと唸る。
「もっと奥へ行って探すしかないな。これ以上奥には、あまり人が出入りをしないんだ。まだ残っているかもしれない」
 足下のコケを踏まないように気を付けながら、ライアがホールを奥へと進む。
「人が入らない…奥は危険だと?」
「そうでもないけど…ここから先は、かなり複雑に道が分かれているから、どんな構造になっているかがわかっていないの」
 奥には、何本かの穴が、ぽっかりと口を開けていた。穴によっては、奥でまた枝分かれしているところもある。確かに複雑な道になっているらしい。
「どっちへ行きます?」
 一つ一つの穴の中を、メミカが確認している。穴はどれも奥が深く、ランプで照らしたくらいでは、先が見えない。
「まあ、どこを選んだところで、奥へと入っていくことには変わりはないんだ。左に行ってみようか」
 一番左の穴を選び、ライアが中に入った。
「と…下り坂になっているな。2人とも、気を付けて」
 やや急な下り坂だ。2本の足で歩くリキルは、片手を壁に付きながら、ゆっくりと下る。しかし、ラミアの2人は、上手く腹と尻尾を使い、するすると降りていく。
「リキル君、大丈夫?」
 後ろを振り返り、メミカが聞いた。
「大丈夫、だが、この坂はきついな」
 壁の出っ張りに掴まり、リキルが言った。
「気をつけてね。よく見えないかも知れないけど、ここには…」
 ずる
「あ」
 リキルの靴が、いきなり岩を掴むのをやめ、滑った。
「水が流れて、滑りやすく…」
「うわあああああああああ!」
 メミカの言葉を最後まで聞くこともなく、リキルが滑る。
 どん!
「きゃああ!?」
「うおっ!」
 リキルの体はまずメミカにぶつかった。そして、団子になった2人は、ライアにぶつかった。どうやら、壁から水が染み出していたらしく、靴の摩擦が無くなって滑ってしまったようだ。ということを、冷静に考える暇も無く。
「うわあああああ!」
 3人は一気に、下まで滑り降りたのだった。


前へ戻る 次へ進む
Novelへ戻る