トリャン鉱山に入るのは、少々手間取った。鉱山は現在も稼働中で、部外者が入ることは許されないと言うのだ。仕事が終わった後ならば大丈夫だと言われ、リキルはそのつもりで詰め所で一旦待つことにした。ところが、休憩に来た班長に「中にライアとメミカという知り合いがいる」という話をしたところ、彼女たちの知り合いならば中に入っても大丈夫だと言われ、入れることになった。装備を調えたリキルは、鉱山の3層目へ降り、もう掘っていない方向へと案内された。
「この先だ。洞窟になっている」
 班長の悪魔人男が、鉱山の壁にぽっかりと空いた穴の前で、立ち止まった。穴の先は少し段差があり、細い空洞へと繋がっている。人為的に掘ったわけではない穴のようで、曲がりくねっている。
「済まない。では、先へ向かわせてもらうよ」
 自分のランプを掲げ、リキルが穴へと入った。
「怪我には気を付けてくれよ。最近、中から不気味な鳴き声がしやがる」
「鳴き声だって?」
「前はしなかったんだが、最近になって何かが住み着いたらしい。気を付けてくれ」
 班長が来た道を戻っていく。リキルはランプの油を確認した後に、剣の具合を確認した。先に入っているライアとメミカは無事なのだろうか。
「っと」
 足下に気を付けながら、リキルが中に入っていく。道は少しずつ下りになっていて、ところどころで水が漏れている。濡れた足場には、洞窟などに生えているコケやキノコがあり、それらを踏むとスリップしてしまいそうだ。今履いているブーツは、不整地や砂地などでも歩きやすいようになっている物だが、それでも気を付けなければなるまい。
 少し行くと、やや広い空洞へと出た。空洞は床が斜めになっていて、入ってきた方が高くなっている。奥には、先へ進む細い道がまた繋がっているようだ。
「ん?」
 何かいる。リキルは油断無く剣を抜いた。ランプの明かりを照らすと、暗闇の中から、人間の頭ほどの大きさもあるネズミが姿を見せた。
「!」
 とっさに剣を構える。が、よくよく見ればそのネズミは、血を流して絶命していた。首元に、鋭い刃物で突いたような傷がついている。
「死体か…」
 剣を納め、死体をよく見ようとかがみ込む。と。
「キィー!」
 がぶっ!
「ぐうっ!?」
 突然、太股に痛みが走った。死んでいるネズミと同じ種類のネズミが、リキルの太股にその前歯を食い込ませている。
「こいつ!」
 がちゃ!
 ランプを使い、ネズミをはじき飛ばすリキル。軽くランプを上げ、空洞の状況を確認する。よく見ると、床のあちこちには大きめの穴がいくつか空いており、そこからネズミが涌いてきているようだ。
「キィー!」
「キキィー!」
 敵意を露わにして、ネズミが叫び声をあげる。通常、ネズミと言えば臆病で、少し脅かせば逃げていくような生き物のはずだ。しかし、目の前にいる群は、リキルを敵として認識した上で、攻撃を仕掛けようとしていた。あまりにも無謀だ、何故こんな行動を取るのか。リキルは剣を抜き、じりじりとさがる。
 からん
「な…」
 謎はすぐ解けた。足下に、げっしの歯形がついた骨が転がっていたのだ。どんな動物のどの部分の骨だかはわからないが、背丈はリキルの半分ぐらいだ。これがネズミのせいであることは想像できる。こいつらは、肉食であり、集団で狩りをするネズミらしい。入ってきたリキルを、獲物だと認識しているのだろう。
「キィー!」
 1匹のネズミが、叫びながらリキルに飛びかかった。リキルはそれを、空中で斬りつけた。剣が固い骨にぶつかる感触が、直に腕に響く。
「ギィ!?」
 相手が反撃する生物だと思っていなかったのだろう。ネズミは防御をすることもなく剣を受け、地面に叩きつけられる。かなり強く斬りを入れたはずだ、もう立ち上がることもないだろうと、リキルが別のネズミの方を向く。
「キィ!」
 しかし、地面に落ちたネズミは転がって立ち上がった。血が流れてはいるが、まだ行動は出来る様子だ。仲間がやられたことで、ネズミ達の怒りに火が着いた様子だ。身を震わせ叫ぶ。
「キィー!」
「キキィー!」
 ネズミ達が四方八方からリキルに襲いかかる。リキルはとっさに後ろに下がり、壁を背にした。壁を背負えば、後ろからの攻撃は避けられる。
「ふっ!」
 ずばっ! ざくっ!
 リキルの剣が、飛び来るネズミの腹を割き、尾を斬り、頭を割る。リキルの習ってきた剣術は、1対多を想定した構えもある。その基本を思い出しながら、リキルはネズミを打ち倒す。左手には剣、そして右手にはランプ。本来ならば、右手には盾を装備したいところだが、ランプを持っているせいで盾を構えることが出来ない。
「くらえ!」
 どすっ!
 足下を駆け寄ってきたネズミを、リキルは蹴飛ばした。ネズミはごろごろと転がり、坂を下っていく。
「数が多いな」
 剣を構えなおし、リキルが呟いた。ネズミは20匹はいるだろうか。剣で斬っても1度で倒すことは出来ない。暗がりの中に、もっといるのかも知れないし、1人で相手をするのは難しい。せめて魔法でも使えれば楽だろうが、リキルは魔法を使うことが出来ない。
「逃げるか」
 剣を収めたリキルは地面を蹴り、下り坂になっている奥の方へと走り出した。ネズミがその後を追い、後ろをついてくる。半ば滑るようにリキルは走り、先へと進む道へ入り込んだ。
 後からネズミがついてくる。リキルはランプを傾け、給油口のネジを緩めた。油がぼとぼとと岩にかかる。そしてリキルは、片手でマッチを擦ると、その油に投げ込んだ。
 ぼぼぼぉぉう!
「キィー!?」
 突然の炎に、ネズミ達の足が止まる。リキルはそれを後目に、奥へと走った。先は曲がりくねっており、数本の道に分かれている。どこを選ぶか、などと考えている暇も無く、リキルは奥へと進んだ。
 しばらく進んだ後、リキルは立ち止まった。息をつき、周りを見回す。さっきより広めの道ではあるが、それでも人が3人、横に並んでは歩けない。ネズミはついてきていないようだ。
「はあ、はあ」
 ゆっくりと歩き出したリキルは、足下の砂に、何かの跡がついていることに気がついた。太い縄を這わせたような跡だ。
『これは…ラミアの?』
 恐らく、ラミアの歩いた足跡…否、腹跡だろう。見る人が見れば、どんな大きさの、どれくらいの年齢のラミアかまでわかるらしいが、リキルにはわからない。
「待っていろ、バル。彼女たちと合流し、薬草を持って帰るからな」
 ここにいない友人の名を呼び、リキルは足を進めた。


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